表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
173/429

乱れ飛ぶ弾刃

「そんな……ガルフレアさん!?」


 クリードと戦う俺たちは、突然のことに混乱してしまっていた。

 突然現れた男と共に、歪みに呑まれたガル……そして、そのまま二人揃って、この場から消えてしまったんだ。


「あれは、空間転移の……!? あなた達、ガルをどこに連れて行ったの!?」


「俺は知らねえよ。あいつは俺たちとは()()だからな。ま、そんなに遠くまでは行けねえらしいから、この辺のどっかに連れてったんだろうさ」


「UDBはともかく、ヒトは個人での転移が限度と認識していましたが。他者の転移まで、可能にしていたとはね」


「みてえだぜ。旦那もとんでもねえが、それを改造しちまう()()()もどっこいだな。けどよ、お前らがまず考えるべきは、あいつよりも自分たちの事じゃねえか?」


 ……こいつの言うとおりだ。主戦力であるガルが抜けたこっちも、状況は好ましくねえ。


「あの兄ちゃんが残ってたなら、そろそろ引き上げるつもりだったがな。出し抜かれたまま撤退ってのも、俺の性に合わねえんだ。なあ、黒い狼の兄ちゃん?」


 クリードが戦う意思を見せたのに合わせて、周囲が歪み始める。数を減らしたと思ったUDBが、また補充されるみたいだ。

 クリードの興味は、乱入者である俺に向けられてるみたいだ。瑠奈たちが標的にされるよりは良いけど、ガルとやり合えてたこいつに、俺がどこまでやれる?


「ま、そんなに長居するつもりはねえが、引き続きデータ収集ってやつだ。追加報酬が出る程度には、頑張ってもらうぜ!」


 ――考える時間は与えてくれなかった。クリードが剣を振るうと、俺の目の前に白い線が現れる。

 待機状態にあった幻影神速を起動して、俺は大きく横に跳んだ。俺も、あいつの能力は聞いている。


「くっ!」


「暁斗!」


「何とか……粘ってみる! みんなは、先にUDBを!」


 俺があいつに勝てるかはかなり厳しいが、スピードのある俺なら、あの力にも何とか対処はできるだろう。みんなにUDBを止めてもらうまで耐えるしかねえ。


「じゃ、粘ってもらおうじゃねえか。俺としてもそっちのが有り難いんでな!」


「へっ……ついでに、勢い余って倒しちまうかもしれねえけどな!」


 気持ちで負けないようにそう言い返すと、俺は駆け出した。足を止めたら狙い撃ちされる。的を絞らせたらいけない。


 クリードの攻撃は、逃げ場の無い射程と、発生の早さ、そして十分な威力を併せ持つ。燃費も悪くはないだろう。普通の飛び道具と違って、リロードなんかの隙もない。

 立て続けに襲ってくる、飛ぶ斬撃。俺はPSで強化された反射神経に任せてそれを避けていく。


 幻影神速の扱い方は、あの大会の後、大きく見直した。

 あの時までの俺は、とにかく速く、それだけを考えてたし、闘技ってスポーツの中なら、それでも良かった。だけど、実戦を体験して、それがどれだけ馬鹿げたやり方だったかよく分かった。

 目の前の相手を倒せたって、また次の敵が来るかもしれない。休憩なんて出来るか分からない。そんな場所で、一戦ごとに力を使い果たすのなんて、考えるまでもなく自殺行為だ。ゴールテープを切ったら終わり、の世界とは全く違うんだ。


 だから俺は、最高速度を磨くんじゃなくて、()()()の指導の元に力を抑える訓練をした。能力の出力を必要なだけに調整して、的確にオンオフを切り替える訓練を。

 そうして、俺の持久力は格段に上がった。能力自体の燃費は相変わらずだけど、ちょっと扱い方を変えただけで、以前の数倍は戦い続けることができるようになった。


 隙を見て、トリガーを引く。俺に出し抜ける要素があるとすれば、スピードだけだ。でも、そう簡単に隙を晒してくれるようには見えない。案の定、あいつは最低限の動きだけで、銃弾を防いでいる。


「やるじゃねえか。ギルドってもんをちょいと甘く見てたかもな」


「俺は協力者、だけどな……こっちも、お前らみたいなのが多くて、色々と苦労してるんだよ!」


 剣筋から、入ったらいけない場所を判断して、とにかく回避だけは確実に行う。大袈裟なぐらいに慎重な方がいいだろう。


「ま、荒事が基本なのはそっちも似たようなもんなのかね。その経験の賜物ってか? さっきの兄ちゃんに比べりゃ、荒削りだがな」


「偉そうに人を評価してんじゃねえよ……それで負けたら赤っ恥だぜ、あんた!」


「ははっ、違いねえな。威勢の良い奴は、嫌いじゃねえ。割と気に入ったぜ、お前さん!」


「そいつは、どうも!」


 あの後、()()()経験は積んだけど、今の俺じゃガルには遠く届かない。ガルと互角に戦ってたこいつのが上手なのも、分かってる。だけど、生憎と諦めは良くないんでな!


 焦らないのと攻めないのは別の話だ。攻撃を掻い潜りながら、距離を詰めていく。どこにいても相手の攻撃が届くなら、俺の得意な距離を保つのがベストだろう。

 と言っても、クリードだって多分、近距離戦が本領だ。だとすると、俺が保つべきは中距離。それよりも近付くのは、本当に勝負をかける時だ。


 奴の周囲を回るように動きながら、とにかく撃つ。下手な鉄砲数撃ちゃ、じゃないが、少なくとも相手の手数を減らす事はできる。


「っと!」


 そして、初めてクリードが僅かに動きを止めた。チャンスとばかりに、俺は加速のギアを上げて死角に回り込み、一気にトリガーを引き絞る。



 だけど、奴は予想以上の軽やかな動きで俺の銃弾を叩き落とした――だけじゃなかった。白い線が、俺を巻き込む位置に発生している!


「なに……うわっ!?」


 毛皮が逆立った。間一髪、なんとか飛び退いたが、体勢が乱れてしまう。そこに、さらなる線が生み出されていくのを見て、俺は慌てて下がる。

 俺の弾を防ぐのと、PSでの攻撃を同時にやったってのか……なんて精確さだよ!


「狙いは良いが、素直すぎるぜ?」


 襲い掛かる攻撃に、せっかく詰めた距離が、また振り出しに戻った。いや、奴の言い種からして、わざと隙を作って誘い込んできたのか。


「くそっ……」


 まずい。今のが響いたのもあるけど、息が上がってきた。次第に俺は防戦一方、回避するだけで精一杯になってくる。


「けっこう頑張るな、兄ちゃん。が、そろそろ辛いんじゃねえか?」


「妹の前で……無様な姿、見せられっかよ……!」


「ははっ、兄貴の意地ってか? それで無様な死に様晒さねえように頑張ってみな!」


 野郎、ガルと続けての戦闘だってのに、疲れた様子すらない。攻撃の勢いは、どんどん激しくなっているように感じる。俺が弱ってきてるからか、それとも、どこまで耐えられるか試してきてるのか。


「素材は良いが、経験が足りねえってやつだな。まだまだ若え」


「この……!」


「さて……殺すな、と言われたわけでもねえ。死にたくねえなら、捌いてみな」


 その言葉が聞こえたのと、ほぼ同時だった。急に、足首の辺りをすくい上げるような衝撃が襲い掛かってきた。


「うっ!?」


 傷みはそうでもない。けど、不意打ちに近いその衝撃で、俺はバランスを崩してしまう。俺は勢いのまま、派手に転倒してしまった。

 いったい何が? まるで、足払いを喰らったみたいな……そうか。PSで剣閃を飛ばしてたけど、あいつは斬撃しか飛ばせないなんて言ってない。殴ったり蹴ったりって衝撃を飛ばす事も……まずい、早く起き上がって……!


「遅えよ」


 何とか起き上がるので精一杯だった。そして、その時にはもう、クリードは刀を振り下ろしていた。

 咄嗟に、銃剣を交差させる。間を置かず、両腕に凄まじい衝撃が来た。


「ぐうううぅっ……!!」


 無理矢理に受け止めてみたけど、元々防御に向かない武器だ。また倒れかけたところを、何とか踏ん張る。

 いけない。足を止めてしまった。早く離れないと……!


「そらそらそらぁっ!」


 だけど、こんな隙を見逃してくれる相手じゃなかった。双刀が舞い、それに合わせた攻撃が畳み掛けてくる。


「う、あ、ぐぅっ……!?」


 鋭く、そして重い、無数の剣閃。ギリギリで防御こそ出来ているけれど、どんどん押されているのが自分で分かる。離脱の隙は全く無い。

 クリードは、攻撃を続けながら、一歩ずつ距離を詰めてくる。その余裕の表情が目に入って、この状況でも手加減されている事が、俺が受けられるように攻撃している事が分かった。


 だからと言って、攻撃の殺傷力は本物だ。防ぎ続けるのも限界がある。このままじゃ、死ぬ。冗談じゃねえ、俺はまだ……!!


「暁斗ぉっ!!」


「――っと!?」


 だけど、今回は命拾いしたらしい。限界が来る直前……俺の目の前に、結界が生じる。

 空間系PSの干渉もある程度防げる、と本人が言っていた通り、クリードの斬撃は、全て光の壁に阻まれていく。そして、クリード本体に向かって、銃弾と矢、鎖の一斉攻撃が襲い掛かり、あいつは大きく後ろに飛び退いた。


 イリアの結界……みんなの援護が、間に合った、みたいだ。


「ったく、連中は打ち止めかよ」


「あの程度の敵ならば、慣れてしまえばそこまで手こずるものでもありません。少し遊びすぎたようですね?」


 UDBは、全て倒れている。クリードの言う通り、新たな個体が転移してくる気配もない。俺のところに、瑠奈とイリアが駆け寄ってくる。


「暁斗、大丈夫!?」


「な、何とかな……済まない、助かった!」


「間に合って良かったよ……!」


 俺はみんなに礼を言ってから、疲労に加えて恐怖で乱れた息を整える。

 危なかった……今のは、ほんとに死ぬところだった。大会の時みたいな酷いパニックにはならないけど、こればっかりは、何回体験しても慣れねえ。


「さて、どうするのですか? 確かにあなたは強いですが、さすがにこの数を相手は無謀だと思いますよ」


「だな。特にお前さんはちょいと厄介そうだ。いい加減、退かせてもらうとするぜ」


「黙って逃がすと思っているんですか? あれだけの事をして、仲間を傷付けて……報いは受けてもらいます!」


「くく、まあそう怖い顔すんなよ、嬢ちゃん。……ま、そうだな。確かに逃げるのも難しそうだし、投降するとしようか」


「え?」


 クリードは、意外すぎるそんな言葉を口にしたかと思うと、持っていた剣を両方とも軽く放り投げた。……投降? 武器を捨てたって事は、本気なのか? いや、でも、これは――何かおかしい。


「フェイクです!」


 ――その指摘で、ようやく気付いた。クリードが、何かを放り投げている!

 緑髪の人が、鎖でそれを阻止しようとしたのは、少し遅かった。次の瞬間には、辺りに眩い閃光が強烈に弾ける。


「うわっ……!?」


「ははっ、ひとつだけ忠告しといてやるぜ。出し抜かれたくなきゃ、全てを疑って動くもんだ。じゃ、あばよ!」


「ま、待ちなさいっ!」


 イリアの静止も虚しく、視界を奪われた俺達はどうすることも出来なかった。10秒近い間を置いて、ようやく視力が回復した時には、クリードの姿は跡形もなくなっていた。ご丁寧にも、投げた剣は回収されている。唯一反応できていた男性の鎖も、虚しく中空に垂れている。


「転移装置を使ったようですね。追い掛ける事は出来ないでしょう」


「くっ! 不覚、でした……あんな簡単な手に引っ掛かるなんて!」


 おかしい、とは思えた。だけど、あまりに唐突な投降の提案と、それを裏付けるように投げられた剣に、完全に意識を持っていかれてしまった。


「何かに注目させてから仕込むのは、手品の常套手段です。そして、人は意外と、その簡単なトリックに騙されるものだ」


「……シューラさんの言っていたあの人の怖さ、今さらだけど何となく分かった気がします」


 本気で悔しげに、イリアは表情を歪めている。こいつの性格を考えれば、あの男は絶対に逃したくなかっただろう。……だけど、逃がした、と言うよりは見逃されたって言っていいかもしれない。あいつがやる気なら、光に乗じて一人は殺せただろう。悔しいけど、全てにおいて歯が立たなかった。


「だけど、ひとまずは守れた。だろ、イリア? これから手の打ちようだってあるはずだ。へこんでても仕方ないぜ」


「…………。そう、だね。済みません、皆さん。それに暁斗、改めてだけど、来てくれてありがとう。助かったよ」


「お互い様だろ? お前がいなきゃ、今ごろ真っ二つだったかもしれねえし……。瑠奈、お前は大丈夫だったか?」


「うん、私は平気。……お兄ちゃんも、無事で良かった」


 自分で言った真っ二つを想像してしまい、小さく身震いしたのはバレてない事を願う。イリアや瑠奈にも、心配かけちまっただろう。


「っと、こうしてる場合じゃなかったな。和むのは、全部が終わってからだ」


「そうだね……こっちが片付いたんだから、早くガルを捜さないと!」


 瑠奈の言葉に、改めてみんなが表情を引き締める。向こうがどうなっているかは分からないけど、まだ戦闘している可能性は十分にあるだろう。


「クリードの言葉を信じるならになりますが、そう遠くには行っていないようです。まずは塔を降りて、付近を調べてみるしかありません。暁斗、でしたね、走れますか?」


「はい、問題ありません。あ、そうだ、あなたの名前は……」


「ジンと申します。細かい自己紹介はお互いに後で、と言うことでよろしくお願いしますよ」


「ええ。行きましょう!」


 戦闘の疲労はあるけど、動けないほどじゃない。いつ奇襲があっても構わないように警戒は怠らず、俺たちは監視塔を駆け降り始める。

 単騎でかっ飛ばす事も考えたけど、さすがに今の体力でそれをやったら、辿り着いた時にはバテて、かえって足手まといだ。


 ちらりと横目で伺うと、瑠奈の表情が暗いのが目に入った。


「心配するなよ。あいつは、強い奴だ。それは、俺よりお前の方がよく知ってるだろ?」


「うん……そう、だよね。ガルは負けたりしない、絶対に。ありがと、暁斗」


 だけど、不安が見えたのはほんとに一瞬だけだった。強がっている訳でも、焦っている訳でもないのは、見れば分かる。


「お前も……何だか、逞しくなったな」


「色々と、頑張ってきたからね。それに、ガルの事だって、あの時よりもっと信じているもの」


「……はは。ちょっと妬けるな」


 俺が思わずそう呟くと、瑠奈は小さく笑った。……俺の知らない瑠奈の成長を見守ってきたあいつが、信頼を集めているあいつが、羨ましい。そして、ちょっとだけ寂しい。もちろん、言えた義理じゃないのは分かっているけど。

 話したいことは、数えきれないほどある。多過ぎて、逆にどれから言葉にしていいのか分からないぐらいに。そして、瑠奈の方こそ、言いたいことが山ほどあるだろう。


「何も、聞かないのか?」


「そうだね。何でここにいるのかとか、イリアさんと顔見知りな事とか、これまで何をしてたのかとか、もちろん気にはなるけどさ。それは、後でゆっくりとだよ。ガルも揃ってから、みんなでさ」


「……そうか。揃ってから、か」


「うん。覚悟しときなさいよ? 私はもちろんだけど、カイなんかはカンカンだし、先生の雷も落ちると思うし。……逃げたりは、しないんでしょう? だったら、焦らずにガルを迎えに行くのが先。それで、いいんだよね?」


「……はは。そうだな、いくらでも話す時間はある。そうと決まれば、急ぐとしようぜ!」


「うん!」


 俺ももう、腹は括れているつもりだ。俺のこれまでと、これからについて……ちゃんと話さないと、先に進むことはきっと出来ないから。だから……ゆっくりと話すためにも無事でいろよ、ガル!










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ