すれ違う二人
結局、一晩じゃ何を言うべきかはまとまらなかった。
朝、いつもの起床時間。正直、あまり眠れてないので、少しだけきつい。でも、そのまま寝てるわけにもいかない。
「………………」
早く行って話さなきゃと焦る気持ち。顔を合わせるのが怖いという気持ち。半々だった。でも、どちらにしても……逃げちゃダメだ。そうしたら、私とガルはずっとこのままになってしまう。
(――いい加減、素直になれよ)
コウに言われた、あの言葉。私がずっと、ひた隠しにしようとしてきた感情。指摘されちゃったからか、それが駄目になっちゃいそうだからか、自分に嘘をつけなくなってた。
嫌だ。このまま、ガルに何も伝えられないまま、終わっちゃうなんて。私は。私には、ガルが……。
「……行こう」
自分に喝を入れるために、そう口に出してから、私は彼がいるはずの一階に向かっていった。
「………………」
「………………」
だけど、意気込んではみたけれど……いざ、ガルと顔を合わせてみると、頭の中は真っ白になってしまった。
向こうも、明らかに目をそらしている。気まずい空気が流れた。
「……身体は、大丈夫……?」
「……ああ。平熱まで、戻った。問題なく、動ける」
黙ったままじゃ駄目だと、まず思い付いた事を口に出す。ガルも、ちゃんと返事をしてくれる。でも、そこで終わりで、また沈黙。
……駄目だ。頭が回らない。でも……最低限、これは言わなきゃいけない。
「ガル。昨日は、ごめんなさい……」
「…………。なぜ、君が謝るんだ……」
ガルの声が、一段低くなった。怒ってると言うより、すごく苦しそうな、そんな声。
「私が、あなたに色々と押し付けてたって、私、全く気付けていなかったから。だから……」
「……違う。昨日は、俺がどうかしていた。悪いのは、俺の方だ。済まなかった」
「そんな事ない、私だって……!」
「違う! ……君は、俺を気遣ってくれただけだろう。俺はただ、苛立ちを君にぶつけた……八つ当たりした、だけなんだ。あんなことを言ってしまった俺を……許す必要など、ない」
食い下がろうとした私を、鋭い声で制してからそう言うと、ガルはそのまま外の方に向かっていった。
「おい、ガル、どこに……?」
「風に、当たってくるだけだ。すぐに戻る」
そのまま出ていったガル。私はそれ以上を言うことも、追いかけることも出来ないまま、そこに立ち尽くしていた。
……拒絶、されたんだ。
悪いのは自分だ、許さなくていい。彼はそう言った。だけどそれは、話を強制的に終わらせただけ。それも、最悪の状態のままに。
まだ気持ちの整理がついてないんだろうか。それとも……整理がついた結果がこれなんだろうか。だとしたら、私はどうすれば良いんだろう? このままじゃ駄目だ、という事は分かるけど、それ以上頭が回らない。
「おいおい。あいつ、どうしちまったんだよ? 瑠奈ちゃんにまで……」
「朝から少し苛立ってた、って言うより思い詰めてたみたいだったけど。何かあったのか、瑠奈?」
「……うん。少し、色々と、ね……喧嘩、しちゃったんだ」
どうすればいいか分からずに、みんなにそう答えて、いつもの定位置に座る。追いかけるべきなのかもしれない。でも、追いかけても、何も言えそうにない。コウが小さく溜め息をついたのが見えた。
「喧嘩……ガルが瑠奈と?」
「……ごめん、あまり詳しくは言えない。でも、私はガルを怒らせちゃった」
本当は、全員に相談した方がいいのかもしれない。だけど、そう軽々と広める気にもならなかった。
「喧嘩ぐらいは当然あると思うけど……でも、あの様子は、重症だな」
「またいつもみたく、グルグルグルグル考えてドツボに嵌まってそうだぜ。ちょっとはマシになってきたと思ってたんだがよ……」
「最近は、あからさまに様子がおかしかったわよね」
「やっぱ、アガルトでの事が原因かもな。あいつ、昔の知り合いと戦ったんだろ? その時に、何か言われたんじゃないのか」
「……そうだろうな。昨日、治ったらゆっくり話そうと約束していたところだったんだが、後手に回ってしまったか」
みんなもやっぱり、ガルのことは前から気にしてたみたいだ。
難しい顔で唸るウェアさんは、席を立とうとする。多分、ガルのところに行くつもりなんだろう。だけど私は、そんなウェアさんを止めていた。
「ウェアさん、少しお願いがあります。先に、私に話を任せてもらえませんか?」
「……大丈夫なのか?」
「分かりません。何を言うべきか、もう少しだけ考えたいですけど……でも、話さなきゃいけないのは、確かなんです。ガルを悩ませている原因のひとつは、きっと私だから」
「瑠奈、それは……」
「自虐したいわけでも、自惚れたいわけでもないんです。でも、今のガルには……私が、向き合わないといけない。向き合って、あげたいんです。今まではきっと、私は……真っすぐ、それができてなかったから」
彼の背中に、護られるだけだった。だから私は、彼の背中を護ってあげたいと思った。でも……それだけじゃ、足りなかった。背中からじゃ、彼がどんな顔をしてるのか、見えなかった。
「マスター、俺からもお願いするっす。こいつがガルと向かい合うの、手伝ってやりたいんっすよ」
「コウ……」
「……分かった。だが、お前だけで無理をするんじゃないぞ? 俺もあいつの様子には注意しておく」
ふう、と息を吐いたマスターに、頭を下げる。と、その時、入り口が開いた。ガルが戻って……にしては早い。案の定と言うか、入ってきたのはガルじゃない、大柄な獅子人だった。
「邪魔するぞ。ウェア、いるか?」
「ああ。どうした、ランド。こんな時間に訪ねてくるのも珍しいな」
「なに、丁度通る予定があったのでな。……ガルフレアはどうしたんだ? 表で随分とへこんでいたようだが」
「色々とあったんだ。それよりも、用件があるんじゃないのか?」
「おお、まずはそっちだな。ま、俺が言わんでもそろそろ本部から連絡が来るとは思うんだが……」
そう前置いてから、ランドさんは真剣な表情で私たち一同を見渡した。
「端的に言うぞ。――昨晩、古代文明のものと思われる遺跡が、新たに発見された」