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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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銀月と銀星

 視界の暗転と共に襲い掛かってきた強烈な目眩を何とか堪え、気が付くと――俺は、外にいた。


「……ここは」


 何かに酔ったような気分の悪さもあったが、それを堪えて周囲を見渡す。

 生い茂る草木から、人里離れた自然の中であることは分かる。だが、遠目に見えるのは……先程までいた監視塔か。混乱はしているが、何とか思考を整理する。


「転移、させられた……?」


「ええ、正解です。2回目なだけはありますね」


 思考に割り込んできた声、そして近付いてくる足音。前方にあった木の影から、先ほどの男が姿を見せた。

 銀色の体毛に少し跳ねた黒髪の、熊人の男。俺と比較すると、鈍色に近い銀だ。大柄な者が多い熊人にしては引き締まった体格をしている。顔立ちはどこかあどけなさも残しており、成人前後、程度の印象だ。腰には刀と……小さなビンがいくつか下げてある。そして、手に持っていたのは、あの時の転移装置に似た見た目の機械。


「その装置は……」


「まだ試作品なので正式名称はありませんが、便宜的に強制転移装置と呼びましょうか。マリクのデータを基に、俺たちが造り出したものです。使い捨てである事をはじめ、まだ欠点だらけですがね」


 強制転移。他者を空間転移させる装置、か。しかし、彼らが造り出したとは……彼らのバックにも、あの技術を応用できる程の者がいると言うのか。

 だが、そこまで思考したところで、ふと思い出す。俺がここに転移したのならば、監視塔頂上での戦闘は。


「そうだ、みんなが!」


「……この状況においても、仲間の心配が優先ですか。変わりませんね、ガルフレアさん」


 少しだけ懐かしんでいるような口調で、男はそう言った。


「ですが、あなたならば判断はつく筈です。今から戻ったところで、どちらにせよ間に合いはしないと。それに、俺もそれをさせるつもりはありません」


「…………」


 監視塔は見える位置にあるが、彼との戦闘を振り切って駆け付けたところで、それなりの時間がかかる。青年の言う通りであることは、理解せざるを得ない。

 そもそも、この青年は、かなりの手練れであるのは見れば分かる。焦りを見せれば、みんなの援護どころか、俺が危ういか。


 ……クリードも、本気でこちらを仕留めに来てはいなかった。程々のところで撤退するだろう。ジンもいるんだ、 倒すまでは行かなくとも、何とか凌いでくれる事を信じるしかない。

 ならば、俺に出来ることは、この乱入者の正体を確かめる事だ。とは言え、そちらの予想も既についている。


「お前は、俺のかつての仲間の、一員だな?」


 俺の問いに、その男は僅かに目を細める。少しだけ間を置いて、彼は頷いた。


「ええ、そうです。俺は、あなたの同志だった。あなたが裏切る、その瞬間まで」


「…………」


 言葉の中にある棘は、気のせいではないのだろう。


「そして、今は……〈銀星〉。そう呼ばれています」


「……その呼び名。お前も、六牙なのか?」


「新参ですがね。あなたが不在の枠を、いつまでも空ける訳にはいきませんでしたから」


 やはり、穴埋めがされていたか。だが……何故、俺の〈銀月〉に近い名を? 裏切り者と近い称号など、通常は避けると考えられるのだが。


「俺の呼び名を聞いて、不思議そうな顔をしましたね。察しの通り、この名はあなたを意識したものです」


「何故だ? お前の言うように、俺は裏切り者。そのような名を受けて、お前は不快ではないのか」


「不快ではありませんよ。俺自身が、あなたと近い名を希望したのですからね」


「なに?」


 青年は、あくまでも静かな口調で言葉を続ける。だが……それは、無理矢理にあらゆる感情を押し殺したように聞こえる。


「この名は、俺の誓いなんですよ」


「誓い、だと?」


「ええ。あなたへの憧れを忘れぬよう。あなたの強さに近付くよう。そして……」


 そこで一度だけ言葉を切り、青年は息を吐いた。


「あなたへの怒りを、絶やさぬように」


 青年が、刀を抜く。途端に、先ほどまで抑えられていたであろう殺気が、肌を刺すほどに感じられるようになった。


「…………!」


「基本的に、手は出さないように言われています。ですが同時に、やむを得ず敵対する必要がある状況ならば、排除の優先は許可されている」


 敵対する必要がある状況。クリードの支援と言う名目ならば、一応は成り立つのだろう。だが、それよりも。


「……いいえ、許可されていなかったとしても。他の六牙からは諌められましたが、俺はそう簡単には割り切れない。割り切れる筈がない」


 目に見えるのではないかと錯覚する程の激情。静かなままの口調が、それをかえって引き立てていた。


「ガルフレア・クロスフィール。俺は、あなたを許さない」


 鋭い殺気と共に、構えに移項する男の姿に……先ほどから少しだけ感じていた頭の疼きが、強くなる。

 あの構えには、見覚えがある。いや、見覚えどころの話ではない。これは、まさか。


「!」


 だが、考えている時間は無かった。青年は一気に踏み込むと、刀を降り下ろしてくる。俺は、抜刀したままであった月光でそれを受け止めた。

 月の守護者を発動させ、押し返す。互いに弾かれて、いったん距離が空き直した。


 だが……足元に感じた違和感に、俺は反射的に後方へと跳び退いた。その直感は正しかったようで、一瞬の間を置いて、俺が先ほどまで立っていた地点が、大きく陥没してしまっていた。


「これは!?」


「……感覚が鋭くなるのは、あなたの厄介な特性ですね。不意ぐらいはつけるかと思いましたが!」


 立て続けに感じる違和感に、今度は横に跳ぶ。次は陥没ではなく、まるで噴水のような勢いで砂が吹き上がる。そして、高く昇ったそれが、蛇のように軌道を変えて俺に襲い掛かってきた。辛くもそれを避ける事は出来たが、あの勢いならば人の身体ぐらいならば易々と貫いてしまいそうだ。


「砂を操る力か!」


「〈大地の牢獄グラウンドプリズン〉……この場所に跳んだのは、単に一対一をやりたかっただけではありません。相手があなたである以上、全力を出せるフィールドを選ばせてもらいましたよ!」


 気が付いた時には、背後にあった岩が一瞬にして砕けた。そして、大質量の砂が、俺を包み込まんと襲い掛かる。


「ちっ!」


 咄嗟に飛び上がり、砂の雪崩から辛くも抜ける。そのまま滞空に移り、地上の熊人に視線を向けると、その手元に砂が集まり始めていた。

 直後、砂は急速に凝固して、非常に鋭い岩の槍と化した。そして、正確に俺の胸目掛けて飛来してくる。回避……は駄目だ、彼の操作下にあるならば、軌道を変えて後ろから貫かれかねない。そう判断して、刀でまとめて叩き落とす。


 質量の増加、自由な操作……岩と砂、その形態を変化させることも可能なようだ。幸いと言うべきか、砕いた岩が即座に凝固するような事はなかった。しかし、地上では青年が新たな槍を造り出している最中だ。

 ならば、と、地上に向けて波動の刃を飛ばして応戦する。しかし、青年は砂から岩の盾を生み出し、その攻撃を防いでいく。


 確かに月の守護者は飛行も可能だ。しかし、身体を浮かせるほどに強く波動を放出するのは、消耗が激しい。向こうが対空も可能な以上、このまま留まる利点も薄い。

 地上に降りた俺を、地面から突き出した岩槍が迎える。素直に喰らってやるつもりもなく、翼を推進力に着地点をずらし、そのまま駆ける。遠距離が駄目ならば、接近戦だ。

 向こうも俺の狙いは悟ったようで、避けるのではなく受け止めた。鍔迫り合いが始まる。


「月の守護者は……弱体化したと、聞きましたが。思っていたよりは、鈍って……いないようですね!」


「っ……お前は!」


 互いに振るう刀が、幾度となく交差する。単純な剣術では、どうやら俺に歩がありそうだ。しかし、剣に紛れて襲い掛かる砂に、攻めあぐねてしまう。


 足元にいくらでもある砂が、相手の武器となり、盾にもなる。恐らく、腰にいくつか下げたビンも、屋内用の砂だろう。

 決してPS頼りという訳でもない。本人の振るう刀もかなりの鋭さで、俺でも気を抜けない技量だ。


 そして、それ以上に……この太刀筋。この構え。この動き。やはり、間違いない。間違えるはずもない。何故、この男は。


「何故だ? ……何故、()()()()()()を使っている!」


 同じなのだ。俺と、動きが。

 何らかの流派に属しているならば、不思議ではないのだろう。だが、俺の剣技は、いくつかの流派から参考にした部分こそあれど、根本的には我流だ。


「気になりますか? ですが、駄目です。何もかもを忘れ去ったあなたに、答える義理など、俺には無い!」


「く……俺だって、好きで忘れ去ったわけではない!」


「ならば……好きで裏切ったわけではないとでも言うつもりか!!」


「…………!」


 怒りのためか、時おり青年の口調は荒くなる。

 頭の疼きが、戦いが進むにつれて強まっていく。知っている。俺は間違いなく、彼を知っているんだ。それなのに、分からない。

 ただ、身体だけは反応する。彼の能力に対し、どう動けば良いのか。どうすれば防げるのか。それを、身体はどこか記憶しているかのように。どこに欠点があり、俺はそれを補わせる為に、彼に何を教えたのか――俺が、教えた?


「う……ぐっ!」


「……集中してください。本調子でないあなたを倒したところで、意味が無いんですよ!」


 頭痛を堪え、半ば反射的に刀を振るう。……俺が仕込んだ剣術。そうだ、可能性があるとすれば、それしかない。そうだとすると、彼は俺とかなり近い関係にあったのだろうか。

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