祝賀会
それから数日は、めまぐるしく過ぎていった。
三本柱に情報を共有した後、俺たちは戦いの疲労を癒やすように言われ、その日は休息をとった。全員、連日の仕事と激しい戦闘が一段落ついたのもあり、泥のように眠っていたみたいだ。
俺自身は……少し、眠るのには時間がかかった。あの熊人やルッカの言葉、そしてリグバルド。気付いたら考え込んでいた。幸い、体力を消耗した俺の身体は、そのうち意識を手放してくれた。
翌日からは、また大変だった。未だ続く小競り合いを止めるための柱たちのサポート。報道機関への説明に、街中の見回り。
先日の演説は新聞で各地に広まり、報道も何度となくされている。随分と盛り上げられており、浩輝と瑠奈は卒倒しかけていたがな。陰謀は去り、自分たちはまた手を取り合える。それをアピールするのに、あの演説は良い象徴となったようだ。
事態がひとまずの沈静化を果たすまでには、数日がかかった。その間、俺たちも各地をかけずり回ることとなり、仲間の中で話をする時間も無かった。暁斗ともあれ以来ゆっくり話せていないが、みんなも文句は言わずに力を尽くしていた。
その甲斐もあり、大きな事件は起こらず、また、リグバルドによる再度の襲撃などもなく、少しずつ今回の騒動は終息に向かっていった。
問題は、リグバルドと言う敵を国民に知らしめるか否か、だ。現在は、捕らえた主犯から情報を集めている、という事にしてある。この真実は新たな混乱を間違いなく招くし、相手を刺激する材料にもなる。
アイシャ曰く「完全に隠し通すのは不可能」で、俺もそう思う。少なくとも、様々な憶測が流れてしまうことだろう。だが、どのような結論を下すにしろ、ここから先はアガルトの決めることだ。
三本柱たちも、自分たちに任せろと力強く宣言してくれた。彼らならば、心配はいらないだろう。もちろん、何かあれば再び力になることを、俺たちも約束した。
それと、ジョシュア・ゴランドは、意識は取り戻したらしい。治療のための入院が終われば、正式な逮捕だ。セインとオウルの二人も、抵抗することなく牢に繋がれたらしい。だが、彼らの協力、そして境遇を考え、最大限の配慮は約束した。
残念ながら、ジョシュアから押収した転移装置は、戦闘の衝撃で完全に壊れており、修復は不能だった。それでも、パーツなどから何か分かるかもしれないと、アポストルのサンプルと共に研究機関に運ばれたそうだ。
そうして、俺たちのやるべきことは全て終わった。さすがに全員がくたくたの状態で、帰国前に一日だけこの国で休息をとることになった。そして……。
「皆が力を合わせることで、我らはこの国を守る事ができました。その感謝の意味も込めて、この場を設けさせていただきましたが……いえ、堅苦しい話は抜きとしましょう。それでは皆さん、今宵は大いに楽しんでください!」
ダリスの宣言に合わせて、沸き上がる会場。ここは、ブラントゥールのパーティーホール。そこで、今回の騒動を犠牲もなく終えたことに対する祝賀会が開かれたのだ。
並べられた料理、酒……豪華絢爛の言葉がぴったり当てはまるだろう。おおよそ、普段は目にすることのない高級なディナーは、少し気後れすると共に、非常に食欲をそそるものだ。
「これからが大変だからこそ、喜べる時には喜び、休めるうちに休むことも大事だからな。英気を養うのも、戦う者に必要な仕事だ」
言いつつ、ウェアはワインをグラスに注いでいる。ひとまず、俺はウェアや誠司と同じテーブルにいた。
「ほら、お前も飲みな。割といける口だっただろう?」
「ああ、ありがとう。……ほう。良い酒だな」
「ははっ、秘蔵のものを振る舞ってくれているらしいぞ。有り難く味わうとしよう」
俺は自分で飲むことはあまりないが、酒そのものは好きな方で、アルコールには強い。酒の善し悪しが分かる舌ぐらいは持っているつもりだ。
そして、手近にあったステーキをひと切れ口に運ぶ。絶妙な焼き加減に、溢れる肉汁、上品な味わいのソース。これを味わえるならば、努力した甲斐があったな、とまで思う。はしたないかもしれないが、堪能しておこう。
「しかし、改めてだが、ガルも本当によくやってくれたな。今回の勝利は、最善と呼んでも差し支えないだろう。お前たちのおかげだ」
「そうだな……だが、今後のことは色々と考えなければならないだろう」
「まあ、それはオレ達の仕事だよ。なあ、ウェア?」
「ははっ、その通りだ。ガル、お前だって国によってはまだ学生の歳なんだぞ? 面倒な事は少しぐらい年寄りに任せてしまっても罰は当たらんぞ」
「自分で言うぶんには大丈夫なんだな、歳のことも」
「自覚していないわけじゃないからな。若いやつに面と向かって言われると少し虚しくなるだけだ」
誠司の突っ込みに苦笑しつつ、ワインを口に運んでいるウェア。誰かに任せても罰は当たらない、か。俺はそういうことが苦手な自覚はあるがな。ひとりで生きねばならない環境で育ったのもあるだろうが。
「まあなんだ、張り詰めすぎるなということだ。心配せずとも、お前たちは俺が護ってやるさ。みんな、俺にとってはかけがえのない家族であり、さらに言えば子供のようなものだからな」
家族……子供、か。そう言えば、ウェアの身内に関しては、ヴァンの話だけを聞くことは出来たが……。
…………。
「なあ、ウェア……少し、いいか?」
「うん? どうした、改まって」
「……。いや、やはり何でもない」
「おいおい、思わせ振りなのは勘弁してくれよ。気になるじゃないか」
「済まない、でも本当に大した話ではないんだ。軽い思い付きだったが、笑われたくないから止めておくよ」
「……そうか」
……そう、単なる思い付きだ。今になって、初めて浮かんだわけでもないが。
だが、そんなはずはないんだ。それは、途方もないぐらいに低い確率で……こんな話で、ウェアを混乱させたくもない。
「ま、話したくないなら無理にとは言わんさ。……それにしても、あちらは随分な騒ぎだな」
ウェアの言葉に合わせて、彼の視線を追う。探すまでもなく、俺たちもその騒ぎについては気付いていたが。
「ま、まだだぁ……! き、きさまになど、まけは、しにゃいぞ……!」
「やれやれ、そろそろ本当に倒れますよ?」
全く呂律の回っていないシューラ。そして、涼しい顔のレイル。二人のテーブルには、大量の酒のボトルが置かれていて……何の勝負をしているかは考えるまでもない。
「シューラさん、見た目に反してそんなに強くないんですから、無茶はしない方がいいと思いますがねえ?」
「しょんな、こと、いっへ、にげりゅのかぁ……うぷっ。もう、いっぱいらぁ!!」
「……阿呆が」
「ああもう、シューラ! あんた、柱としての締めの挨拶とか忘れてるんじゃないだろうね!」
俺たちは遠目にそれを眺めながら苦笑する。あれが、あの二人の本来の関係なのだろう。とは言え、そろそろ止めないと危なそうだがな。空とリンに任せておこう。
「あれでは、明日は一日動けなさそうだな、彼は」
「はは。まあ、他のふたりが無事ならば大丈夫だろう。どうだ、誠司。俺たちもやってみるか? お前、ああいうの好きだったじゃないか」
「あのな、もうそんなノリで動く歳じゃないだろう? 若い頃は、色々と喧嘩をふっかけていたのは否定しないがな……」
「その頃の誠司には興味があるな。ウェア、何か面白い話でも無いのか?」
「……おい、ガル? あまりそういう話は……」
「そうだな、じゃあ……ある時、こいつに水泳で勝負を挑まれた事があるんだ。それで、俺の方が優勢だったんだが、意地になったこいつは」
「うおおおおぉい!? 待て待て待て、それだけは絶対に駄目なやつだろおおおぉ!?」
すっとんきょうな悲鳴を上げた誠司に、少し尻尾が跳ねた。……よほど聞かれたくない話のようだ。ウェアの方は予想通りの反応が得られたのか、大笑いしている。
「はははっ! 素が出てるぞ、素が。慎吾がいつも楽しそうな理由が少し分かった気がするよ」
「そ、そう言うのはあいつひとりだけで腹いっぱいだ。勘弁してくれ……!」
「ふふ。本当に良い友人だな、あなた達は」
「出会いは闇の門という過酷な環境だったがな。休息の時間ではかげがえのない友であり、戦場では誰よりも信頼できる仲間だった」
「コホン……そうだな。ただ、最初は反発もあった。オレの側から一方的に、だったが」
本当にあの頃はガキだった、などと誠司は言う。今の彼からはあまり想像できないが、皆の言葉からして事実なのだろう。
「お前が良い奴だと分かってからも、しばらくは意地を張ったりもしてな。今にして思うと、あんなオレを見捨てずにいてくれた事、感謝してもし足りんな」
「はは。不器用で意地っ張りなのは、端から見ても何となく分かったからな。それに、子供だったのは俺も同じさ」
酒が入っている事もあってか、二人は楽しげに過去の思い出に浸り始める。もう少し聞いてみたい気もするが、ここはゆっくりと話をする時間にしてあげた方がいいかもしれないな。この二人は特に忙しいから、良い機会だろう。
「俺は少し会場を回ってくるよ。他のみんなとも話したいからな」
「ああ。若者は若者と過ごすのが一番だ。俺たちみたいな年寄りとばかり喋ってると青春を無駄にしちまうぞ?」
「……さすがに、青春という歳か、俺は?」
「少なくとも、青春している奴らと同じような純情っぷりは見せているがな」
「……う」
誠司の言葉に呻きながら、俺はそそくさとその場を離れた。周りに指摘されるのはさすがに情けない。
さて、誰と合流したものか。とりあえず周りを見渡してみると、一番近くのテーブルで、蓮が一人で料理を口に運んでいた。心なしか、考え事をしているようにも見える。俺は、とりあえずそこに近付いていった。
「ん、ガルか……」
「一人なのか?」
「いや、みんなも一緒だったけど、今は料理を取りに行ってるよ。すぐ戻ってくると思う」
「成程な。少し、一緒していいか?」
「聞くことでもないだろう?」
笑いながら俺を受け入れてくれた蓮に感謝しつつ、俺はみんなをそこで待つことにした。きっと暁斗も一緒だろうし、ゆっくりと話したい。
「ようやく、落ち着けるな」
「そうだな。半月ほどだったが、随分と色々なことがあった。お互い、何とかやり切れたな」
「本当にな。良い意味でも、悪い意味でも、本当に色々と……」
蓮の顔が、少し曇った。良い意味、は暁斗のことを筆頭に、大鷲のメンバーとの出逢いなども含むのだろう。悪い意味は……考えるまでもないか。
「あ。ご、ごめん、こんな席でさ」
「気にするな。こんな席だからこそ、先に吐き出してしまうのも手だと思うぞ。俺で良ければ、聞かせてもらおう」
「……。お前も聞いてるはずだけどさ。おれは、ルッカと戦ったよ。そして、全く届かなかった」
やはりか。さっきの考え事も、これだったのだろう。
「お前はあいつがいることに気付いてたのか、ガル?」
「状況を考えれば、彼らのうちの誰かが来ているだろうと思っていたのは確かだ。後は、鎮圧作戦の時に、あいつはPSを使って協力してくれたようだ」
「そうだったのか。それにも気付かないなんて、まだまだ未熟だな、おれは」
未熟、か。俺から言わせると、そうではない。蓮の洞察力も戦闘技術も、十分すぎるほどだ。ただ、相手が規格外なだけなのだ。それを基準に考えてしまっていることが、負担になりすぎなければいいのだが。
……ルッカ、か。彼は、クロスフィール孤児院にはいなかった。あいつは、どのような経緯で彼らの一員となったのだろう。あの年齢であれだけの力を身に付けるには、才能だけでは足りない。いったい、何が彼をあそこまで。
「俺も出来る限りサポートする。なに、次のチャンスは必ず来るさ。今度こそ、届かせてやろう」
「ありがとう、ガル。でも、お前は大丈夫か? お前だって、昔の仲間だったんだろう、あいつらは」
「……そう、だな」
数日が経過して、少しだけ落ち着きはした。少なくとも、彼らの事に関しては、まだ考える時間はある。
だが……それは、いつまで続くかの保障はない。そして、彼らの存在だけではなく、リグバルドにも関わってしまった。そちらは、今すぐに牙を剥いてきてもおかしくはないのだ。俺だけでなく、みんなにも。
……エルリアに帰したところで安全とは言えない。現に暁斗は、奴らに狙われてしまった。
慎吾たちが、みんなが俺に同行することを許した理由のひとつに、それがあった。ウェアの元にいれば、彼らは自然と身を守る術を身に付けていくからな。
ならばこそ、俺は彼らを預かった身として、彼らを導き、護り抜かなければならない。……しかし、俺の存在が招く敵がいるのも確か。いっそのこと、ウェア達に任せて俺はやはり消えるべきなのではないか――くそ。彼の言葉を聞いてから、前にも増してこういった事を考えてしまう。
「ごめん、余計なこと聞いたな。……おれ達も頑張るからさ。お前も、ちょっとは頼ってくれよ?」
「……ああ。済まないな、蓮」
どうやら、俺は自分で思う以上に深刻な顔をしていたらしい。……いけないな。相談に乗ろうとしたはずが、励まされる側になるとは。考えるのは止めよう。ウェアの言う通り、俺もたまには何も気にせず英気を養わねば。