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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
5章 まもりたいもの
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授業風景

 バストールに帰還して、今日で一週間が経過した。


 長い休日も、今日で終わりの予定だ。みんな、思い思いにリフレッシュをする事が出来たようで、良い機会になったと思う。

 そして、今は誠司以外のエルリアのみんなで、ギルドの居間に集まっている。そこで何をしているかと言えば……。


「では、今からおさらいのプリントを配る。解けた者から順番に提出して、今日は終了だ」


 そう、みんなへの授業である。

 さすがに、学校にいた時と同じだけの時間をとることは出来ないが、彼らももう二年生だからな。向こうに帰った時のために、誠司や他の年長組とも協力して、こうして時間を確保しているのだ。

 ちなみに、誠司はウェアと一緒に、ギルド本部での会議に参加している。


「えっと、解けた……けど、あれ? 何か、ちょっとおかしいかも」


「見せてみろ。……ああ。解き方は間違っていないな。だが、ここがこうなるのは不自然ではないか?」


「って事は……あ、やっぱりここの代入間違えてた」


 瑠奈の成績は中の上。全体的にそつなくこなすが、どちらかと言えば文系科目の方が得意なようだ。飲み込みは早く、少しアドバイスすれば自分で間違いに気付くことが出来る。


「文中から読み取れる内容から、作者の意図に近いものは……これか?」


「ああ、合っている。アドバイスだが、こういった問題は、あまり深く考えずに直感で答えた方がいい。作者と問題の作成者が別人だと言うことを忘れてはいけないぞ」


「なるほどな。確かに小説読解はミスが少し多いんだ。今度から気を付けてみるよ」


 蓮は、総合的には瑠奈と同じぐらいで、より文系寄りだ。暗記系の科目には強いが、時おり柔軟性に欠け、1度ミスをするとペースが乱れやすいのが惜しい。


「よし。けっこう歯ごたえのある問題だったぜ」


「ほう、流石だな。もう少し時間がかかると思っていたが」


 海翔は言うまでもなく、文句無しの成績だ。さすがにケアレスミスなどはたまにあり、常に満点とは言わないものの、それに近い結果は叩き出している。本人としては、語学が一番得意らしい。


「え、えっと……824年、824年、824年、824年……」


「……一応言っておくが、問題文を連呼すれば答えが浮かび上がってくる訳ではないぞ?」


 浩輝は……何と言うべきなのだろうか。彼ほど得意不得意がきっぱり分かれている者も珍しいと思う。理系科目なら安心できるのだが、歴史や社会学などの、暗記がメインとなる教科は壊滅的だ。


「んっと……おし、これで大丈夫だろ」


「ああ、正解だ。半年間、本当にしっかり勉強もしていたようだな」


 そして、今回から加わった暁斗。彼はかなり頭が良く、成績は元から上位層であったらしい。半年の空白は懸念していたが、向こうでも勉強していた、との事で、実際に問題はなさそうだ。ヴァンという人物には本当に感謝したい。


 ちなみに、授業をしている間、他のメンバーはそれを眺めていたり、たまに参加したりとまちまちだ。と言っても、習熟度がそれぞれまるで違うため、合間での個別指導や問題集などになるのだが。

 アトラは経歴が経歴だけに知識が足りない部分はあるが、地頭は悪くないので教えがいがある。美久はそこそこと言ったところで、最低限の教育は下地にあるので教えやすい。フィーネは……仕込めばすぐに覚えるが、かなり特殊な環境で育ったのだろう、というのが正直なところだ。コニィは言うまでもないのだが、さすがに俺も医学は門外漢であるので、あまり力になってやれない事が悔やまれる。


「ガル、本当に先生してるよねえ」


「ふふ、そう言ってもらえれば有り難いがな。フィオは、今日は何か気になる事はないか?」


「うん? そうだね……」


 フィオの場合、興味は専らヒトの事について、特に自身には扱えない、PSについてを尋ねてくることが多い。


「PSって、小さい時は使えないんだよね? だとすると、ある日使えるようになるんだと思うけど、それってどんな感覚なの?」


「ああ……」


 俺たちにとっては誰もが体験した事であるが、確かにそれは理解しづらい感覚ではあるだろうな。


「PSに覚醒するタイミングは本当に様々で、何気ない日常でふと目覚める事もあれば、何らかのきっかけで目覚める事もある。だが、総じて言えるのは、降りてくる、という感覚だろうか」


「降りて?」


「上手くは言えないが、そういう感覚なんだ。どのような力なのか、どのように扱えばいいのか……それを制御するためのスキルネームと共に、ほとんど本能的に分かるんだ。だから、しばしば降りてくると形容される」


「スキルネームって、月の守護者とかの事だよね? あれも一緒に浮かぶんだね。名前にも意味ってあるものなの?」


「ああ。スキルネームとは、言わばPSの鍵なんだ。名前をイメージの核として、俺たちはPSを形にしている。だから普段も、発動には力のイメージと共に名前を浮かべるんだ。実際、スキルネームを忘れていた時の俺は、PSを使えなくなっていたからな」


「へえ。僕はてっきり、みんなかっこいい名前を自分でつけてるのかと思っていたよ」


「おいおい。ま、確かに覚醒すんのはだいたい多感な時期だし、深層心理ではあるのかもしれねえけどよ」


 向こうでは既に解き終わった海翔が苦笑している。その横で、浩輝は爆発しそうになっているが……これは、しばらく時間がかかりそうだな。もう少し話を続けよう。


「じゃあ、別の名前を勝手につけちゃう事はできないの?」


「それは難しいな。一応、別の能力名を口に出しながら発動は出来なくもないが……よほど鍛錬しなければ、それだけで出力が落ちるだろう。逆に、スキルネームを口に出すのは出力の向上に効果的だ。それだけ、名前には大きな意味がある」


「色々とルールがあるものなんだね。一人ひとり使えるものが違って、他人の能力を真似できないのも、そういうルールのひとつかな?」


「そうだな。PSは、深層心理に基づいたもの。表面で誤魔化そうとしても、上手くいくものではない。瑠奈のように、幅広く応用の利く力が無いわけでもないが……本質と全く異なる事は、出来ない」


 だからこそ、あの転移装置は、未知の技術なのだ。ヒトの深層心理に干渉して、上書きする……それがひとつの機械で出来るなどと、今でも信じられないほどだ。


「だが、そうだな。PSが変化するということは、起こらない訳ではない」


「ああ。()()ってのがあるんだっけ?」


「そうだ。変化と言っても、まるっきり別の力になるというケースは知らないがな。どちらかと言えば、進化に近いものだ」


 昇華……PSの進化。こちらは、誰もに起こる事ではない。元の力を使いこなし、心身共に成長し、その上で、何らかのきっかけがあった場合に起こるものである。


「あくまで例えの話ではあるが……海翔が昇華を果たしたとしても、本来の力である炎の操作が失われる事はない。そこにどのような付加価値がつくのかは、そいつ次第だ。熱の操作から、冷気も扱えるようになるかもしれない。炎を何かに変化させられるようになるかもしれない。或いは、炎の扱いがさらに強化される可能性もある」


「元々とあまり変わらない事もあるんだね。例えば炎の扱いがもっと上手くなるって場合だけど、それは普通にPSを鍛えても起こる事でしょ? 見分けはつくの?」


「それこそ分かりやすいところでは、名前が変わる。あと、鍛えるのとは異なり、急激な変化が起きる。今までの力と比較して、2倍にも3倍にもなる……そのぐらいの、爆発的な変化なんだ」


「昇華、か。できたらいいなとは思うけど……自分ができるかって言われると、なかなか自信はねえな」


「ははっ、君たちならいけると思うけどね。ジンとか誠司はしてるらしいし、そっちにも聞いてみようかな。……うん、今日はこんなところかな。ありがとね、ガル。本で調べたことはあったけど、やっぱり生の声は分かりやすいや」


 フィオの言う通り、みんなには十分な素質があると思っている。最近は、あらゆる意味で目覚ましい成長をしているからな。近いうちに、誰かがその域に達しても不思議ではない。

 俺は……ひとまずは記憶を取り戻さなければ無理だろうな。PSは精神と結び付く。自分の存在に疑念を抱いているような状態では、まず本来の性能すら発揮できない。


 ――記憶。記憶、か。それを取り戻していけば、俺は一人でも戦えるようになるだろうか。


「…………っ」


 ……あとどれだけ、こうしていられるか。最近は、そんな嫌な考えが、時折浮かんでくる。

 このままでは駄目だ。弱体化した力で、かつての俺と同等、あるいはそれ以上の相手と渡り合える筈がない。俺は、強くならなければならない。そのためにも……。


「ん? ガル、どうかした?」


「あ……い、いや、何でもない。ちょっとした考え事だ」


 ……違う。今は、考えるな。急ぐのと、焦るのは違う。仲間たちに、この心を悟られるわけにはいかない。


「そう言えば、フィオ。お前の変化こそ、俺からすれば気になるんだが」


「うん?」


「形態変化……別に白皇獣の特徴でも無いだろう?」


 余計なことをこれ以上考える前に、そんな疑問をぶつけてみる。話を続ければ、少しは紛れるだろう。


「そうだね。今の話を聞いてみた限りだと、少し似ているかもしれないね。ある日突然使えるようになったって辺りとか」


「って事は、それはやっぱお前のPS、なのか?」


「うーん、それはさすがに分からないよ。僕以外に知らないし。でも、特にスキルネームってやつも無いんだよね。小さくなる、元に戻る、ぐらいのイメージしかしてないし」


「やっぱり、私たちのとはだいぶ違うんだよね。でも、PSだって考えるのが、一番しっくりは来るかな」


「そもそも、何でヒトだけがPSを使えるのか、なんてのも分かってねえからな。ヒトと一緒に生きようとしてるフィオがPSを使えるようになる、ってのも、何だかありそうな気もするけど」


「ふふん、そうだとしたら我ながらけっこうロマンチックな展開だね。確かに、こうなったのはヒトに興味を持った後かな?」


「そういや、ずっと気になってたんだけどよ。変化した時って、服とか……どうなってんだ?」


「……それは駄目だ。知ったら、組織に消される」


「どこのだよ!?」


「あはは、冗談だって。実は僕もよく分かってないんだ。でも、僕の変化は、単に大きくなったり骨格変わったりしてる訳じゃないってのは確かだね。君たちの能力で言う空間系? みたいな効果があるのでしょう、とかジンは言ってたけど」


「割とややこしいんだな……ところで、ガル。あれ、いいのか?」


 暁斗が指差した先には……予想はついていたのだが、頭を沸騰させて机に突っ伏している白虎がいた。


「お前ら……仲良く話してねえで、ちょっと助けてくれっつーの……わ、分からねえ……」


「だとよ、ガル?」


「少し見せてみろ。………………。気にしない方向でいいだろう」


「ちょっ!?」


 いや、考えて解く問題が分からないならば確かに教えればいいのだが、浩輝の場合は……まず調べれば分かることを調べる前に挫折するのが良くない。ヒントを与えすぎるのも逆効果だろう。

 あと、恐らくかろうじて記憶に引っ掛かったであろう単語を、何度も何度も書かれるのは……プリントを作った立場からすると、さすがに少し腹立たしい。そもそも、そこの答えは先ほど言ったぞ。ノートぐらい取れ。


「そ、それでも教師かっつーの! 生徒がこんなに苦しんでんだぞ!?」


「罵倒している暇があったら教科書をめくれ。ちゃんと考えて、それでも分からないならばその時に教えてやる」


「……お前、ちょっと上村先生に似てきたよな……あうぅ、鬼ぃ……」


 ……やれやれだな。果たして、誠司が戻ってくるまでに解き終わるだろうか……。





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