遺跡探索 2
「圧勝かよ。さすがに、相手が悪かったって感じだな」
2体とも仕留めた事を確認してから、他の3人も駆け寄ってくる。暁斗はそんな事を呟きながら、岩犀の亡骸を一瞥した。
「フィオもガルフレアも、さすがだね」
「ふふん、前より腕も上がってるでしょ?」
パフォーマンスのように鎚を空中で一回転させてから、背中に戻すフィオ。その後、倒した岩犀に視線を向ける。
「本当は角とか素材に使えるんだけど、さすがに解体は後回しだね。荷物になるし」
「確かに、あのサイズじゃ重そうだしな……」
UDBを倒す以上、その身体を有効に活用するのは、命を奪った側の義務のひとつだ。と、そんなフィオを暁斗がじっと見ていた。フィオもその視線に気付く。
「ふふん。暁斗も『UDBと戦うのに思ったより容赦ないんだな』とでも言うつもりかな?」
「え? あ、いや、そんなつもりじゃ……ごめん、少し思ってた。どうして?」
「君の妹も似たような反応したから、かな? まあ、二人に限らず割と言われるんだけど」
「ああ……」
「UDBって括りはあくまでヒトが作ったものだからね。僕からしたら違う生物だし、昔は色々と食べてたし。改造云々とかはさすがに気に食わないけど、生き死にの話は自然の摂理さ。襲ってきたなら反撃されるのも必然、ってね」
「……なるほどな」
苦笑しながら語るフィオは、決して命を軽く見ているわけではない。少年の見た目ではあるが、彼の経歴と実年齢を考えればその言葉には重みがある。
ふと、俺も視線を感じた。瑠奈が、こちらを見ている。目が合ったことで、彼女が口を開く。
「……ガル、身体は大丈夫そう?」
「ああ……問題ない」
「そう……それなら、良かった」
「…………」
お互いに、それ以上の言葉が出てこない。……喉まで、上がってきているのに。口を開こうとすると、昨日の夢が、鮮明に頭に浮かぶ。あれは彼女ではない、俺の妄想だと頭では分かっているのに……ただの夢だと、割り切れない。
だからと言って、今すぐにギルドを離れるほど短絡的にもなれなかった。それをすれば、俺は犬死にするだけだ。何をするにも、勢いで動いては駄目だ。それは分かっている。
瑠奈の顔を伺う。何かを堪えるような、とても辛そうな表情。それをさせているのが自分だと思うと……叫びたいような衝動にかられる。だが、出来ない。そんなことは、出来ない。
……俺は、彼女の純粋な善意を踏みにじった。それは八つ当たりだが、俺の本心でもあった。もしもここで和解したとしても、きっとこれから俺は、あのようなことを……また繰り返す。
そしていつか、みんなから、彼女から見限られてしまうのだろう。見限られるべきなのだ。俺のような、男は。
そう、思っているのに……捨てきれない。苦しい。たまらなく、苦しい。本当は今すぐ、地に頭をつけてでも、彼女に……俺は……。
「ガル……辛そうだぞ? 少し、水でも飲んだらどうだ?」
「っ……あ、ああ、済まない、大丈夫だ。少し……この遺跡について、考えていただけだ」
暁斗に声をかけられて、堂々巡りの思考から我に返る。様こんな調子でどうする。自分で言ったことじゃないか、私情を挟むわけにはいかないと。奴らが現れる可能性だってあるのに、他のことに気をとられている場合か。
暁斗はそれ以上何も言わなかったが、嘘には気付かれたかもしれない。そもそも、声をかけてくれたのも俺たちの気まずい空気をどうにかするためだろう。気遣わせていることが、申し訳ない。
「行こう。立ち止まっていても、仕方ないからな」
「うん、そうだね。先はまだまだ長そうだよ?」
そうして、俺たちは再び進み始める。曲がり角の後には、また長い通路があった。一直線なのは助かるところだが。
「しかしまあ、地に埋まった古代遺跡に魔物か。ほんと、RPGみたいだぜ。お次はフィオの言う通りにトラップか?」
「正しい順番でスイッチ押したら開く扉とか、そういうギミックかもよ? どうせなら宝箱でも置いてたらいいのに」
「あはは……男の子ってそういうの好きだよね。あたしはあまり詳しくないんだけれど。瑠奈ちゃんは?」
「……私はお兄ちゃんとか友達の影響で、そこそこ好きだった、かな」
暁斗が呟くと、そのままみんなで雑談に持っていき、少し重かった空気が緩んだ。全体で会話するぶんには、まだ何とかなるようだ。
「遺跡って聞くと色々と試したくなるよね、例えば壊れる壁とか。ハンマーで叩いたら開く隠し部屋とかないかな?」
「頼むから実践はしないでくれよ? 下手に壊したら学者達が白目剥きそうだし……そういやフィオって、そのハンマー軽々と片手でぶん回してるけど、どのぐらい重いんだ、それ?」
「うん? だいたい見た目通りだよ。2、30キロってとこかな。対人にも使うし、控えめにしてもらってるんだ」
「マジか……俺でも持てはするだろうけど、よくあれだけ扱えるよな。ってか、控えめなのか、それで?」
「うん、まあ本気を出せば、3桁でも余裕だけどさ。今のでもけっこう気を遣ってるのに、そんなもの人にぶつけたら即死しかねないし」
「うおう……」
「あはは……カイが前に力勝負してたけど、話にならないくらいボロ負けしてたよ?」
「ふふん。みんな、僕がSランクのUDBってこと忘れがちだよね?」
「いや、忘れてるわけじゃないんだけど、その姿の時ってどうなのかなって……」
「まあ、さすがに元々の姿と比べたら体格差もあるし、全体的に落ちてると思うけど。筋肉の質とか基本的なスペックはそんなに変わらなかったりするんだよ?」
子供っぽい仕草で笑うフィオだが、周囲の反応を見て、少しだけ真剣な顔をした。
「みんなはSランクUDBなんてイメージがつきづらいだろうけどね。僕は幼体だし、成体と比べれば全然だから。でも、はっきり言って、SランクのUDBはその名の通りに災害だよ」
「……話には聞くがな。人からすれば天災とイコールの存在、それがSランクだと」
「大袈裟に聞こえるかな? でも、ある意味では正しいよ。例えば、僕らの成体が本気になれば、一瞬でヒトを蹂躙できる。武器も通さない外皮、熱や冷気、電気に毒物などの高い耐性、そして強靭な筋力と高い飛行能力……自慢話っぽくはなるけど、あらゆる面で欠点がない、それが白皇獣って生き物さ」
「……おっかねえな」
「だからと言って生物だからね。急所を潰されればさすがに死ぬし、熱とか毒物の耐性だって限度はある。食事や呼吸だってしないと生きていけない。それに……英雄たちは規格外かもしれないけど、ヒトが僕らを倒した実績はある。その辺りの異質さが、僕がヒトに興味を持った原因でもあるけれど」
「異質……ヒトが、か」
「うん。君たちぐらいだからね、弱肉強食の世界において、力関係を表すピラミッドのどこにも置けないような存在は」
フィオは語りに熱が入ると、その節々に理知的なものを宿すことがある。彼は俺の10倍近い時間を生きているのだから、当然ではあるがな。
「まあ、今の僕はせいぜいAランクと大差ないよ。本気でやったとして、マスターとか誠司はもちろんだけど、ガルフレア辺りにも普通に負けちゃいそうだし。マスターとか、衰えたとか何とか言ってるけど、今なら一人でSランクも倒しちゃうんじゃないかと思うよ、僕は」
「……マスターって、本当に凄い人だよね。あたしが一生かけて特訓しても、絶対に届かない気がするよ」
「フィオ君、確か190歳くらいだっけ? 成体になるのって、どのくらいなの?」
「んー、300歳くらいかな。ヒトとは成長の速度がまるで違うから、寿命は1000年ぐらいだけどさ。……ちなみに、成体じゃなくても、子供はもう作れたりするよ?」
「え? ち、ちょっと、フィオ君……?」
「ふふん、瑠奈もけっこうウブな反応だねえ。実はちょっと興味はあるんだけどさ、UDBとヒトの間に子供はできるのかって。こんだけ色んな種族が交われる世界だし、意外といけそうじゃない?」
「……好奇心だけで試すんじゃないぞ?」
「あはは、さすがに相手への愛情ありきだって。僕ら高位UDBは、個体数は少ないけど寿命も長くて天敵も皆無に近いから、他の動物みたいにがっついて殖える必要はないのさ」
からかい口調で、にやついた顔を見せるフィオ。高位UDBの生態、か……彼と一緒に暮らすようになり、俺も多少は調べてはみたのだが、やはりSランクUDBともなると、その生態には謎が非常に多い。白皇獣は、比較的シンプルな種族ではあるが。
フィオ本人に聞いてみたことも色々とあるが、やはり興味は尽きない。お互い様なのだろうがな。
「……ん?」
そんな雑談をしつつも、警戒は怠っていない。通路がまた終わろうかと言うところで、フィオが足を止めた。
「どうした、フィオ。また敵か?」
「いや、敵って言うか……あの扉の向こうからけっこう新しい血の臭いがする」
「え……」
その言葉に、みんなの顔色がさっと変わる。血の臭い?
「多分UDBだと思うけどね。足音とかはしないし、生きてる相手はいないみたいだけど」
「……とりあえず、開いても大丈夫なのかな?」
「うん。念のため、僕が先頭で入るね」
フィオが扉に近付くと、駆動音を立てながら自動扉が開く。今度は、少し大きめの部屋だった。目算だが20平方メートルほどか。周囲には、よく分からない機材のようなもの……の残骸が散乱している。俺たちが入ってきた扉のちょうど向かい、それから右側にも扉があるのが見える。
「うわ……」
そして、フィオの予想通り、そこには血の海が広がっていた。合わせて5体の、UDBの死体だ。影牙獣に、岩犀……どちらも、バストールで自然に生息している種だ。俺たちはその亡骸に近付いてみる。少し調べてみると、どいつも、深々と開いた傷口から大量に血を流しているようだ。……この傷は。
「どう思うよ、瑠奈?」
「縄張り争いか何か……かとも思ったけど、そうじゃないみたいだね。これ、武器でやられた傷みたい」
瑠奈の意見に、他の者も同意する。これは、何らかの刃物で斬られた傷跡だ。
「ガルの刀みたいにすっぱりと斬り裂いたと言うよりは、力任せに叩き斬られた感じの傷口だね。でも、一撃で仕留められてる。手練れかな」
「他のギルドかな?」
「どいつも同じ武器の攻撃で倒されているようだ。だとすれば、一人でこれをやったのかもしれないな」
これは、ランドと同じような大剣だろうか。フィオの言う通り、叩き潰されたような傷口になっており、一撃で致命的なダメージを与えている。余計な傷がほぼ残っていないのは、達人である証拠だ。
「血が、流れてからそこまで経っていないみたいだね。戦闘が起こったのは、ほんの少し前だと思うよ」
「イリアに同意だ。だとすれば、少し急げばこの戦士と合流できるかもしれないな」
「どんな相手か分かんないからな……嫌なやつだったり、一人がいいってやつだったりしたらどうするかな」
その懸念はもっともか。実力と性格が必ずしも比例するとは限らない。可能であれば力を合わせるべきだが、そりが合わない者が無理に組めば互いのリズムを崩すだけになるだろう。
「その時はその時で考えるとしようよ。無理に組む必要はないけど、連絡だけでも出来れば有り難いし……今回は僕の事はランドが事前に通達してくれてるからね」
「そうなの?」
「遺跡内で出くわして勘違いで襲われました、なんてさすがに嫌だからさ、僕がいいって言ったんだよ。バストールのギルドだけなら顔馴染みだらけだしそんな必要もないんだけど、フリーランスが混ざってる以上はね」
苦笑しつつ、フィオは次に周囲へと目を向ける。散乱した金属片のひとつを拾い上げると、しげしげと観察を始めた。
「うーん。見たところ材質はそこまで特殊じゃなさそうだけど……ここまで細かく割れてると、何だったのかも分からないね」
「そうだな。この部屋が何のために使われていたのか分かれば、何の遺跡かにも目星がつけられるんだが」
調査は後で任せると言えど、やはり興味はある。それに、探索の助けになる可能性もあるからな。
「奥に進んでる人たちがいるんだから、何か分かったのなら、ランドさん達には連絡が来てるんじゃないかな? 聞いてみようか?」
「分かってないなあイリア! こういうのは、自分で解き明かしてこそでしょ!」
「え、ええ?」
「……やれやれ。だが、もしも俺たちが知るべき情報であれば、発覚した段階で向こうから通信があるはずだ。さて、分岐点をどちらに進むか、だが……」
ひとつは、この部屋を訪れた戦士が辿ってきた道となるだろう。そちらを進めば逆走することになってしまう。
「んーとね、多分、正面の扉に行けばいいと思う。血の臭いが、そっちに続いてるからね。その人がそっちに進んだみたいだ」
「分かるのかよ?」
「このぐらいは朝飯前さ。野生のレーダーにお任せ、ってね?」
事実、フィオの感覚の鋭さにはいつも助けられている。俺が能力を発動させたときも感覚は鋭くなるが、ここまでではないからな。
「どっちにしても、そんなに入り組んだ構造してるなら、全部ちゃんと調べるにはかなり時間がかかりそうだね」
「だな。迷わねえに気をつけようぜ」
時間はある、焦らずに進もう。しかし、ここまでの使い手か……フリーランスが精鋭揃いという話は、決して大袈裟ではないのだろう。
そう言えば、ローザはもうこの国を出てしまったのだろうか。相方が来ればすぐに離れるとは言っていたが……フリーランスの認定証、あれが果たして本物であるか否かは俺には知るよしもない。そう簡単に偽造できるとは考えたくもないが。とにかく、俺の行動を彼らが監視している以上は、ああいった形で彼らと遭遇する事も、考えておかねばならないだろうな。