乱れ飛ぶ弾刃
「そんな……ガルフレアさん!?」
クリードと戦う俺たちは、突然のことに混乱してしまっていた。
突然現れた男と共に、歪みに呑まれたガル……そして、そのまま二人揃って、この場から消えてしまったんだ。
「あれは、空間転移の……!? あなた達、ガルをどこに連れて行ったの!?」
「俺は知らねえよ。あいつは俺たちとは別枠だからな。ま、そんなに遠くまでは行けねえらしいから、この辺のどっかに連れてったんだろうさ」
「UDBはともかく、ヒトは個人での転移が限度と認識していましたが。他者の転移まで、可能にしていたとはね」
「みてえだぜ。旦那もとんでもねえが、それを改造しちまうあっちもどっこいだな。けどよ、お前らがまず考えるべきは、あいつよりも自分たちの事じゃねえか?」
……こいつの言うとおりだ。主戦力であるガルが抜けたこっちも、状況は好ましくねえ。
「あの兄ちゃんが残ってたなら、そろそろ引き上げるつもりだったがな。出し抜かれたまま撤退ってのも、俺の性に合わねえんだ。なあ、黒い狼の兄ちゃん?」
クリードが戦う意思を見せたのに合わせて、周囲が歪み始める。数を減らしたと思ったUDBが、また補充されるみたいだ。
クリードの興味は、乱入者である俺に向けられてるみたいだ。瑠奈たちが標的にされるよりは良いけど、ガルとやり合えてたこいつに、俺がどこまでやれる?
「ま、そんなに長居するつもりはねえが、引き続きデータ収集ってやつだ。追加報酬が出る程度には、頑張ってもらうぜ!」
――考える時間は与えてくれなかった。クリードが剣を振るうと、俺の目の前に白い線が現れる。
待機状態にあった幻影神速を起動して、俺は大きく横に跳んだ。俺も、あいつの能力は聞いている。
「くっ!」
「暁斗!」
「何とか……粘ってみる! みんなは、先にUDBを!」
俺があいつに勝てるかはかなり厳しいが、スピードのある俺なら、あの力にも何とか対処はできるだろう。みんなにUDBを止めてもらうまで耐えるしかねえ。
「じゃ、粘ってもらおうじゃねえか。俺としてもそっちのが有り難いんでな!」
「へっ……ついでに、勢い余って倒しちまうかもしれねえけどな!」
気持ちで負けないようにそう言い返すと、俺は駆け出した。足を止めたら狙い撃ちされる。的を絞らせたらいけない。
クリードの攻撃は、逃げ場の無い射程と、発生の早さ、そして十分な威力を併せ持つ。燃費も悪くはないだろう。普通の飛び道具と違って、リロードなんかの隙もない。
立て続けに襲ってくる、飛ぶ斬撃。俺はPSで強化された反射神経に任せてそれを避けていく。
幻影神速の扱い方は、あの大会の後、大きく見直した。
あの時までの俺は、とにかく速く、それだけを考えてたし、闘技ってスポーツの中なら、それでも良かった。だけど、実戦を体験して、それがどれだけ馬鹿げたやり方だったかよく分かった。
目の前の相手を倒せたって、また次の敵が来るかもしれない。休憩なんて出来るか分からない。そんな場所で、一戦ごとに力を使い果たすのなんて、考えるまでもなく自殺行為だ。ゴールテープを切ったら終わり、の世界とは全く違うんだ。
だから俺は、最高速度を磨くんじゃなくて、ある人の指導の元に力を抑える訓練をした。能力の出力を必要なだけに調整して、的確にオンオフを切り替える訓練を。
そうして、俺の持久力は格段に上がった。能力自体の燃費は相変わらずだけど、ちょっと扱い方を変えただけで、以前の数倍は戦い続けることができるようになった。
隙を見て、トリガーを引く。俺に出し抜ける要素があるとすれば、スピードだけだ。でも、そう簡単に隙を晒してくれるようには見えない。案の定、あいつは最低限の動きだけで、銃弾を防いでいる。
「やるじゃねえか。ギルドってもんをちょいと甘く見てたかもな」
「俺は協力者、だけどな……こっちも、お前らみたいなのが多くて、色々と苦労してるんだよ!」
剣筋から、入ったらいけない場所を判断して、とにかく回避だけは確実に行う。大袈裟なぐらいに慎重な方がいいだろう。
「ま、荒事が基本なのはそっちも似たようなもんなのかね。その経験の賜物ってか? さっきの兄ちゃんに比べりゃ、荒削りだがな」
「偉そうに人を評価してんじゃねえよ……それで負けたら赤っ恥だぜ、あんた!」
「ははっ、違いねえな。威勢の良い奴は、嫌いじゃねえ。割と気に入ったぜ、お前さん!」
「そいつは、どうも!」
あの後、色々と経験は積んだけど、今の俺じゃガルには遠く届かない。ガルと互角に戦ってたこいつのが上手なのも、分かってる。だけど、生憎と諦めは良くないんでな!
焦らないのと攻めないのは別の話だ。攻撃を掻い潜りながら、距離を詰めていく。どこにいても相手の攻撃が届くなら、俺の得意な距離を保つのがベストだろう。
と言っても、クリードだって多分、近距離戦が本領だ。だとすると、俺が保つべきは中距離。それよりも近付くのは、本当に勝負をかける時だ。
奴の周囲を回るように動きながら、とにかく撃つ。下手な鉄砲数撃ちゃ、じゃないが、少なくとも相手の手数を減らす事はできる。
「っと!」
そして、初めてクリードが僅かに動きを止めた。チャンスとばかりに、俺は加速のギアを上げて死角に回り込み、一気にトリガーを引き絞る。
だけど、奴は予想以上の軽やかな動きで俺の銃弾を叩き落とした――だけじゃなかった。白い線が、俺を巻き込む位置に発生している!
「なに……うわっ!?」
毛皮が逆立った。間一髪、なんとか飛び退いたが、体勢が乱れてしまう。そこに、さらなる線が生み出されていくのを見て、俺は慌てて下がる。
俺の弾を防ぐのと、PSでの攻撃を同時にやったってのか……なんて精確さだよ!
「狙いは良いが、素直すぎるぜ?」
襲い掛かる攻撃に、せっかく詰めた距離が、また振り出しに戻った。いや、奴の言い種からして、わざと隙を作って誘い込んできたのか。
「くそっ……」
まずい。今のが響いたのもあるけど、息が上がってきた。次第に俺は防戦一方、回避するだけで精一杯になってくる。
「けっこう頑張るな、兄ちゃん。が、そろそろ辛いんじゃねえか?」
「妹の前で……無様な姿、見せられっかよ……!」
「ははっ、兄貴の意地ってか? それで無様な死に様晒さねえように頑張ってみな!」
野郎、ガルと続けての戦闘だってのに、疲れた様子すらない。攻撃の勢いは、どんどん激しくなっているように感じる。俺が弱ってきてるからか、それとも、どこまで耐えられるか試してきてるのか。
「素材は良いが、経験が足りねえってやつだな。まだまだ若え」
「この……!」
「さて……殺すな、と言われたわけでもねえ。死にたくねえなら、捌いてみな」
その言葉が聞こえたのと、ほぼ同時だった。急に、足首の辺りをすくい上げるような衝撃が襲い掛かってきた。
「うっ!?」
傷みはそうでもない。けど、不意打ちに近いその衝撃で、俺はバランスを崩してしまう。俺は勢いのまま、派手に転倒してしまった。
いったい何が? まるで、足払いを喰らったみたいな……そうか。PSで剣閃を飛ばしてたけど、あいつは斬撃しか飛ばせないなんて言ってない。殴ったり蹴ったりって衝撃を飛ばす事も……まずい、早く起き上がって……!
「遅えよ」
何とか起き上がるので精一杯だった。そして、その時にはもう、クリードは刀を振り下ろしていた。
咄嗟に、銃剣を交差させる。間を置かず、両腕に凄まじい衝撃が来た。
「ぐうううぅっ……!!」
無理矢理に受け止めてみたけど、元々防御に向かない武器だ。また倒れかけたところを、何とか踏ん張る。
いけない。足を止めてしまった。早く離れないと……!
「そらそらそらぁっ!」
だけど、こんな隙を見逃してくれる相手じゃなかった。双刀が舞い、それに合わせた攻撃が畳み掛けてくる。
「う、あ、ぐぅっ……!?」
鋭く、そして重い、無数の剣閃。ギリギリで防御こそ出来ているけれど、どんどん押されているのが自分で分かる。離脱の隙は全く無い。
クリードは、攻撃を続けながら、一歩ずつ距離を詰めてくる。その余裕の表情が目に入って、この状況でも手加減されている事が、俺が受けられるように攻撃している事が分かった。
だからと言って、攻撃の殺傷力は本物だ。防ぎ続けるのも限界がある。このままじゃ、死ぬ。冗談じゃねえ、俺はまだ……!!
「暁斗ぉっ!!」
「――っと!?」
だけど、今回は命拾いしたらしい。限界が来る直前……俺の目の前に、結界が生じる。
空間系PSの干渉もある程度防げる、と本人が言っていた通り、クリードの斬撃は、全て光の壁に阻まれていく。そして、クリード本体に向かって、銃弾と矢、鎖の一斉攻撃が襲い掛かり、あいつは大きく後ろに飛び退いた。
イリアの結界……みんなの援護が、間に合った、みたいだ。
「ったく、連中は打ち止めかよ」
「あの程度の敵ならば、慣れてしまえばそこまで手こずるものでもありません。少し遊びすぎたようですね?」
UDBは、全て倒れている。クリードの言う通り、新たな個体が転移してくる気配もない。俺のところに、瑠奈とイリアが駆け寄ってくる。
「暁斗、大丈夫!?」
「な、何とかな……済まない、助かった!」
「間に合って良かったよ……!」
俺はみんなに礼を言ってから、疲労に加えて恐怖で乱れた息を整える。
危なかった……今のは、ほんとに死ぬところだった。大会の時みたいな酷いパニックにはならないけど、こればっかりは、何回体験しても慣れねえ。
「さて、どうするのですか? 確かにあなたは強いですが、さすがにこの数を相手は無謀だと思いますよ」
「だな。特にお前さんはちょいと厄介そうだ。いい加減、退かせてもらうとするぜ」
「黙って逃がすと思っているんですか? あれだけの事をして、仲間を傷付けて……報いは受けてもらいます!」
「くく、まあそう怖い顔すんなよ、嬢ちゃん。……ま、そうだな。確かに逃げるのも難しそうだし、投降するとしようか」
「え?」
クリードは、意外すぎるそんな言葉を口にしたかと思うと、持っていた剣を両方とも軽く放り投げた。……投降? 武器を捨てたって事は、本気なのか? いや、でも、これは――何かおかしい。
「フェイクです!」
――その指摘で、ようやく気付いた。クリードが、何かを放り投げている!
緑髪の人が、鎖でそれを阻止しようとしたのは、少し遅かった。次の瞬間には、辺りに眩い閃光が強烈に弾ける。
「うわっ……!?」
「ははっ、ひとつだけ忠告しといてやるぜ。出し抜かれたくなきゃ、全てを疑って動くもんだ。じゃ、あばよ!」
「ま、待ちなさいっ!」
イリアの静止も虚しく、視界を奪われた俺達はどうすることも出来なかった。10秒近い間を置いて、ようやく視力が回復した時には、クリードの姿は跡形もなくなっていた。ご丁寧にも、投げた剣は回収されている。唯一反応できていた男性の鎖も、虚しく中空に垂れている。
「転移装置を使ったようですね。追い掛ける事は出来ないでしょう」
「くっ! 不覚、でした……あんな簡単な手に引っ掛かるなんて!」
おかしい、とは思えた。だけど、あまりに唐突な投降の提案と、それを裏付けるように投げられた剣に、完全に意識を持っていかれてしまった。
「何かに注目させてから仕込むのは、手品の常套手段です。そして、人は意外と、その簡単なトリックに騙されるものだ」
「……シューラさんの言っていたあの人の怖さ、今さらだけど何となく分かった気がします」
本気で悔しげに、イリアは表情を歪めている。こいつの性格を考えれば、あの男は絶対に逃したくなかっただろう。……だけど、逃がした、と言うよりは見逃されたって言っていいかもしれない。あいつがやる気なら、光に乗じて一人は殺せただろう。悔しいけど、全てにおいて歯が立たなかった。
「だけど、ひとまずは守れた。だろ、イリア? これから手の打ちようだってあるはずだ。へこんでても仕方ないぜ」
「…………。そう、だね。済みません、皆さん。それに暁斗、改めてだけど、来てくれてありがとう。助かったよ」
「お互い様だろ? お前がいなきゃ、今ごろ真っ二つだったかもしれねえし……。瑠奈、お前は大丈夫だったか?」
「うん、私は平気。……お兄ちゃんも、無事で良かった」
自分で言った真っ二つを想像してしまい、小さく身震いしたのはバレてない事を願う。イリアや瑠奈にも、心配かけちまっただろう。
「っと、こうしてる場合じゃなかったな。和むのは、全部が終わってからだ」
「そうだね……こっちが片付いたんだから、早くガルを捜さないと!」
瑠奈の言葉に、改めてみんなが表情を引き締める。向こうがどうなっているかは分からないけど、まだ戦闘している可能性は十分にあるだろう。
「クリードの言葉を信じるならになりますが、そう遠くには行っていないようです。まずは塔を降りて、付近を調べてみるしかありません。暁斗、でしたね、走れますか?」
「はい、問題ありません。あ、そうだ、あなたの名前は……」
「ジンと申します。細かい自己紹介はお互いに後で、と言うことでよろしくお願いしますよ」
「ええ。行きましょう!」
戦闘の疲労はあるけど、動けないほどじゃない。いつ奇襲があっても構わないように警戒は怠らず、俺たちは監視塔を駆け降り始める。
単騎でかっ飛ばす事も考えたけど、さすがに今の体力でそれをやったら、辿り着いた時にはバテて、かえって足手まといだ。
ちらりと横目で伺うと、瑠奈の表情が暗いのが目に入った。
「心配するなよ。あいつは、強い奴だ。それは、俺よりお前の方がよく知ってるだろ?」
「うん……そう、だよね。ガルは負けたりしない、絶対に。ありがと、暁斗」
だけど、不安が見えたのはほんとに一瞬だけだった。強がっている訳でも、焦っている訳でもないのは、見れば分かる。
「お前も……何だか、逞しくなったな」
「色々と、頑張ってきたからね。それに、ガルの事だって、あの時よりもっと信じているもの」
「……はは。ちょっと妬けるな」
俺が思わずそう呟くと、瑠奈は小さく笑った。……俺の知らない瑠奈の成長を見守ってきたあいつが、信頼を集めているあいつが、羨ましい。そして、ちょっとだけ寂しい。もちろん、言えた義理じゃないのは分かっているけど。
話したいことは、数えきれないほどある。多過ぎて、逆にどれから言葉にしていいのか分からないぐらいに。そして、瑠奈の方こそ、言いたいことが山ほどあるだろう。
「何も、聞かないのか?」
「そうだね。何でここにいるのかとか、イリアさんと顔見知りな事とか、これまで何をしてたのかとか、もちろん気にはなるけどさ。それは、後でゆっくりとだよ。ガルも揃ってから、みんなでさ」
「……そうか。揃ってから、か」
「うん。覚悟しときなさいよ? 私はもちろんだけど、カイなんかはカンカンだし、先生の雷も落ちると思うし。……逃げたりは、しないんでしょう? だったら、焦らずにガルを迎えに行くのが先。それで、いいんだよね?」
「……はは。そうだな、いくらでも話す時間はある。そうと決まれば、急ぐとしようぜ!」
「うん!」
俺ももう、腹は括れているつもりだ。俺のこれまでと、これからについて……ちゃんと話さないと、先に進むことはきっと出来ないから。だから……ゆっくりと話すためにも無事でいろよ、ガル!