遺跡探索
「さて、と。それじゃ、張り切って調査開始と行こうか?」
予定通りに3班に別れた後、フィオが満面の笑みを浮かべてそう言った。
「楽しそうだね、フィオ君」
「うん? 楽しみだよ、実際にね。古代文明の遺跡なんて、ロマンの塊じゃん。ただでさえヒトの歴史って、僕からすれば興味深いからね」
「はしゃぎすぎて、罠に引っ掛かるとかならないようにしないとな」
「ふふん。それはそれで、冒険小説みたいで面白いかも?」
「……はは。わざと踏み抜くとかは止めてくれよ?」
フィオの明るい振る舞いに、少なからず助けられていた。沈黙していたら、余計なことを考えていただろうから。
最初は、細長い通路が続いている。高さも幅も十分にあり、戦闘になっても動きに支障は出ないだろう。見た範囲では、特に脅威になりそうなものもないが、慎重に越したことはないか。
「だけどまあ、この遺跡が元々何だったのかってのによるよね。お宝を護る宝物庫だったとか、厳重な施設だったとかならまだしも、もしかしたら普通の人が使う何かだったのかもしれないし」
「見たところだとあまり判断はつかないけど……入り口の感じからして、最初から地下に作られたって雰囲気だよな?」
「そうだな。窓の類いが無いことからも、その可能性は高そうだ」
「じゃあ地下シェルターとか?」
「それか秘密の研究施設とかかもしれないね。とんでもないバケモノが生まれちゃって破棄されたとか。そして、今でも奥にはそいつが生きてて、遺跡が掘り起こされた事により目覚めの時が……」
「おいおい。どこの映画だよ、そりゃ……」
「ふふん、可能性はゼロじゃないと思うけどね? 何しろ旧世紀はともかく、黒の時代の事は殆ど分かってないんだし」
「あは……まあ、調べていけばその辺も分かるだろうね。アトラ君も言っていたけれど、そのためのあたし達だし」
雑談をしているうちに通路も終わり、目の前にあった扉が開く。基本的に遺跡内の扉は自動で開くようだ。今度も廊下のような場所で、先と違って扉がいくつも並んでいた。
「ひとつずつ開けていこうか?」
「ああ。フィオ、敵の気配はあるか?」
「ううん。と言っても、油断は大敵だけど」
言いつつ、フィオを先頭に、端の扉から開いていく。内部は小部屋のようだ。
「……これは、ベッド……みたい、だね」
「ああ。原型はあまり留めていないが」
瑠奈の言う通り、部屋の中には二段組のベッドが並べられていた。しかしそれらは、爪や牙と思われるもので引き裂かれていたり、支柱の部分がへし曲がっていたりと、かなり無惨な状態だ。それ以外には特に何もない、とてもシンプルな部屋だった。
ひとまず内部に入ってみる。床にはシーツや掛け布団の残骸が散乱しているが、それだけだ。これといって手がかりのようなものはないと判断して、俺達はすぐに出る。
「フィオ、どんな相手か分かんないか?」
「んー、さすがにこれだけだとね。強いて言えば、あまり大型のはいないだろうってことぐらい」
続けて、暁斗が隣の扉を開く。飛び込んできたのは、殆ど同じ光景だった。
「他の部屋もそうみたいだな……ここで働いていた人が泊まっていた区画だったのかな?」
それ以外も一応開いてみたが、この並びにあったのは全て寝室で、かつほとんどが荒らされていた。
「UDBが長いこと巣にしているのは確実みたいだね。やっぱり、あたし達が入ってきた以外の入り口があったのかな」
「未開拓地区は広大だからな。人には見付けられない場所があったとしてもおかしくはない」
「最初っから中にいたってのはやっぱり考えづらいよな……ほんと、何で入り口が開いたんだろうな?」
「マスターが言ってた事もあるし、慎重に調べないとね」
『分かっているかもしれないが、人為的に入り口が開かれた可能性もある。それは十分に念頭に置いておくべきだろう』
『人為的に……また、リグバルドって事ですか?』
『証拠があるわけでもないが、警戒に越したことはない。いかんせん、不可解な部分も多いからな』
解散前に、ウェアの言っていたことを思い返す。確かに奴らならば、他の誰も知らない遺跡の存在を知っていたとしても不思議ではない。
「いずれにせよ、奥まで入ってみるしかないだろう。最後まで調べれば、少しは分かるかもしれない」
「うん、そうだね。……と」
荒れた部屋を順番に開きつつ、最後の部屋から出た辺りでフィオが足を止めた。その意味を察した俺たちは、彼の視線を追いつつ神経を集中させる。月の守護者を発動させたことで、俺にもその音は届いてきた。
「……足音。向かってきているな。複数だ」
「人じゃ……ねえよな」
「うん、獣の匂いだし、音が重い。四足獣かな。けっこう早いよ、すぐに動けるようにね」
そうフィオが言ってからすぐに、足音は他のみんなにも届いたようだ。どんどん大きくなるそれが、次第に迫り――
「来るよ!」
その号令から、一秒足らず。漆黒の影がふたつ、曲がり角から飛び出してきた。
敵が間違いなくUDBであることを確認してから、瑠奈たちの一斉射が相手に浴びせられる。出鼻をくじくことは出来たようだが、しかし、相手は非常に頑丈な皮膚でそれを受け止め、仕留めるには至らなかった。
現れたのは、どことなくサイを思わせる中型の獣。全長は3メートル強程度で、鼻先には長く鋭い角がそそりたっている。普通のサイと同じく視力は弱いものの、それを補うように嗅覚と聴覚が優れており、それで俺たちの気配を察知したようだ。何よりも特徴的なのは、その強固な外皮だ。まさに岩石と言うべき見た目と、それに違わぬ硬度を誇るその皮膚から、彼らは〈岩犀〉と呼ばれる。
「フィオ!」
「うん! 暁斗たちは無理しないで下がってて!」
「ちっ、了解!」
前衛の二人が前に出て、一体ずつを相手取る。ランクはC、格別に危険な相手ではないが、銃弾をも通さない皮膚は、瑠奈たちには少々相性が悪い。瑠奈ならばPSを活用すれば通用するかもしれないが、苦手な系統なのは確かだろう。
まともにダメージを通せるのは俺たち二人……本来は俺も、固い相手は得意ではないが。
岩犀はその体躯からはイメージしづらい勢いで、こちらに突進を放ってきた。後ろの三人が気になるが、イリアがいる以上は大丈夫だ。自分だけに集中する。
「はっ!」
小手調べとばかりに、すれ違いざまに脇腹を切りつけてみる。案の定と言うべきか、手応えは薄い。最近は鉄獅子や鎧蜥蜴のように頑丈な相手との戦いが多いが、あいつらと比較しても格別に堅いな。
普通の刀ならば斬りかかるだけでも折れてしまいそうな相手だが、月光はグランニウムを含む合金で研ぎ澄まされた業物だ。易々と刃こぼれするようなものではない。それに、月の守護者を注ぎ込んだ状態では、刀そのものの強度も上がる。
突進の勢いこそあるが、俺からすれば見切るのは容易だ。隙をついて急所を狙うこともできるだろう。だが……今から取るのは別の手段だ。実戦こそ、技を磨く絶好の機会。精神を集中させ、月の守護者の発動段階を上げる。
「……来い!」
狙い通りに再び突撃してきたところで、翼を使って飛び上がる。奴は壁に強烈に激突したものの、そこまでのダメージにはなっていない。それでも、俺のことを一瞬だけ見失ったようだ。その一瞬で、十分だ。
「はあああぁっ!!」
渾身の波動を練り上げ、月光に注ぐ。光が刀身を覆い、それ自身が刃となっていく。……武器を媒介に、圧縮した波動を物質の代わりとする。これも、月の守護者の応用のひとつだ。
最終的には、本来の刀の倍ほどにまで、光の刃が生成された。波動の刃は、力を注ぎ込んだ月光と同じだけの、絶大な切れ味を誇る武器となる。
俺は翼をはためかせ、一気に突撃していく。全力を込めた光刃の振り下ろしは――岩犀の鎧をあっけなく貫き、その全身を真一文字に両断した。
そのまま着地して、壁にぶつかる前にブレーキをかける。背後を振り返ると、真っ二つになったUDBの身体が、どさりと崩れ落ちたところであった。
「……悪く思うな」
出力を弱める。一日動けなかったが、身体の調子は問題なさそうだ。それを確かめるためにも、敢えて真っ向からの撃破を試みたのだ。
そして、向こうも終わりが見えている。
「そぉ……れっ!」
俺が見たときには、仰向けに倒れた相手の腹に向かって、大鎚による渾身の一撃が叩き付けられていた。フィオの破壊力に溢れる攻撃は、このような相手にも絶大な効力を発揮する。
岩犀は大きく目を見開いたかと思うと、血の混ざった吐瀉物を大量に吐き、数回の痙攣を残して動かなくなった。あれは恐らく、胃が破裂しているだろう。ショック死、少なくとも失血死は免れない。
……30秒程度、か。素早く片付けられたほうだろう。