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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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闘技大会、開幕

 ――辺り一面、見渡す限りの人、ひと、ヒト。




 闘技大会の会場、首都フィガロにある大闘技場の周りは、まさに人の海って言える状態だった。首都に住んでる私達にとっても、こんなに人が集まることは珍しい。それだけ、今日っていうこの日が、この国にとって大きなお祭りだってことだ。

 私は去年も来たから分かってはいたけど、初めての人はそのあまりの量に圧倒されているようだ。


 ただ、私にとっても、ただ暁斗の応援だけだった去年とは全然違う。今度は、私もみんなに見られるんだ。


「どうした、瑠奈?」


「……ん? ああ、ごめん。ちょっとね」


 ボーっと人だかりを見ていた私に、ガルが声をかける。その首には、淡く輝くムーンストーンの首飾り。


「緊張しているのかよ?」


 暁斗に聞かれて、小さくうなずいた。


「正直、ちょっとね。これだけ人の注目浴びる機会って、そうそうないし」


「ま、気持ちは分かるけどな。部活で慣れてる俺でも、去年はけっこう緊張したからさ」


「あまり気にするな。観客など全てワラ人形だと思えばいい」


「……それは怖いんじゃない?」


 緊張をほぐすためか冗談を言うお父さんと、それに冷静なツッコミを入れるお母さん。お母さんはともかく、お父さんは服の好みまで若いせいで、並んでも親子に見られたことはない。


「ふう。これだけの人に見られてる中で、情けない負け方とかしないようにしなきゃね」


「心配するな、瑠奈。お前の実力は、俺が保証してやっただろう? いつもの感覚を忘れなければ、お前はやれるさ」


「……ふふ、そうだね。ありがと、ガル!」


 いけないいけない、ちょっと空気に飲まれてたかな。まだ始まってもないのにこんなのじゃ、勝てるものも勝てなくなっちゃうよね。


「そういや、お前は昨日もガルにコーチしてもらったんだよな。羨ましいぜ」


「別に、声をかけてくれれば、お前の指導もしたぞ?」


「いや、二人の邪魔……じゃなくて、瑠奈はライバルでもあるんだぜ? 手の内は隠しとこうかなってさ」


「私は暁斗の戦い方も知ってるし、気にしても今さらじゃない?」


「(……建前だよ察しろ)」


「え、何って?」


 ボソボソとした声は、全く聞き取れなかった。


「コホン! そりゃ、俺だって新しい戦法の一つや二つ編み出してっからな」


「ふうん?」


 何か引っかかるけど、ま、いいか。そんな時、人ごみの中から、聞き慣れた声が聞こえた。


「ルナ! 暁兄!」


「あ、コウだ」


「と言うか、みんな揃っているみたいだな」


 走ってきたのは、コウとカイ、レン。それからルッカ君も一緒だ。よくこの人混みの中から見付けたね、と思ったけど、そう言えば背の高いガルがいるからけっこう目立つかも。


「良かった良かった、俺はカイが寝坊してないかだけが不安で仕方なかったんだけど」


「さすがに俺だって大舞台の前日に夜更かしなんざするかよ。お? それとも、寝坊した方が良かったか。もし俺と当たっちまったら、無様な負けを晒しちまうからな?」


「……ほんっとに言いやがるなあ、お前。悪いが、俺だって負けてやるつもりはさらさらないぜ?」


「ふふ。ですが、如月君ぐらいの意気込みが正しいのかもしれませんね。何しろ今日は、全員がライバルですし」


「そうだな。良くも悪くも、白黒つくってわけだ」


「へへっ、そう考えると、何とも燃えてくるじゃねえかっての!」


 みんなで顔を見合わせて、笑う。直接当たるかは別として、これからは真剣勝負の時間だ。後腐れがないように、全力でやる。私だってやれるってこと、みんなに見せてあげないとね!


「全員、調子は良さそうだな」


「おう、バッチリだぜ!」


「トレーニングの成果も上々だし、昨日は充電も出来たからな」


 そう言えば、昨日はみんなで遊んでたんだっけ。私は私で、ガルと楽しくやれたから満足だけどね。


「頼もしいわね。本当にこの中から優勝者が出るんじゃないかしら」


「暁斗の教員として、可能性は低くないと思うぞ。ガル、お前の教え子達はどうかな?」


「言うまでもないさ。彼らの実力は、俺が保証する」


「はっ、太鼓判を押されちまったな」


「期待しといてよ、お父さん、お母さん。絶対にやってみせるからさ」


 自惚れるつもりはないけど、ここまで来たなら自信を持っていかないとね。勝負は気持ちが負けたらそこで負け。上村先生によく言われてることだ。


「ガル、どうだ? 教師として、何か言葉を贈ってみては」


「俺が? そうだな……」


 お父さんの無茶振りに、ガルは真剣な表情で考えてる。真面目だよねえ、やっぱり。


「正直、俺はこういう事に慣れていないから、あまり上手い事は言えない。ただ、一つだけ、お前達に守って欲しい事がある」


「守って欲しいこと?」


「ああ。……この大会を、楽しんでほしい」


 ガルは、優しい目つきで私達をを見て、そんなことを言った。


「この大会に向けて、思うことはそれぞれあるだろう。優勝したい、あいつには負けない、などな」


 コウとカイが、お互いの顔を見合わせている。


「もちろん、それは悪いことではない。だが、それにこだわりすぎてしまえば、勝ち負けだけしか見えなくなってしまう」


 手段と目的は往々にして混ざるものだ、とガルは続ける。何となく、分かる気がする。やってるうちに、最初にどうしてそうしたかったのかが、二の次になっちゃうことってあるよね。


「勝たねばいけないと言う思いは、緊張に繋がる。そして、緊張すれば、本来の実力など出せはしないだろう」


「そうだな。いつもの部活でもそうだ」


「勝敗など無意味、とまで言うつもりは無いが、俺はお前達に、実力が出せなかったと後悔してほしくはない。だから、そうならないよう、楽しめ。そうすれば、敗北しても悔やむ必要が無いほどに、自分の力を出し切れるだろうからな」


 そう口にするガルは、うっすらと微笑んでいた。楽しむのが大事、か。彼が言うのはちょっと意外かもだけど、確かにそうなのかもね。


「上手く纏められた自信は無いが、俺が言いたいのはそれぐらいだ」


「いえ、ありがとうございます、先生。凄く、ためになる話でしたよ」


「何てっか、ガルもだいぶ先生っぽくなったよな。オレらからすりゃ、ちょっと不思議だけどな」


「そうか? そう言って貰えると有り難いが、俺はまだ未熟だよ」


「ふむ、向上心があるのは良いことだが、褒め言葉は喜んでおけ。ちなみに俺も君の成長は素晴らしいと思っているし、誠司も仕事ぶりに満足していたぞ」


「……そ、そうか」


 ガルもお父さんに言われるとちょっとは素直に受け取れたのか、照れたように軽く尻尾を揺らした。こういうとこ何だか可愛いんだよね、この人。


「ところで、ガルに振ったんだから、父さんも何か言葉はあるんだよな?」


「俺か? そうだな……」


 暁斗がお父さんに聞くと、お父さんは考え込むようなポーズをとった。……あくまでもポーズだ。何も考えてないに10万ルーツ賭けてもいい、私は。


「まあ、なんだ。頑張ってこい」


『投げやりすぎだろ(でしょ)!!』


「いや、なに。言葉を贈る奴が、もう一人着いたようだからな」


「え?」


「み、見つけたぞ……」


 私達の背後から、恐ろしく低いトーンの声が聞こえてきた。この声、もしかして。


「遅かったな、誠司」


「先生!」


 やって来たのは、私達の担任の上村先生だ。それにしても、何かちょっと機嫌悪そうに見えるんだけど?


「どうした、疲れているようだが。寝不足か?」


「貴様のせいだろうが! おかげで早めに切り上げるどころか、夜までかかったんだぞこっちは!」


 牙を剥き出しにして唸る先生……あれ? そんなキャラだっけ、先生。


「生徒の前では敬語を使うのではなかったのですか、上村先生?」


「わざとらしく言うなうざったい! 昨日いろいろバレたから、もうどうでもよくなったんだよ!」


「そうか。ひと皮剥けたな」


「ああ、おかげさまでな! ついでだ、お前の皮も言葉通りに剥いてやろう! オレの爪は鋭いぞ!?」


 ……何があったかは分からないけど、とりあえず、いろいろな被害をお父さんから受けたみたいだ。先生はお父さんと友達だから、昔から家に遊びに来てたし、こっちが素だって知ってはいるんだけどね。


「せ、先生、とりあえず落ち着いて下さい。こんなところでもめ事はちょっと……」


「……む」


 遠慮がちにたしなめたレンの言葉に、先生も今の状況を思い出したみたいだ。注目を集めていることに気付いて、さすがにちょっと身を縮めた。


「全く、これではどちらが生徒か分からんな。きちんと若者の規範を示してもらいたいものだ」


「貴様が言うな!! ……コホン」


「いつもごめんなさいね、誠司。本当にこの人は、昔からあなたには遠慮が無いんだから」


「そんなことより、お前も教員として生徒にエールでも送ってやれ」


「……お前とは後でじっくり話すことにする。とにかく……いよいよだな、お前達」


 先生は気を取り直すように咳払いすると、私達の方を見た。そう、いよいよこの日がって感じだ。


「オレは、教員として多くの生徒を見てきた。だからこそ自信を持って言えるが、お前達はみんな強い。それこそ、優勝も十分に狙えるほどにな」


「優勝……」


「もちろん、それが楽に達成できるものではないとは、お前達にも分かっているだろう。それに、この中の誰かがぶつかる事もあるかもしれない」


 私達は、互いに視線を交わし合った。当たり前だけど、勝負には必ず勝ち負けがある。みんなが仲良く勝ち、なんて事はあり得ない。


「だが、オレが一番望んでいるのは、結果を出す事ではない。自分の力がどこまで通用するか、どうすれば先に進めるのか。この大会が、それを知るきっかけになることだ」


 私が今、どれだけ戦えるのか……武術を習い始めたあの時から、どこまで強くなれたのか。今までの成果を試す時がやって来た。


「オレからの課題は一つ。悔いを残すな。全力でぶつかれ。自分の全てを出し尽くすんだ。そうすれば、先に言った事も見えてくるだろう。分かったな?」


『……はい!』


 一同、声を揃えて返事をする。何だか、一気に気合いが入った気がする。さすがは上村先生だよね……。何となく、内容はガルの言ったことに通じる気もする。


「まあ、結局のところ、お前達に成長してもらいたいのさ、俺達はな。結果がついて来ようがくるまいが、決して無駄にはなるまい」


 最後にお父さんが、締め括りのように言う。美味しいところを持ってくのが、何ともこの人らしい。


「年に一度しかないせっかくの好機、余計な事を考えて棒に振るうのは勿体無いぞ。しっかりと、この大会を堪能するんだ」


「うん。そうだね!」


 ちょっと前まで感じていた緊張が、全部ではないけど、かなり軽くなってるのが分かる。今なら、ちゃんとやれそうだ。


「さて、と。みんな、そろそろ行ったほうが良いんじゃないかしら?」


「あ、そうだね」


 お母さんに言われて、携帯で時間を確認する。時刻は午前8時。選手は9時までに受付や準備を済ませないといけない。


「この人混みじゃ、移動するのも大変そうだな」


「だな。下手すりゃ受付に遅れちまいそうだぜ」


「うえ。そんなんで失格とか、勘弁してくれよ」


「そうならないためにも、早く行きましょうか。装備のチェックもしておきたいですからね。では、先生方。僕達は先に移動させてもらいますね」


 私達はルッカ君のその言葉に頷いて、会場に向かって歩き始める。


「みんな。……頑張ってこい。お前達ならやれる」


「俺達もしっかりと見物させてもらう。くく、誰が優勝するか見ものだな」


「俺やガルが教えたことを忘れるな。ここまで来たら、自分を信じろ」


「はい。じゃ、行ってきます!」


 背中に先生達のエールを受けつつ、私達は会場の中に入っていった。










「………………」


「心配か、ガル?」


 会場に入っていく瑠奈達を見送った後、俺は慎吾から声をかけられた。


「心配ではない、と言えば嘘になるが、それ以上に……楽しみだ。ひと月程度だけだが、自分が教えた彼らがどこまでやれるのか、な」


 彼らの才能が本物である事は、手合わせをしてみて肌で感じている。無論、まだ未熟さはあるが、優勝という慎吾の言葉も、あながち身内の贔屓目だけとは言い切れない。俺自身も期待している。


「くく。教師と言う仕事も、なかなか悪くないだろう?」


「……そうだな。最初は困惑しかしなかったが、こんな気分が味わえるのならば、あなたに従って良かったと思える」


 あれからひと月。実際のところは俺自身にも、慎吾がどんな手を使ったのかは未だによく分からないままだ。最近では、深く考えるだけ無駄な気もしてきたが。


「ふふ。そう考えられるならば、やはり君は教師に向いているな」


「俺が……ですか?」


「ああ。生徒の成長を喜べる事は、教師として重要な才能だ。それが出来る以上、君は一人前の教師だとオレは思っている」


「………………」


 上村先生の言葉に、尾が軽く揺れる。未熟者ではあるが、少しでも認められているのならば、やはり嬉しい。


「さて、優樹達は少し遅れると言っていたが、せっかくだから少し待ってみるか」


「そうね。みんなの試合までに間に合えばいいんだけど」


 海翔や蓮の父親とも、慎吾達は幼なじみであると聞いた。親の交流があるから子供達が仲良くなったと言うのは分かるが、それが全員、このような大会に参加するとは、考えてみれば面白いものだ。


「それとガル、前にも話したが、誠司は俺の幼なじみだ。だから、こいつにも遠慮はいらん。と言うよりも、こいつだけが敬われているのは、何だか癪だ」


「子供か貴様は……」


「……そういう訳にはいかないだろう。いくら強引な割り込みでの就職と言えど、職場の先輩に敬意を払うのは、当然だ」


「先輩なのは俺もなんだが?」


「あなたの場合は初対面の状況が違うだろう。と言うよりも、こういう話はあなたじゃなくて本人がだな……」


「オレは別に構わないぞ、ガルフレア。少なくとも学校の外では、教師としての経歴など気にしなくていい」


「……む、むう。ど、努力はしてみま……してみよう」


 全く生真面目な奴だ、などと慎吾がぼやいている。学校と違って、上村先生の側が割とフランクな口調だから、少しはやりやすいが……。


 丁度、その時だった。


「……失礼」


「ん……?」


 不意に後ろから聞こえてきた声。それが自分達を呼ぶものだと気付き、俺は振り返る。


 そこに立っていたのは、青い毛並みの虎人の男性だった。

 年の頃は俺と同じぐらいであろう。体格が良く、屈強な戦士と言った佇まいだが、雰囲気は物静かで、理知的な印象を受ける。少し長めの髪がさらりと揺れる様は、女性を振り向かせるには十分だろう。


 その青年の姿を認めた慎吾が、軽く目を細めている。


「君は、まさか……シグルド、か?」


「ええ。……お久しぶりですね、綾瀬 慎吾」





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