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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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ローザとガルフレア

 それから……ひとまずローザにも茶を入れ、俺たちはしばしの談笑をすることとなった。


 彼女は旅すがら、立ち寄ったギルドで色々な話を聞くことを習慣としている、と語った。

 ギルドは都合上、様々な立場で活動をすることが多く、故に、その国について精通している事も多い。だからこそ、ギルドメンバーの話はその土地を理解する上で参考になる、そうだ。


「そうなの。あなたはマスターを本当に尊敬しているのね」


「ああ。人としても、剣士としても……彼ほど優れた存在は、そうそういるものではないだろう」


 さすがにアガルトの一件などに触れる事はできないが、俺は今までの活動について、またこの国について、ローザに語っていく。元々、話すのは得意ではないが、最近は少しましになってきたと思う。彼女の静かな物腰が話しやすいのもあるだろうがな。


「そこまで断言できるのは素晴らしいわね。噂通りの、良いギルドのようだわ」


「噂、か。では、マスターについても?」


「ええ。ウェアルド・アクティアス……この国でも特に優れたマスターの一人だと、皆が口を揃えて言っていたわ。ふふ、狼人だと聞いていたから、あなたがそうなのかと思ったけれど」


「まさか。彼と比べれば、俺はあらゆる意味で未熟者だ。いつになればあの域に辿り着けるか、いや、彼に届く日が訪れるのか、まるで見えない程にな」


「あら、でも、あなたも随分と手練れなのではなくて? 少し見れば分かるわよ」


「並の相手であれば、遅れをとるつもりはないがな。それでも、やはり上はいるものだ」


 マイナス思考は自覚しているが、戦闘力に関しては、的確に客観視を心がけている。自惚れても、卑下しても、判断の誤りを招くからな。

 記憶を失い、月の守護者が弱体している以上、かつての俺よりも弱くはなっているのだろうが……仮に力を取り戻したとて、ウェアにはまだ届かないのは分かる。誠司やランドにもな。


「料理も美味しいと聞いたわ。もしもお店が開いた日に来れたなら、是非とも味わってみたかったわね」


「本来の仕事が少ない期間の副業だがな。もしも滞在中に機会があったら訪れてくれ。俺も、腕によりをかけて作らせてもらう」


「あら、あなたも料理をするのね。少しだけ意外だったわ」


「そうかもしれないな。……情けない話をすると、接客があまり得意ではないのでな。厨房にいる方が多いんだ」


「なるほどね。ふふ、失礼かもしれないけれど、納得したわ」


 そんな俺がすぐに打ち解けられたのは、彼女の人柄だろう。何と言うべきか……落ち着くのだ。穏やかな微笑を絶やさずに佇んでいる姿は、大人の女性らしい魅力を持っていた。


 ふと気が付くと、ローザはじっと俺の顔を見つめていた。


「どうした?」


「あら、ごめんなさい。あなた、何となく私の知人に似ているものだから、つい懐かしんでしまったわ」


「そうなのか?」


「ええ。もっとも、私が最後に会った時の彼は、あなたよりもずっと無愛想で、いつも険しい顔をしていたけれど」


「……俺も、割とそう言われる。怒っているのかと思った、などとな」


「ふふ。でも、あの人よりはずっと柔らかいわよ」


 口振りからして、恋人……だろうか。長く会っていない様子でもあるが。


「その知人が、合流する相手か?」


「いえ、今回はその友人ね。でも、性格はとても似ているわ。真面目で、融通が利かなくて、無愛想で……あの人は、それに加えて後ろ向きだけれど」


「……他人とは思えないな」


「そうね、どうなるのかあなたと会わせてみたい気もするけれど。残念だけれど、その機会はなさそうね」


 言いつつ、ローザは急に、俺に顔を近付けてきた。下手をすれば息がかかるのではないかと言うほどに近く。


「ろ、ローザ?」


「私の知人たちは、そんな性格なものだから……いつも自分だけで何かを片付けようとしてしまうの。私が知るのは、いつも終わった後。心配をかけたくなかった、なんてあの人達は言うけれど、結局は余計に心配をかけるだけなのにね」


「…………!」


「ふふ。その顔は、あなたにも心当たりがあるのかしら。あんまり似ているから、もしかしたらと思ったのだけれど」


 静かに笑うローザは、俺の姿を誰かに――恐らくはその知人に――重ねているのだろう。それが何となく物寂しげにも見えたのは、気のせいだろうか。


「初対面にぶしつけだとは思うけれど。でも、もしも本当に心当たりがあるのだとしたら……少し、覚えておいて。心配をかけたくないのならば、むしろ周りを頼るべき時もあるわ」


 狙った訳ではないのだろうが、それは今の俺には、とても痛い言葉だった。……分かっている。今さら巻き込みたくないなど虫が良い話で、俺ひとりにやれる事などたかが知れていて。……それでも、彼らに負担をかけたくないんだ。俺がやらねばならないことまで、背負わせたくは……。


 俺の反応を見ながらも、ローザはゆっくりと立ち上がる。ふと時計を見ると、会話を始めてから30分近く経過していた。


「少し話が長くなってしまったわね。そろそろ引き上げさせてもらうわ。良い時間をありがとう」


「いや……こちらこそありがとう。君の言葉、よく考えさせてもらおう」


「ふふ。そうしてくれると、嬉しいわ」


 最後に小さく会釈をすると、ローザは俺に背を向けた。……だが、俺は思わず、その後ろ姿に声をかけていた。


「ローザ!」


「何かしら?」


「……君は本当に、俺と初対面なのだろうか?」


「…………ふふ」


 そんな訳はないと、流してしまおうとした考え。しかし、会話を経て、我慢するにはその予感は大きくなりすぎていた。

 この、何かが胸にひっかかるような感覚。これは、あの時と……シグが素性を隠して俺と顔を合わせた時と、同じだった。

 そう考えて、彼女が語った事を振り返ると、違った側面が見えてくる。彼女の言う知人とは、もしかすると……。


「仮に私がそうではないと答えたら、あなたはどうするつもりなのかしら?」


 それは、ある意味では答えだった。俺に確信を抱かせつつも、どこかで踏み越える事を躊躇わせる、そんな答え。


「分からない。もしも君がそうだとしても、今はまだ……君たちに、どう向き合うべきなのか決められない。きっと、何を聞いても君は答えてくれないのだろう?」


「そうね。私は偶然にここを訪れ、あなたと少しだけ話をしたかった、それだけのこと。今、それ以上を求めるのは無粋と言うものよ。お互いにね」


「……そう、だな」


 彼女に敵意は無い。きっと今の会話には、本当に意味など無かった。ならば、ここで俺が踏み込むことは、確かに無粋な真似に感じられた。そうすればきっと、この均衡も崩れ去ってしまうのだろう。


「ひとつだけ、サービスよ。あなたに何かをするためにここを訪れたわけではない。少し、相談されたから見に来ただけよ」


「……分かった。ならば俺たちは、ただの世間話をしただけで……もしも別の形で会ったとしたら、そこが初対面だ。それで、良いのだろう?」


「ええ。ふふ、少しは融通が利くようになったのかしら? では、また機会があれば会いましょう、ガルフレア」


 その声で名前を呼ばれた瞬間、胸の中で何かが疼く。

 ああ、知っている。やはり俺は知っているんだ、彼女を。でも、思い出せない。頭の中にある霧が、晴れない。

 何だろうか、この寂しさは。罪悪感のような、胸の痛みは。彼女は俺と、いったい……。


「あら」


 丁度その時、ギルドの入り口が開いた。入ってきたのは……瑠奈だった。


「あなたは?」


「ふふ。お邪魔したわね」


 ローザは多くを語らずに、瑠奈とお互いに会釈しながらそのままギルドを後にする。何かを言わねばならない気もしたが、何を言えば良いかも分からず……結局、俺はその姿をただ見送るだけだった。


「……また会いましょう、か」


 それはきっと、遠くない未来だ。その時、果たしてどのような関係であるかは分からないが……。


「ガル、今の人は?」


 瑠奈の声で、我に返る。……彼女のことは、今は胸の中にしまっておこう。俺たちの初対面は、きっと次になる。


「ああ……フリーランスらしい。仕事を探しに来たそうだ」


「へえ。何か、すごく綺麗な人だったね! ああいう大人って感じの人、憧れちゃうなあ」


「瑠奈も、そのうち大人になっていくさ」


「うーん、そうだといいんだけどね。ほら、歳上だけど全然大人って感じじゃない人もいるし、歳をとるだけで魅力って出せるものじゃないでしょ?」


 大人の魅力、か。瑠奈もそういうことを気にする年頃ではあるのだろうな。確かに瑠奈とローザでは、雰囲気は正反対に近いものがあるかもしれないが。


「魅力など、無理に身に付けるものではないさ。それに……」


「それに?」


「……お前にはお前の魅力がある。他人に憧れるのも、参考にするのもいいが、お前はお前らしくあるのが一番だ」


「私の魅力、か……あるのかな? 自分には、よく分からないけど」


 ……もちろん、あるさ。だから、俺は。


「ね、ガル。ガルはやっぱり、今の人みたいな女の人が好き?」


「……難しい質問だな。美しいとも魅力的だとも思うが、誰かを好きになるには、時間が必要だろう。もちろん一目惚れなども切っ掛けとしてはあるだろうが、本当の意味で愛せるかはまた別の話だ」


「ガルらしいって言うか、真面目な答えだよねえ。その分、ガルは好きな人をすごい大事にしてくれそうだけど」


「……そう評価してくれるのは、有り難いがな。ところで、浩輝たちはどうした。一緒ではなかったのか?」


「ん? ああ、途中までは一緒だったけど、途中からは別だよ。私は買い物とかも終わったし、先に戻ってきたんだ」


 少し感傷的になってしまっているのを自覚して、話題を変える。今はこれ以上、あまりこの話はしたくなかった。

 それに俺は……好きな人に好きだと言うことも出来ない臆病者で、護り抜くという誓いさえ揺らいでしまうような軟弱者でしかない。彼女の評価は、過大だ。


「ガルは出掛けたりしなくて良かったの?」


「特に用事も無いからな。検査も先週に受けたばかりだ」


「検査、か。最近は大丈夫なの?」


「身体に問題は出ていない。その分、進展もないがな」


 俺は未だ、記憶喪失だ。そのため、今も通院し、脳の検査を行っている。とは言え、検査結果は常に異常無し、身体は健康そのものだそうだ。後は、俺の精神の問題だ。

 ……アガルトでの〈銀星〉との邂逅の後、思い出そうとはしてみた。大会で多くの記憶が戻ったように、刺激を受けた今ならば、と。しかし、やはり強烈な頭痛に襲われるだけで終わってしまった。

 以前よりは、近付いている感覚はある。しかし、だからこそ歯がゆい。思い出せそうで思い出せない、あと一歩がどうしても届かない。


 かつて言われた、俺自身が記憶を封印しているという話。思い出すことを恐れて、深層で拒否しているという可能性。

 ……怖い。ああ、そうだ、俺は怖いと思っている。全てを思い出したその時には、きっと俺を取り巻く事態は一気に進む。その恐れが最後のストッパーになっているのは、きっと間違えていない。思い返せば、エルリアの時にもそうであった。

 しかしもう、腹をくくらなければならない時じゃないのか。思い出せなくとも、事態はすぐに次の場面へ……。


「ガル、どうかした?」


 瑠奈の一言に、俺ははっと頭を上げる。また、深く考え込みはじめていたようだ。


「まだちょっと疲れてるんじゃない? 何か、辛そうだったよ」


「そう、だな。今日は夕食をとったら、早めに眠らせてもらうとするよ。明日に残してもいけないからな……」


 誤魔化しながら立ち上がり――突然、身体に力が入らなくなり、俺は思わずテーブルに両手をついた。


「…………っ」


「……ち、ちょっと、ガル? ほんとに大丈夫なの?」


「き、気にするな。少し、目眩がしただけだ。やはり、疲労が残っているんだろう」


「本当に? 無理したら駄目だよ。何かあったらすぐに言ってよね」


「ああ、ありがとう。……一旦、部屋に戻るよ」


 目眩はすぐに治まった。しかし、身体中に倦怠感が残っている。部屋を出る前に感じたものより、少し強くなっている気もする。

 ……我ながら、やわなものだ。あの程度で、ここまで辛くなるとは。しかし、甘え続けてはいられない。時間が無いんだ、みんなと一緒にいるためには……俺は、早く、更なる高みを目指さなければならないのだから。






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