蝙蝠と鋭牙と乱入者と
蝙蝠の群れは、手応えのない獲物よりも俺たちを先に喰う事を決めたようだ。俺と暁斗による牽制を避けると、甲高い鳴き声を上げて一気に飛び立つ。
「今度はあたし達もやるよ、瑠奈ちゃん!」
「うん!」
イリアと瑠奈が、空に向けて弾丸と矢を放っていく。イリアは広域に弾丸をばら蒔くのが基本的なスタイルで、このように群がる相手には向いている。瑠奈もまた、能力により追尾する矢は、すばしっこさを武器とする相手からすれば天敵だろう。集中砲火で翼に風穴を空けられた蝙蝠が、地面に落ちていく。
「下手な鉄砲だが、数撃ちゃ当たるってやつだぜ!」
暁斗もまた、中距離まで踏み込んだ後に、踊るような動きで周囲に弾丸をばら蒔く。巻き込まれた相手の悲鳴が上がった。深追いはせずに、軽いフットワークで一定の距離を保っていく。
「……はぁっ!」
こういった連中には、とにかく攻撃を当てることを優先した方がいい。そこで俺は月光を使わず、波動を広域に放射した。一撃で仕留められるほどの威力は無いが、足留めには十分だろう。
動きを止めた蝙蝠の翼を瑠奈の矢が貫く。……戦闘においては、変なことを意識する必要はない。お互いに癖は理解しているからな。
大群との戦いでは、とにかく数を減らすことが先決だ。この物量で群がられると、捌ききるのは困難になる。いくらランクが低かろうが、首でも噛まれれば間違いなく致命傷だ。油断はできない。
相手の特性上、銃も矢も相性は良いと言える。一方で、大型化しながらも素早さを失っていない彼らに対して、近接武器は全般的に効果が薄い。
「ちっ!」
さすがに、接近される前に全てを落とすわけにはいかなかった。3匹が一気に襲い掛かってくるのを、体術で何とかいなす。隙を見て抜刀し、1匹を両断することに成功した。
「瑠奈ちゃん、動かないでね! この程度なら、破られることはないから大丈夫!」
「うん、分かった! ちょっと心臓に悪いけどね……!」
瑠奈たちにも蝙蝠が飛びかかっているが、そこはイリアが的確に防御する。結界に蝙蝠が阻まれているうちに、イリアは弾薬のリロードを、瑠奈は次の矢の装填とPSの発動を行っている。
「お前らみたいにキーキーやかましい奴らに……俺の妹に近寄る資格はねえんだよ!」
二人が身を固めている所に、暁斗が集まっていた蝙蝠を強襲する。蝙蝠を上回る素早さの攻撃は、的確に二人を狙っていた奴らを追い払った。
「平気かよ、瑠奈!」
「うん、ありがと!」
「あれ、あたしもいるんだけど?」
「そ、そういうことじゃないって! お前は心配しなくても大丈夫……だあぁ、からかってねえで戦うぞ!」
戦闘の緊張をほぐすように軽口を叩きつつ、3人は一斉に弾薬を撒き散らした。あちらは気に留めずとも問題はなさそうだ。どちらかと言えば……。
「うわっと、危ないなあ!」
群がる蝙蝠を無理やりに払いのけるフィオ。ハンマーはどうしても大振りになってしまうため、宙を舞う蝙蝠は彼の技量を持ってしてもやりづらいようだ。それでも数匹を仕留めているだけでもさすがと言える。
「フィオ、大丈夫か!」
「大丈夫だけど、さすがに相性が悪いか。こうなったらあっちの姿に……おっと?」
空を切るハンマーに愚痴を溢していたフィオが、声を上げた。視線が、奥の入り口に向けられている。
「みんな、新手みたいだよ!」
「なに……!」
フィオが宣言したのとどちらが早いか、入り口の扉が開き、大型の獣たちが一気になだれ込んできた。どうやら、戦闘の気配を察知したようだ。夜空のように黒い毛並みの、大型の肉食獣。
「影牙獣か! ……蝙蝠は俺が引き受ける、みんなはあちらに!」
「いけるのかよ!?」
「策はある!」
「オーケー、なら、こっちは任せたよ!」
蝙蝠はまだ半数ほどが残っているが、問題はない。それに、試したいこともある。
フィオが俺の判断を了承した事を皮切りに、みんなは新たな敵へと向かっていく。俺がやるべきことは、一刻も早くこちらを片付けてしまうことだ。
「来い!」
翼を広げて、飛び上がる。必然的に、奴らは俺へと群がってきた。それを、可能な限り引き付ける。その間に、俺の中で力を高め、溜めていく。
「ふううぅ……!」
研ぎ澄まされた感覚で、攻撃を避ける。避ける。避ける。まだだ、まだ距離が少しある。タイミングを見極めろ。無駄な力を浪費せず、最大の一撃を……放つ!
「――――うおおおぉっ!!」
この前と同様、周囲に波動を放出。それは狙い通りに蝙蝠の群れを瞬く間に呑み込むと、衝撃で連中を強烈に吹き飛ばしていった。
耳障りな悲鳴に続く、強烈な衝突音。至近距離にいた連中は、その衝撃に全身を砕かれ、息絶えていく。引き付けは完璧だった。その甲斐もあって、討ち漏らした相手はいない。
次々と、地面に落ちていく蝙蝠の亡骸。間違いなく、群れの全てを仕留めていることを確認した。
「……くっ」
しかし全身に訪れた虚脱感に、俺は思わず小さく呻いた。可能な限り効率化を目指してみたのだが、それでも消耗は避けられなかった。支障が出るほどではないが……まだ、改善の余地がありそうだ。
こうして、実戦で技を磨いていかねば、連中には届かない。最低限、かつてと同等までは……〈月の守護者〉の力を発揮できるようにならなければ。
ともかく、これで蝙蝠の群れは何とかなった。ならば、次だ。
「全く、いくらこっちの姿だからって、少しは力の差を察してもらいたいものだよ、ね!」
視線を向けると、影牙獣も数を大幅に減らしていた。フィオが豪快に振り上げたハンマーは、影牙獣を天高くまで舞い上げている。あれの直撃を喰らった以上、生きてはいまい。
「因縁の相手ってやつだけど……同じようには、いかねえぜ!」
一方の暁斗は幻影神速を発動させると、完全に向こうを手玉に取っていた。相手の攻撃をいなし、カウンター気味に銃弾を浴びせていく。だが、そんな暁斗の背後から迫る、もう一体の影牙獣。
「そら、よっ!」
しかし、それも暁斗は把握していた。強化された脚力で高く飛び上がると、二体目の背中をすべり落ちるようにしながら銃弾を叩き込んでいく。
最後にはブレードを首に叩き付け、一体の頸動脈を断ち切る。噴水のような出血と共にそいつは卒倒し、白目を剥いた。そのまま勢いを殺さずにもう一体の左脇から胸を撃ち抜いた。……あの角度なら、確実に心臓を捉えているな。がくりと崩れ落ちた相手は、血を吐くと少しだけもがき、そのまま事切れた。
「ナイスだよ、暁斗!」
「足は引っ張りたくねえからな!」
かつて苦戦した相手に対してこの余裕だ。それだけ腕を上げたという証拠だ。だが、まだ数は残っている。
「切り込む! トドメ頼むぜ、ガル!」
「ああ、任されよう!」
俺の返答ににやりと笑うと、暁斗は銃撃と共に相手の中に突撃する。俺も波動の刃を数発飛ばしてから、駆け抜けた。
銃弾と刃は直撃こそしなかったものの、足を止めるには十分だった。そこに、暁斗がブレードを展開して一気に詰め寄った。
「そらぁっ!!」
そのまま斬り抜け……影牙獣達の脇腹の辺りから鮮血が吹き出た。苦痛に悲鳴を上げる獣。動きは、完全に止まっていた。俺も、間髪入れずに全力で懐まで踏み込んだ。
「……そこだ!」
首を狙った一閃は、寸分違わず狙いを捉え……獣の頭が複数、宙を舞った。死の間際の苦しみは、できるだけ感じなかっただろうと思う。
「目標に……集中砲火!」
「行っけええぇ!!」
数を減らして狼狽える群れに、続けて降り注ぐ後衛の射撃。雨霰と降り注ぐ弾に、何体もの獣が地面に沈んでいく。
しかし、まだ全滅には至っていない。弾丸を掻い潜り、前衛の3人がそれぞれ別の個体に襲い掛かられる。
「ったく、フィオ、脅したら……逃げねえのか!」
「逃がしてもいいならやれるけど、他の人が襲われるかもだからね! 僕たちが頑張るよ!」
「ああ。残りは少しだ、確実に……?」
だが、その時、再び部屋が開いた。一瞬、UDBの新手かと思ったが……あれは。
「おおおおおおぉっ!!」
怒号と共にこちらに向かって駆け抜けてきたのは……確かに、人だった。
そいつは手に大剣を握り締め、影爪獣へ向かって一気に近寄ると、身体を大きくひねりながら、その剣を横薙ぎに振り回した。
そして、大剣のひと振りは……不意を突かれたUDB達の身体を、見事なまでに一刀両断してしまった。
「……すげえ……!」
「……ひゅう」
重量のある大剣を軽々と振り回し、一撃でまとめて数体を両断……並大抵の力と技量で出来ることではない。
UDBの群れは……今の一撃で最後だな。予想外の結末を迎えた戦闘に、俺たちは乱入者に視線を向ける。