ふたつの出逢い
「ふう。無事か、お前たち?」
確実に敵を葬ったのと、周囲に新手がいないことを確認したその男は、息を吐きながら構えを解いた。続いてこちらを一瞥して、気遣う言葉をかけてきた。
褐色の毛並みと髪を持つ狼人……体格がとても良く筋骨隆々としており、身長は下手をすれば2メートルを超えているのではないだろうか。顔は失礼ながらかなりの強面であり、黙っていても迫力がある。
この大剣、あの技量。聞いていた情報と一致している。恐らく、彼が。
「ああ、問題ない。そちらのあなたは、どうだ?」
「ボク? うん、大丈夫だよ、この通りさ」
俺たちが助けた男性も、戦闘の終了に安堵した様子で能力を解除する。あれだけ至近距離で戦ったのにも関わらず平然としている辺り、慣れているのか芯が太いのか。
「ありがとう。あなたのお陰で助かった」
「なに。いらぬ世話ではありそうだったが、見てみぬふりをする気にはならぬからな」
俺たちが倒した連中を一瞥しつつ、牙を剥き出しにした笑みを浮かべる狼人。……正直なところ、かなり威圧感のある笑みであり、声も地の底から響くような重いバリトンボイスである。失礼ながら、子供には逃げられそうだ。
が、言動そのものは友好的な雰囲気で、どうやら良い関係が築けそうだと思わせてくれるものだった。
「申し遅れたな。俺はカシム・ベオルフ、フリーランスだ」
名乗られたのは、予想通りの名前。フィオが一層、表情を明るくする。
「ああ、やっぱり! さっきランドから名前を聞いててね、会えたらいいなって思ってたんだよ」
「申し遅れた。俺たちは、ギルド〈赤牙〉のメンバーだ」
「おお、お前たちがか。ランド殿からも話を聞いていたが、なるほど、腕利き揃いと言うのも納得だな」
手を差し出してくるカシムと名乗った男に、俺も握り返す。他のみんなも、順番に挨拶をしていく。フィオのところで一度止まるのはお約束ではあったが、今回は、ランドからの通達のおかげか、それとも本人の性格のためなのか――
「ヒトと共に働くUDB……是非とも会ってみたいと思っていたぞ。後で話を聞かせてもらっても構わないか?」
「うん。こっちも、色々と聞かせてほしいかな。フリーランスの人は、だいたい面白い話を知ってるものだからね!」
「ははっ、承知した。期待に応えられるかは分からんがな」
――この程度の会話で打ち解けてしまった。この様子ならば、事前知識が無くともすぐ受け入れていたかもしれないな。とても器の大きい男だと言うことは分かる。
「さて、と。それで、そっちの人は、いったい誰なんだい?」
続いて一同の視線が向けられたのは、俺たちが助け出した男性。彼は皆の注目が自分に向いたのを確認すると、にっこりと優しげな笑顔を作った。
「はは、怪しい者じゃないから心配しないで。君たちのおかげで、この通りに傷ひとつ負わずに済んだよ。いやあ、ありがとう君たち! あいつら、諦めが悪くて困ってたんだ」
「……自分で怪しい者じゃないって言っても説得力が……」
「無事で何よりです。しかし、今のこの場所は立ち入りが制限されているはずです。どうして入ってきたんですか? 脅すつもりはないですが、状況が状況なのできちんと説明をお願いします」
柔らかい物腰、悪人には見えないが……イリアの言う通り、そこを確かめておくことは必要だ。ギルド関係者以外がこの場所にいるのは、本来ならば有り得ない。
「立ち入り制限ってのはよくわからないけど……まずは自己紹介だね。ボクはアゼル・シュタイナー。UDBとか考古学の研究をしている、しがない学者さ」
苦笑しながら、改めて名乗ってきた男。立ち入り制限を知らなかった……と言うことは。
「学者さん、ですか?」
「うん。世界各地を回って、こういう遺跡を調べたりとか、UDBの生態を纏めたりとか? 専門は精神学だけど、自称じゃなくてちゃんと正式なものだよ? はい、これ名刺」
「あ、どうも。じゃあ、この遺跡を見付けて、調べに来たって事ですか?」
「うん。ははは、ここまでの規模の新しい遺跡が見付かるなんて凄まじいことだからね! 本当は自分の研究所に連絡して正規の手続き踏まなきゃいけないんだろうけど、つい血が騒いでね?」
「……なるほど。つまりあなたは、ギルドが封鎖するよりも早く、この場所に潜り込んでいたんだな」
俺は息を吐く。ギルドがこの遺跡について把握したのは早朝。入り口が開いたのは、恐らく深夜だったと思われる。ギルドが封鎖するまでには隙間の時間があり、そのまま入ってしまった者がいない保証などどこにもなかったからな。
「ああ、そういうこと。察するに、いまこの遺跡は立ち入りが禁じられているんだね? 参考までに、ボクがここに入ったのは明け方の2時ごろ。それからずっと潜っていたから、外のことは分かっていないんだ」
「き、昨日の夜からずっとですか……その割には元気そうですね?」
「いやあ、そりゃ研究者としては、一日や二日眠らないなんて日常茶飯事だからさ。何があってもいいように食糧とかも常備してるし。あ、まだ余ってるけど、食べる?」
「あ、あはは。結構です」
「もしかして、UDBからずっと襲われながら……?」
「うん、そうだね。獣避けの道具とかPSとかで、諦めるまで適当にやり過ごして、ちまちまと調べていたんだ。身を守るのだけは得意なんだけど、閉じ籠もって動けないタイプなんだよね、ボクの力って」
「……ある意味すごいガッツだねえ」
先ほどまでUDBに襲われていたとは思えないほどにのほほんと笑いながら話すアゼル博士。危機感が薄いと言うべきか、肝が据わっていると評価すべきなのか。とりあえず、恐ろしくマイペースなのは確からしい。
「ってことは、博士が第一発見者だったってことなのかな?」
「ああ、少なくともあの入り口に関しては、ボクが最初なのは間違いないね。苦労して掘り出したんだから、地面をすり抜ける能力でも持ってなきゃ、ボクより先に入れたはずがないよ」
…………入り口を掘り進めたと言ったな、今。
「って事は……この遺跡の入り口が開いたのって」
「うん、ボクが掘った。この辺を調べてた過程で地面に変な綻びを見付けてね、内部が空洞って分かったからやってみたら大正解ってわけさ。爆薬とか色々と使ったけど、生態系には配慮したから心配しなくていいよ!」
『………………』
何とも言えない脱力感が一同を襲う。いや、遺跡を見付けたことそのものは世紀の大発見であり、責められる話ではないのだがな……。
「……現在、突如現れたこの遺跡が何であるか、バストールでは大騒ぎになっている。どうして急に現れたのか、その原因も含めて、様々な憶測が飛び交い、いたずらに不安が煽られている状態だ」
俺たちの中では特に……リグバルドの策略なのではないかと、これでもかなり警戒していた、のだが。
「うんうん、だから君たちがその原因も含めて調査に出されることになった、と。へえ……」
俺の説明を聞いた博士は、即座に状況は呑み込んだらしい。しばし、難しい表情で何かを思案したかと思うと、俺たちの方を見て、言った。
「ボクが掘ったって話、オフレコにできない?」
『…………………………』
立て続けにじっとりとした一同の視線を受けて、博士はさすがにいたたまれなくなったのか咳払いをした。
「いや、ほら、ボクだって悪気があったわけじゃないんだよ? 連絡とかはまあ、しなかったけどさ。ただ、研究者たるもの、そこに遺跡があったら何より優先して潜るのが常ってもので……」
『それのおかげでこっちが朝っぱらからどれだけ苦労しとると思ってんだ、あなたは!』
割り込んできたのは、獅子人の怒鳴り声。よく見ると、イリアは渋い顔で自分の通信機を起動していた。……彼女は真面目だからな。
「はははー、その声はランドさんか。元気かい?」
『笑って誤魔化そうとしても無駄だ! ……事のいきさつは理解したが、どうしてあなたはそう、無駄にアクティブなんだ……』
……意外な繋がりだが、どうやらランドは顔馴染みらしい。それもどうやら、今回のようなことは初めてではないようだ。
『現在、研究者は皆が調査を待機している。俺たちが危険を払うまでは許可は降りない方向だ。あなたも例外ではないから、今すぐ戻ってきてもらおうか? 細かい話はそこでじっくりとさせてもらう』
「えー。第一発見者の特権とかないかな?」
『今回の探索にかかる莫大な費用を、全てあなたの研究所に請求してもいいのか?』
「……ランドさんってSだねえ。まあ僕はM寄りだから相性は良いんだけど」
『何の話だ! ったく……おい、フィオ。済まんが何人かを戻して、博士を縛ってでも連れてきてくれないか? そんなのだが一応、世界でも五指に入る頭脳なんだ』
「へえ……そんなにすごい人なんですね。っと、すみません、失礼でしたね」
「あはは、いいよ別に。自分でも駄目そうなオーラが出てることは自覚してるからね」
笑顔で髪をかきながら、皮肉でもなくそう言ったアゼル博士は……本人の言う通り、失礼ながらもランドの評価にはそぐわないように見えてしまう。えてして研究者とは変わり者であるものだがな。
「愉快な人だねえ。ふふん、まあいいよ。それじゃ、イリアと……あと暁斗も、悪いけど戻ってもらって良い? 念には念でね」
「おう。どうする? みんなは先に進むのか? それとも、この辺で待っとくのか?」
「僕は進もうかなと思ってる。どちらにしても調査にはすごく時間がかかりそうだし、出来ることからやっていきたいからね。ガルはどう?」
「俺もそれで構わない。二人は可能であれば追ってきてくれ。瑠奈は……」
「私も、大丈夫。少人数での戦いには、慣れてるからね」
「でも、何が起こるか分からない遺跡だからね。三人だけで大丈夫かな?」
「ならば、ここから先は俺が同行しよう。二人ぶんの働きをするとは言わんが、穴埋め程度にはなれると思うぞ?」
俺たちの話し合いに、黙って聞いていたカシムがそう声をかけてくる。それは俺たちにとって願ってもない提案だ。
「そうしてくれるとこっちはすごく助かるけど、いいの?」
「うむ。旅は道連れとも言うからな。むしろ、お前たちの話や戦いぶりに興味があるので、こちらから頼みたいことだ」
そう言って、牙を剥き出すカシム。……笑顔を作るのはあまり得意ではないらしい。
「うう、名残惜しいなあ。でも申し訳ないのも確かだし、仕方ないか……何か面白いものがあったら教えてくれるかな?」
そうぼやいているのはアゼル博士だ。その知的探究心、共感できないわけではないがな。
「あ、そうそう、一応伝えておこうか。ちょっと調べてとりあえず分かったことなんだけど……どうやらここ、何かの研究施設だったみたいだね」
「研究施設?」
「うん。それも、生物系の研究みたい。いわゆる生物兵器の、ね」
博士は肩をすくめながらそう言い放った。生物兵器……か。
「具体的な内容までは分からないけどね。奥に行けば行くほど、大型で強力なやつを取り扱っていたんじゃないかなってのがボクの予想」
「うーん、これはいよいよ、かつての生物兵器とご対面って展開が濃厚になってきたかな!」
「さすがに数千年前なら生きてないと思うけれど……」
「イリア、それフラグって言うんだよ?」
「え、ええ……?」
「ふっ、賑やかだな、お前たちは。その辺りは、進んで実際に調べてみるしかあるまい?」
「その通りだな。では、俺たちはそろそろ進むとするか」
「じゃあ、イリア君に暁斗君、だよね? 迷惑をかけるけどよろしく頼むよ」
「はい、お任せください!」
このような遺跡の中での出逢いとは、縁とは不思議なものだ。ともかく、俺たちは仕事をこなしてみせないとな。