焦り
――無数に飛び交う、剣撃の嵐。だが、当事者である俺は、はっきりと分かっていた。俺は、呑み込まれている側だと。
「……そらぁっ!」
ランドの振るう大剣が、受け止めた刀ごと、俺の身体を吹き飛ばす。踏ん張ることもできずに、俺はそのまま地面を転がった。かろうじて受け身は取ったが、誰がどう見ても決定打だ。
「ぐぅっ……」
「うわぁ……すげえ。どんな力だっつーの、あれ」
「ガルの動きだって、目で追うだけでも大変なのに、それをあんなに軽々と弾き飛ばせるなんてな……」
「マスターとか先生とはまた違う強さだぜ。あんだけ豪快に動いてるのに、隙が全く見えねえ」
「……この辺だな」
ランドは息を吐きながら、大剣をしまう。疲労も大して見えない。まだ余力もありそうだ。
「うわぁ、パパとあそこまでやり合えるなんて。あのおにーさん、すごいんだねー」
「そうだな、あいつの剣は同年代だと抜きん出ている。……だが、やはり……」
「? どうしたんですか、ウェアルドさん」
観戦していたみんなの声も聞こえてくるが、それよりも今はランドだ。刀を杖にして、俺は何とか起き上がる。その姿に、彼は軽く眉間に力を込めた。
「はあ、はあ……待ってくれ、ランド……もう一度、頼む」
「駄目だな。今の一本は、動きがかなり鈍っていた。これ以上は意味が無いどころか、怪我をするだけだぞ。もう、PSを発動するだけでも辛いんじゃないか?」
はっきりと言い切ったランドは、もう剣を持つつもりは無さそうだった。そして、最後に付け加えられた指摘は当たっている。
今ので三本目。そして、二本目の時に、俺は少し無理をしすぎた。月の守護者の出力を上げすぎたのだ。その反動で、体力をかなり消耗してしまっている。
「お前なら、その程度は理解できると思っていたんだがな。らしくないぞ、ガルフレア。お前、何だか焦ってないか? 前に見たときと比べて、刀もちょっと揺らいでいたしな」
「っ…………」
「俺に試合を挑んできたのもそのせいかもしれんが、今日はもう止めとけ。動いときゃ強くなれるわけでもないんだ。慌てんでも、うちに来たら、手合わせぐらい好きなだけしてやる」
ランドの指摘に、俺は返す言葉も無かった。
確かに、俺は焦っている。何とかして、彼に剣を届かせようと、気持ちだけが先立った。冷静に、的確に判断することこそが、俺の剣術の基礎であるはずなのにだ。
張り詰めていた気が抜ける。力も抜け、膝をついた。そこに、瑠奈と誠司が近付いてきた。
「ガル、大丈夫か?」
「ああ……」
「もう。ランドさんの言う通り、ほんとにらしくないよ? 頑張るのはいいけど、無理したら駄目だよ」
「……済まない」
息を整えながらも、誠司の肩を借りて何とか起き上がる。……それに続いた瑠奈の言葉も、正しい。
「どうする、少し部屋に戻るか?」
「……そう、だな。少しだけ、休ませてもらう。済まない、みんな。このような形だが、先に失礼させてもらおう」
「おう。ちゃんと休めよ、ガル」
「またねぇ、ガルフレアちゃん」
休む気分でもないが、身体が重いのは確かだ。俺は、誠司の肩を借りながら、ギルドへと戻っていった。
――先の言葉に少しだけざわついた、自分の心をひた隠しにしながら。
「で、心当たりはあるのか?」
「……まあな」
ガル達が戻り、合わせてみんなも戻り、セレーナが先にロイ達を連れて帰り……結局、この場には俺とランドが残る。セレーナは気を遣ってくれたようだ。
「先日は俺にも、誠司にも、立て続けに稽古を頼み込んで来た。やはり、今日のような感じだったよ」
模擬戦であっても、あいつは今までは、引き際をわきまえた戦い方をしていた。実戦と同じように、深追いせず、力の配分を考え、いかに余力を残しつつ相手を打ち倒せるかを考えて動いていた。目の前の相手を倒せば終わりな戦場などないからだ。
だが、この前は、全ての力を使い果たすかのような勢いで打ち込んできた。それが、一概に悪いとは言わない。全力がどこまで通じるかを確かめることも必要だ。だが、常に実戦を意識しているであろうガルにしては、らしくないのは間違いない。
「もう少し様子を見ようと思っていたが……このままだと、危ないかもしれないな」
「そうだな。俺から見ても、ありゃそろそろ無茶をしかねないぞ」
「ああ。近いうちに話をする必要がありそうだ。話して、あいつの焦りが解決すれば良いんだが……」
その為には、あいつが心の中にしまい込んだものまで、踏み込む必要があるだろう。この間のアガルトでは、少し漏らしただけにすぎないのだ。
あの時、俺が言った事は、伝わっているとは思う。だが……もしかしたら、伝わっているからこそ、余計に焦っているのかもしれない。
「ここ数日のあいつは、俺から見て、不安定だ」
「不安定?」
「ああ。普通に穏やかに過ごしていたかと思えば、急に思い詰めたような顔をしたり、みんなの面倒を冷静に見ていたかと思えば、今日のような無茶をしたり……元々そういうところが無かったとは言わないが、その揺れ方が大きくなっている気がするんだ」
その傾向は、やはりアガルトから帰って来た辺りから、より強くなっている。
「仲間と共に過ごしてきたあいつと……それ以前の、シビアな環境で生きてきたあいつ。それが、どちらも大きくなりすぎて、上手く折り合いがついていない。俺には、そう見えるんだ」
あいつは、俺たちという家族を、とても大事にしてくれている。日々を共に過ごし、赤牙はあいつの中でより大切な、大きな存在になっている。これは、自信を持って言える。
それと同時に、アガルトではかつての仲間と相対してしまった。リグバルドという巨大すぎる敵も知ってしまった。このままではいけないという焦りは、間違いなく強くなっているはずだ。あいつは、現実の残酷さをよく知っているだろうから。
「だから、頼れと言ったんだがな……」
「それがそう簡単にできたら苦労せん、と言うことだろうな。あいつが抱えやすい性格なのは見れば分かる。それに、お前もそうだったじゃないか」
「……俺は、父上を頼るぐらいはしていたぞ。まあ、確かに、それ以外を頼る事はあまり無かったが」
「改善したかのように言っているが、『誰にも頼らず無茶する』が『誰かに頼って自分も無茶する』になっただけで、お前も大概だぞ?」
「う……お、俺の話はいいだろう! ……だが、そうだな。ガルにも、きっかけがあればいいんだが」
誰かに頼る。それが迷惑をかけるのだと、ずっと思っていた。今のガルもきっとそうだ。
エルリアの皆は、あいつにとって護らなければならない対象。俺たちは、迷惑をかけられない存在。何も気にせず、頼る相手がいないんだ。自分の身を任せられる存在が。
「要は、あいつの気の持ちようなんだ。俺が今のところ、頼れる存在になれていないのは歯がゆいが 」
「ま、素直に甘えるってのは難しいもんだからな。あいつの事情は特に複雑だ。そういう意味では、対等なパートナーが現れれば一番なのだろうが」
「そうだな。お互いを助け合える、対等な存在が……」
――あなたって、本当に頼るのが下手よね。責任感が強くて、みんなを引っ張っていって。何でも一人でやってしまう。一人で出来てしまう。本当に、強い人だと思う。でも、私は……それが少し寂しいのよ――
「………………」
「ウェア?」
「期待、しているんだがな。ガルにとっての対等な存在に、あいつ達がなってくれる事を。いや、対等だと、ガルが気付く事を」
「……そうだな」
頭の中に響いたのは、俺が気付くきっかけになった、彼女の声。同じように、あいつの肩を掴まえて、強引にでも気付かせてくれる存在がきっと必要なのだろう。果たして、これから先、上手くいくだろうか。あいつが、一人で突き進んでしまう前に……何とかしなければ。