不穏
俺達、赤牙A班は、遺跡の地下3階を訪れていた。そこで探索中、先に訪れていた獅子王のチームが戦闘しているのを発見した。
獅子王は手練れ揃いだ、自分たちだけでも難なく片付けるだろうが、ただ見ているわけにもいかない。俺たちも加勢することにした、のだが。
広間に響き渡る激しい戦闘の音。皆の声。そして……それを傍らで観戦しながら、俺は息を吐いた。
もちろん、最初は俺も前に出ようとしたのだが、アトラが言ったのだ。「マスターは見てろって。この程度なら俺らで十分だからよ!」と。そして、全員がそれに賛成してしまった。
最近、俺が動くことを妙に止められている気がしなくもない。これからを考えれば、成長を見守るのが大事なのは確かだがな……。
「蓮、そちらに行ったわ!」
「分かってる……逃がさない!」
蓮の槍が距離を縮め、正確に相手を貫く。来た当初と比べて、かなり腕を上げたな。敢えて言うならば、ベースとしている遼太郎の技を活かしきれていない面はあるか。破天荒な動きをこなす遼太郎と比べて、蓮は真面目だからな。いささか、槍の軌道が素直だ。これから自分なりの槍術へと昇華させていく必要はあるだろう。
続いて、獅子王の側を眺める。今ここで戦っているのは、リック、レアン、レニ、ロイの四人だ。
「死にたいやつから前に出な! みんなまとめて……消し炭にしてやる!」
「……目標捕捉。リック、突出をしすぎないようにしろ」
「分かってら。後ろは任せてるぞ!」
双刃を振りかざしながらリックが駆け抜けた先で、迸る炎が群れを焦がす。それに追随するようなレアンの正確な射撃が、熱に悶える相手に止めを刺していく。
リックの力は、素早く動けば動くほどに高温の炎を発生させるという代物だ。扱いづらさの目立つ能力だが、それに見合うだけの威力を持ち、彼の突撃する戦闘スタイルに噛み合っている。持ち前の身体能力と勘の良さから、敵陣を一気に崩す切り込み役として優秀だ。
それをサポートするレアンは、持ち前の射撃技術でリックの討ち漏らした相手を的確に狙う。普段のお気楽な性格はなりを潜め、機械的と呼べるほど無慈悲に、相手に致命傷を与えている。……二重人格を疑う豹変ではあるが、本人曰く「オンオフきっちり切り替えてるだけ」だそうだ。
「しくじらないでよ、アニキ!」
「任せろ……そこだっ!」
視線を移す。レニが発生させた、無数の帯状に広がる影のような力場。それが敵を捕らえたかと思うと、ロイが敵のいる場所に眩い光を発生させ、炸裂。UDB達の巨体を大きく吹き飛ばした。
力場に触れた相手の行動を抑制するレニと、指定した点に力の奔流を生み出して破壊するロイ。範囲は狭いが威力の高いロイの力を、レニの束縛によって補う。
一人ひとりでも十分な実力者だが、二人がコンビネーションを発揮することでその戦闘力は相乗的に上がる。普段の振る舞いと裏腹、その実は互いをよく理解しており息はぴったりだ。
「ふふん、どう? ウェアおじさん!」
俺の視線に気付いたか、レニが得意気に鼻を鳴らす。油断しているわけでもないようで、影の帯はその間も敵をがんじがらめにしていた。
「見事なものだな。だが、こちらも負けてはいないぞ?」
「その通りってな! 次は……俺様の実力、見せてやるよ!!」
その会話を聞いていたアトラが、咆哮を上げた。己の中の狂暴性を解き放ち、漆黒のオーラが彼の全身を包んでいく。
アトラはまだ、完全にはトラウマを払拭できたわけではない。だからこそ、こいつは力を使うことに積極的になってきた。何ということはないのだと、他ならぬ自分自身に言い聞かせるように。
「おらおらぁっ!!」
衝動には抗いきれないようで、どこか乱暴になったアトラの動き。しかし、確実に周りは見れるようになってきている。その証拠に、彼が撃破しているのは、フィーネに近寄ろうとしている相手が優先だ。
「フィーネ!」
「……縛る」
岩犀の脚を縛り上げる、フィーネの白い鎖。力比べでは獣に勝てるはずもないが、あの鎖は物理的なものとは異なる特性を持つ。動きを封じられた犀に向かって、怒濤の勢いで突撃するアトラ。波動の奔流が破壊の力となり、犀の身体を一気に吹き飛ばした。
皆が危なげなく戦闘を続けている。何かあれば即座に動く準備はしているが、問題なく片付けられそうだな。
「お互い、若者は十分に育っているというところだな」
「そうでございますね。リック達はあれだけの規模を誇る我らのメンバーの中でも、稼ぎ頭となっておりますから」
俺は同じく隣に立って眺めていた男……獅子王側の、このチームの班長である梟に話しかけた。黒を基調とした服を着込んだ、物腰の柔らかい人物。しっかりと伸びた背筋やその佇まいは、どことなく執事という呼び方がふさわしく思える。
「しかし、これからはきっと様々な要因で世界は荒れる。彼らほど若い者がこうして戦うことは、複雑でもあるよ」
「いつの時代も、次を切り開くのは若者の仕事でございますよ。あなた方が、闇の門でそうしたように」
「……分かってはいるさ。だが、だからこそ、最前線に立つ辛さってやつも知っているのさ」
「そうなのでしょうな。だからこそ、我らが彼らを支えなければならないのでしょう」
そう、ゆっくりと話しながら。梟は目にも止まらぬ早さで銃を抜き、まさに飛びかからんとしていた獣の眉間を正確に撃ち抜いた。その動作に一切の無駄はない。
「私では、若者ほど無茶は出来ません。それでも、露払い程度はできましょう」
「よく言うものだよ、ザイル。お前の射程に入れば、逃れられるものがどれだけいるものか」
「お褒めに預かり光栄でございます。ですが私の腕など、空様と比較すればまだまだ遊戯でございますよ」
「あいつは趣味も兼ねているからな……しかし、お前が老人のような物言いをしては俺はどうなるんだよ」
「これは失礼致しました。しかし、若者を名乗るには少々無理のある年齢にはなってしまいましたので」
一礼を返してくる男、ザイル・ヘクセン。年齢は実のところジンとほぼ変わらないのだが、彼の方がより年長の風格があるのは、ジンが悪戯好きなせいかこちらが落ち着き払っているせいか……両方だな。
「さて。とは言え、若いやつらにいいところを譲るだけなのも癪だな。そろそろ、終わらせるとしようか」
「おや……若手たちに見せていただけるのですかな? 英雄の剣技を」
「身体はともかく、技まで衰えさせたつもりはないからな。期待に添えるように、力を尽くさせてもらおう」
俺は抜刀すると、力を練り上げる。……出力は極限まで落とし、放出は行わないようにする。この程度ならば使う必要性もないが、時には慣らしておかねば、本当に何もやれなくなってしまうからな。
「……行くぞ」
地面を蹴る。余計な思考は後回しだ。全身の感覚を研ぎ澄ませ……ただ、斬るのみ。
俺は戦闘の中心地に割り込むと、眼前にいた3体に狙いを定め、斬り抜ける。確かな手応え。振り返る必要はない。
「ウェアおじさん? って、速……!」
止まらず、次の目標を定める。……二の太刀は極力避けなければならない。一撃必殺……それが、剣術の基礎。言うは安し行うは難し、しかし行わなければ戦場では長生きできない。だから俺は技を磨いた。己が、仲間が、生き残るために。
「なんだ……ありゃ」
「あれ、リックは初めて見るんだっけ?」
「いや、始めてではないけどよ……って、元戻ってんな、レアン」
「あははー、あれじゃ僕らの出番はもうないじゃん?」
「あの剣、前に見た時よりもっと冴えているんじゃ……?」
「うちのマスターは規格外だからな。あの歳になっても暇な時にゃ鍛練してやがるし……」
「身体が衰えているから技で補うしかないと言うのが本人の弁。その結果が、全盛期を超えていると兄さんに言わしめるほどのあの技」
「……おれ達としても、何回見ても驚きそうだよ」
「努力する天才、ですからな、ウェアルド様は」
感想も耳に入ってはいるが、特に答える事はしない。雑談は終わってからだ。欠点は誰よりも自覚しているにしても、自らの力を卑下するつもりもないし、強くあるために鍛練を重ねてきた……まだまだ、若い者には負けていられないからな!
30秒未満、程度で戦いは終わった。辺りに敵の気配が無くなったことに、俺は動きを止め、息を吐いた。周りのやつらが集まってくる。
「マスター、身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。そこまで老いてはいない、心配するな」
真っ先に駆けてきたコニィに気遣われるが、強がりではなく本当にこの程度ならば問題はない。……彼女は都合上、俺の身体が問題を抱えている事を知っているからな。
「ウェアおじさん、ほんとすごいよねー! パパがおじさんのが強いって言ってたのも納得だよ!」
「はは……それは謙遜だろ。ランドも本気で戦うことは滅多にないだろう?」
今も別に本気を出したわけではないが、それはそれだ。ランドが俺と同等なのは間違いないしな。
「けど、任せろって言ったのに一気にかっさらっていきやがったな、マスター?」
「ふ、済まんな。だが、俺とて置物になっているのも辛いんだよ」
「ったく、年甲斐もなく目立ちたがり屋かよ!」
「はは……だけど、長時間の戦闘はさすがに辛いんで、助かりましたよ、マスター。……つっ」
俺に声をかけつつ、蓮が少し顔をしかめた。よく見ると、左足に体重をかけないように気を遣っているようだ。コニィもすぐに気付く。
「蓮……もしかして、痛めているの? 少し見せて、治すわ」
「ああ、ありがとう。……みんなぐらい、余裕を持って戦えたら良いんだけどな」
「あなた達は実戦経験が短いから仕方のない話。高望みをすると余計な怪我をする」
「……うん。そうだな、フィーネの言う通りだって分かってるよ。だけど、仕方ない、に甘えたくはないんだ。いざという時のためにも、さ」
「………………」
そう語る蓮が、少しばかり危うく見えたのは気のせいだろうか。……いや、彼が昔の友人に敗れたのはつい先日の話だから、無理もないか。……いかんな。ガルフレアの事に気をとられすぎて、彼を見落としかけていた。
「いずれにせよ、お互いに良い刺激になったのではないですかな? 赤牙の皆様、お見事でしたぞ」
「ふん、別に俺たちだけでも困らなかったんだけどな!」
「ったく、相変わらずだねえお前も。ま、いいか。お前らも、やっぱやるじゃねえか。おかげで楽に戦えたぜ」
「……む」
「あははー。リック、器でボロ負けしてるね? こりゃ、カイツ君の憧れはもっとアトラに行っちゃうかも」
「ぐうっ!?」
「心配しなくても、アトラはいずれボロが出るから心酔する事は有り得ない」
「断言してんじゃねえ!!」
「やれやれ。リックには戦闘よりも礼節の教育が急務かもしれませんな……」
戦闘も終わり、少しばかり和やかな時間が訪れる。無論、和んでばかりもいられないが、コニィも蓮を治療しているし、小休止だ。獅子王の連中とも情報は交換しておきたいしな。
「だけど……結局このUDB達は、どこから入ってきたんだ?」
「えっと、シュタイナー博士だったかしら。その人が遺跡の入り口を開いたのが夜中だとすると、それから入ってきたにしては数が多すぎるわよね」
先ほど、ガルフレア達が保護したという博士の話が、ランドにより探索者全員に通知された。それにしても、アゼル・シュタイナーか……まさかあのアゼル博士がこのようなところまで来ているとはな。噂に違わぬ行動力のようだ。
「んー、やっぱりUDB用の秘密の抜け道があるって感じ? アニキはどう思う?」
「元々生息していたよりはその方が有り得そうだけど、だったらそれを見付ける必要もあるわけだな。と言っても、こんな奥深くにそんなものがあるかな……道中で何か見落としているのかな」
「だけど、UDB達は奥に進むにつれて数を増やしている。……もしも抜け道があるとすれば、その付近が最もUDBの活動が激しい可能性が高いと思われる」
「それもそうだねー。じゃあ、地下とうまく繋がったトンネルとかがあるのかな?」
各々が考察を進める。それについては俺も思うところがあるのだが……まずは、先に提案をしておくか。
「UDBの出所については発覚させなければいけないが……何にせよ、最奥まで行く必要はある。このまま合同で進もうと思うんだが、そちらはどうだ?」
「ええ、私もそれが望ましいと考えておりました。どうやら、上層ほどは分岐も多くない様子ですので」
リーダー二人の意見に反対の声も挙がらず、行動の指針は決まった。後はこの部屋の調査を済ませてからさらに進むだけ……だが。
「マスター、何か気になることでも?」
「お前たちにも話してあるよな? マリクは、バストールのUDB減少には自分達が関わっていると断言したことを」
「そうらしいですね。……それが、どうしたんですか?」
「……この遺跡内で現れているのは、元々バストールに生息している種ばかりだ。UDBの減少と、遺跡内に現れる大量のUDB……無関係であるとは思えなくてな」
俺の言葉に、赤牙のメンバーが集まる。獅子王の者も、興味深げに視線はこちらに向けてきた。
「元々住んでた連中を、この遺跡に閉じ込めて、何かの実験をしていた……だから上では減少していた、ってことか?」
「博士ひとりで掘り返せるほどの地面だ。隠蔽程度、奴らならやってのけるだろう。何なら彼らには空間転移もあるのだからな」
「……言われてみれば」
彼らの転移にどこまでの制限があるのかは、今のところ確証がない。少なくともガルは、装置によって国すら跨いでいるから、距離は国を跨ぐほどまで可能、もしくは制限がない可能性も高い。ならば密閉空間は? 一度も訪れたことのない場所は? 考えられる項目はいくつかあるが。
……主題が逸れたな。いずれにせよ、奴らが遺跡内部に大量のUDBを転移させることが出来ないと言いきるのは難しい。
「ちょっと疑心暗鬼すぎねえか? ……って言いたいとこだけど、あいつらなら何でも有り得ちまうのがむかつくとこだな」
「疑心暗鬼になっている程度がちょうどいい。彼らは、隙を見せれば一瞬でこちらを制圧できるほどの力を持っているのだから」
「……そうなんでしょうね」
現状、もしも向こうが本気になれば、今の俺たちには成す術もない。動かないのは潰した後の事を……エルリアの皆やヴァン、ガルの昔の仲間達を警戒してか。或いは、余裕を見せているつもりか。それがいつまで続くか分からないからこそ、俺も打てる手は打ち続けているのだが。黙ってこちらの戦力を増強させ続けてくれるほど馬鹿ではないだろう。
「もしもこの遺跡が奴らと関係を持っていたとして……ここが暴かれたのは、奴らにとって想定外の事態ではないかと考えている」
「だとすると、奴らの裏をかけるって?」
「遺跡が暴かれてからは半日が経つ。仮に彼らに関係があるとして、気付いていないとは思えない。それでも、イレギュラーであることは予想される」
「へっ……そう考えると面白くなってきたんじゃねえか? 奴らが何を企んでるにしても、こっちから邪魔できるってのはすげえ収穫だぜ」
「けど、気を引き締めろってことでもあるよな。フィーネの言う通りに気付かれていないとは思えない……逃げられてるならまだいいけど、罠を張られてたらたまらないぞ」
蓮の言う通りだ。入る前に他の連中にも警戒するようには言ってあるが、内部を見て予感は確信に少しずつ近くなってきている。改めて、ランドを通して全体に通達を……。
「ん?」
通信機が鳴動したのは、そのタイミングだ。俺はみんなに少し声を抑えるように頼むと、通信機を耳に当てる。
「こちら、赤牙A班」
『こちら、ランドだ。ウェアルド、聞こえるか?』
「ああ。……何かあったのか」
ランドの声音が真剣なのはすぐに感じ取れた。こいつがここまで深刻な声を出すことは滅多にない。その事に嫌な予感がするのを感じつつ、俺はランドの言葉を待った。そして……。
『赤牙のC班と、通信が途絶えた』