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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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願望と現実と夢と

「はあ……はあ……」


 目の前がぼやける。頭が痛い。ひどく息苦しい。吐き気がする。

 みんなはもう仕事に出てしまった。今日はウェアと俺を除く全員が出払っている。比較的軽めの仕事ばかりだから気にするな、とウェアは言ってくれたが。


「……う、ぅ……」


 指先を動かすのすら、億劫だ。眠ってしまえれば楽なのだろうが、苦しみがそれを阻害する。俺にできることは、少しでも体力を使わないように目を閉じてじっとしていることだけだった。

 ……こんな状態が分かっていながら、俺は起き上がって、強がろうとした。そうすれば症状が悪化することなど、馬鹿でも分かるはずなのに……みんなに止められるまで、俺はそれよりも焦りを優先した。


「ガル? 大丈夫か?」


 しばらくじっとしていたが、声をかけられ目を開くと、そこにはウェアがいた。彼の入室に気付かない程度に、鈍っているらしい。

 ウェアは雑務をこなしながら、俺の看病をしてくれている。組んできた水でタオルを絞り、俺の頭に置いてくれた。おかげで、ほんの少しだけ楽になる。


「全く、本当に無茶をする奴だ、お前は」


 ウェアは呆れたようにそう呟いている。今回に関しては、呆れられて当然だろう。


「お前がどれだけ強かろうと、病にまで勝てるかよ。下手をすれば命に関わるんだぞ?」


「済まない……」


「謝るんじゃないと言っただろうがよ。……ま、説教は治ってからだ。今はとにかく、何も考えず休め」


 自分の我儘で無理をしようとしていたのは、俺自身が分かっている。こんな状態でもし戦闘でも起こっていたら……間違いなく、足を引っ張っていた。


「粥を作ってきたんだが、食えそうか?」


「……頑張って、みる」


 正直に言えば、吐き気もあるため口に物を入れるのは辛い。しかし、食べなければ回復が遅れてしまうのも分かっている。

 ウェアが口元まで運んでくれた、粥をすくったスプーンをくわえる。ほのかに梅の味がする。食欲の無い今でも、美味いと思えた。

 俺のペースに合わせて、少しずつ、ウェアは粥を俺に与えてくれた。穏やかに微笑んでいるその姿が、いつもより大きく見えたのは、俺が弱っているせいだろうか。


「…………ありがとう」


「なに、当然のことだ。こういうときぐらいは甘えな」


 一気に入れすぎるのもいかんな、と、ウェアはそこで一度、粥の器を置いた。俺は横になったまま、ぼんやりとその姿を眺めていた。


「……少しだけ、懐かしい」


「懐かしい?」


「俺が、幼い頃……院長も、こうして看病してくれた事が、あった」


「ああ……」


 孤児院にいたときの記憶はほぼ戻っており、その話は様々な形でウェアに伝えてきた。過去を探る手がかりとしても……ただの思い出話としても。


「お前にとっては、父のような存在だと言っていたな」


「そう、だな。父と、兄と、友人と……辛い暮らしではあったが……寂しくは、なかった」


 強がりではない、本心だ。シグも、フェルも、エル兄さんも、沢山の弟と妹たちも……みんなで、力を合わせて生きていたから。それをいつでも見守ってくれていた、院長がいたから。

 ……そしてきっと、俺が孤児院を出るきっかけ、それが……俺の過去を紐解く上で最も重要なファクターなのだろう。いつ、どうして、どのようにして孤児院を離れたのか、俺はそれを思い出せないから。


「ウェアは……院長に、似ている」


「俺がか?」


「見た目や性格が、ではないが……な。雰囲気が……父性と言えばいいか? それを感じる辺りが、よく似ている」


「…………。そう思ってくれているなら、嬉しいな。俺にとってお前たちは、大事な息子であり娘だ。至らない父だとは思うがな」


「至らない事など……あるものか。ウェアは、俺たちみんなを、いつでも見守ってくれているじゃないか」


「ふふ……そうか」


 嬉しそうに笑ったかと思うと、しかし次の瞬間には、ウェアは真剣な顔をしていた。


「今まさに体調を崩しているお前には不本意かもしれないが……俺はな、嬉しいんだ。こうして、お前たちの世話を焼ける事が。だからな、ガル。甘えた方が良い事もあるんだぞ」


「…………」


「……何でこんな事を言っているか、分からないわけじゃないだろう? あまり説教めいた事を言いたくもないが。体調が戻ったら、一度ゆっくりと話そう」


「……分かった」


 頼らない方が心配をかけるという、ローザの言葉を思い出す。俺はウェアに、みんなに、心配をかけているのだろうか。焦っている事は、きっと気付かれている。


 そんな時、ギルドの入り口に備え付けてあるインターフォンが響いた。


「おっと、ラッセルかもしれないな。少し、行ってくるぞ」


「……ああ」


 ラッセルは、コニィの父だ。元々、ウェアとは付き合いがそれなりに長いらしく、コニィが赤牙に入ったのもその関係による。

 医者志望のコニィが何故ギルドにいるかと言えば、本人曰く、前線で戦う人々を助ける経験を積みたいから、だそうだが。あの歳でそれを実行するのは凄いことだ。ならば目指しているのは戦場医なのかと聞いたところ、「どこにいる人だって助けられるように」との答えが帰ってきた。

 彼女の力に俺たちはいつでも助けられている。PSに、確かな医療知識での手当て。戦闘技術だってかなりの水準だ。夢に向かって、どれだけの努力をしてきたのだろうか。


「…………」


 コニィは優しい。優しい彼女がそのような夢を持つことは不思議ではない。ならばその優しさは、どのようにして形成されてきたのか。それは、少しだけ疑問に思った事がある。

 アトラに美久、フィオにイリア。みんな、何らかの理由を抱えてこのギルドに入ってきた。全員が訳ありである必要もないとは思うが……大国を相手取った戦いにすら、臆することなく参加を決めた彼女の強さは、やはり何かを経験してきたからではないかとも思ってしまう。


 ラッセルは果たしてどう思っているのか……いや、愚問だな。心配していないはずがない。それでもウェアを信頼して、コニィを託しているんだ。慎吾たちと同じで。


 ひとりになった部屋で、考える。こうして横になっていていいのか、その思いは拭いきれてはいない。

 ……俺は、ここにいたい。間違いなく、それが望みだ。そのために……ここにいるために強くなりたい。そんな事を言えば、きっとウェアは怒るのだろう。自分だけで背負い込むな、と。

 だけど……それでも。どうしても、怖いんだ。もしも、俺の力が足りなくて……俺が頼ったせいで、誰かが死ねば。


 あの時にウェアは言った。そうなったとしても、誰も俺を責めはしないと。みんなならば、そうなのだろう。許せないのは、俺自身だ。

 そうならないために、俺は護らなければならないんだ。護れるだけの、力がいるんだ。ウェアや誠司は俺よりも強いが、彼らがいつでもみんなを護れる位置にいるわけじゃない。俺が、ここにいるためには……。



 ――過去に戻る事と、平穏を両立させる事は出来はしない。それを忘れないでください。何を選び、何を捨てるか。その決断をいつまでも先伸ばしにしては、全てを失う事も――


「…………っ」


 あの青年の声が、響く。俺はここにいたい……今の俺は、()()()を探している。両立させる術を、探そうとしている。そして、そんな事が出来るわけがないのだと嘲笑う俺の内面が、苛立ちを生んでいる。

 俺がいなくなっても、みんなは戦いを続けるだろう。だが、いくつかの戦いからは遠ざける事が出来るかもしれない。俺の存在により招かれる戦いも、間違いなくあるのだから。

 バランスの問題だ。俺がいなくても結局みんなが戦うならば……今はそう考えている。だが、俺の存在が招く戦いが、俺の力を超えた時、その時には。


 それでも、決断が下せない。知ってしまったから、この居心地の良さを。いつか平和になったらみんなで暮らすのだと、そんな夢を捨てきれなくなってきたから。

 だが、一方で、こうも思う。仮に、全てがうまく行ったとしても……俺は、ここにいていいのだろうか、と。



 ――そして、忘れないでください。どれだけ逃げたところで、あなたに平穏が訪れる事など、決して無い。あなたが浴びた血の量は、忘れたところで、変わりはしない事を――



 俺は、怖い。過去の俺が何をしてきたのか、はっきりと知ることが。何人の幸せを奪ってきたのか突き付けられることが。それを知ってしまえば……この幸せを享受する資格が、無くなってしまう気がした。

 いや、本当は、忘れていたって変わりはしない。忘れた過去が戦いを招くように、犯した罪は決して消えない。俺は本当は、ここにいてはいけない男なのだろう。ただ、目を逸らして、少しでも長くここに浸っていたい、そう願っているだけだ。



 そう、結局は遅いか早いかの違い。どうせ潰える幸せならば、決断は早い方がいいのだろう。どれだけ足掻いても、遅らせるだけ。そんなことは、分かっている。


「……黙って消えるつもりは、ない。だが……」


 俺が招く戦いが、俺の力を超えた時。その時には、話して、納得させた上で、ここを離れよう。果たして、みんなが認めてくれるかは分からない。しかし、そうせねばならない時が来れば。それが、みんなを護る最善の手段となる時が来れば……俺は。
























 気が付くと――俺は、戦場で刀を振るっていた。


「くっ!?」


 何だ? 何故、俺はこんなところで……いや、考えている場合ではない。周りには、多くの敵がいた。襲われているのならば、戦わねば。

 先に動いてきたのは、敵の方だ。だが、その動きは見切れないものではない。俺は月光を振るい、刺客を切り捨てていく。

 姿が影のようなものに覆われて見えない、不気味な連中だった。数は五人。――どこか動きに既視感もあった気がしたが、気にしていられない。感じるのは明確な殺意。殺さねば殺されると、本能が言う。


 前衛の三人を順番に討ち取り、勢いに乗って中衛の銃使いの首を跳ねる。そして、全力で駆け抜けると、後方にいた弓使いの胸を、確かに貫いた。


 結末は、あっと言う間だった。しかし、俺は何故? そして、こいつらは何者で……。


『それが、お前の本質だ』


「――――!?」


 ……俺が刺した者が、口を開く。確実に仕留めたはずなのに、その見えない顔を上げ、何のこともないかのように、言い放つ。それに驚愕している暇もなく、声は続いた。


『お前はそうやって、殺すことしか出来ない。お前の存在は、多くの死を生んできた』


「何を……! 殺す気で襲ってきたのは、お前たちだろう! 俺が止めなければ、仲間も危険になる!」


『仲間。それも同じ。死ぬんだ。お前に関わった者は、皆が。敵を殺し、味方も死なせる。それが、お前だ』


「……そんな事! 仲間は、護ってみせる!」


『そうか、ならば……』


 ぞっとするような響きで、声は語る。そして――


『どうして、私を殺したの?』


 ――心臓が止まりそうなほどの、寒気に襲われた。


「……え……?」


 見れなかった。相手を見る、勇気が無かった。

 俺が先ほど、切り捨てていった敵。無我夢中で、とにかく月光を振るい、俺は彼らを殺した。しかし、思い返してみろ。――俺が殺したのは、誰だ?


『ねえ、目を逸らさないで、こっちを見てよ、ガル。どうして、私たちを殺したの?』


「……あ……」


 言葉に、声に逆らえず、視線を向ける。影は、無くなっていた。見せ付けられたのは、見たくなかった事実。


 今。俺が刺しているのは。刺して、いるのは。その顔は……俺が、誰よりも護りたかった、少女のもので……。


『ねえ、ガルフレア。どういうつもりなの? 私を護るって、言ってくれたよね? それなのに、どうして?』


「……違う……違う、んだ……」


『違う? 何が違うんだよ。お前、刺してるじゃねえか。オレ達を、斬ったじゃねえか』


 今度は、足元に転がる骸が……少年たちが、口を開く。何なんだ、これは。こんな。こんな事。


「俺は……こんな、つもりでは……」


『こんなつもりじゃなくても、殺されちまったしな? どう責任取るつもりなんだ、おい?』


「お、お前たちを、護りたくて……」


『ああ、そうだな。護ってくれるって言ったお前を信じて、ついて来て……だからおれ達は、こうなったんだぞ?』


「こんな……こんな、こと、俺は……」


『お前のせいだよ、ガル。お前のせいで、みんな死んだんだ』


 浩輝の、海翔の、蓮の、暁斗の……瑠奈の、骸。俺が、殺した。俺がこの手で、斬り捨てた。

 そんな事。そんな事……俺は、望んでいなかった。死なせるつもりなど、無かった。護りたかった。俺は……。


『あなたが私たちを連れてきたから……あなたがずっと自分を選んできたから、私たちはどんどん引きずり込まれていったんだよ』


 自分を、選んだ。自分を、優先した?


『戦わない道を選ぶことだって、昔の自分を捨てることだって、できたじゃない。でも、あなたはそうしなかった。私達より、自分が大事なんでしょ?』


「……ち……が……」


『今だってそう。自分がここにいたいから、必死に目をそむけてる。それで私たちがどうなったって、きっとあなたはどうでも良いんだよね』


 そんな事はないと、言い返せなかった。だって、殺しているじゃないか。刺しているじゃないか。俺は、俺は。


『あなたには、護る力なんてなかった。その結果が、余計なことを望んだ結果が、これなんだよ』


「う……ああああぁ……!!」


 俺が、いけなかったのか。俺がここにいたから、みんなはこうなったのか。俺がみんなを捨てたのか。護ると約束したのに……俺は……俺にとって、大事だったものは……。


『何も護れないあなたに、居場所なんてないんだよ』



 ――まもりたかったものは。いったい、なにだったんだ――















「はっ……!!」


 次の瞬間。俺は――ベッドから跳ね起きていた。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」


 ここ、は……見慣れた天井……見慣れた家具。俺の、部屋。ギルドの、俺の部屋、だ。

 熱い。息苦しい。心臓が暴れている。だが、少しずつ頭も回り始めていく。そうか……今のは、夢……か。


 そう、だったな。俺は、あの後……ラッセルやウェアと一緒に病院に行き、治療を受け、ストレスと疲労が原因だと診断され、薬を処方され……部屋に戻って、体力の低下からすぐに寝てしまったんだ。


「……く……う」


 治療と薬が効いたのか、身体は寝る前よりもかなり楽になっていた。だが、気分は最悪だ。先ほどとはまるで性質の違う熱さと頭痛。

 目元を拭う。濡れていた。涙? 泣いていたのか、俺は。


「………………」


 俺の恐れが、あんな夢を見せたのか。いつも頭の中で響く囁きが、今度はみんなの姿を借りて出てきたのか。あれはきっと、本来の俺が持つ意見だ。誰かが死んだとすれば、という仮定の中ではあるが。


 だが、あれは……近い未来かもしれない。そして、彼女たちの指摘は、決して間違っていなかった。

 現実はそう単純な話ではない。刀を置いたところで、シグ達はともかく、リグバルドの脅威はきっと途絶えない。しかし……俺がみんなを巻き込んでいることに、違いはない。

 決断を先延ばしにし続けている俺。だが、決断よりも早く悲劇が訪れない保証なんて、どこにあるだろうか? 俺が、甘え続けた結果として。夢で良かったなどと、とても言えない。



 ……ノックが聞こえた。


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