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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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ガルの不調

 次の日の朝。


「さてと。後はガルだけか」


 居間に集まって朝食の準備をしながら、マスターがそう呟いた。

 起きたメンバーから順番にご飯を食べて、全員が集まったら依頼の話、その後は仕事に合わせて……ってのが赤牙の朝だ。でも、ガルが最後って言うのは、初めてかもしれない。彼はいつも朝早いからね。


「如月や橘ならともかく、ガルが寝坊とは珍しい。お前たち、何かうつしたんじゃないか?」


「俺たちは病原菌か何かですか!? そういう些細な一言が子供を傷付けるんですよ!」


「お前たちがそんな事でショックを受けるタマか。何度説教しても治らんから皮肉だ、察しろ」


「オレらだって裏で泣いてるかもしれないじゃないっすか! いや、そりゃオレも寝坊はするけど、カイと同列は嫌っす!」


「そうそう俺のがタチ悪、ってふざけんなトラネコ!!」


「ノリツッコミする程度には自覚してるんだな……」


「ほう。では、今後は遅刻するたびに鉄拳制裁でも問題ないと……」


『スミマセンデシタ』


 ……とりあえず、遅刻しないことを誓う気はないらしい。ため息をついた先生には同情しちゃう。


「ま、昨日は頑張ってたみたいだし疲れてたのかもね。たまには寝かせてあげるのもいいんじゃないかな? 急ぎの依頼が入ってるならともかくさ」


「今日の仕事はどんな感じなんですか?」


「あまり大きなものはありませんよ。久々なので、ランドが気を遣ってくれたようですね」


「うーん、むしろこっちは休み明けでエネルギー十分なんすけどね!」


 元々、街の人の小さな依頼から聞いていくのがギルドだ。アガルトみたいなことにしょっちゅう起こられても困るしね。


「考えてみたら、俺は赤牙で初めての仕事だな……」


「何だ、緊張してんのかよ?」


「ってわけじゃないけど、せっかくだし良いスタート切りたいじゃねえか? レースは始まりが肝心なんだぜ」


「あはは。あたしも、帰還早々に足を引っ張らないようにしないと。頑張ろうね、飛鳥ちゃん」


「は、はい。こっちで働くのは初めてですけど、わたしにとっても生まれ故郷ですし……頑張ります」


「だいじょーぶだいじょーぶ! 女の子は俺様がバッチリサポートしてやっからよ! あ、野郎は対象外だから暁斗は自分で頑張れよ~」


「アトラは余計な事に気をとられず、自分がミスしないように気を配るべき。今までの統計から、かっこつけた時にドジをする確率は普段より約6割上昇する。そして周囲の好感度は下がる。三枚目の典型例」


「なに数えてんだ、ってか大きなお世話だチクショウ!」


 暁斗もこの休みの間にみんなとだいぶ打ち解けられたみたいで一安心だ。入る時に色々とゴタゴタしたし……この数ヵ月で、どう変わったか分かんなかったし。

 でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで……当たり前だけど、それがすごくほっとした。隣にいるのが当然で、それがずっと続くと思ってて、だけど消えちゃって。もしかしたら会えないかも、会えたとしても変わっちゃってるかも、そんな不安がずっとあったから。


 と、いけないいけない。私があまり重く考えちゃダメだよね。暁斗は色々と悩んでるみたいだし、私がしっかり支えてあげなくちゃ。私は、暁斗の妹なんだから。 


「ま、まあそれはともかくよ。店の方は休みでいいんだよな?」


「そうだな。まとまった仕事も取れている以上、一週間ほどは閉店したままの予定だ。もし仕事が無くなれば早めるがな」


「しかし、相変わらずUDB関連の依頼は沈静化したままなんだろう? ……世知辛い世の中だからな、このままギルド業界が縮小、うちが潰れると言う可能性も」


「うっ。い、嫌な想像をさせるなよ、誠司」


「あはは。ま、その場合は諦めて料理屋を本職にするしか無いんじゃないかな?」


「それも素敵だと思いますよ、マスター。昨日もいつ開くんですかって街の方に聞かれましたし、マスターの料理を求めてる人はたくさん集まりますよ」


「そうですねえ。いいじゃないですか、マスター。私はどこまでもお供させていただきますよ?」


「こら、潰れる前提の話を進めるんじゃない! 冗談じゃない、ここまで大きくするまでにどれだけ苦労したと……からかっているだろう、お前たち!」


 マスターの言葉にみんなで笑って……そんな時、階段の方から足音が聞こえてきた。ガルだ。


「済まない……少し、遅くなった」


「おはよう、ガル。寝坊なんて珍しいね」


「昨日は、夜更かしで、本を読んでしまったんだ……元から疲れてもいたからな。自己管理が、なっていなかった」


「へえ? ガルでもそんな事すんのな」


 まだ眠いのだろうか、声にはあまり力がない。ガルにしては本当に珍しいと言うか、初めてじゃないかな。

 ウェアさんは、顔をしかめている。どうしたんだろ? さっきの事で拗ねてるわけでも、寝坊したことに怒ってるわけでもなさそうだけど。


「ガルフレアさんも来ましたし、詳しい依頼の話にしますか? あ、先にご飯の準備を……」


「いや……起き抜けで、まだ食欲が無いからな。先に、話を聞こう」


「あら、そうですか……?」


 ……様子が変だ、ってのはすぐに分かった。そもそもガルって、眠くて辛いとか絶対に出さないような性格なのに、今は辛そうなのがはっきり分かる。


「ねえ、ガル。もしかして、具合悪いんじゃない?」


 辛そうなのが分かるってことは、本気で我慢できないくらい辛いってことじゃないかって思った。そう言えば、昨日もちょっと調子悪そうだったし。


「別に、そんなことは……ないぞ」


「嘘だな」


 たどたどしく返答してきたガルに、きっぱりと言い切ったのはウェアさんだ。ウェアさんはそのままガルに近付いて、彼の額に左手で触れた。そして、元から険しかった目付きが、さらに厳しくなる。


「お前な。こんな熱で、仕事をするつもりなのか?」


「……少し、調子が悪い程度だ。問題は……」


「馬鹿野郎。少しの範囲か、これが。立っているだけでも辛いんじゃないのか?」


 私もガルの側に行って、頭を触ってみる。……思っていた以上に熱くて、さすがに驚いてしまった。


「ちょっと、ガル、いくらなんでもこれは無茶だよ! 寝てなきゃ駄目だって!」


「そうだな。コニィ、ラッセルに連絡を入れてもらえるか?」


「はい。少し待っていてください」


「ま、待ってくれ。俺は、大丈、夫……」


 そう言ってマスターに食い下がろうとしたガルだけど、我慢も限界だったみたい。一歩踏み出した途端に、がくりと身体から力が抜けてしまった。テーブルに手をついて、すごく苦しそうに息をしてる。


「おい、どこが大丈夫なんだよ!」


「命令だ、ガルフレア。休め。そのような状態で参加されても、こちらがフォローをする必要もあるし、もし伝染病か何かならばみんなにも広がる。そちらの方が迷惑だし、お前のためにもなりはしない」


「っ……」


「……頼むから、あまり無理はするなよ。体調を悪くする時ぐらいは誰にでもある。罪悪感など感じる必要もないが、もし気が引けると言うのなら、出来るのは一刻も早く調子を戻すこと、それだけだ」


 困ったようなマスターの言葉に、ガルは返事をできない。責任感の強いガルは、こういうので休むのとか嫌いなのは分かる。だからマスターも敢えて強めの言い方をしてるんだと思う。


「マスターの言うとおり、オレらが風邪引いて休みになった事とかもあるだろ? こっちだけでも何とかなるから、ゆっくりしとけよ」


「私も、そんな身体で動くのは認められません。マスターですら、以前に熱を出した時にはちゃんと休んでくれたんですよ?」


「無理をして頑張ったとしても、大抵はより状況が悪くなるものだ。……責任感は大事だ。だが、責任感があるならばなおのこと、わきまえるべき事もあるんじゃないか?」


 みんなが口々に言葉を投げ掛けていく。ガルも、揃ってそういうことを言われてしまったら、さすがに折れざるを得なかったようだ。


「う……ぐ」


「おっと……」


 そして、張り詰めていた気が抜けちゃったんだろう。ガルは小さく呻くと、その場に倒れそうになる。ウェアさんが素早く先回り、そんな彼の身体をしっかりと支えた。


「済まない……少し、力が……抜けてしまった」


「謝ることじゃない。歩けそうか?」


「ああ……」


「ひとまず、部屋まで肩を貸す。ジン、代わりに仕事を説明しておいてくれ」


「ええ、かしこまりました」


「ガル、ゆっくり休めよー」


 こうして、マスターに連れられてガルは部屋に戻っていった。


「私もひとまず父さんに連絡をしてみるわ。確か、今日は知人を迎えに行くと言っていたのよね……直接こちらに来て貰った方がいいかもしれないわね」


「大丈夫でしょうか、ガルフレアさん……?」


「あいつもそんなにヤワなやつじゃねえだろ。ま、いつもは無理しすぎてんのは確かだし、たまにゃ俺様たちが頑張ってゆっくり休ませてやろうぜ」


「そうだね……」


「アトラが頑張るなどと言うのは稀有。あなたも熱がある?」


「……たった今、心の方が重症になったわ。たまにゃ真面目な事言ってもいいだろがちくしょうが!」


「冗談。私も、あなたの意見に賛同する」


 心配じゃないと言えば嘘になるけど、後の事はマスターに任せて、私たちはガルの分も頑張る。そうしてゆっくり休ませてあげる方が、彼のためだよね。


「さて、では皆で分担してガルフレアの穴を埋めるとしましょうか。フォロー役である彼が抜けるのは大きいですが、皆さん気合いを入れていただけますね?」


「平気っすよ。いつもはガルに頼りすぎてるし、恩返しっす!」


 頼りすぎてる……そう、コウの言う通り、私たちはガルに頼りすぎてるんだと思う。ガルの側が甲斐甲斐しすぎるってのもあるかもしれないけど。それでも、今のままじゃ、この先ガルはもっと大変になる。私たちは、いや、私は、もっと頑張ってガルの力になってあげなきゃいけないんだ。



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