前日4 ~教師達の仕事~
天海高校・職員室。
「ふう……」
時刻は正午過ぎ。オレは出勤して数日分のデスクワークを前倒しで終わらせた。と言うのも、来週にかけて行われる闘技大会、可能な限り生徒の応援に向かう時間が欲しかったからだ。
今までもクラスから出場者が出たことはあるが、何度見ても、自分の教え子達が全力で闘う姿は感慨深いものがある。それに、今年はかなりの激戦になるだろうからな。何年も教師をしてきたが、今年の連中は例年に無いほどの実力者揃いだ。
特に、今年は珍しく、一年生の優勝が見られるかもしれない。綾瀬、橘、如月、時村、そしてファルクラム。彼らの実力は、完全に一年生離れしている。
その上、彼ら全員が自分の生徒だというのだから、見に行かない手は無い。会場は学校のすぐ近くだしな。
……しかし、疲れたな。少し張り切りすぎたか? 朝から何も食べていないため、かなり腹も減っている。たまには学食にでも行くかと思い、席を立ったオレに声がかけられる。
「誠司。時間はあるか?」
振り返った先にいたのは、うちのクラスの綾瀬の父、慎吾だ。こいつもオレと同じ動機で出勤しているのだが……その口調に、少し顔をしかめる。
「学校では上村先生と呼んで下さい、といつも言っているはずですよ、綾瀬先生」
「そう堅い事を言うな、ともいつも言っているぞ。幼なじみに敬語を使うなど、むずがゆくて仕方ない。せめて生徒が見ていない時ぐらいは許せ」
「…………」
そう。慎吾の言うとおり、オレ達は小学校からの幼なじみだ。ここでの仕事も、元はといえば慎吾の紹介だった。
小さく溜め息をつくと、職員室に生徒がいないことを確認し、注文通りに口調を元に戻す。
「どうしたんだ?」
「なに、昼飯まだだろう? 話しがてら、たまには一緒にどうだ?」
「……奢らんぞ?」
「失敬な。そんなものは目当てじゃない」
「ならいい。オレもちょうど、お前に聞きたいことがあったからな」
いつか呼び出してゆっくり話すつもりだったところだ。慎吾の誘いを受け入れ、オレ達は二人で食堂に向かった。
「空いているな」
部活生ぐらいしか来ていないから当然か。おかげでオレの口調もそのままで済みそうだが。……もっとも、こいつがこの調子なので、生徒達にはオレ達が幼なじみであることまで知られているのだが。だからと言って、こいつほど開けっ広げにするわけにもいかない。
「ふむ。ここに来るのも久しぶりだな」
「そういえば、今日は何で弁当じゃないんだ? 楓の調子でも悪かったか?」
「いや。ただ、どうせ学食に行くなら、たまにはいいかと思っただけだ」
つまり、この呼び出しは最初から計画済みか。ならば、それなりに有意義な話が聞けそうだ。
「とりあえずは腹ごしらえだな」
「俺が頼んできてやるから、お前は席をとっていろ」
とるまでもなくガラガラだがな。一応、オレは生徒と出来るだけ離れた席に陣取り、慎吾を待つことにした。
慎吾が戻ってくるまで、ぼんやりと辺りの生徒達を眺める。オレの視線を感じたらしい生徒は少し姿勢を正した。……オレは基本的には、厳格な教師で通っている。嫌われたくはないが、口うるさい者が疎ましく思われるのは世の常だから多少は諦めている。オレも昔は大人の説教を嫌う側だったからな……。
それほど時間はかからず、慎吾が戻ってくる。オレは小さく頭を下げ、頼んでおいた定食のトレイを受け取った。
「さて、話し合う前に、腹ごしらえを済ませるか」
「ああ、そうだな。いただきます」
オレは両手を合わせると、さっそく料理を口に運ぶ。元々腹が減っていた事もあり、かなりのペースで箸が進む。脂の乗った焼き魚がとても美味い。大根おろしがほどよいアクセントだ。
「あまりがっついて、詰まらせるんじゃないぞ」
「そこまでガキじゃないぞ、オレは」
「なら良いがな。中学生の時、いきなりパン食い競争を持ちかけてきて、ひとりで勝手に急いだ挙げ句に詰まらせて死にかけたお前の事だから、どうにも心配でな」
「……そんな話はとっとと忘れろ!」
他人の失態はよく覚えている奴だ、全く。こいつは人の弱味を記憶して、的確に利用してくるからタチが悪い。
「しかし、相変わらず美味いな、ここの食堂は」
「そうだな。もっとも、楓の料理には敵わないが」
「……のろけてくれるな。愛妻家っぷりは相変わらずか」
もっとも、楓の料理の腕については、オレ理解してはいる。あれに勝てる者は、そうそういないだろう。
オレ達は適度に雑談を交えながら、昼飯を平らげていく。半分以上を食い終わった頃に、慎吾が切り出してきた。
「明日は、いよいよ闘技大会だな」
「ああ。自慢の教え子達の晴れ舞台だ」
「同時に、我が子の晴れ舞台でもある」
くく、と慎吾は笑う。
「俺が直接の指導をしてきた暁斗はともかく、瑠奈はお前から見てどんな評価だ?」
「そうだな……オレが見て来た生徒の中でも、トップクラスの実力であると言っていいだろう。問題があるとすれば、経験不足だな」
「そればかりは仕方あるまい、まだ一年生だからな。今回は、結果はともかく良い経験になるだろう」
本来なら、一年生で出場が決まる事すらレアなのだ。彼らでも易々と優勝できる大会ではないが、どんな形になっても間違いなく成長できる機会だ。
「綾瀬、橘、如月、時村、ファルクラム。まさか一年のクラスから、五人もの出場が決まるとは、オレも思っていなかったが」
「全くだな。血は争えん、とも言えるのかもしれないな」
「……そうかもな」
親譲りの才。もちろん、本人達の努力もあってこそだが。あいつらの戦う姿を見ていると、どうにも若いころを思い出す。
「では、暁斗の調子はどうだ?」
「あいつは絶好調だな。去年の事がバネになったのだろう、一年前より格段に成長している」
「ほう。親バカの贔屓目を抜きにしても、か?」
「俺はいつでも客観視しているつもりだ。第一、親バカも愛妻家も、お前が言えたことじゃないだろう」
「……まあな」
そこに突っ込むと、何だか面白くない事態になりそうだったので、反論は止めた。一応、自覚が無いわけでもないからな……。
「その話をするならば、隆也はどうだ? 来年から高校生だが、出たがったりはしないのか」
「あいつは昔のオレと違って大人しいからな。荒事が好かんのは相変わらずだ。まあ、それでいいと思っているが」
「くく。血の気はお前が使い果たしたせいかもしれんな」
「……否定はできん」
強くなることに興味はあるようだが、うちの息子は内向的でインドアな趣味の傾向が強い。才能は感じるから勿体ないとも思うが、それより本人が望むように生きてほしいとも思っている。
「ところで、話とは、その事だったのか?」
「二つのうちの一つだ。もう一つが本題だが、恐らくお前が望んでいる話……ガルフレアのことだな」
こいつの言うとおり、オレが聞き出そうとしていたのは彼のことである。本題だからこそ後回しにしたか。
「ひと月前、お前から彼の話を聞かされた時は、いったい何を言っているんだこのド阿呆は、と思ったが」
「随分な言いようだな」
「当然だろうが。『いい人材を見付けた、闘技の教師にするぞ。記憶はないが問題はない』などという言葉を、何の脈絡も説明もなく吐かれたオレの身にもなれ」
こいつの突飛な言動に振り回されるのはいつものことだが、今回ばかりは本格的に気が触れたのかと思ったほどだ。優樹も納得済みだと聞かされても、医者の激務で壊れたのか? と真剣に心配したほどである。……彼と、実際に会うまでは。
「だが、役立っているだろう、あいつは?」
「ああ。不慣れながらも、よくやってくれている。あいつのおかげで、みんなの負担がかなり軽くなった。それに、綾瀬達の能力も大きく伸びただろう」
ガルフレアは飲み込みも非常に早く、一人前と言っても良いほどに仕事をこなすようになってきている。性格からすると意外だが、上に立って教えることには慣れているように感じた。生徒達からも、かなりの信頼を集めているようだ。
「本人がそれを聞けば喜ぶだろう。あいつはどうも、自分が迷惑しかかけていないと思っているようだからな」
「そうだな。たまには声に出して誉めてやるとしよう。……慎吾」
「何だ?」
「どうするつもりなんだ? 彼のことを」
慎吾はあくまでも不敵な笑みを崩さなかった。こいつの表情は、30年以上の付き合いがあるオレでも完全には読めない。
「俺は、確証のないことで動くつもりはない。それがもしも誤解であったならば、誰もが得をしない結果となるからな」
「……だが」
「言いたいことは分かっている。それでも、まだ足りないんだ。100%は高望みだが、あとひとつ証拠が欲しい。俺は、余計な希望を抱かせて落胆させるのが一番と言えるほど嫌いだからな」
こいつの言うことも、分かる。きっとそうだ、と思ったところで、外れていないとも言いきれない。
「心配するな。俺だっていたずらに時間をかけるつもりはない。無くした記憶についても含めて、持てる全てで調べているさ。近いうちには動けるだろう」
「……そうか。済まんな、オレにできることがあれば力になりたいんだが」
「適材適所だ。お前は学校で彼の面倒を見てやってくれ。お前がいるからこそ、俺はそちらに尽力できる」
慎吾の笑みが、少し穏やかな色を帯びた。確かにこいつの言うとおりで、情報に関してはこいつにできないことはオレにはできるはずもない。ならば、オレの領域であいつを助けてやることが一番、か。
「しかし、空間転移と記憶喪失……何か裏があるのは確実だろうな」
「ああ。それについても、近いうちに話そう。まだ推測の域を出ない話だが、他の連中もいる時に話し合っておきたい」
他の連中……明日には集うことになるし、丁度いいのかもしれん。ガルフレアのことはオレも気に入っているし、彼が何かに巻き込まれているのならば、助けてやりたい。そのためには、他の奴らの力も借りたほうが確実だろう。
……などと考えていると。
「ところで、誠司」
「何だ?」
「食い終わったら、もう少しだけ付き合え」
「付き合う? 何をだ」
気が付くと、慎吾はいつも以上に不敵な笑みを浮かべていた。心から楽しそうな、悪戯を思い付いた子供のような笑顔。
……マズい。嫌な予感しかしない。オレの、30年以上の経験が告げている。今まで、こいつのこの笑顔を見た後には、ロクな目に遭ったことがない。
「なに。食後の運動だ」
「……おい、慎吾」
オレは、極めて不機嫌になっていた。対する慎吾は、腹立たしいほど楽しそうだ。
「明日は生徒達が戦うと考えると、昔の血が騒いでな」
「……それは分からんでもないが」
「それに、たまには力を使っておかないと、腕がなまってしまうからな。相手になってくれ」
オレ達は、闘技場の舞台の上に立っていた。食後の運動とは、練習試合のことだったのだ。
たぶんこれも見越して、オレを食事に誘ったのだろう……が、オレがイラついているのは、そこじゃない。
「試合の相手なら、こちらも望む所だ。好きな時に、思う存分相手してやっていい。……ただな」
周りを見渡し、盛大な溜め息をついた。
「な、ぜ、に! 全校アナウンスをする必要があったんだコラぁ!!」
舞台の外には、恐らくは、学校に来ている生徒の九割以上が集まっているだろう。
それもこれも、このド阿呆が「トイレに行ってくる」と言って抜け出し、全校に「今から闘技場でスペシャルマッチを行う」というふざけた知らせを流したせいだ。
教員も数名いる……この暇人どもが。
「ギャラリーがいたほうが燃えるだろう?」
「貴様と言う奴は……はあ、全く」
突っ込む気も失せてきた。真面目に受け答えしているほうが馬鹿らしい。
オレは懐から、三枚のチャクラムを取り出した。直径は20センチほどの少し小型のもので、携帯がしやすいために、かつて愛用していたもの……をモデルに、闘技用に加工したものだ。無論、殺傷力は無い。
そして、両手に装着しておいた、近接戦闘用のクローを展開する。こちらも昔の愛用武器のレプリカだ。
「腕はなまっていないだろうな、誠司」
「全盛期ほどでは無いにしろ、まだまだ現役なつもりだ。心配するな」
「そうか。ああ、言い忘れるところだったが」
「うん?」
「俺は全力でいくからな」
――そう言われた途端。オレは、全身の毛皮が逆立つようなプレッシャーを感じ取った。辺りの空気が、一変する。
「……っ!!」
「だから、適度に手を抜こうなどと考えないことだ。怪我をしても構わないなら、何も言わないがな」
「ち、ちょっと待て、慎吾! 何を、いきなり!?」
慎吾の腕が光っている……こいつ、本気だ。PSまで全力で使うつもりか。生徒達の前で? いくら武器がレプリカでも、下手をすれば怪我どころでは済まないぞ。
「言ったはずだ。たまには力を使っておかないと、腕がなまってしまう、とな」
「何……?」
「とっさの瞬間に出せない全力では、意味が無い。俺の全力を受け止められるのは、この学校ではお前ぐらいしかいないからな」
「………………!」
慎吾の声音は、珍しく真面目だった。それに気付いたオレは、制止の言葉を、口に出す前に飲み込んだ。
こいつの言うとおり、いつも加減をするだけでは、自分の全力がどのようなものか、忘れてしまいかねない。もしも、そんな状態でかつてのような事があれば……。
ようやく分かった。ガルフレアのこと……漂う、不穏な空気。こいつは、危惧しているんだ。何か大きな力が動いてしまうことを。その時に、腕がなまっていてまともに戦えませんでした、などと笑い話にもならない。
……全力を出せるのはオレぐらいだ、と慎吾は言った。そして、オレにもそれは当てはまる。オレが全力を出せる相手も、目の前の男ぐらいしかいない。
「……ふ」
気が付くと、笑いがこぼれていた。オレは、懐に手を突っ込むと、さらに三枚のチャクラムを取り出した。生徒相手ならば二、三枚で十分なので、これだけの枚数を使うのは久しぶりだ。これが限界ではないが、リハビリには丁度いい。
「学校では、まだ本気を出したことはなかったんだがな……」
「ならばいい機会だ。お前の力を全校に知らしめておけ」
「あまり目立ちたくもなかったんだがな。まあ、良い。久しぶりだな、お前との組み手は」
「そうだな。くく、こうしていると若いころを思い出す。お前は昼夜問わず、俺に挑んできていたな」
「ああ。容易く頭に血を昇らせるガキだったがな、あの時は。おかげでいつもペースを握られて、負けることが圧倒的に多くて……悔しくて、また挑み続けていた」
「はは、そうだった、そうだった。おかげで、お互いに切磋琢磨できたがな。そして、いつしか勝率も五分になっていった」
昔のことを考えると、懐かしいと同時に少しむずがゆい。当時のオレは、無鉄砲で、考え無しで……そのおかげで得られたものもあるのだがな。
「正直、それが無くなった今は、少し退屈だったぞ。週に一度くらいは挑んでほしいと思っていたのだがな」
「無茶を言うなよ。それに今は、生徒の相手で十分に満足していたからな」
そう、満足していた……はず、だった。
だが、オレは今、自分でも驚く程に高揚していた。久しぶりに全力を出せるという事実に、血が沸いている。三つ子の魂百まで、とは良く言ったものだ。
「大人しくなったものだな。暴れん坊の代名詞のような性格だった男が」
「文字通り、大人になったからな。それに、しっかりと相手を引き受けていた男に言われる筋合いはない」
「ふ……違いないな」
オレ達は、顔を見合わせて、ひとしきり笑った。懐かしい。どこまでも、懐かしい。ならばその懐かしさに身を任せて……かつてのように、この力を振るってみるとしよう!
が……オレの笑顔は、次の瞬間、大気圏の彼方まで吹き飛んだ。
「よし。では、勝ったほうの一週間分の仕事を、負けたほうが引き受ける、ということでいいな?」
「はあ!? ふざけるな! そんな約束するわけが……」
「では、行くぞ!」
「ちょっと待てええ!!」
この日、この場にいた全員が、二人の本気を目の当たりにした。
その結果、彼らの全員が心から誓ったそうだ。この二人に逆らうのは、絶対に止めておこう、と。
余談であるが、ガルフレアと瑠奈が練習のため学校に来たのは、ちょうどこの試合後の騒動が落ち向いた後である。その時間配分が計画通りなのかは、慎吾のみが知っている。
そして。
「くそおお……」
「悪いな、誠司」
大量の書類に囲まれた獅子人は、頭を抱え込んでいる。もちろん、その横で微笑む男からは、罪悪感などミジンコほども感じられない。
「貴様、最初からこうするつもりだったな!? 全然減っていないじゃないか!!」
「さてな。負けたほうが悪いのさ」
「貴様と言う奴はぁ……!!」
「学校では敬語でお願いしますよ、上村先生」
「……ど、どの口が、どの舌が。ちっくしょうが……」
この日、上村 誠司もまた誓ったそうだ。この性悪には、一切の気を許さないでおこうと。