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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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苛立ち

「………………」


 あれから三時間ほど。俺はひとり、部屋で座り込んでいた。

 体力は全快とは言えないが、もう問題ないだろう。とは言え、あの後にウェアが部屋に来て「今日はこれ以上の訓練は禁止だからな」と念押しをして行ったので、それに従う事にする。少し、見透かされてはいるのだろう。


 しかし、ランドに完敗してしまった以上、もう少し何かしたいのは確かだった。そのため、俺は……肉体を酷使しなければ問題ないだろうと結論付け、自室でPSの制御訓練を行っていた。


 訓練と言っても、やることは単純だ。月の守護者を発動させ、その状態で精神集中……瞑想を行う。いつもより深く、自らの力をイメージし、その状態を維持する。そうすることで、発動状態に心身を慣らすのだ。

 実のところ、月の守護者はあまり燃費が良くない力だ。波動を放出すればするほど、体力を消耗する。だからこそ、長時間の戦闘に耐えうるためには、上手くコントロール出来なければならない。


 生命力が高まるイメージ。そして、その力が奔流となり、身体の中を駆け巡るイメージ。

 溢れさせてはいけない。流れを、静かにコントロールして……必要な量だけを、適切に引き出す。ただ、俺と言う器の中で、回す。回す。回す――


「…………ふう……」


 時間にして、20分程度だろうか。調子の悪さを自覚して、俺は力を解除した。背中から、翼が消える。

 自分の事は、自分が一番分かる。……明らかに、乱れている。いつもほど、集中できない。

 元から消耗していたせいでもあるだろう。だが、それ以上に、精神的な面が大きいのは自覚している。


 ……最近、苛立つことが多くなった。


 ほんの些細なことなのだ。みんなの言葉が、棘のようにちくりとするようになった。

 そしてそれは、俺を気遣ってくれている言葉に対してだった。無理をするなと言われても、思ってしまうのだ。無理をしなければ届かないではないか、と。


 それに苛立ってしまう自分に、嫌気が差してしまう。分かっている。焦っているのは、おかしいのは、俺の方だと。

 それでも、やはり駄目なのだ。あの時の言葉が、敵の強大さが、時間がないという現実が。頭から、離れない。


「……これでは、駄目だ」


 しっかりと向かい合うでもなく、考えるでもなく、ただ焦りに突き動かされ……ランドの言うとおりだ。こんなことで、強くなれるものか。考えなければ。俺が、これからどうすればいいのか。


 少し、下に降りるか。このまま部屋でうずくまっていても、考え込むだけだからな……。


「…………っ……?」


 ……立ち上がった瞬間、軽く目眩がしたような気がした。











 ギルドの中にいるのは、今は俺一人だ。

 瑠奈たちも先ほどまで訓練をしていたのだが、ある程度のところで切り上げて街へと出ていった。戻ってきていたジンもすぐに外出したようだ。

 そろそろ誰か戻ってくるかもしれないが、一応は留守番をしておくべきか。どうせ、外出をする予定はない。


 思えば赤牙に来てから、もう半年近くも経つんだな。元々、記憶と過去の手掛かりを追うためだったが……ここまで深い縁になるとは、エルリアを発った時には思っていなかった。


「…………」


 喉が渇いた。茶でも淹れるとしよう。

 調理場の中に入り、湯を沸かしつつ戸棚から茶葉を探す。俺は、緑茶の方が好きだ。綾瀬家では、いつも楓が淹れてくれていたな。エルリアでは緑茶の方が一般的らしいが。

 紅茶やコーヒーなども嫌いではないのだが、緑茶が一番、俺としては落ち着く。なお、ウェアも緑茶派だそうだ。

 俺たちは、色々なところで趣向が似ている。酒はきついものよりも長く楽しめるものを好み、食事はさっぱりしたものの方が好きで、何事も派手なものは好きではない。読書が好きなのも同じだな。もっとも彼は、マスターの仕事であまり落ち着いて読めないとぼやいてもいたが。


 茶をカップに注いでから、カウンター席の方に座る。

 改めて、思う。ここも、我が家のような存在になったものだな。あの時……瑠奈たちを引き連れ尋ねた俺を、ウェアルドは、みんなは、すぐに受け入れてくれた。

 それから、色々な事があった。ギルドのみんなとも、瑠奈たちとも、長い時間を過ごした。共に働き、共に遊び、共に戦い……。


 …………。


「くそ……」


 何をしても、そのうちに後ろ向きの事が浮かんでくる。こんな性格が、我ながら嫌になる。

 ……あの時の俺は、みんなも俺の過去に関わることを含めて決意した。それでも俺が護り抜いてみせるのだと、そう誓った。しかし、進めば進むほど分かる相手の強大さに揺らいだ。俺の中の冷めた部分は、その決意を否定した。

 いっそ俺が消えてしまえば、そう悩んだ事もある。だが、ウェアは俺が消えればみんなも悲しむと言った。俺が消えてしまう事が、怖いのだと言った。だから今は、一人でいなくなる事は考えていない。


 ――ならば、甘え続けるのか。このままでは、いつ何が起こっても不思議ではない。


「……だから、俺は強くならなければ」


 ――しかし、俺はウェア達の足元にも及ばない。そう簡単に、強くなれるものか。


「それでも、やらなければならないんだ。退けないならば、進むしか……ない」


 ――そして俺は、みんなを巻き込むのか。いつまでも、より中心へ引きずり込んでいくのか。


「今、俺が消えたところで、みんなはもう関わってしまったんだ……! いなくなったとして、無かった事に出来るものか!」


 ――そう、関わってしまった。俺が存在していた、そのせいで。


「……ならば俺は、どうすれば良かったんだ。そんなことを言えば、初めから……」


 自分が二人になってしまったかのような、自問自答。その回数は、前より増えた。そして、俺と『俺』の意見は、どちらもさらに極端になってきたように感じる。


 ……何かが動き始めるまで、もう時間はあまり残されていないのだろう。日常を送りながらも、みんなだってそれは感じているはずだ。

 エルリアに帰したり、俺がギルドから離れるだけでは駄目なのだ。いつ、どこで、何が起こるか分からないのだから。だから手の届く範囲で俺が護る。護り抜くだけの、力がいる。


 ――だが……未だに記憶も完全に戻らず、敵は強大だ。こんな俺が、どこまでみんなを護れる?


「………………」


 我ながら、支離滅裂だ。本当に、俺はどうしたらいいんだ。最近は、余計に分からなくなってきた。

 


 ギルドの扉が開いたのは、その時だった。


「失礼するわ」


 最初は誰かが帰ってきたのかと思ったが、その声はメンバーの誰のものでもなかった。案の定、入ってきたのは見覚えのない人間の女性だった。


 第一印象としては、美しい女性だと、そう思った。

 燃え上がる炎のような赤いロングヘアー、それとは対称的な落ち着いた佇まい。肌は色白で、まるで雪のようだ。静かに微笑むその表情は、どこか神秘的にすら感じられた。年齢は俺と同じくらいだと思う。背は高めで、スタイルも良い。誰に聞いても、美女と応えるだろう。


「あなたは……依頼者だろうか?」


「いえ、私はギルドのフリーランスよ。何か仕事は無いかと思って、足を運んだのだけれど」


「ああ……申し訳ない、今日は休業日なんだ。今のところ、渡せる仕事は無い」


「あら、そうなのね。ごめんなさい、そうとは知らずに」


 ギルドメンバーには、俺たちのように特定のギルドに所属する者と、各ギルドを仲介役として仕事を請け負うフリーランスの二種類がいる。フリーランスの方が資格を得るのは難しく、まずはどこかのギルドで経験を積み、その上で独立する者が多いらしい。

 俺たちもギルド所属の認定証は持っているが、彼らの認定証は、それまでに達成した依頼によりランク付けがされ、それを元にギルド側はどこまでの仕事を回せるか判断する。赤牙も時にはフリーランスに仕事を回すことはあるが、彼女は初めて見る顔だな。


 ……初めて。そう、初めてのはず、だ。

 何だろうか、この感覚は……いや、気のせいだろう。先ほどから少々調子が悪いせいだ。


「必要ならば、他のギルドに連絡をさせてもらうが、どうだろうか?」


「いえ、大丈夫よ。そこまで困窮している訳ではないもの。ただ、ここにギルドがあると噂を聞いたので、せっかくだから覗いてみただけよ」


「そうか……見たところこの辺りに住んでいる訳ではなさそうだが、旅でもしているのか?」


「ええ、各地を転々としながら、こうして仕事を請け負っているの。ふふ、気ままな一人旅とでも言えばいいのかしら」


 元々、フリーランスになるのはそういう気質の者なのだろう。故に彼らは様々な知識を持ち、実力者である事が多い。


「この国にしばらく滞在するのであれば、何か回せそうな依頼が来れば連絡をさせてもらうことも可能だが、どうする?」


「滞在期間は、あと数日の予定ね。知人から連絡が入れば、すぐに合流しなければならないの。だから、有り難い申し出だけれど、今回はお断りしておくわ」


 でも、と話を句切り、彼女は微笑んだ。


「せっかくだから、挨拶はさせてもらおうかしら。私はローザ。ローザ・フェンネスよ」


 名乗ってきた女性、ローザに、俺も自らの名を告げる。やはり、落ち着いた人物のようだな。


「ところで、今、あなたの時間は大丈夫だったかしら?」


「ああ、今日は特にやることも無いからな。どうした?」


 俺の返事を聞くと、ローザの笑みが少しだけ深くなった。そして、彼女はこう続ける。


「良ければでいいのだけれど……少し、話し相手になってもらえないかしら?」


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