久しぶりの集い
「と、みんなも戻ってきたな」
蓮の言葉に視線を移すと、料理の皿を持った瑠奈たちが帰って来た。やはり暁斗も一緒だ。浩輝は歩きながらも口いっぱい料理を頬張っている。
「よう、ガル。ちゃんと食ってるか?」
「ほんっふぉふはい! ふぁいふぉうふぁふぇ、ふぁひへ……」
「もう、行儀が悪いよ、コウ」
「ひゅっはっへ……んぐっ。つったって、トップもあんな感じじゃねえか。細かいとこ気にせず食っとかなきゃ損だって」
「はは、気持ちは分かるぜ。こんなの、普通は食えるもんじゃないからな」
そう言って、暁斗が笑う。あの日はややしおらしかったが、もう調子は戻っているように見えるな。
「数日空いたとは言え、改まるのも妙な感じではあるが……久しぶりだな、暁斗。また会えて嬉しいよ」
「ああ、お前もな。へへ、これからは俺も一緒に働かせてもらうんだ。頼ってくれていいぜ?」
「ふ。そうだな、お前がいるのは心強い。やはり、皆の先輩であり、頼れる兄であるお前がいないと、どうにも締まらないからな」
「お? お前からそんな評価されてるとは思ってなかったぜ。どうだお前ら、聞いたか? しっかり先輩で兄貴を敬ってくれてもいいんだぜ?」
「ち、ちょっとお兄ちゃん。何か近い、近いよ?」
「良いじゃねえか、こうやって喋れるのだってほんと久し振りなんだからさ! いや、さ……家出した分際で何をって思うかもしれないけど、お前らと話せないのはやっぱ凄く寂しかったんだぜ? って訳で、だ。お兄ちゃんは、可愛い妹成分をしっかりと堪能したいんだよ!」
「絶好調だねえ、お前も……」
「……ねえ、暁斗。元気なのは良いことなんだろうけどさ。正直、割とキモい」
「うぐはっ!?」
容赦ない一言が、心臓に突き刺さったらしい。一転して、血反吐でも吐いたような声と共に、その場に崩れ落ちる暁斗。
「いや、自分もブラコンなのかなーとか考えた事もあったけど、やっぱり違うね。本物はちょっと常軌を逸してると言うか、訳が分からないと言うか。成分って何? 私は何かマイナスイオン的なの出してるわけ? ……うん、やっぱ色んな意味であり得ない。純粋に引く」
「ぐはっ! げふっ! ……がはぁっ!!」
「おーい、ルナ? その辺にしてやれ。白目剥いてるから……」
「ほんっと……暁兄は暁兄だよなぁ」
「いや、だけど……ここまで酷かったっけか?」
完全に以前の調子を取り戻しているようで、安心したのも束の間と言うべきか……蓮の言う通り、むしろ前より悪化しているな。会えなかった反動というやつを考えれば、こんなものだろうか。
もしくは、多少は意識しているかだな。考えすぎないように、努めて明るくしている部分もあるのかもしれない。少し、気を付けて見てやらないとな。
瑠奈の側は、照れ隠しでもあるようだ。会いたいと言って泣きそうになっていた事は、とりあえず黙っておいてやろう。その辺りを自分で話せないようなやつでもないからな。
「でも、明日にはバストールかあ。何か懐かしいってか、実家に帰るっぽい感覚だよなー」
「はは、確かにな。かれこれ5ヶ月も住んでたら、愛着も湧いて当然なんだろうけど。そう思うと、エルリアを離れてからも随分と経つんだな」
「向こうとはたまに電話とかしてるけど、やっぱ会いたくなることもあるよね。あ、と言うか、私たちって気付かないうちに2年生だよね、そういや」
「なんだよなー。てか暁兄とか、今年は受験生じゃね?」
横では、地面でしくしくと泣いていた暁斗を、海翔が適当に宥めながら起こしている。まだ微妙に涙目であるが、冗談の中だから平気だろう、多分。
「授業してもらってるっつったって、学校に戻ったら大変になりそうだぜ。ま、俺は余裕だけど、どっかのトラネコとかは特に」
「てめえ、マジで干物にすっぞゴルァ」
「どうどう。見返すなら勉強でにしなよ」
「ギルドに戻ったら、暁斗もみんなと一緒に勉強が必要だな。2年生の途中からでスケジュールを組んでもいいか?」
「うぅー……一応勉強はしてたから、三年基準で構わないぜ。向こうでも、ヴァン父さんとかが……教えてくれてたからさ」
なるほど、その辺りもしっかりと考えていてくれたようだな。微妙に言い淀んだのは、やはり瑠奈がいるからだろうか。だが、瑠奈が次に口にしたのは、それと裏腹の言葉だった。
「そういや、ヴァンさんってどんな人なのか気になるなあ。この前は難しい話ばっかだったし、もうちょっと教えてくれない?」
「え? あ、ああ。いいぜ」
瑠奈の側からこう言われるとは思っていなかったようで、少しつっかえつつも暁斗は了解する。瑠奈としては、暁斗が妙な気を使わないようにしたいのもあるだろうが、しっかりと暁斗が過ごしてきた時間を知っておきたいのだろう。
「見た目がそっくりってのは話したと思うけど……とりあえず、すごく真面目な人かな。何事にも一生懸命で、いつも誰かの為に全力って感じだ。でも、堅すぎるって事もなくて、むしろ普段は物静かと言うか、優しい人だったよ。時間がある時には、本を読んでゆっくり過ごすのが一番好きだって言ってたな」
「へえ。本好きか……会ってみてえなあ」
「聞いている限りは、マスターにも似ているんだな、やっぱり」
「そうだな、ウェアさんとはまだあまり話せていないけど、雰囲気は似てるかな。兄弟仲はすごく良かったみたいで、ウェアさんの事はすごく尊敬しているって、いつも話してくれていた。ただ、冗談とかはちょっと苦手みたいだったな。慎吾によく玩具にされていた、なんて苦笑いしていたよ」
「あはは……お父さんの被害者って、世界中にいそうだね」
真面目で物静か、誠実な人物か。ウェアや暁斗と比べると内向的なようだが、根は確かに似ているように思える。
「あ、あと、切り替えがすごく上手かったかな」
「切り替え?」
「公私のな。仕事……と言うか、公の活動をしてる時は、威厳があってまるで別人でさ。笑いながら『自分には向かないからこそ頑張って身に付けた』なんて言っていたけど」
「仕事って、何してんだ? ギルドって訳じゃなさそうだけど」
「まあ、そうだな。ギルドとはあまり関係ないけど、少し似てる部分はあるかもしれない。自警団みたいなもの、と思ってもらえればいいかな」
微妙に言葉を濁した暁斗。……俺の予想が正しければ、それなりの身分にいることが考えられるのだが。それで自警団のような仕事をしていたと言うならば、軍人、それも将クラスだろうか? 闇の門で戦った経歴もあるのだから、不思議ではないが。
「まあ……俺は、すごく良くしてもらったよ。今の奥さんとその娘にも、家族として受け入れてもらえたし」
「あ、娘さんもいるんだ?」
「ああ。ノアって名前で、まだ12歳なんだけど、すごくしっかりした子でさ。お前とも仲良くなれるんじゃないかな」
「そう言われると、会うのが楽しみになっちゃうな。いつか、ちゃんと紹介してね?」
「……そうだな。いつか、そうできると良いな」
いつか紹介できたら、か。それは、暁斗の心の問題が解決してからになるのだろうな。
本当は瑠奈だって、複雑な気持ちが無いわけはないだろう。それでも前向きに話そうとしているのは、暁斗の抱えたものを少しでも軽くするためなのだと思う。
「ちょっと話を戻すけどよ。お前、戻ったらどうするつもりなんだ? 進学目指すのか、就活すんのか。時間もねえだろ?」
「そうだな……どうすっかな。その辺も、こっちにいるうちに考えようと思ってる。他のみんなより頑張らなきゃいけないだろうけど、どっちにしろ、赤牙に参加するって結論を変えるつもりはないさ。部活の事は心残りだけどな」
「あ、そうか。3年ならそっちも引退だな……本当に良いのか? 暁斗ってすごく部活に熱心だっただろう?」
「はは……否定はしないし、走る事が好きなのは変わらないんだけどさ。不思議と、諦めはついちまってるんだ。多分、他に頑張りたいことってのがあるからだと思う」
「自分探し、みたいな感じだっけか?」
「まあ、平たく言えばそうだな。それに、お前らの力になりたい、もっと強くなりたいってのもあるし。今は、そっちに専念したいかな」
未練がないとは言わないのだろうがな。……もしかすると彼が陸上に打ち込んでいたのも、自分探しの一環だったのだろうか?
「あ、そういやさ、お前の誕生日って今月の11日だったろ? 微妙に過ぎちまったけど、せっかくだし何かしてえな」
「お兄ちゃんがいるって分かってたら、プレゼントでも準備しておいたのにね」
「良いってそういうのは。誕生日だから帰ってきました、なんて馬鹿みたいなこと出来るはずもなかったし、バタバタしてたから俺も忘れてたし。俺だって瑠奈とか蓮のも祝い損ねてるしな……」
「ならば、纏めてお互いのお祝いでもしたらどうだ? ギルドに戻ってから、時間のあるときにでもな」
「あ、それいいね、賛成! ギルドの調理場借りたらケーキぐらいは作れるしね!」
「ついでだし、ひとつだけフィーネにでも作ってもらってロシアンルーレットにしたら面白いんじゃね?」
「うぐっ!?」
「あ。わ、わりぃ、ガル。そんなつもりじゃ……って、お、おい、震えてるぞ、大丈夫かよ!?」
「そこまできつかったんだな……いや、確かに人殺せそうなシロモノだったけどさ」
「? が、ガル? どうした、気分でも悪くなったのか?」
「……い、いや、気にするな。少し、嫌な事を思い出しただけだ」
事情を知らない暁斗は本気で心配してきた。さすがにあれは少々トラウマだ……思い出すだけで胃が痛い。過去の経験から、口に入るものであれば何でも食えると自負していたが、いくらなんでもあのような劇毒……もとい、独創的すぎる料理に対して、許容範囲はあると知った。
「それにしてもケーキか。前はたまに瑠奈が菓子作ってくれてたよな……思い出したら食いたくなってきたな」
「あはは。暁斗が一番好きだったのは、チョコクッキーだったよね。あれからちょっとお菓子も料理もバリエーションは増えしたよ? ガルに負けるのはちょっと女子としてのプライドが許さなくてね」
「えっ、ガルが料理するのかよ!?」
「……そこまで驚く事か?」
「赤牙の副業は酒場だから、みんなで料理をしているんだ。はは、こいつ、特に上手い方だぞ?」
「意外っつったらあれだよな。ガルにゲームさせた時のアレ。ノリで誘ってみたら一緒に遊んでくれたのも懐かしいぜ」
「ゲーム!? え、だって、こいつの事だからコントローラーぶっ壊すかと思って……」
「それがな暁兄、こいつ滅茶苦茶上手いんだよ。格ゲーはあっさりマスターするし、シミュレーションとかもすぐコツ掴むし、RPGとかも進むの早いし」
「そんな馬鹿な……!!」
「……お前の中で俺がどういう印象になっていたかがよく分かったぞ」
何故だ? 俺はどうしてそこまで機械に疎く見られる? これでもハッキング技術程度は持っているのだが……いや、細かく聞くのは止めておこう。何だか傷付く気がする……。
ともかく、だ。エルリアにいた時の話、暁斗のいなかった時の話、戻った後の話……この空気は、やはり懐かしい。欠けていたものが戻ってきたような気分だ。
「……お、そういや忘れてたぜ。ガル」
「む?」
突然、ぐいっと暁斗に身体を引き寄せられる。何かと思うと、含み笑いと共に、耳元でこんなことを囁いてきた。
「実際、瑠奈とはどうなんだよ? どこまで進んだのか、怒らねえからお兄ちゃんにちょっと教えてみろ」
「なっ!? ど、どうもこうも、俺は瑠奈とは何も……俺は、お前や慎吾の代わりに見守る役割であって、だな?」
「……うおう、相変わらずかよ。お、お前なあ。あれから5ヶ月、まったく進展無しって、そりゃあ……確かに健全な付き合いしろとは言ったけど。アレか、蓮と言いお前と言い、あいつは超奥手にしか惚れられない呪いにでもかかってるのか」
「大きなお世話だ……! 第一、お前は俺のような得体の知れない男が、妹と関係を持っていいのか?」
「お前を弟って呼べるのは、むしろ俺的には大歓迎だぜ?」
「……お、俺がお前の弟か。確かにそうなるわけだが……はっ、ち、違う! そもそも、彼女の意志が最優先だ!」
「ちょっと本音が漏れたな。ま、自覚しただけマシなのかもしれないけど。……真面目な話、あいつ見てたら心配になるんだよ。だから、もしお前にその気があるんなら、引っ張ってやってほしいって思うんだ」
「…………」
分かっているさ、逃げているのは。彼女の意志も何も、それなら確認すればいいだけなのだから。もっと近くに、行けるものなら行きたい。それでも……俺では。
「ねえ、二人で何の話をしてるの?」
「お前は気にするなよ、男どうしの話ってやつだ。な、ガル?」
「……そうだな」
瑠奈も近付いてきたので、一旦話は途切れた。これからの事は、じっくりと考えなければな。