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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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海翔のヒミツ

「うわ、何だこりゃ……」


 扉を開くと飛び込んできた光景に、橘がそんな声をもらす。そこは今までと同じような通路なのだが、道の両脇を、川のように水が流れていた。


「地下水脈でもあったのを通して建てたのかしらね」


「何のためにそのまま流してるんだろうな?」


「そこに何か書いてあるようだが……駄目だ、掠れて読めないな」


 歴史教師としては、こういった文化財への興味は尽きない。さすがにオレが現をぬかしているわけにはいかないが、調べた結果などは知りたいものだな。

 一応、旧世紀の文字に対する知識はそれなりにあるつもりだが、半分以上が潰れてしまっては、さすがにオレには解読は難しそうだ。


「けど、こういう水があるならUDBが生き延びる事もできるっちゃできる、のかな?」


「ま、可能性は上がったんじゃねえか? けど、数千年ここで暮らしてたにしたら、やっぱ……綺麗すぎるんだよな、この遺跡」


「そうだね……わたしも、そう思うよ。所々は荒らされていたり壊れていたりはしているけど、本当はもっと酷い状態でおかしくないもの。食物連鎖が成り立っているなら、もっとその痕跡が残っていてもいいはずだし……」


「そうね。やっぱ、最近になって繋がった侵入口があるって考えた方が納得できるわよね」


 オレを先頭に、通路を進んでいく。UDBの気配は、水の中を含めても無いな。


「にしても、透き通ってて綺麗ね。ねえ、飛鳥、何なら泳いで進まない?」


「え? さ、さすがに少し冷たいと思います……地下水だし」


「あは、冗談だって。水着持ってるわけじゃないし、服が透けちゃうから……そこにいる獣たちが発情期になっちゃうものね」


「誰がアトラだっつーの!?」


 とても悪戯っぽい笑みを二人の男子に向ける美久。……橘の中ではアトラと発情期は同じ意味の文字列らしい。


「あら、浩輝は興味ないのかしら? ス、ケ、ス、ケ! の飛鳥」


「んなっ!?」


「飛鳥って着痩せするタイプで、けっこうスタイルは悪くないのよ? 水着とか着たら映えると思うわよー。出るとこがしっかり出てるってやつ? 夏になったら海に誘うといいわよ」


「そ、そりゃ楽しみ……はっ、じ、じゃなくて! な、何言ってんだっつーの!」


「も、もう、美久さんっ!?」


「あは、ほんとからかいがいがあるわよね、浩輝は。飛鳥もかわいいし……いいじゃない、スタイルの良さは女の武器よ?」


「……それなら自分は初期装備じゃねえかっての」


「だまらっしゃい童貞トラネコ!」


「ちょっとぐらい反撃したっていいじゃねえか!?」


 ……若いな。こういうのを聞いていると、たまに年代差を感じる。いや、別にオレも女性に興味が無くなったわけではないが、妻子を持ってからはあまりそういう話をするつもりにはならない。つもりがあっても後が怖くて出来ないが……コホン。


「そういう話で言えば、コニィの水着は破壊力高そうだよなー。同年代じゃ飛び抜けたスタイルだしよ、あれ」


「下世話な話ねえ」


「始めたのお前じゃねえかよ。健全な男子なんだし、興味ねえ方がおかしいだろ?」


「それを女子の前で、あまつさえ惚れてるって言ってる相手の前であけっぴろげに言うのはどうなのよ」


「好きな相手だからこそ、ありのままの自分を見せとかなきゃ後がきついだろ?」


「……よくもまあ、そんな台詞を恥ずかしげもなく吐けるわよねえ」


「その心臓の強さがちょっと羨まし……オレも好きって言えれば……」


「……? どうかしたの、浩輝くん?」


「ふうぇ!? な、なんでもないぜ!?」


 もう、と呆れたような息を吐く美久。こうしてストレートに気持ちを口にしているのは、如月くらいのものだ。美久の側も満更でもないのだろうが、だからと言ってすぐに応える程でもなさそうだ。他の連中よりはよほど進んでいるがな……少なくとも、横で必死にごまかしている橘よりは。


「ほんっとにガキだよな、お前って。色々とフォローしなきゃいけねえ俺の身にもなってくれって」


「……へえ、そういうことを言いますか海翔くん。オレは知ってるんだぜ? 最近、小説とか専門書に挟んで、恋愛指南系の本を何冊も買って、部屋に隠してやがるのをな……」


「んぁっ!? て、てめえ、何でそれを……」


 橘の思わぬ反撃に、如月が裏返った声を出す。その様子に、してやったりと言うように橘はにやりと笑った。


「いやあ、余裕しゃくしゃくに見えて、実際は不安で不安で仕方ないってか? ああ、そういやこの前は獅子王でエリスさんに色々とレクチャー受けてたって……」


「止めろおぉ! それ以上言うんじゃねえぇ!! てかあの人バラしやがったなあぁ!?」


「やかましいわマニュアル男! いっつも上から来やがってこの野郎、お前がその気ならオレだってネタはいっぱい持ってんだぜ!?」


「あーもう、また始まった……」


「二人とも、喧嘩は駄目だよ……!」


 いつも通り、些細なじゃれあいから始まる取っ組み合い。全く、この二人は、オレがいることを忘れているんじゃないだろうか。するほど仲が良いとは言うが、さすがに仕事中にはな。

 ……しかし如月も、泰然としているように見えて、裏での努力や弱さなどを晒されるのは本当に苦手みたいだ。そういう性格、と言ってしまえばそれまでだが……()()()も関係はしているだろうな。


「二人とも! ……程々にしないと瑠奈に言いつけるわよ?」


「ひっ!?」


「うげっ!?」


 と、そんな事を考えていてオレが止める前に、美久の一言が飛ぶ。咄嗟に思い付いた言葉だったのだろうが、実際に効果はてきめんで、怯えた二人は(綾瀬は普段、何をしているんだ……)バランスを崩し……それが少しまずかった。


「おわああぁっ!?」


 二人が取っ組み合っていたのは、ちょうど水路のすぐ近く。それを背にしていた橘はまだ良かったが、勢いよく橘に突っ込んでいた如月は、バランスを崩した拍子に思いっきり水路に向かって飛び込んでしまった。結果、当然のごとく落水。


「ちょっと、何やってるのよ海翔?」


「あ、やべ……!」


 とは言え、流れも対して早くない、大丈夫だろう……そう思ったのも束の間。橘が急いで如月が沈んだ辺りに駆け寄る。そして如月は、激しく暴れながら浮いたり沈んだりを繰り返している。


「がは……んぶっ!?」


「海翔くん!?」


「ち、ちょっと? 早く上がりなさいよ!」


「ちがっ……ごぼ……沈、ん……!」


 しまった、失念していたが、如月は確か。早く引き上げ……ん?


「お、おい、カイ……」


「がぼっ、こ、浩輝……助、け……!!」


「……言いづらいけどよ。そこ、浅くねえか?」


「ぶはっ…………え?」


 橘の指摘が、かろうじて耳に届いたようだ。

 如月の動きが止まり……真っ直ぐに立っているが、首から上はばっちり水面に出ている。足も床についている。せいぜい水深は1.5メートル弱程度だったようだ。


『………………』


 一同の間に、妙な沈黙が広がっていく。橘はやれやれと言いたげな様子で肩をすくめていた。

 息を荒くしながら、如月は水面スレスレまで思いきり俯いている。小刻みに震えているそれが、恥ずかしさから来ているのは確認するまでもない。


「海翔。あんた、もしかして……」


 遠慮がちな――だがしかし、どこか哀れんだような――美久の問いかけに、如月は羞恥に顔を大きく歪めながら、限界を迎えたらしい。


「……あああぁ!! そうだよ、どうせ俺は泳げねえよ! 筋金入りのカナヅチだよ! 水に入るだけでパニック起こすヘタレだよ! 浮き輪使っても沈むレベルのデブトカゲだよ! 名前に! 海って! 入ってても! 駄目なもんは駄目なんだよちくしょうが!!」


「いや、誰もそこまで言ってねえぞ……?」


 よほど知られたくなかったのか、珍しく自虐的に、と言うよりもヤケ気味にわめきちらす如月。

 元々、竜人の多くは泳ぎが苦手な傾向にある。筋肉質で比重が重い者が多いため、水に浮きづらいのだ。……無論、彼のカナヅチはそれを差し引いても筋金入りなのだが。彼の家系は、オレが知る限り全員が水に入ったら帰ってこないタイプだったからな。……カナヅチが遺伝するものなのかと問われれば困るが。


「ま、まあまあ。落ち着きなさいよ海翔。いいじゃないカナヅチだって! 誰だって苦手なもんくらいあるでしょ? 泳げないだけだもの、ほら、私は泳ぎ得意だし! あんたが溺れたって助けてあげるから! ね?」


「そ……そうだよ海翔くん。苦手なものは出来る人がフォローすればいいんだよ。わたしも泳げるから……海翔くんは無理に泳げなくても大丈夫だよ!」


「……二人とも、それトドメ刺してねえか?」


 善意であるが故に余計にきつい、そんな慰めにがっくりとうなだれながら、如月は水から上がってくる。……真っ白に燃え尽きているとはこういう姿を指すのだろうか。


「あーあー、ずぶ塗れだな」


「防水かもしれんが、電子機器の類いは気を付けておけよ」


「……はい……気を付けます……」


「そこまでへこまなくたって……」


「いや、さすがにこれはカイに同情すっぞ……?」


 すっかり意気消沈してしまった如月を引き連れて、オレ達は足元に注意を払いつつ進んでいく。……やれやれ。必要になれば元に戻るだろうが、しっかりフォローしてやらなければな。




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