悩み
ガルが部屋に戻って、私たちも一度ギルドに戻った。
今日は最後の休み、だけど特に予定は無い。ガルも誘って街にでも行こうかなと思ったけど、さすがにさっきの後じゃ疲れてるだろう。
さて、どうしようかな、と私たちが話し合っている時。
「なあ、みんな。おれ達も少し、訓練をしておかないか? 明日から仕事だし……」
レンの提案に反対は起きなかった。と言うわけで、マスターに許可を取ってから、私たちはまた訓練所へと向かった。
ガルが焦ってるのは、さすがに私にだって何となく分かってる。あれだけ大きな敵が見えたんだから。そして、ガルの記憶はあの人たちにすごく関わってるんだろう。
だから、強くならなきゃって焦ってるんだと思う。次にいつ、あんなことが起こるか分からないから。だったら、私たちだって少しはそれを支えてあげられるように、強くならなきゃいけないよね。
「うーん……」
そんなこんなで、みんなで訓練に励んでるんだけど。私は矢をしばらく射たところで、その手応えに思わず唸ってた。
「どした、ルナ?」
「いや、ちょっとね。最近、どうにも伸び悩んでるって言うか……」
「ふうん? でも、的にはちゃんと当たってるじゃねえか」
「まあね。けど、そっちじゃなくて、悩んでるのはPSの方」
模擬戦が終わって休憩中のコウとカイが、そんな私に声をかけてくる。せっかくなので、最近の悩みを相談してみることにした。
「大会の時、私の弓が壊れちゃったのは覚えてる?」
「あー、覚えてるぜ。全力で攻撃したんだっけ?」
「あの時の私なら、全力の切り札を放ったらああなる、ぐらいだった。でも、最近は……力を高めようとすると、あ、危ないなってのが分かるんだ」
「って事は……頻繁に、壊れそうになるってのか?」
「うん。意識してセーブしないと、限界が来るってのが分かるんだよね」
本格的に戦闘訓練を初めて、改めて私の力がどれだけ武器に負担をかけるか分かった。その分、身体への負担は少ないんだけど。
「私としては、もう少しいけそうな感覚はあるんだけど……それを形にしちゃうと、弓の方が保たないって感じ? 毎回毎回、壊してコウに直してもらうわけにもいかないし」
「つまり、お前の能力的には余力があるってか?」
「そうだね。だから消耗は軽くて済んでるんだけどさ。威力とか精度とか、もっと上げられそうな感覚はあるんだけどなあ」
この弓とも、エルリアにいた時からの付き合いだ。銘も無い市販品だけど、マスターも十分に実戦に使えるってお墨付きをくれたし、だからこそ私も今まで使ってきた、んだけど。
「なら、マスターに頼んで、新調でもしてもらった方が良いんじゃねえか?」
「そうだね……あまり迷惑かけたくないって思ってたけど、そうも言ってられないよね。ちょっと、相談でもしてみないと」
「つっても、そいつもけっこう良い弓なんじゃね? それより良いのってなかなか無さそうだぜ」
コウの言うことももっともだ。私がもっと上手く制御出来れば、とか色々と試してみたけど……どうしても解決しない。どちらにせよ、マスターには相談すべきだと思うけど。
「思えばオレらは、親から貰ったもんなあ。その辺あまり考えたことはなかったけどよ」
「まあ、それは仕方ないんだよね。お父さんもお母さんも弓は使ってなかったらしいし。当麻おじさんは作ってくれたんだっけ?」
「あのオッサン、手先は器用だからな。悔しいけど、俺の手にはすげえ馴染んでるかな」
「オレのはお下がりだけど、馴染んでるのは確かだな。何か、PSの調子もこいつに換えてから良くなったし」
「そうなの?」
「おう。何か良く分からねえけど、こいつを持ってた方が安定するってか、力が高めやすいんだよな」
「お前、それって……理由、気付いてねえのか?」
「……あ? お前には分かんのか?」
「そりゃまあ……」
「なるほどなるほど。確かに武器は重要な問題ですねえ」
「って、うわ!?」
私たちは、三人揃って跳び跳ねる。気が付くと、後ろに涼しい顔をしたジンさんが立っていた。
「やれやれ、揃って不覚ですよ。もしも私が敵だったならば、既に三人とも拘束完了です」
「気配を断つのは止めてくださいよ……! いつからいたんですか?」
「武器新調の話題辺りからですね。大まかな事情は理解しました」
ジンさんは私たちの反応を楽しんだ後、改めて私の方に向き直る。
「瑠奈の力は、武器への依存度が高い。確かに、武器さえ適切なものを造ってしまえば、目に見えて伸びそうですね」
「そこまで変わるものでしょうか?」
「変わりますよ。グランニウムでも使えばね」
ジンさんから出されたその鉱石の名前に、私たちは目を見開く。私も、その性質ぐらいは知ってる。とても硬くて、PSを増幅する効果を持つって。
「でも、すげえ貴重なんですよね、あれ?」
「そうですね。ですが、昔よりは加工技術も発展し、採掘も進むようになりましたから。例えば、マスターの〈天空〉は、非常に純度の高いグランニウムが用いられた、この世に二振りとない業物です」
マスターの刀……以前に見せてもらった事があるけど、凄く綺麗な白銀色をしていた。闇の門から使い続けているそうだけど、刃こぼれひとつしてなかったのを覚えてる。
「拘束具などに用いられているゼロニウムと同様、純度が落ちるものであれば、ある程度の流通はしているのですよ。私の〈アンタレス〉もそうですが、ガルフレアの〈月光〉にも含まれているようです。それに」
ジンさんの視線が、コウに移る。
「蓮と、それから、浩輝。あなた達の武器にも、使われているんですよ?」
「……え? ええっ!?」
声を上げるコウ。……なるほど。カイが言ってたのは、このことだったんだね。
「おや、気付いていませんでしたか? 先程あなたも、PSの調子が良くなったと言ったではありませんか。英雄が使っていた武器なのですから、その当時の最高の技術と素材が用いられていたのは当然でしょう」
「い、言われてみりゃそうっすけど……レクイエムをカスタムした、としか聞いてなかったですし」
「確かにベースであるレクイエムは普通の金属製ですが、それのブレードと、パーツのいくつかはグランニウム製ですよ。そこも含めてのカスタムチューン、逸品ものらしいとマスターから伺いました」
私の方が詳しいと言うのも面白い話ですが、という呟きに、コウは唸った。
「あなたの〈アイゼン・レクイエム〉も、蓮の〈銀嶺〉も、天空に匹敵するほどの武器です。ちなみに海翔、あなたのナックルは違うようですが……どうやら、サラマンダーの皮が使われているようです」
「らしいですね。俺も気になって調べてみて、それが一番近いだろうってのは知ってました。……むしろ、今の今まで自分の武器について何も調べてなかった奴がいるのがビックリです」
「ぐ、ぐうぅ……」
コウはまた唸りながらも、今度はカイの方が正しいって分かってるので、何も言い返せず尻尾をバタバタさせてる。
「ただ……あなた達では、その性能を完全に引き出す事は出来ません。実力が無いということではなく、それがグランニウムですから」
ジンさんの言葉に、コウと私が首をひねる。あまり詳しく知らないんだけど、それがグランニウムってどういう事だろう。
「グランニウムはPSと共振する、と言われています。そして、しばらく共振を続けると、そのPSの性質に合わせて最適化されるという性質も発見されているのです」
「……えっと……?」
「つまり、最初に使ってたやつの力に合わせて変質しちまうから、他の奴が使っても共振が上手く起こらねえ、って事だ」
さすがの博識、カイが補足するとジンさんも頷いた。
「あなた達が手に馴染むと感じるのであれば、それは血筋によるものなのでしょう。同じ血筋であれば、実際の能力がどのような形であるにせよ、精神波の性質が似るそうですからね。それでも、7割引き出せたら良い方だとは思います」
「……そうなんすね」
「しかし、それはあくまでPSとの共振についてで、非常に頑丈な金属であることには変わりありません。それが手にある幸運を噛み締めて、大事に扱うことですね」
そう締め括ってから、ジンさんはちらりと、私たちの向こう側を見た。
「さて、瑠奈のグランニウムについては、マスターに相談するとして。あちらが終わったようですね」
「あ……」
見ると、試合をしていた暁斗とレンに決着がついていた。どうやら、暁斗の勝ちみたいだけど……私たちは、小走りにそっちに向かう。
近付くと分かったけど、へたり込んでいるレンは、ひどく息を切らして、大量の汗をかいていた。対する暁斗はどこか渋い顔をしてるけど、まだ余裕がありそうだ。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「ちょっと、レン、大丈夫? すごく苦しそうだけど」
「だから無茶するなって言ったんだけどな……ガルといいお前と言い、熱くなると向こう見ずになるよな」
暁斗の口振りから、何でこうなったかの理由はおおかた察しがついた。大会の練習の時にも、ルッカ君相手にこうなってたんだっけ。
「やれやれ。ガルフレアも昼に無茶をしたと聞きましたが、今日はそういう日なのですかね? 明日に支障をきたしてほしくは無いのですが」
「せめて一撃って、思ったら、抑えが効かなくて……すみません……」
「って、一発も当てられなかったのかよ? ……お前、ほんとに強くなってんだな」
「これでも修行はしてきてるって言ったろ。もっと先輩を敬ってもいいんだぜ?」
「冗談言え。お前を尊敬するぐらいならその辺の野良犬を師匠って呼んでやる」
「……お前は遠慮の無さがレベルアップしやがったな」
確かに、あのクリードって人相手に戦ってた暁斗の姿は……私たちよりももっと強くなっていたと思う。元から素早さを活かして相手を撹乱するスタイルってのはあるだろうけど、レンだって強くなってるはずなのに。
「と、冗談はともかく、立てるか、蓮? 少し中で休んだ方がいいだろうしな」
「……ああ……」
暁斗に肩を貸りながら、レンは何とか起き上がる。そのままギルドに戻る途中、暁斗はちらっとこちらに目配せした。任せとけ、って事だろう。
二人の姿が完全に見えなくなってから、コウがぽつりと呟く。
「……あいつも焦ってやがんな」
「だよね。やっぱり、ルッカ君の事かな……」
「だと思うぜ。あんだけボロボロに負けちまったから、気持ちは分からなくもねえけどよ」
ルッカ君、か。カイも一緒に会ったらしいけど……私たちにもう関わるなって言ってたってのは聞いた。レンが、手も足も出せなかったって事も。
それでもレンは、ルッカ君を諦めきれないみたいだ。当然だよね……私だって諦めたくない。もし、向こうが本気で襲い掛かってきたとしても。そのためにも、もっと強くならないと。
「レンと言い、ガルと言い、背負い込みすぎなんだよな。もうちょいオレらに頼ってくれてもいいのによ」
「ほんとにな。あの二人はそういうとこ似てるぜ。……他にも似てる部分もあるけどよ」
「真面目すぎるんだよね、二人とも。ちゃんと、私たちで見ておこっか」
「……そうだな」
コウ達は何故か揃って再び溜め息をついている。変なこと言ったかな?
「あなた達も、無理はしすぎない事ですよ。私やマスターに、何かあれば相談しなさい」
「はい、ありがとうございます!」
みんながみんな、色んなことを抱えてる……私も、もっとみんなの事を見て、出来るだけ助けられるようにしないとね。