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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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素直な本心

「………………」


 私はガルの部屋の前で、扉を背にしたまま立ち尽くしていた。自分の部屋は目の前なのに、そこまで歩く気力すら沸いてこない。


 いつでも優しかったガルの、怒り。その対象になったのは、始めてだった。それに驚いているうちに、まともな反論なんかできないうちに。私は、はっきりと追い出された。


「……何一つ理解してくれていない、か……」


 ……どうして、こんな事になっちゃったんだろう。ただ、ガルの看病してあげようとした、それだけなのに。私は、何を間違えたんだろう。……()()()()間違えてたんだろう。何も、分からない。


「ガルフレア……」


 分かり合えてるんだって、お互いを信頼できてるんだって、そう思ってた。だけど……ガルは、本当にそうだったんだろうか。

 私は、一方的に押し付けてただけだったんじゃないだろうか。本当は何もかも、彼にとって迷惑だったんじゃないだろうか。そうだとしたら……今までの私は。


「……馬鹿、みたい」


 大会のあの日。ここに初めて来た日の夜。何があっても護ってくれるって、ガルはそう言ってくれた。私は、それがとても嬉しかった。勝手に……舞い上がってた。

 今度は私が彼の力になるんだって、頑張ってきたこと、全部、全部……彼にとって余計なことだったとしたら。邪魔でしかなかったとしたら、私は。


「……ルナ?」


 呼び掛ける声に、私は頭を上げた。そこにいたのは……どこか驚いたような顔をした、白虎の男の子。


「コウ……」


「……何か、ケンカみたいな声が聞こえたからよ」


 困ったような仕草で、だけど気遣ってくれてるのが分かるコウの声を聞いた途端……私は、何だか抑えが利かなくなってきて……。


「うおっ、と」


 気が付くと私は、コウの胸に飛び込んでいた。少しだけ驚いた声を出しながら、コウの腕は私をしっかりと受け止めてくれた。子供の頃からずっと知っていたはずの彼が、思ってた以上に逞しくなってるんだって気付いた。

 コウは片手を背中に回すと、ゆっくり頭を撫でてくれた。私が泣いた時に、暁斗がいつもしてくれた慰め方。ずっとそれを見ていたコウも、ある日からそれを真似るようになったんだっけ。

 さすがに大きくなってからは、そんな機会も無かったけど。そんな懐かしさが、変わらない優しさが、今の私には……。


「コウ……私、私は……!」


「……とりあえず、部屋に来いよ。話ぐらいなら、いくらでも聞いてやるからさ」















「……なるほど」


 コウは、落ち着くまで私を泣かせてくれた。話せるようになってから、簡単に事情を説明する。


「最近ちょっと様子がおかしいとは思ってたけどな……」


「うん……。それは私も分かってたから、心配だったの。だけど……それも、迷惑だったのかな。今まで、ずっと……」


「あのな。気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着けよ。極端すぎるっての」


 コウは頭をがしがしと掻きながら、ぴしりと私の言葉を止める。


「ケンカの時なんてイヤなこと言っちまうもんだろ。オレが何回、カイにひでえ言い方したと思ってんだ? って、そりゃ直さねえといけねえことだけどよ」


「喧嘩……なのかな」


「そうだろ。別にケンカだから軽く考えろってわけじゃねえぜ? へこむのはしょうがねえけど、ちゃんと原因考えようぜって話だ」


 原因。ガルが怒った、原因。私には、それが分かってない。いつから怒らせてたのかも。


「えっと……オレの意見だけど。まず、オレらがついてきたのがどうだったのか、ってとこからでいいか?」


「うん……」


「そうだな……負担はそりゃあるだろ。オレらはあいつより弱いし、あいつはオレらを護ろうとしてくれるしな。……けど、それだけじゃねえとも思ってる」


 そう前置いてから、コウはさらに言葉を続ける。


「迷惑なだけだったら、最初っからついて来させやしねえだろ。危ねえってのは分かってるんだし。嬉しいとも、思ってくれてたんじゃねえかな。オレらがいたから助かってる……そんなことも、あったんじゃねえか?」


「そう、なのかな」


「オレらと一緒にいた時さ、あいつ、前より笑ってくれるようになってただろ? お前、あれが全部演技だったとでも思うのかよ」


「そんなことは、ない。……思いたいだけかも、しれないけど」


「だったらそう思っとけ。とりあえず、最初から嫌だったってのはナシで進めるぜ?」


 話すのが苦手なんていつも言ってるくせに、こういう時にコウはちゃんと順序立てて物事を考える。その辺り、カイにもそっくりだ。


「ガルってさ、溜め込むタイプだろ?」


「……うん。それは知ってる」


 何もかも、自分の中で整理しようとして、呑み込もうとして、周りに吐き出さない。彼は、そういう性格だ。


「責任感が強え……ってか、強すぎんなよな。自分に責任がねえことまで、自分のせいにしちまう。事情的にしょうがねえとこもあるけど、度が過ぎてるってか」


「そう、だね。本当に、そう……」


「クソ真面目な上に卑屈なんだよな、あいつ。思い込み始めたら、勝手に色々考えてどんどん沈んでいくってか」


 後ろ向きで、何もかも自己完結しようとする。特に、出逢ったばかりの時はそうだった。……思い返してみると、ガルが私たちに自分から相談してくれた事って、無かったような気がする。


「……こう言ってっけど、オレもさ、ちょっとはあいつの気持ちだって分かる。自分のせいだって、オレもそう思ってるし」


「! コウ、それは……」


「分かってる。お前らがそう思わねえでいてくれてるのぐらい。ただ、やっぱり自分で自分を許せねえ事ってのも、あると思うんだよ」


 苦々しい表情で、コウはそう言った。……これは、今までに何度も何度も話してきた事だ。けど、これに関しては、コウは頑なに自分の意見を曲げようとはしない。


「オレも独りだったらそのまま沈んじまってたんだろうな。でも、お前らがいたから、支えてくれたから、そうはならなかった。自分がすげえ思われてるんだってことぐらいは、あの時でも分かったからさ」


「それは、お互い様だったよ。私はコウほど、大変じゃなかったけど」


「そうだったな。お互いに潰れかかって、慰めあって……それで、何とかなったんだったな」


 私が人と付き合えなくなって、ほんのひと月後だった。その間、コウもカイも私のために色々としてくれて、あの日だって私を招待してくれてた。それから……色々あって、引っ越して。

 実は、引っ越してから数ヵ月、私たちは療養生活を送ってた。私の方が先に回復したけど、コウがひとまず立ち直るには、ほんとに時間がかかったから。カイだって、色々と大変だったし。

 学校に行き始めてもしばらくは……特にコウは、無理してた。前と同じように、無理に振る舞ってた。それでも、レンとか色んな繋がりのおかげで……ちょっとずつ、私たちは元に戻っていった。

 本人には言えないけど、コウやカイに起こった事があまりに大きすぎて……支えなきゃって思ったのが、私の立ち直れた理由のひとつだった。


「話が逸れちまったな、今はガルの事だ。……ガルにとってオレらって、護らなきゃいけねえ対象なんだと思う。だから本当は自分も苦しいのに、先にオレらを支えようとする。けど、そんなのきついに決まってる」


「……自分が苦しいのに、か」


 ガルが苦しんでる事、それは私も知っていた。でも、 何に苦しんでいたのか、私は本当に分かってたんだろうか。いや……。


「私、ガルのこと、分かるって言った。悩んでるのは分かってるって、言っちゃった。でも……分かったような気になるなって言われても、当然だよね」


 だってガルは、それを見せていないから。悩んでて辛いんだろうな、程度にしか考えてなかった私が、どれだけ偉そうな事を言ってしまったのか、今なら分かる。


「ま、いつものあいつなら、それでも気を遣ってくれた事を喜んでくれてたと思うぜ? ただ、最近はどっかピリピリしてたし。ほら、機嫌が悪いときって、何でもないのに妙にムカついたりするじゃねえか」


「……アガルトでの事、からだよね」


「昔の仲間と戦ったのがきっかけだろうな。今まで、シグルドさんとかルッカとかフェリオさんとか、何だかんだで協力してくれてた。けど、やっぱり自分が裏切って、敵で、オレらもそれに巻きこんじまうんじゃないかって、改めて思っちまったんじゃねえかな」


「巻き込まれたなんて、私たちは……」


「ああ、思ってねえ。けど、あいつはそう考えるやつだろ?」


 コウの言う通りだ。きっとガルはそう考えて……もしかしたらそれが、一番の負担になっていたのかもしれない。そんな時に私が……何とかして護らなきゃと思ってた私が、無理をさせてた私が、軽々しく無理するなって言った。……ああ、本当に何をやってるんだろう、私は。


「体調悪いんだから、そりゃ気分も沈んでただろうしな。他にもあるかもしれねえけど、それは本人に聞かなきゃ分からねえか」


「………………」


「それに、あいつにとっちゃ、お前の事が一番大切だからよ。大切にしてやりたいお前が頑張ろうとするのが、嬉しかっただろうし、でも、辛かったんじゃねえか?」


「一番って……コウ達も、ううん、赤牙のみんなだって同じでしょ?」


「分かってねえな。そりゃオレらも大事に思ってくれてるのは分かるけどさ。あいつにとって、今の始まりは、お前がいたからなんだぜ? それからずっと、誰よりもあいつと一緒にいたのは誰だよ?」


 ……ガルと私たちの関係。確かにそれは、私がガルを見付けた事からだった。それからうちで同居する事になって、先生になって、ここに一緒に来て。彼と出逢ってからずっと、確かに私の側にはいつもガルがいた。彼から見てもそうだったなんて、当たり前のことに今さら気付いた。


「お前相手に爆発したのも、その辺だろうな。一番一緒にいる時間が長いお前だから、抱えてるもんも多かっただろうし」


「……私、色んなところでガルを怒らせてたんだね」


「そうとも言えるかもな。けど、それはしょうがねえ事で、友達だって一緒にいたら嫌な面、合わないとこが見えちまうのはあるだろ? むしろねえ方が怖いってかよ」


 コウの言うこと、何となくは分かる。どれだけの親友でも、呆れたり怒ったりすることはある。さっき言ってた通り、ガルは溜め込むタイプだし、私の何気ない言葉で……少しずつ、怒ってたんだ。


「だからさ、あいつがお前に怒ったのは、そんだけお前が大事だって証拠でもあるんだよ。それは間違えるんじゃねえぞ?」


「………………」


「……ところでよ。一度聞いてみたかったんだけど、お前は、どうなんだ?」


「私は?」


「お前はガルをどう思ってんだ。確か大会の時も、似たようなこと話したよな?」


 私にとっての、ガル? それは……。


「……家族だよ。ずっと一緒にいたいと思える、すごく大切な人。あの日から……ううん、あの日よりもっと、私にはガルがいなくなる事は、考えられないよ」


 それは、間違いなく私の本心。だから私はガルを助けたい。家族が自分の知らないとこで傷付くなんて、嫌だから。そう思ってここまで来て……うん、私はもちろんガルが大事、だ。




 だけど、私の答えに、コウはどこか不服そうな表情をしてた。


「ずっと一緒にいたい家族、な。どんな形でだ?」


「え……」


「あの時はお兄ちゃんとか言ってたけど、そのままか? 弟とか父親、とは言わねえよな。それとも……もっと別の、何かか?」


「……強いて言えば、やっぱお兄ちゃん、なのかな。でも、無理に形に嵌める必要はないんじゃない?」


「ほんとにか? ずっと、あいつのことを兄貴って思い続けて、それか良く分かんないけど家族ってことにしといて……そこで終わっていいのかよ、お前」


「そこ、で……って」


 私にとって、ガルは、大切。かけがえのない、大切な人。確かに暁斗に感じてるのとは違うけど、それでもお兄ちゃんって言葉が一番それらしくて、私にはそれ以外は分からない。




 ……分からない? 本当に分かってないの、私は?



「あー、ったく、ちょっとはっきり言うぜ。……いい加減、素直になれよ」


「――――――」


 真剣な表情でそう言ってくるコウに、私はとっさに返事できなかった。素直になれ……それに対して、何のことだろ、と思うことが出来なかった。


「……何だよ。やっぱ、そう言われて固まるぐらいには、自覚してるんじゃねえか」


 そんな私の反応は、コウにとって答えだったらしい。どこか呆れたように、ため息をつかれる。


「もう、お前だってほんとは気づいてるだろ? お前があいつに対して、ずっと隠してる……いや、自分でも分かってないフリしてるもんの事には」


「コウは……いつから」


「こっちに来てからひと月も経たねえうちだな。ああ、こいつ本当は分かってやがるな、って」


 その後に小声で何か付け加えていたけど、よく聞き取れなかった。「自分の事だけだろうけど」って聞こえた気もするけど、意味はよく分からない。


「……どうして?」


「この前も言ったろ。オレが何年間、お前の親友をやって来てると思ってんだっての。ついでに、何で気付いてないフリしてるか、もな」


 はあ、とまたため息をついてから、コウは私の目をじっと見つめてくる。


「怖いんだろ?」


「…………っ」


「それが受け入れられるか分からねえ。もし駄目だったら、今までのもんまで壊れちまうかもしれねえ。だから怖い。だから今まで通りでいい。だいたい、そんな感じじゃねえか?」


 はっきりと。本当にはっきりと、指摘された。私自身ですら考えないようにしていたのに、こんなにも簡単に言い当てられてしまった。


「……凄いよね、コウは。本当は、心を読むPSでも持ってるんじゃないのかな?」


「お前が分かりやすすぎんだっつーの。お前がほんとは気弱なことだって、よく知ってるし。ったく、人には飛鳥のこととか色々と言ってきたくせしやがってよ」


 その後にぽつりと、揃いも揃って、と言われたのは、やっぱり意味はよく分からない。


「ま、この前と一緒だよ。何でもかんでもグダグダ考えんなよ。はっきりと伝えりゃいいんだ。自分が、どうしてここにいるかってな」


「どうして、ここにいるか……」


「そうだ。お前がどこにいたいのか、誰の側にいたいのか。全部、自分の考えでやってるんだってな。あの、何もかも自分のせいにしちまう卑屈な狼さんによ」


 私が、今、どこにいたいのか。それは……。


「決めつけねえで、向かい合ってみろ。そしたら、たぶん分かるからよ。何なら殴りあいでもすりゃいいさ。全部、ぶつけるしかねえ。そうだろ?」


 そうだ。私はまだ、向かい合ってなかった。嫌われていたんじゃないかって、怖くて……私、逃げようとしてた。

 それじゃ駄目だ。言葉にしなきゃ、伝わらない。喧嘩したって、伝えなきゃいけないこともある。


 まだ、頭の中は整理できてない。でも、やるべきことは、やらなきゃいけないことは、分かった気がする。


「そうだよね。言いたいこと言って、言わせて……それをする前から一人で考えたって、しょうがないよね」


「もう、大丈夫そうだな?」


「うん。ありがとう、コウ。正直、上手くやれるかは、分かんないけど……」


「だから改まって礼なんか必要ねえって。ま、焦る必要はねえよ。お互いに、ちょっと落ち着く時間もいるだろ。とりあえず今日は寝とけ。どうしても上手くいかねえ時は、また相談ぐらいはしに来い」


「……うん」


 本人がいない今ですら、どこからどう伝えればいいのか分からない。こんな状態で今からガルのところに行ったところで、彼も、私も、上手く話せるとは思わない。コウの言う通り、今日は眠ろう。そして、落ち着いて……ゆっくりと、話さないといけない。

 私は立ち上がり、扉に触れて……最後に、振り返った。


「コウだって……もっと、頼ってきてよ。自分だけで呑み込もうなんて、思わずにさ。助け合うのが友達、なんでしょう?」


「……ん。ありがとよ」


 最近、私は頼ってばっかりだ。でも、私は、ただ護られるだけにはなりたくない。コウ達とも、ガルフレアとも。私は……頼り頼られる関係に、なりたいんだ。








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