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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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道化と英雄

「…………」


 メルヴィディウスの巨体と、俺が交差したのは一瞬だった。俺は、そのままの勢いで地面に降り立つと、そのまま納刀する。


 そして、それとほぼ同時に――巨大な昆虫の頭が、地面に落ちた。


「来世では、普通に生まれてこられる事を祈っておこう。殺した者の言葉でもないがな」


 頭部を失った胴体も、ほどなく轟音と共に倒れ伏した。昆虫ベースであるため、頭が無くても動くほどの生命力を警戒はしていたが、どうやらその心配はなさそうだ。


「く……くくく」


 傍観に徹していた道化の笑い声が聞こえてくる。合成音声でもそれと分かるほど、楽しそうな、嬉しそうな声だった。


「くく、ハハハハ! ()()ですね……やはりあなたは実に()()!」


「……何を言っている」


「ウェアルド・アクティアス。最強の英雄。その名に恥じぬ、見事な戦いでした」


 マリクは少しずつ、こちらに近付いてきた。……それにしても、何だ、こいつの薄さは。そこにいる、という気配が感じ取れない。足音すらも聞こえないのは、不気味でしかない。


「衰えたとは言え、一対一の戦いであなたに勝てる可能性がある存在は、この世界を探しても片手で足りるでしょう。もしも万全であれば、我が主であっても危ういでしょうね」


「…………」


 含みのある口調に、思わず顔をしかめる。こいつは、どこまで分かって言っているのだろうか。


「御託はどうでもいい。だが、気に入らんな。彼は、貴様が産み出した命だろうが。まるで、俺たちに倒される事を望んでいたかのようだな?」


「くく、イレギュラーが起きてくれるのも期待はしていましたがね……彼の死は、無駄ではありません。あなたの力を引き出し、間近で見る事を可能にしてくれたのですからね」


「なるほど、いっそ清々しい程の下衆だな。ならば、その成果を挙げる前に、ここで貴様は断つ」


 こいつは、世界に悲劇しか振り撒かない。いかなる理由があって今のようになったかは知らないが……出来れば捕らえよう、などと考えている場合ではない。


「その愚直なまでの正義感。それを貫ける意思。やはりあなたは、()()()()に相応しいと言えるでしょう。いえ、あなたの身内は、と言っておきましょうか」


「…………。その言葉を聞かされた以上、なおさら逃がすわけにはいかなくなったな」


「クク。そう恐ろしい顔をしないでください。誰かに手を出したわけではありませんよ」


「ならば良い。誰かに手を出される前に、ここで仕留めれば良いだけの話だ」


「怖いお方だ。心配せずとも、いくら私でも、あなた達に勝てる気はしませんよ。狙える程に未熟な者には、全員にお守りがついているようですからね」


「……貴様」


 こいつの言葉の意味を、理解できてしまう。きっと、内心の動揺と怒りを隠せてはいないだろう。


「……いや。俺の血筋のことだけではない。ガルフレアをはじめ、貴様はすでに、俺の仲間を実験とやらに巻き込んでいるだろうが」


「……クク。まあ、()()はしないでおきますか。残念ながら、そちらに手を出さないとは約束できませんよ? 何しろ、盛大に我らの妨害をしてくれているのですから。主がどう判断するかです」


「そう仕向けておいてよくもぬけぬけと言ってくれる……! 貴様には、ここで終わってもらうぞ!」


「ああ。残念ながら、それは叶わないのですよ。何故なら――私は、そこにはいないのですから」


 その言葉と同時に、目の前に立っていたマリクの姿に、ノイズが走った。


「な……?」


 何だ、これは。転移? いや、違う。


「申し訳ありませんが、あなた達の前に生身をさらすほど愚かではありません。最初から立体映像ですよ」


「何だと?」


「……気配をまるで感じなかったのはそのせいか。ふざけた真似をする男だな、お前は」


「何しろ、道化やペテン師などと呼ばれておりますのでね。人を化かすのは専門なのですよ。確かに直接まみえてみたい気持ちはありますが、死にたがりでもないのでね」


 くく、と不快な笑い声を漏らすマリク。……俺と空が映像だと気付けない程に精密な遠隔投影か。人の心を操る、よりはよほど現実的だが、それでもその技術は、やはり侮れそうにない。


「ウェアルド。私は、あなた達の一族に期待しているのですよ。あなた達は、私の計算を壊してくれる……私にイレギュラーを見せてくれる素質を持っていますから」


「自分の計画が崩される事を望む、と? 随分と余裕の発言だな」


「くく。全てが計画通り、予想通りに進む舞台など、面白味の欠片もないでしょう? 刺激が欲しいのですよ、私は。自分の知識を、予想を上回るものが見たいのです」


 舞台、と言ったか。こいつにとって、この侵略もひとつの劇に過ぎず……どれだけの悲劇が起こったとしても、それはフレーバーでしかない、と言うのか。……反吐が出る。


「とは言え、こう遊んでばかりいられるのも今のうちでしょうが。間もなく、主は本格的に動き始める。そうなれば、私は命令には逆らえない。だから今は、自分の欲求に素直になっておきたいのですよ」


「殊勝なことだ。貴様のような男でも、忠誠はあると言いたいのか?」


「ええ。……全ては我が主のため。それは、私の中で唯一、決して曲がらぬものですよ」


 その声音だけは、言葉と同じく真剣であった。とは言え、こいつならば真剣な振りなどいくらでもするだろう。


「では、そろそろ時間です。どうやら、ここの戦闘が最後だったようですからね。今日は素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました」


「…………」


「お礼に、ひとつだけ教えておきましょう。あなた達が懸念している、バストールのUDB依頼の減少ですが……私が関わっています。どのように、まで言うつもりはありませんがね」


「……だいたいの想像はつく。命を玩具にしやがって」


「ふ、あなたにならば映像越しにでも斬られてしまいそうですね。では、また会いましょう」


 うやうやしく礼をすると、ノイズが急に激しくなった。そして……2、3秒ほどで、そこには何も存在しなくなっていた。


「消えた、か」


「そのようだな。悔しいが、さすがに映像は捕らえようがない」


 この砦のどこかにはいたのかもしれないが、目的を達したのならば探す時間はないだろう。最後の戦闘と言っていたが、みんなは無事なのだろうか。

 納刀して、PSも完全に解除する。そして――俺は、襲い掛かる脱力感に、膝をついていた。


「くっ……ふう……」


「ウェア!」


 空が慌てて駆け寄ってくる。こいつもある程度は知っているからな。今の俺が、PSを使わない理由は。


「……気にするな。少々、疲れただけだ。全く、少し力を使っただけで、これだからな。歳は取りたくないもんだ」


「だが、お前……」


「そう不安げな顔をしてくれるなよ。なに、そこまで簡単に倒れたりはしないさ」


 起き上がる。軽いふらつきはあったものの、この程度ならば問題はないだろう。


「行こう。どうやら他のみんなは片をつけたようだからな。俺たちが遅れては示しがつかん」


「……ひとつだけ言っておくぞ。お前はこちらが何も言わなければ、限界が来ても突っ走るだろう? せめて、指摘された時ぐらいは省みるんだな」


「……分かっているよ。感謝しているさ、お前にも、他のみんなにもな」


 こうして対等な位置から見てくれる空や誠司、それから容赦なく指摘してくるジンのおかげで、俺はブレーキをかけられている。自分がいつも周囲に頼れと言っているだけに、感謝を忘れたことはない。

 俺は、支えられながらこれまで生きてきた。上に立つ立場となった今でも。だからその分を、俺に関わった人に返していきたい。特に若い連中に。それが俺たち、前の世代の親父たちの役目ってものだからな。











 



「……歯ぁ食いしばれッ!!」


 そして。

 俺たちが合流地点に辿り着いた時に見たものは、海翔の拳が、暁斗へと容赦なく突き刺さる瞬間であった。

 さすがにナックルは外してあるようだが、それでも無防備な顔面に直撃した拳は、ダウンを奪うには十分だったようだ。


「……随分と感動的な再会劇をしているようだな、あいつは?」


「これなら事前に俺から言って……いや、それでもああなっていたか、多分」


 空と顔を見合わせ、同時に肩をすくめる。慌てて止めに入らなかったのは、拳こそ飛んだものの、険悪なものは感じられなかったからだ。


「つ、ぅ……」


「お、おい。カイ……」


「理由。説明いるかよ?」


「……いや、大丈夫だ。分かってるよ、俺のせいだって」


 痛みに小さく呻きながら、暁斗は起き上がる。こうなることもある程度は予想していたようだな。海翔の側は、暁斗が起き上がるまでは険しい表情をしていたが、すぐにいつもの不敵な笑みに切り替える。


「俺は心が広いからな、その一発でチャラにしてやってもいいぜ。その代わり、しっかり説明してくれんだろうな?」


「もちろんだ。俺のこれまでと、これからについて……落ち着ける場所についてから、全部話す。そのつもりで、戻ってきたんだ」


「へっ。なら、今は黙っといてやるよ。……無事で、良かったぜ」


「……お前らこそな」


 そこで初めて、暁斗も笑った。彼らの事情はもちろん分かっているが、心配と怒り、そして嬉しさ、何もかもがないまぜとなった結果の、あの拳だったのだろうな。


「全く、確かにボコボコにするとか言ってたけど、本当に殴るとは思わなかったぞ。荒っぽいと言うか、素直じゃないと言うか。でも、暁斗。そのぐらい、心配してたんだぞ?」


「暁兄……ほんとに暁兄なんだよな? はは、何か、いきなりすぎて実感がねえぜ。怪我とかは……あ、たった今したよな、見せてくれよ」


「お前らなあ。俺だって加減ぐらいしてるに決まってんだろ」


 少年たちが、暁斗に群がる。瑠奈は……一歩引いて、その様子を楽しげに眺めているな。もう話し終わったのか、それとも、後でゆっくりと話そうと思っているのか。そうそう話は尽きないだろうから、後者だろう。


「はは。積もる話は、それこそ山ほどあるけど……それより、ゆっくりと話すためにも、やるべきことを先に終わらせるのが先だ。そうですよね、空さん?」


「え? あ、マスター達!」


 みんなが一斉にこちらを向く。ともあれ……欠けた者はひとりもいない。


「突っ立ってないで行くとするか。あいつの言う通り、やるべきことはまだ残っている」


「くく、そうだな。面倒事は、俺たちの仕事だ」


 マリクを逃がしたことなど、懸念はいくつもある。だけど、この瞬間ぐらいは、いつも依頼が片付いた時と同じく、俺も喜ぶとしよう。全員がこうして、無事に揃ったことをな。






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