皇帝の戯れ
時間は、少しだけ遡り。砦での作戦を終えた、その日の夜。
マリクは、皇帝の間で作戦結果の報告を行っていた。
いつも人を食ったような態度しか取らない彼が、身を低くして敬意を示す相手。皇帝・ゼアノート。彼は、事実上失敗に終わった任務についての報告を受けても、その微笑を崩さなかった。
「好ましい結果を示せず、申し訳ありません。この処罰は何なりと」
「戯れを。お前も分かっているだろう? あの国を落とせなかった……など、些細なことだとな」
「……クク。建前でも嘆いてみせる必要はあるかと思いまして」
マリクの返答に、皇帝は笑う。彼は、マリクが遊んだことを理解している。その上で、彼を自由にさせた。
「それよりも、お前の望む結果が得られたか否かが重要だ。そちらはどうだ?」
「アポストルに関しては、期待値通りの結果となりました。改良を重ねる必要はありますが、設計段階でお伝えした通りのスペックは目指せるかと」
「そうか。ならば、そこまで上機嫌なのは、英雄の戦いを見られたからか?」
皇帝が言う通り、マリクは非常に上機嫌であった。そしてそれは、研究が順調だから、などではない。予定通りに進行した程度では、彼が喜ぶことはないのだから。
「メルヴィディウスは、私が産み出した中では、トップクラスの戦闘力を持ちます。それが、成す術もなく討ち取られた……ふ。実に、胸が高鳴りました。ここまでの刺激を得られたのは、実に久しぶりですよ」
「本当に楽しめたようだな? ならば、此度の戯れも有意義なものになったと言うことだ」
戯れと、そう皇帝はあっさり言い切った。その戯れで、下手をすればどれだけの命が失われていたかなど、彼の気にするところではない。
「しかし、英雄か。どうにも、我等の邪魔をしてくれているようだな」
改まって、皇帝はそう口にする。それが、今回の作戦のみを指す訳ではない事は、マリクにも分かっている。
「どうやら、我等の正体に気付いてなお、抗うのは確実であるようですね」
「そのようだな。もっとも、それこそが奴らを煽った目的であるが。そう簡単に屈服されたのでは、面白くもあるまい」
「ええ。……世界が神聖視までしている、英雄という存在。それを打ち倒せば、あなた様の存在が絶対だと知らしめる良い材料になります」
「ならばこそ、奴等には私達を敵だとはっきりと認識してもらわなければ困るのだ。一方的な蹂躙などつまらん。私も、たまには刺激が欲しいのでな」
だからこそ行われた、エルリアの襲撃。だからこそ行われた、今回の作戦。取り返しのつかない悲劇を起こしかけたそれらの出来事には、裏を返せば、たったそれだけの理由しか無かった。
「ですが、あまり余裕を見せすぎると、足元を掬われる可能性はありますよ。彼らは、それだけの相手でもあります」
「ふ。お前がそれを言うか、マリク。私を誰だと思っているのだ?」
「おや、出過ぎた事を言いましたか。申し訳ございません、陛下」
「良い。お前の進言は実に正しいであろう。だがな、マリク。せっかく舞台が始まったのだ。序幕で敵役を全て消し去ってしまえば、その後の物語はどうなる? そのような味気ないものは求めておらぬのだ」
男にとって、これはゲームなのだ。いかに世界を盛り上げながら、自分が目的を達するかを楽しむ、狂気のゲーム。それは、自身の勝利を絶対的に確信しているが故の、王者の余裕。
「だが、そうだな。あまり羽虫に調子づかせるのも、面白くないのは確かだ。この辺りで、奴等に挫折を味わわせるのも良いかもしれんな」
「何かしら、直接の干渉を行うと?」
「ああ。……ふむ。そう言えばもう一ヶ所、鬱陶しい連中もいたな。協力者の振りをしつつ、我等を出し抜こうと画策する愚か者共が」
芝居がかった口調で、皇帝はそう続ける。彼が言わんとすることは、マリクにもすぐに理解できた。
「奴らとの協定などと言うものもあったが、どうにも奴らは、それを利用して我等の戦力を削ぐつもりらしい。これは、不公平だと思わんか? ならばこそ、そのような不穏因子は除外して、連中にも思い知らせてやるとしようではないか」
「……では?」
「ああ、その通りだ。マリク、貴様に次の指示を与える」
次に出されるであろう命は、マリクにとっては、ある意味では望まぬものだ。それを理解していても、彼がその命を拒むことはない。主の命。それは、彼の中で唯一の絶対であるのだから。
「銀月、ガルフレア・クロスフィール。奴を――殺せ」