疑問
「……はぁー。丸く収まったって事でオーケーなんだよな、これ?」
「あはは。見てるあたし達がちょっとハラハラしたけどね。空さんは何も言わないし」
「ウェアがいるのに俺がフォローする必要もないだろう? 面倒な話は俺の趣味じゃないからな」
「もう、お父さん……。ほんとに、何にでも面倒とか言ったら駄目なんだからね?」
「……む」
「おや、天下のガンホリックも娘には勝てないかい?」
「あはは、最近じゃあたしよりこの子のがよっぽどキツイ事言ってるよ。煙草だって止めさせたし。空もすました顔でけっこう気にしてるみたいでさ、この前も、知り合いから娘に体臭の話をされたって聞いて、こっそりあたしの香水を使ったはいいものの、加減が分かってなかったからそれはもう酷いことに」
「止めろ。その辺で止めてくれ、リン……」
その静止がとどめとなって、フィオがついに声を上げて笑い転げた。それを皮切りに広がる笑いに、空は初めて見る、死にそうな顔をしていた。……みんな、成り行きを見守っていてくれたようだな。
ひとしきり笑い、再会の余韻にひたった後、暁斗はバツの悪そうな表情で誠司を見た。彼は、喜びに沸く教え子たちの姿を、どこかに気落ちが見える顔で眺めていた。
「その、先生も……すみませんでした。でも俺、別に先生が嫌いなわけじゃなくて……完全にスッキリした、とも言えませんけど」
「……いや、いいんだ。お前には、どれだけ言われても仕方ないと思っている。だが、慎吾たちの話は、しっかりと聞いてやってほしい」
「……はい。でも、先生とも会えて嬉しかったのは本当なんです。瑠奈たちの事、支えてやってくれて、ありがとうございました」
本人の言葉通り、怒りはまだあるのだろう。数ヶ月も抱え込んでいたほどのものだからな。複雑なものは残るかもしれないが……彼らならば、きっと折り合いはつけていけるだろう。
「だけどさ。どうしてアインは、わざわざ暁斗にそれを話しに来たのかな?」
フィオの口にした疑問は、皆が少なからず浮かべていたものであっただろう。一同の表情が、改めて引き締まる。
「大筋を見れば、暁斗を連れ去り、利用しようとしたとも考えられるが……」
「だとしたら、後でわざわざ地図を送りつけてくる意味はないわよね」
その情報は確かに真実で、暁斗は実の父との再会を果たした。だが、それが奴らにとって、何のメリットになる?
「そこは、俺とヴァン父さんも話してみたんだけど……さすがに、よく分からなかった」
「暁斗とヴァンを引き合わせる事に何か意味があったのか? だが、それこそ意図が掴めない」
「単独で旅立たせて隙を見て襲う、ってわけでもなかったみたいだし……そもそもあいつらなら、そんな回りくどい事をしなくても、力ずくでどうにでも出来るよな?」
回りくどい。そう、蓮の言う通り、とにかく回りくどいのだ。慎吾に不信感を持たせて洗脳しようとするならば、真相を知るヴァンの元に本当に導く必要はない。人質として利用するつもりならば、余計な話などせずに連れ去ってしまえば良かったはずだ。
「憶測しかできそうにないな。だが、暁斗。少なくとも、お前はリグバルドの想定通りに動いている事になるだろう。今後、警戒をする必要はあるぞ」
「はい、それは分かっています。奴らの思い通りに操られるなんてまっぴらですから」
「ったく、俺様の時もそうだったが、ぜんぜん読めねえ連中だぜ」
「犯人が分かってるなら、世界中に知らせてみんなでとっちめる……とは、いかないっすよね、やっぱ」
「それが出来るならば、もっと早くに解決しているのだろうがな。真正面から糾弾したところで、俺たちについてくれる存在がどれだけいるとは限らん」
向こうが尻尾を出すとは限らない。俺たちの側が世迷い言と言われてもおかしくはない。仮に真実であると分かっていても、報復を恐れてだんまり、或いは向こうにつく者だっているだろう。馬鹿正直に突っ込んだところで、何も出来ずに潰されるだけで終わる可能性の方が遥かに高い。
「無論、手をこまねいているつもりはない。今回の一件で、アガルトも奴らのことを知り、柱たちは協力を約束してくれた。こうして地道にパイプを繋ぎ、対抗する力を得るしかないんだ。歯がゆいのも確かだが、焦ればそれで全てが終わる」
「あたし達みたいに、直接的に手を出されりゃ、疑ってる場合じゃないからね。日和るとこだってあるだろうけど、明日にも侵略を仕掛けてくるかもしれないと言うことと、こっちに勝ち目があることを伝えられりゃ、協力だって得やすくなるもんさ」
「しかし、急がねばならんだろうな。確かにアガルトは大国とは言えんが、他国を狙った力の行使を始めたのだから、近いうち本格的に動いてもおかしくはない」
「分かっている。時間は無い……バストールに戻ったら、ギルド上層部にも、改めて掛け合ってみるつもりだ。打てる手は全て打ち、使える力は全て使う。そうせねば、奴らは止められないからな」
ウェアの言葉に、誠司と空、そしてジンが少し顔色を変えたのには気付いたが、口には出さないでおく。
「本気で世界を征服しようとしているんだねえ、リグバルドって国は。確かに今回の事件はとんでもなかったけど、オイラには、まだ荒唐無稽に聞こえるよ」
「うむ。正直に言えば、俺もだな。人の心を操る石……確かに恐ろしいが、ひとつの国を相手にするのと、世界に喧嘩を売るのとはわけが違うであろう」
「でも、あの国はそれが出来るだけの準備を推し進めてきたわ。そう……何年も前から、ずっとね」
そう口にしたのは、美久だった。