平凡な日々
早朝、目覚ましの音が私を起こした。
天歴1807年、9月27日。暑さはとうの昔に和らいで、気候はすっかり秋模様。
時刻は7時。昨日は夜更かしもしてないし、特に眠気は感じない。
カーテンの隙間から差し込んで来る朝日が、私に今日が晴れだと教えてくれる。こういういい天気の日は、1日頑張ろうって気になれるよね。
「うーん……」
ベッドから体を起こし、大きく伸びをする。
体が目覚めるこの瞬間が気持ち良いと感じるのは、私だけじゃないはずだ。
ベッドの横に畳んであった制服に着替えて、身支度を始める。これでも女だし、外見には気を遣っているほうだと思う。
生まれつきの栗色の髪を、櫛で念入りに整えていく。中学時代、友達に伸ばしたほうが似合うと言われて、それからずっと長めにしているけど、おかげで手入れはちょっと大変だ。まあ、私としても気に入ってるからいいんだけどね。
……よし、準備はOK。
「さて、今日も頑張りますか!」
こうして今日も、私、綾瀬 瑠奈の日常がスタートした。
「おはよう、瑠奈」
部屋を出て、洗面所で顔を洗っていると、後ろから声をかけられる。
「うん、おはよう」
振り返って、私と同じ栗色の髪を持つお母さんに朝の挨拶。
お母さんは、子供から見た贔屓じゃなくても美人で若々しくて、私の憧れだ。肌も白いし、瞳も大きい。化粧もしてないのに皺ひとつない事には、どんな秘訣があるのか将来的に聞きたいところだね。
お父さんは若い頃が私に似てるって言ってくれるけど、こんな素敵な大人になれるかはちょっと自信がない。
「お父さんとお兄ちゃんはもう出ちゃった?」
「ええ。慎吾はやらなきゃいけない仕事があるって言ってたし、暁斗も部活の朝練があるんですって」
顔をタオルで拭きながら、いつも通りの何気ない話をしながらそのままリビングに向かう。
テーブルには、もう朝食がスタンバイしてあった。焼き魚に味噌汁、この国ではごく一般的な朝食だ。私はいつもの定位置、全員揃ってる時には兄の隣である椅子に座る。
「でも、暁斗ったら、時間ギリギリに起きちゃってね。よほど慌てていたみたいで、弁当忘れて行っちゃったのよ」
「あー……ま、お兄ちゃんらしいけどね」
確か昨日も部活でヘトヘトになってたから、寝坊も仕方ないだろう。本人は楽しんでやってるみたいだけど、私から見たらすごく大変そうだ。
「それなら、私が届けとくよ」
「本当? そうしてくれると助かるわ」
「まあ、面白いから連絡は入れないけど」
「あらあら……一応、そのほうが暁斗も反省するかもしれないけれど、あまりお兄ちゃんで遊んじゃ駄目よ?」
お母さんは味噌汁とご飯をよそいながら、微妙に困ったような笑いを返してきた。ちなみにうちの学校は携帯OKなので、連絡は取ろうと思えばすぐ取れるんだけど。ちょっと反省してもらう意味でもいいよね、これで。
私は両手を合わせて、さっそくご飯を食べ始める。
「あ、そうだお母さん。闘技用の服、まだ乾いてないかな?」
「昨日はちょっと天気が悪かったから、湿ってると思うわ。でも、もう今週には授業は無いでしょう?」
「まあそうなんだけど、大会も近いから練習したいんだよね。制服でやるわけにもいかないし」
「ああ、成程ね。じゃあ、代わりの動きやすい服でも持っていく?」
「うん、そうだね」
そんな何気ない会話をしながら、箸を進める。自慢の一つとして、お母さんは料理が上手い。例えば、この味噌汁の味は誰にも真似出来ないと思う。豆腐とワカメっていう具材はシンプルなのに、何て言うか奥深い味で……私だけじゃなくて家族みんなが大好きだ。
思い出したようにリモコンを手に取って、テレビを点ける。ちょうどニュースが流れる時間だったみたいで、アナウンサーが世界の出来事を順番に読み上げていく。何気ない時事ネタから、大変そうな事件まで。
「バストールでUDBに男性が襲われ重傷、だって」
「最近は多いわね、UDB関係の事件。怖いわ、ほんとに」
「エルリアもいつまで平和か分からないよね。闘技の授業はしっかり受けておかないと」
UDBってのは、『規格外災害獣』の略称だ。普通の動物と比べて、正しい生態系からズレた、人の生活を脅かす生き物の事。最近はどうも、その活動が世界的に活発になってきているらしい。
らしいって言うのは、私達の国、エルリアは先進国で開発もすっかり進んでて、ほとんど危ないUDBがいないからだ。山奥とかなら全くいない訳じゃないけれど、普通に暮らしてて巻き込まれることは無いって言っていい。
だけど、いつ、何が起きるか分からないからね。海外から珍しい生物を密輸入、なんて話も聞いたことあるし。
「とりあえず、今は冷める前に食べなさい。あまり話し込んでると、遅くなっちゃうわよ」
「あ、そうだね。ごめん」
話題がちょっと暗くなっちゃったからか、お母さんに促される。私も、とりあえず朝ご飯を優先する事にした。
「……にしても、この味はどうやったら出せるのかな?」
味噌汁を口に運びながら、ぼそっと呟く。よく家庭で味が受け継がれるとか言うけど、私は今のところこの味を出せたことがない。いつか秘訣を教えてくれるかな。って、いけないいけない、早く食べないとね。そろそろ来る時間だし。
私は間に合わせる為に、少し急いでご飯を詰め込む。そして、食べ終わるのとほぼ同時に、家のインターフォンが鳴った。
「浩輝君かしら?」
「多分ね。私が行くよ。っと、ごちそうさま!」
「はい、お粗末様でした」
私は箸を置くと、少し駆け足で玄関に向かった。待たせても悪いしね。玄関のドアを開くと、そこには予想通りの人物が立っていた。
同年代の子の中では割と良い体格のその少年は、白い毛並みの虎獣人。
頭頂部、人間で言えば髪にあたる部分の毛は茶色。大きな猫科の瞳には、どこか悪ガキっぽい雰囲気がある。背格好は同年代の人間と比べれば少し大きめ、彼の種族からすれば平均的だ。うちの学校の男子制服を着たその少年は、私の姿を見て、子供の時から見慣れた笑顔を浮かべた。
「よっ、ルナ!」
「うん。おはよう、コウ!」
彼の名は橘 浩輝。私の幼なじみ兼、親友だ。
「今日はいつもより早かったね」
「まーな。兄貴も母さんもいつもより早く出なくちゃいけないらしくて、オレも早めに起こされたんだよ。一人でいてもヒマだから、そのまま来ちまった」
彼が毎朝うちに寄るのは、恒例行事。と言うのも、私の家はコウの通学路の途中にあるため、彼はいつも私をこうして迎えに来るんだ。
「とりあえず上がって待ってなよ。私、もう少し準備があるから」
「おう。じゃ、お邪魔します!」
ちなみに、コウの家とは昔から家族ぐるみの付き合いをしている。彼の顔は、我が家ではすっかりお馴染みだ。
「おはよう、浩輝君」
「はい、おはようっす!」
「ふふ、浩輝君はいつも元気ね。慧君は最近どうかしら?」
「兄貴も元気っすよ。ま、最近はちょっと忙しくしてるみたいっすけどね」
簡単な挨拶を済ませてから、お母さんに促されて、コウも椅子に座る。今のちょっとした時間に、テーブルの上はすっかり片付いてたし、さっき話した動きやすい服も置いてあるのは、流石って感じだよね。
「そう言えば、浩輝君も大会に出るのよね?」
「はい、何とか予選も勝てたっす。ま、腕試しみたいなもんっすけどね」
「腕試し、ね。その割にはすごい熱心に練習してるよね?」
「ま、やる以上は負けたくねえからな。あいつと決着をつける良い機会でもあるからよ!」
あいつ、と呼んだのが誰のことかは聞くまでもなかった。まあ、元々けっこう負けず嫌いだし、ライバルも同じ大会に出るって言ったら燃えて当然だよね。
「そういや、暁兄も予選は余裕だったみたいじゃないっすか?」
「ええ。今年は凄く気合い入れてるみたいでね。陸上部の大会も終わったから、来月から週に何日かは部活も休みもらうんですって」
「へえ。あの暁兄が部活まで休むなんて、よっぽどマジなんっすね!」
「去年は相当悔しがってたからね。陸上でも闘技大会でも、やるからには全力でやりたいんだと思うよ」
先ほどから私達が話している大会。それは『闘技大会』って呼ばれるものだ。
闘技と言うのは、学校の授業の一つで、名前通りの戦闘訓練。
ニュースで言ってたみたいに、UDB関係の事件は世界中で起こっていて、誰がいつその被害者になるかなんて分からない。
だから、この国ではそういう時にそれぞれが対処できるように、教育の中で最低限の戦闘技術を学ぶシステムが生まれた。それが闘技だ。
ただ、エルリアの治安の良さのせいで、戦闘訓練って言ってもスポーツ的な意味合いが強かったりするんだけどね。
「瑠奈も出るって言った時には、さすがに驚いたけどね。血は争えないってところかしら?」
「ま、コウもカイもレンも出るんだし、私だけ出ないってのもね。それに、男ばっかの大会で、女が優勝でもしたら面白いじゃない?」
そして、闘技大会は、全国から集まった高校生が、その技術を競う年に1度の大規模な武術大会。自分の実力を示す絶好の機会ってことだ。
その大会が開かれるのが、11月12日……今からだいたいひと月半後。だから私達は今、それに向けての練習に励んでる最中だ。
「ふふ、今年は誰を応援したら良いか分からなくなりそうね」
「直接当たったりしちゃう可能性もあるしね。お待たせ、用意出来たよ、コウ」
「うし。じゃ、行くか。それじゃ、お邪魔しましたっす、おばさん!」
「ええ、また明日ね。瑠奈、これがあなたの弁当で、こっちが暁斗のね」
「うん、任せといて。じゃ、行ってきます!」
最後に二つの弁当を鞄に詰め込んでから、私とコウは我が家を出発した。
「でさ、私が大会出るって言ったら、暁斗が飛び上がっちゃって。1時間くらい延々と『考え直せ』って言ってたんだよ」
「ははっ、暁兄らしいな。そんだけお前が可愛いんだよ、あの人は」
「それは有り難いんだけど。私の事より、彼女の一人ぐらい作って欲しいんだよね、こっちは」
「あー。でも暁兄ってモテるし、心配はいらないんじゃねえか?」
コウと他愛ない雑談をしていると、学校にはすぐに到着した。クラスには、もう半分くらいの生徒が集まっている。私達は自分の机に荷物を置くと、クラスメイトの中から一人の少年を見付け、そちらの方へと歩いていった。
自分の机に座って、のんびりと読書をしていた、落ち着いた雰囲気を持つ獅子人の少年。毛並みは普通のライオンに近い色で、鬣だけが鮮やかな朱色になっている。背はコウよりも少し高く、体格は標準的。大人びてるけど、もちろん私達と同い年だ。
その子は私達に気付くと、パタンと本を閉じて、その利発そうな瞳をこっちに向けた。
「おはよう、二人とも」
「うん。おはよう、レン」
彼は時村 蓮。彼も、私と特に仲が良い、小学校から一緒だったグループの一人。
「何読んでたんだ?」
「参考書だよ。昨日、宿題が出ただろ? ちょっと興味持ってさ」
私とコウは本のタイトルを見た。そこには、〈精神の発達とPS〉と書かれてる。
「真面目だよなあ、お前も。オレなんか適当に書いて終わらせちまったぜ」
「終わらせた……? あ、どうしようかな。今日、傘忘れちゃった」
「おれの折り畳み傘でも貸そうか?」
「……お前ら、それどういう意味だっつーの!」
「はは。まあ、これ自体はカイに借りたんだけどな」
唸るコウを適当に宥めながら、私はその本を手に取って、パラパラとめくってみる。専門書らしく、なかなか難しい事が書かれてるけど、内容自体はけっこう面白そうだ。
「二人のやつも見せてくれないか? ちょっと煮詰めたいんでな」
「うん、良いよ。出来れば、カイのも見たいとこだけどね」
「……で、そう言えばカイは?」
思い出したようなコウの言葉に合わせて、私達は一斉に、ある一点を見た。そこには、まだ荷物の置かれてない机がひとつ。
「今は8時12分。時間はまだ十分にあるけど、どう思う?」
「……オレは寝てるに賭ける」
「おれは意識が無いに賭ける」
「じゃあ、私は夢の世界を旅してるに賭ける」
要するに、全員が寝てる方に賭けた。
「……賭けにならないな」
「ま、前例が前例だからね……」
「病気だからよ、アレは」
私達は、顔を見合わせてから、深々と溜め息をついた。
その後は、他のクラスメイトも一緒に、適当にダベりながら時間を潰す。みんなの席は少しずつ埋まっていくけど、私達が気にしている机の主は、いつまでも姿を見せる気配が無い。
「もう28分だね?」
「前回は正座で説教だったっけ。今回はどこまで行くだろうな」
「とりあえず、そろそろキツい制裁が入るんじゃねえの? ホントに学習しねえよな、ったく」
私達はすでに、担任の先生がどうやって彼を処刑するかの想像に入ってた。そんな中、私は何気なく窓の外を見る。と。
「……あれ?」
「ん、どーしたルナ……あ」
ふと気が付くと、青空の中に、不自然な影が混じってた。最初は鳥か何かと思ったけど、そのシルエットは次第にこっちに近付き、その形がはっきりしていく。それが何かに気付くと、私達はさっと立ち上がる。
「さ、窓開けようか」
「……そうだな」
「あのバカ……」
他のクラスメイトも状況を察したようで、窓の近くにいた生徒の手で、全ての窓が開放される。そして、事故が起こらないように、一同、さっさと距離をとる。
そして、その十数秒後――
「どおぉりゃああぁっ!!」
そんな掛け声と共に、一人の男が窓から教室に突撃してきた。……念の為に言っておくけど、この教室は二階にある。
当然の事だけど、勢いよく飛び込んできたその人物は簡単には止まれず、机をいくつかなぎ倒していく。みんなは避難済みなので人的被害は無い。
その男は、教室の中ほどをさらに過ぎた辺りでようやく止まった。勢い余って派手に転倒し、さらに頭を打ったようで痛みに悶えてる。けど、みんなは心配するよりも先に、倒れた机や散らばった荷物を片付ける作業に入ってる。むしろ、何人かは倒れた男に蹴りを入れてた。机を倒されたメンバーみたいだから当然の仕打ちなんだけど。
「い、痛ってえぇ……てか、蹴るんじゃねえよテメエら!」
側頭部をさすりながら、その人物は起き上がった。全身を覆う青い鱗に、無造作に跳ねた茶髪。鋭い角に、体格に見合った大きな翼。身体は同年代の中でも特に逞しくて、筋骨隆々としてる。目付きがちょっと悪いのは種族柄だって本人は言い張るけど、同じ種族でも悪いほうである。
竜人って呼ばれるちょっと珍しい種族のその少年は、衝撃でズレた眼鏡をかけ直しながら、少し不安げな表情で時計を見た。
「よし、ギリセーフ!」
「どっからどう考えてもアウトだよ……カイ」
みんなの呆れた視線も意に介さず、ガッツポーズをする男、如月 海翔。私は、とりあえずみんなの気持ちを代弁した突っ込みを入れた。
「まあ、とりあえずいろんなもんひっくるめて聞くけど……何やってんだお前?」
「いやあ。昨日、夜中まで調べものしてたんだけどよ、気付いたら朝で……」
つまり寝落ちして、そのまま夜を越したらしい。で、目が覚めたらすでに遅刻寸前だった、と。
「それはいつもの事だからだいたい予想通りだけど、どうしてこんな無茶したんだ?」
「それがな、聞いてくれよ! あのアホ親父、起こしもせずに俺の横に立ってやがったんだ。で、ニヤニヤしながら『今日も遅刻だったら、お前のパソコン処分な』とか言いやがるんだぜ!?」
レンの質問に、鬱憤を発散するような口調で答えるカイ。その内容は、まあ、何と言うか。何をやっているんだろうこの親子は、ってのが正直なとこである。
「で、走っても間に合わないから、死に物狂いで飛んできた、と」
「そういうこったな。ったく、苦労すんぜ」
「自業自得な上に、こっちも大迷惑だっつーの!」
コウの言葉にクラス一同が頷くが、カイにはまったくこたえた様子は無い。その図太さは、ある意味羨ましいと言うべきなのかな……?
「第一、先生にバレたらパソコンの前にお前がスクラップにされんぞ」
「別に『窓から教室に入ってはいけない』なんて校則ねえしな?」
「……うん。校則以前の問題だからね……あ」
その時、私はあるものに気付いてしまった。私に続いてコウ達も声を上げるが、カイだけはまだ気付かない。
「ん、どうしたお前ら?」
「……いや、別に。ただ、ご愁傷様とだけ言っておく」
「来世は真面目になれよ」
「何言ってんだ? 大丈夫だって、バレなきゃ何も起こらねえよ」
「そうだな。では、既にバレていたらどうするつもりだ?」
「そりゃまあ…………え?」
私達の会話に対して、カイの真後ろから割り込んできた声。
カイはその声が何なのかに気付いた瞬間、動きを停止させた。ギチギチと、ロボットのような不自然な動きで、少年はゆっくりと振り返っていく。
そこでは、私達のクラスの担任である獅子人、上村 誠司先生が、カイを見下ろしながら仁王立ちしていました。
「…………お、おはようございまーす、センセイ……」
「ああ、おはよう。爽やかな朝だな」
そう言いつつ、先生の顔はちっとも爽やかではない。無表情ではあるけど、その中には百獣の王としての威厳がタップリである。
もう四十歳を過ぎている筈の先生は、衰えを感じさせない逞しい体つきで、体育教師だと言っても誰も疑わないだろう。実際は歴史の先生なんだけど。
「ところで如月、私は今日、連絡事項が多いので早めにこちらに上がってきたんだ。そうしたら、何かおかしなものが目に入ってな」
「え、えっと……」
「私も年なのかな。何と、教室の窓から飛び込んでくると言う、信じられないほどアホな生徒が見えたんだ」
先生の声には抑揚が無い。私達にはそれが、死刑宣告をする裁判長の言葉のように聞こえた。
「そこで、お前の意見を聞きたいんだが、どう思う?」
「……その、何て言うか……大変、でしたね?」
「ああ、そうだな。いろいろと大変だよ、アホな生徒を受け持つと」
「ま、全くですねえ……」
「………………」
先生は、大きな溜め息をつくと……カイの肩を、がっしりと掴んだ。
「毎回毎回、時間をかけて注意していると言うのに。お前と言う奴は……」
「せ、先生! 痛っ、ち、力入りすぎ……お、落ち着いて下さいって! ほら、結果的には遅刻してませんよ!?」
「ああ、そうだな。心配するな、当麻には遅刻はしていないと言ってやるよ。良かったな、これでお前のパソコンは無事だ……あの馬鹿とも、今度ゆっくり話す必要がありそうだが」
「いや、今はパソコンよりも我が身の無事が……」
「とりあえず、その辺りについては二人で話し合おうか。じっくり、丁寧にな」
先生はそのままカイの身体を持ち上げると、教室の外に向かって歩き出した。
「ち、ちょっと待っ……い、嫌だ! み、みんな、先生を止め……おい! 一斉に目をそらすんじゃねえ!! こ、この薄情者共! い、いや、嘘だ! すまねえ、さっきの事含めて謝るから、助けてくれえぇぇ……」
尾を引く叫びを残して、連れ去られるカイ。私達は無言のまま、それぞれの席に戻っていく。
――数十秒後に聞こえてきた一人の少年の断末魔に、クラス一同は静かに合掌を送った。
その後、一人で戻ってきた先生により、いつも通りに今日の予定とかの伝達がされていった。……うん。我らが天海高校は、今日も平和です。