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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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前日3 ~影で動く者~

「……うん。こんなもの、ですね」


 僕は今からの来客を迎える為に、自宅の整理をしていた。

 一人暮らしを始めてけっこう経つけど、実は片付けが苦手だったりする。他のところは几帳面なくせにな、と、蓮にはよく呆れられる。

 如月君からの誘いを断らなきゃいけなかったのは残念だけど……今日は、こちらの用件のほうが大事だ。


 ちょうど掃除用具を片付け終わったころ、呼び鈴が鳴った。僕は急いで玄関に向かう。


「はい、どうぞ」


 僕がそう言うと、扉が開く。その向こうには、予想通りに青い虎人が立っていた。


「ようこそ、シグルドさん」


「……ああ」


 シグルドさんは、うっすらと微笑んでいる。付き合いの長い僕でもあまり見れない、貴重な表情だ。オフの時には穏やかな人なことは、もちろんよく知っているんだけどね。


「とりあえず上がってください。お茶でも用意しますよ」


「あまり気を遣わなくていいぞ。別に俺はお前の上官ではなければ、今は任務中でもない」


「いえ、年上は敬わないと。ね?」


「……調子の良い奴だ」


 ふう、と息を吐いてから、シグルドさんは中に入ってくる。僕は彼を部屋に案内すると、台所に向かった。











「はい、どうぞ。すみません、茶葉を切らしてたんで、牛乳ですけど」


「構わない。……ところで、牛乳はいつも置いてあるのか? 前回に来た時にも出された気がするが」


「ええ、一応。毎朝毎晩飲む習慣がついているので」


「お前の歳を考えると、今さら頑張っても身長はあまり変わらないと思うが」


「!? ……ど、ど、どうしてそんないつもいつも人の傷口を! あなたはそれでも血の通ったヒトですか!?」


 気にしてる部分を直球で攻められ、僕はがっくりとうなだれる。い、いや、望みを捨てちゃいけない。多分、僕はまだ成長期が来ていないだけだ、きっとそうなんだ……。


「……冗談だ、そう怒るな」


「僕としては冗談じゃ済まないです! 笑えない冗談は失言でしょうがぁ!?」


「そ、そうか……悪かった。だから涙目で迫るのは止めろ」


 シグルドさんには一生分からないだろう。高校生にもなって、そこのボク、とか呼ばれたり、同級生の弟と間違えられたり、小学生と間違えられたり、女子と間違えられたりする気持ちは……考えていると本気で泣きたくなってきた。


「慣れない冗談など言うものではないか。それよりも、本題に入りたい」


「……分かりました」


 とりあえず咳払いをして、気持ちを切り替える。わざわざ彼をここに呼んだのは、のんびりと雑談をするためじゃない。


「改めて、今回あなたに来ていただいたのは、彼……僕が遭遇した、銀月に対する処置のためです」


「………………」


「あの人は、本来ならば最高クラスの危険因子だ。僕達の内部事情を知り、力を知り、何よりその戦闘力は凄まじい」


「だが、奴の武器はここにあり、さらには記憶と力を失っている状態だ」


「ええ。そして、記憶を失っているからこそ、彼は普通の生活に溶け込み、僕達の教師となりました」


 ……うん。言いながら、自分でも思う。何を言っているのかよく分からない、と。


 ひと月前……さすがの僕でもちょっと声を上げそうになった、予想外の遭遇。その後、僕は真っ先にシグルドさんに連絡を入れた。まずは彼に伝えるべきだと思ったからで、それは僕の裁量権だから咎められはしない。もっとも、シグルドさんの意思により、結局は全員に話すことになったけど。

 その上で、僕とシグルドさんを主体に処置を決めることとなった。上は上で、何かあれば即座に対処できるようにはしているんだろう。



「……その報告を最初に聞いた時には、自分の耳を疑ったが」


「奇遇ですね……僕は自分の目と頭を疑いましたよ」


「だが、誰の仕業かを考えれば納得せざるを得ない」


 綾瀬先生、か。そう言えば、シグルドさんはあの人とも面識があったね。こちらの顔は先生にも知られていないはずだけど。いずれにせよ、先生のところに彼が現れたのは、何とも言えない因果だ。


「記憶喪失のフリ、も考えましたが、彼は僕に一切の反応を見せなかった。そもそも、彼は僕の学校を知っていましたし、覚えているならば、そこの教師になるなど絶対に避けたでしょう」


「そして、このひと月で逃げることもしなかったか。ならば、思い出してもいないと言えるだろう」


 そう考えることを見越して居座っている、という線も考えられなくはない。けど、そんなことを言っていたら堂々巡りだ。


 だけれど、より強い刺激があれば戻るかもしれない。そのために、僕よりもさらに近い人、つまりシグルドさんを呼んだ。


「明日、あなたには大会に来て、あの人に会ってもらおうと思っています。あなたの姿を見て、彼がどんな反応をするのかを調べるために」


「………………」


「気が進みませんか?」


「いたずらに刺激をして、記憶を戻すリスクがあるからな」


「その程度で戻る記憶ならばなおさら危険だからこそ、あなたが確かめる。それに納得したから来ていただいた、と考えていますが」


 シグルドさんは唸る。もちろん、彼の気持ちは分かっている。それが正しいと分かっていても、最悪の場合は……あの人の記憶が戻り、障害になった場合には。


「僕も、あなたがあの人を逃がしたことは理解しています。だからこそ、けじめはあなたがしっかりつけておくべきです」


「言われなくても分かっている。半端な状態の方が、あいつも危険だ。ならばこそ、今のあいつが無害であることを証明した方がいい」


「無害の証明、ですか」


 僕は溜め息をつき、それにシグルドさんが顔をしかめる。これも分かっているはずのことだ。彼が無害になることなど、あり得ないって。今は大丈夫でも、いつか思い出すかもしれない。思い出さなくても、あの人の性格なら。


「お前は、あいつを殺すべきだと考えているのか?」


「そう考えているなら、あなたに話などせず、勝手に処理していましたよ?」


「………………」


「難しい質問なのは事実ですがね。個人の感情で言うならば、そうしなくていい方法を探したいと思っています。それに、今あの人に手を出してしまえば、綾瀬先生達が動き出すかもしれない」


 本当に、難しい話だ。こうなってしまった以上、どちらに転んでもリスクがある。一番は、あの人が何も思い出さないこと。だから、手ぬるい手段を選ぶ羽目になった。

 ……なんて考えてみたところで、思わず苦笑いしてしまった。結局は、僕だってあの人を尊敬していたし、今でもまだ憎みきれていないんだ。どうにか彼が戻ってくる方法なんてものを考えたりしてしまう。長年の仲間を殺したくないなんて甘さが、僕にも確かにある。


 でもそれは、必要に迫られていないというだけで。

 もしも必要になってしまったら、僕にはそれができてしまう。


「いずれにせよ、どう転ぶかは明日になってみなければ分かりません。仮に記憶が戻ったとして、今度こそ落ち着いて話すこともできるかもしれませんからね。別にあの人は、僕達を皆殺しにしようとしたわけじゃないですし」


 銀月は基本的に、優しい人だ。一時の感情に任せて逃げたわけでもないだろうけど、敵対するにしても、まずは話し合いたいのは向こうも一緒だと思う。あの時も全部峰打ちで、こっちに死者はひとりもいなかったくらいだし。


「と言うわけで、暗い話はおしまいです! それより、父さん秘蔵のお菓子を貰ったので開けましょう」


「……気楽だな、お前は」


「父さんには、本当に気楽な生き方を教わってきましたから。おかげでこうして、僕は普通でいられました。ついでに、何事もちゃんとやれば何だかんだで何とかなる、が父さんの信条ですので」


「あの人らしいな……」


 思わず、といった感じでシグルドさんも笑う。この国に来た理由はともかく、来られて良かったってのは僕の本心だ。だから今は、この国にいるうちは、僕は普通の高校生として生きていたい。


「あの人のことはともかく、僕も明日は大会に参加します。是非ともシグルドさんには勇姿を見ていただきたいと、これでも張り切っているんですよ?」


「お前が高校生の大会に、か」


「ああ、もちろん加減はしますよ? でも、僕の友達なんかは本当に強いです。磨けば僕達と同等になるんじゃないかって思うくらいですね」


「そうか。……ならば俺も、楽しみにさせてもらおう。ここに来た経緯はともあれ、闘技大会とやらはこの国でもトップクラスのイベントなのだろう? 休暇は、生かさねば損だからな」


 うん、そう考えるとみんなには悪いけど優勝させてもらおうかな? いや、悪目立ちするのもあれだし、ほどほどのところで負けるべきなのかな。まあいいや。きっと、どうなっても何とかなるはずさ。



 ……できれば、明日は何も起こらないことを本気で願う。――きっとこれは、僕にとって最後の夢になるから――




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