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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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ウェアルドとヴァン

『そうか。暁斗は、赤牙に残るんだね』


 祝賀会の途中で抜け出した俺は、電話を手に取っていた。

 サングリーズでの作戦が終わったあの日に連絡を取りたかったが……ようやくお互いの時間が合ったのがこの時間になった。


「お前の差し金じゃないのか?」


『俺は、世界を見てみるといい、としか言っていないよ。ここに残らせても、エルリアに帰しても、あいつの悩みは解決しないと思ったからさ。空のところに行くまでは、安全の確保ぐらいはしていたけど……ギルドに入るってのは、暁斗が自分で決めたことだよ』


「そうか。……空には根回しを?」


『あいつと面識が出来た後にはね。空はそれより前に気付いていたみたいだけど。俺に似すぎているからさ、あいつは』


「そうだな。あいつといると、本当に、昔のお前を見ている気分だったよ……ヴァン」


 受話器の向こうにいる弟の姿と、少年の姿を重ねる。

 ヴァンを知るものが暁斗を見れば、確実に気付くほどに、暁斗と昔のヴァンは似ている。過酷な戦いを経て、今のヴァンは上に立つ者の風格を得てはいるが。


「しかし、まんまと騙されてしまったよ。まさかお前が、ああもさらりと嘘をつくとは思わなかったからな」


『……それは、悪かったと思っている。だけど、今はそうした方が良いと思ったから、俺はあいつに協力したんだ』


 俺が言うのも何だが、こいつは生真面目で、潔癖な性格をしているからな。相当に考えて結論を出したのだろうが、罪悪感はあっただろう。だが、少し厳しい事も聞いておかなければならない。


「本当に、それだけか?」


『…………。敵わないな、兄上には。そうだね……それだけじゃなかった。俺自身の、欲でもあったよ』


 俺は、知っていた。こいつが暁斗を、離れていても想っていた事を。いつか、親子としては無理でもちゃんと逢いたいと、そう願っていた事も。ならば、実際に暁斗が訪ねてきて、こいつがどう感じたのかも想像はつく。


『あいつが俺の元に来てくれて、嬉しいと思うところもあったんだ。ノアも喜んでいたし、あいつの願いだからと言う名分に、少し甘えてしまったかもしれない』


「お前の気持ちだって分かっているさ。だが、慎吾と楓とはしっかり話せよ。それと誠司もだ。暁斗に怒りをぶつけられて、かなり気落ちしていたからな」


『そうだな……俺の考えも含めて、じっくりと話をしておくよ。許して貰えるかは分からないけれど』


 慎吾には、まずはお前が話してくれ、と言われている。その辺りの機微を、あいつはよく分かっているからな。とは言え、彼らが理性的に話を出来ないとも思えないので、落ち着いて考える時間を持ちたかったのが本音だろう。

 後は、当人で話せるはずだ。ならば俺は、少し個人的な話をしておきたい。


「まあ、暁斗の事は任せておきな。あいつが答えを出すまで、しっかり護ってやる。ところで、父上と母上……は今でも連絡はしているが、カチュアやノアは元気なのか?」


『気になるなら、たまには帰ってくればいいじゃないか。何なら、ギルドの人達も連れてくるといい。歓迎の準備はいつでもしておくからさ』


「無茶を言うなよ。誠司やジンはともかく、後の奴らはな。暁斗のこともあるし、あいつの肩身を狭くするわけにもいかん」


『そうか……残念だ。だけど、確かにそうかもしれない。いつか、そういう機会を持てればいいとは思うけれど』


「暁斗が答えを出せば、それも出来るだろうさ。その時が早く来るよう、俺も力は尽くすとも」


『うん、そうだな。返事をしておくと、みんな元気さ。父上は、最近はそろそろ隠居するつもりなんてぼやいているけれど……俺を認めてくれている証ならいいんだけどな』


 隠居、か。それはつまり、ヴァンが父上の跡を継ぐことを意味する。本来ならばそれをしなければいけないのは俺なのに、弟は決してそれに文句を言わない。父上も、俺の自由を認めてくれている。


『だけど、兄上。はっきりと言えば、落ち着いて会える時間は、いつまで取れるか分からないから言っているんだ。リグバルドの横暴は、兄上もよく知っているだろう?』


「……そうだな。奴らはいずれ、そちらにも手を出すだろう。いや、すでに準備を進めていると考えるべきか」


『俺も警戒は進めているけれど、まだ尻尾はつかめていない。どこまで入り込まれているのか……遅れを取るつもりはないけど、何しろ規格外の相手だ』


 ヴァンの手腕は俺が認めるところだが、今のリグバルドは常軌を逸している。気を抜けば、その瞬間に喰らい尽くされそうなほどに。


「俺は、奴らの一員と話した。そして、言われたんだ。あなたの身内は、天の血筋に相応しい、と」


『兄上の素性は割れている、か。そして、俺のことも指しているんだろうね』


「ああ。そして、未熟な者にはお守りもいるから手は出していない……とも、言っていた」


『……それは』


「暁斗は俺が十分に気にかけておく。だからお前もノアのことを注意しておいてくれ。言われるまでもないとは思うがな」


『そうだな。ありがとう、兄上。もちろん、子供たちに手を出させるつもりはない。彼らの好きにはさせてたまるものか』


 力強いヴァンの言葉。不謹慎ではあるが、こいつの成長を節々に感じる。もう、内気でずっと俺の後ろについてきていた弟ではないんだと、今になってもふと思うことがある。


『俺は、自分の責務を果たすつもりだ。今の世界に、彼らの傲慢を認める訳にはいかない。兄上のように、上手く出来るかは分からないけれどさ』


「何を言っているんだ。お前は、俺よりもよっぽど上手くやっているさ。……などと、お前に何もかもを押し付けた俺が言うことではないな。済まない」


『ふふ。責務ってのは言葉の綾だよ。俺は、今の立場に誇りを持っているし、自分で望んでここにいる。兄上が責任を感じる必要は無いんだ』


 弟が本気で言ってくれているのは知っている。だからこそ、胸が痛い。


『いつも言っているだろう、兄上? 俺は兄上に、後悔しない生き方をしてほしい。もちろん、全てを片付けて戻ってきた時には、譲るつもりもあるけれど。……心配しないでくれ。兄上が何を望んだとしても、帰る場所は俺が必ず護るよ』


「……ありがとう。本当に、お前は俺には過ぎた弟だよ。その詫びというわけではないが、俺の力が必要になった時には、いつでも言ってくれ」


『ああ、その時は頼りにさせてもらうよ。兄上は、俺の知る中で一番頼れる人だからな』


 こうして国外に出て、自分の好きなように生きている俺ではあるが、祖国のことは未だに愛している。それが脅かされると言うのであれば……()()()()を捨てる覚悟はしている。


「ところで、暁斗には全部話したと思っていいのか?」


『俺の素性のことなら、さすがに隠し通すのは無理だったからな。間接的に兄上についても知られたのは、悪かったよ』


「いや、いいさ。知っていると分かっていれば、その方がやりやすい。それに……他の奴らにも、全てを話す時はそう遠くないだろう」


『……そうか。兄上も、本来の立場を使って戦うつもりなんだな?』


「勝手を言って済まない。だが、それが必要とされるならば、俺は躊躇わないつもりだ。お前や父上には、迷惑ばかりかけているが……その時には、俺が()()ことを許してほしい」


『それは俺や父上に断りを入れることではないよ。兄上が持つ権利を、兄上が使うだけの話だろう?』


「権利に伴う責務を捨てた俺でもか?」


『捨てたわけじゃないのは、俺がよく知っている。そもそも、俺たちが兄上の背中を押したんだからさ。それに、場所が違っても、兄上のやってきたことはきっと同じだ』


「……そうだといいな。だが、そうだな……自虐をしても埒があかん、か」


 弟は、俺を咎めない。あの時も……俺が動けていたら、こいつが三年間も辛い思いをしなくて済んだと言うのに、再会した第一声が「兄上が無事で良かった」だったのは、今でも鮮明に思い出せる。

 正直、今の立場には優しすぎた弟。それでも彼は、求められる使命を見事にやり遂げている。だからこそ、こいつが誇らしくて、申し訳なくて、そして不安になる。


「ところで、ヴァン。お前、最近はしっかりと寝ているか? 父上から聞いたぞ。夜通しで執務をこなしている事も多いと」


『父上、そんな事まで話したのか? 本当に、みんな心配性だな……大丈夫さ。俺は兄上の弟なんだから、この程度は問題ないよ』


「俺の弟だから言っているんだ。自分で言うのも何だが、俺は誰かに止められるまで無茶をするタイプだ。お前にも、そういうところがある……いや、俺よりさらに酷いよな?」


『……一応、自分の身体は自分で把握しているつもりではあるよ。暁斗がいた時は、できるだけ時間を作れるように計らってもらっていたから、その埋め合わせみたいなものさ』


「では、ノアやカチュアとはどれだけ一緒にいられているんだ?」


『う……』


 言葉に詰まり始めた。まあ、そうだろうな。


「いいか、ヴァン。とりあえず、周りから止められたり、心配されたりした時には無理をするな。俺もそれだけは徹底している。第一、過労で倒れたら元も子もないだろう」


『それは、そうなんだけどな……』


「ノアを見てやれと言っただろう? 自分の身体と家族のこと、それを省みる時間ぐらいは作れ。努力は美徳だが、お前は昔から度が過ぎる」


 真面目で、優しく、献身的で、努力家。字面は良いが、行きすぎるとどうにも危なっかしい。もう少し、自分の事も考えてもらわないとな。


『ふう……。話す機会がある度に、何かしら注意されている気がするよ』


「口うるさくて済まないな。だが、お前がなかなか直さないのも原因なんだぞ? それに、いつまで経っても、俺からすれば、ずっとお前は可愛い弟だからな。許してくれ」


『はは、もう40も越えたって言うのに、兄上は……ん? ……いや、私的な雑談だから構わない。……父上が? 分かった、すぐに向かうとしよう。ご苦労だったな』


 途中で誰かに呼ばれたらしく、口調が変化する。指導者として、誰かの上に立つためにこいつが身に付けた立ち振舞い。


「切り替えの上手いことだな」


『はは。自然体でいられる時ぐらいは、気を抜いて話をさせてくれよ。じゃあ、父上から呼ばれたみたいだし、そろそろかな。兄上、ちょっとした時間でもいいから、今度戻ってくるのは考えておいてくれよ? せめて顔見知りだけでも一緒にな。誠司やジンとも会いたいからさ』


「ああ、覚えておく。じゃあな。話した事は忘れるなよ?」


『分かっているさ。では、兄上も、身体にはお気を付けて』


 そうして、通話が切れる。俺の表情は、少し綻んでいるのだろう。用件そのものには重い話もあったが、久し振りに弟と話が出来たのはやはり嬉しかった。

 立場を捨てた放浪の身ではあるが、向こうが受け入れてくれている以上、確かにもう少し戻る頻度を増やしてもいいのかもしれないな。両親ももう若くはないのだ。それに……俺が放浪した()()も――


「………………」


 資格は無いと、分かっている。真実を話したとしても、元の関係に戻るのは無理だろう。それでも、願わくば許されたいと思ってしまうのは傲慢だろうか。

 それでも、あいつ自身が問題を抱えている現状、せめてその力になってやりたい。だから、まだ話せない。あいつが俺の元を去ってしまわないように。


 ……それが御託な事も分かっているがな。結局、俺も恐れているだけだ。


「……さて、と」


 今さら、考えている場合でもないな。こちらもそろそろ、呼ばれた場所に向かうとするか。




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