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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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埋められない差

「レン!」


「みんな、頼む。我儘なのは分かってるけど……ここは、おれにやらせてくれ」


「ま……待て、時、村……」


「ご安心を。殺しはしませんから、ね」


 今の言葉の意味くらい、分かる。要するに……あいつは、負ける気が無いんだ。だからこそ、どんな提案だってできるんだ。


「……馬鹿にしてくれるのも大概にしろよ。確かに、あの時のお前には勝てなかった。だけど、おれだって、あれから戦って来た。いくつも乗り越えてきたんだ!」


「ならば、見せてくださいよ。君がこの数ヶ月で培ってきたものを、ね」


「言われなくても!」


 銀嶺を強く握って、呼吸を整える。届けるんだ。おれが培ってきたものを、こいつに!


「……はあっ!」


 先に動いたのはおれの方だ。踏み込みながら、足下へと全力で銀嶺を突き出す。ルッカはバックステップを踏み、一旦おれの間合いから出る。

 逃がさぬよう、さらに踏み込み、連続で槍を振るっていく……こいつとの戦いを意識したトレーニングはしてきた。それでおれが出した勝つための方法は、とにかく攻撃を続ける事、だった。


 虚空の壁があるとは言え、おれの基本は近接戦闘。対してルッカは、どこからでもおれを重力で攻撃できる。離れれば、一方的にやられる。

 ルッカのPSは、非常に強力だ。一度でも引っ掛かってしまえば抜け出すのは難しく、そのまま押し潰されてしまうだろう。重力は目に見えないし、回避するにも予測しつつ動かないといけない。なおかつ本人は自由に動けるんだから、気を抜けば一瞬で叩き伏せられてしまうだろう。

 だけど、全くのタイムラグ無しに使える訳じゃない。出力、範囲、距離……そういったものに比例して、チャージは必要だ。あいつは飛び抜けたセンスで、その隙を補っているだけだ。そしておれは、あいつの癖をある程度は知っている。

 時間をかければかけるだけ、リスクが釣り合わなくなっていく。だから、最初から全開だ。


 張り付きながら、おれは練習通りにひたすら攻め続ける。焦るな、あくまでも冷静に……隙を作る。


「なるほど、確かにあの時より動きは良くなっているようですね」


「どこまでも上から言ってくれる……!」


 とにかく動き続け、的を絞らせない事が大事だ。こいつの力は、物体じゃなくて空間に作用する。おれだけを狙い撃つ事はできないので、範囲内に入らないように動けばいい。

 もちろん、単調な動きは読まれるだろう。虚空の壁を混ぜて、時たま動きを意識的に変えつつ、そのまま攻撃に転じる。


 ルッカの動きは、驚くほどにしなやかだ。まるで落ちてくる羽でも相手をしているかのように、おれの攻撃は空を切り続ける。

 こいつの小柄さと身軽さは、戦闘では武器でもある。当然ながら、小さければ狙いはそれだけつけにくい。そして、気付けば隙に喰らい付かれ、そのまま負ける……それが、昔の展開だ。


「ですが……随分と、甘い狙いですね。全て急所を外していますよ?」


「動きを止めるだけなら、これでも十分だ!」


 PSを利用して、距離を詰める。怪我をさせたくはないが、それだと止まってくれないのは分かる。だから、脚を狙う。

 一撃でも当ててしまえば、戦えなくさえ出来ればいいんだ。そうすれば……。


 横薙ぎに払った槍を、ルッカは跳躍して避ける。そのまま、勢いを乗せて突き入れたけれど、サイドステップでそれをやり過ごしたルッカは、そのままおれの射程から抜けた。


「十分、ですか。それなら、この体たらくは何なのでしょうね?」


「くっ……!?」


 一撃当てられればいい。だけど、その一撃が当たらない。……そして、気付かざるを得なかった。ルッカは、まだPSを発動すらさせていない。いや、攻撃をしようともしていない。純粋に、回避だけで、完全に翻弄されている。


「そんな腰の入っていない攻撃が通じると思っているんですか。命を奪わないように気遣っているとでも? だとすれば、とんだ自惚れですね」


「だったら、どうしてお前は攻撃してこない!?」


「チャンスを与えると言った手前、多少は盛り上げも必要でしょう? その方が、君にも理解できるはずですから」


「っ!」


 こいつは、確信してる。間違いなく、自分が格上であるって。おれの動きを、力を、冷静に観察した分析から、そう判断してるんだ。


「この動きは、父さんから教わったものです。身体の小さな僕だからこそ持つ強み、それを最大限に生かす身のこなし……自画自賛ですが、あの人の教えは全て吸収した自信があります」


「おれだって、親父から槍を習ってきた!」


「だけれど、あなたは父さんから、いや、修兄さんからすら、一本も取った事がありませんでしたよね?」


 何でだ。どうして、掠りもしない。確かに、こいつはおれ達の中では飛び抜けたセンスを持っていた。だけど、ここまで翻弄された事は無かった。しかも向こうには、まだ余裕がある。あからさまに、手加減されてる。

 攻撃を続ける。当たらない。ひたすらに、空を切り続ける。……焦ったら、駄目だ。だけど、これは。


「君は言いましたね。強くなったと。危険だって何度も体験してきたと」


 息の上がってきたおれに対して、ルッカはあくまでも涼しげだった。焦りが判断力を奪っていく。それをまずいと自覚はしても、どうにもならなかった。


「だけど、僕はね。それ以上の修羅場を潜ってきた」


 大振りになってしまった槍。しまったと思ってももう遅く、疲労もあいまってバランスを崩す。何とか立て直したものの、その僅かな時間に、ルッカはおれの視界から消えていた。


「そして、そろそろ興醒めもしてきましたし……」


「!?」


「タイムオーバー、としましょうか」


 その宣言に、本能的に背筋が凍り付いた。声の聞こえた方を急いで振り向くが、そこには何もいない。混乱から立て直す時間もなく――脇腹に、犬人の拳が突き刺さる。


「ぐっ!? う、あっ!」


 おれよりも数段小柄なルッカの拳は、記憶にあった試合のものよりも、遥かに重かった。動きを止めたおれの身体に、連続で犬人の体術が襲いかかってきた。

 そして、腹に格段に重い衝撃が来る。鳩尾に蹴りが入った事を、ワンテンポ遅れて理解する。


「かっ……」


 頭の中が真っ白になる。腕に力が入らなくて、銀嶺を落としてしまう。息が出来ない。身体が言うことを聞かなくて、立っていられずに腹を押さえて膝をつく。痛い、苦しい、気持ち悪い――


「レンっ!!」


「あ、ぐ、おぇ……う、うぅっ!!」


 吐き気を我慢できず、嘔吐してしまう。息すらうまく吸えなくて、おれは激しく咳き込んだ。苦しい。力が、入らない……。


「これが現時点での、君と僕との差ですよ。少しばかり経験を積んだぐらいで、覆るものじゃないんです。そもそも、僕も経験を積んでいることぐらい勘定に入れたらどうです?」


「がは、ごほっ! う……ルッカ、ぁ……!」


 一瞬の出来事すぎて、あまりに呆気なさすぎて、考えが追い付かない。まさか、こんな。ここまで、どうしようもない、壁が……?


「動きを止めるだけなら十分? そういうものは、相手が圧倒的に格下であるときに初めて成り立つんです。僕から見た、君のようにね。ガルフレアさんの真似事をするには、君は弱すぎる」


 容赦のない言葉にも、まともに言い返せない。……声が上手く出ないだけじゃなくて、どこかでそれが正しいと認めてしまう自分がいる。


「あまり、理想に酔うのは止めることですね。世界は、君が思ってるほど簡単には動かない。力の無い理想なんてただの夢想、というやつです」


 ルッカはもう構えを解いていた。もう分かっただろう、とでも言いたげな顔で。


「ま、待て……まだ、負けて……」


「この状況で、負けてないなどと寝言を言うんですか。何なら、簡単に君を殺す事だって出来るのに。負けてないと言うなら、僕を殺してからにしてください」


「な、何を……」


「……それが君の限界ですよ。君には、僕を殺す覚悟が無い。同時に、僕に殺される覚悟だって、きっとしていない。心のどこかでは、自分たちが本当に殺し合うなんて、有り得ないって思っているでしょう? 戦いの場に出ておきながら、ね」


「…………!!」


 きっぱりと指摘してきたルッカの目を、おれは初めて『怖い』と感じた。殺すとか、殺されるとか、そんな話を続けるこいつは……まるで、別人みたいで。


「もしかすれば、殺す気で攻撃してきていれば、あるいは当たっていた可能性はあります。それなのに君は、手加減を続けた。自分から負けに来たようなものですよ」


「おれは、お前を、殺すために、追いかけてる訳じゃ……ぐっ……ない。連れ戻す、ために……!」


「ならば、良い機会なので聞いておきましょう。君が連れ戻したいのは、本当に()ですか? それとも、()()()()()()()()()()ですか?」


「……え……」


 その問いに、痛みとは別の理由で、声が出なくなった。――どのルッカを、だって? それは……おれと一緒に過ごした、おれの友達であって家族でもあるこいつ。なら、目の前にいる、こいつは?


「連れ戻せば元に戻るとでも思っているんですか、君は。繰り返しておきますが、これが本当の僕なんですよ? ……そうやって、都合の悪いとこからは目を背けているくせに。僕の本質を否定しておきながら、家族だなんて笑わせてくれますね」


「そ……そんな、事、おれは……」


 目の前のこいつが本者で……あの時のこいつは偽者? そんな筈はない、こいつはこいつで……だけど。今のこいつは、まるで別人みたいだと、確かにおれは思った。思ってしまった。


「ああ、良いんですよ。人と言うのは、そういうものです。……君は普通の人でしかない。それだけです」


「ち、違う! 違う、んだ……おれ、は、違う!」


「……そろそろ鬱陶しいですよ。何なら、しばらく喋れなくしても――」


「そこまでだ」


 おれとルッカは、合わせて声がした方を向いた。見ると、先生はコニィの力を受けながらも、立ち上がっていた。チャクラムもクローも展開して、即座に動き出せる構えをとっている。


「さすがですね。いくら治癒系の力を浴びたとは言え、もう動けるとは。一歩踏み込めば、首が飛ぶのでしょうか?」


「馬鹿者。教え子を殺す教師がいてたまるものか」


「元、でしょう? 英雄も、随分と平和ボケしたものですね」


「そうだな。生憎、オレにとっては平和が一番なものでな」


「……僕にとってもそうですよ。だけど、その過程には、力が必要です。そして、目的の邪魔になる障害は、何に変えても排除すべきだ」


「大層な言葉だが、随分と達観しているものだな。お前は、何を見てきたんだ? そして何を望んでいるんだ、ファルクラム」


「教える義理もありませんよ。適当に、想像しておいてください」


 あくまでも静かなその問答の中に、一触即発の空気が流れていた。だけど、それはさほど続かずに、今回はルッカの方が折れた。


「まあ、そろそろ頃合いですね。これ以上の義理立てをするつもりもありません。相方が無茶をする前に、止めておいた方が良さそうですし」


「ま、待……て。ルッカ……」


「蓮。僕を従わせたいなら、僕に勝つしかない事は覚えておいてください。ただし、これ以上つきまとうつもりならば、次は容赦しませんよ?」


 落ちていた銀嶺を拾い、それを杖にして立ち上がろうとするおれに、ルッカの口調はあくまでも冷たい。


「分かったなら、早くエルリアに帰ることですね。君たちだけじゃなく、綾瀬さん達もですが。君たちははっきり言って、力不足、足手まといでしょう」


「てめえ、黙って聞いてりゃ随分な言い種だな、おい? いい加減にしろよ……!」


「だったら、君たちはガルフレアさんと同等か、それ以上の相手に勝つ自信はあるんですか?」


「…………!」


 カイが口をつぐんだ。――おれ達じゃ、ガルの腕には遠く及ばない。そんな事、誰に言われなくても分かってた。


「君なら分かるでしょう、如月君。今の君たちでは、太刀打ちできない相手はいずれ現れる。君たちも強くなってはいるのでしょう。だけど、敵は成長を待ってはくれませんよ?」


「……お前の言うことだって、確かだろうさ。でも、だからって、あいつをほっとけるかよ!」


「なるほど、君らしい答えですね。……僕は、あくまで忠告するだけです。君達がそれでも戦うなら、君達の好きにすればいいでしょう。ただし、殺し合う時が来れば、その時に温情なんて期待しないでくださいね?」


 ――こいつが、遠い。

 目の前にいる筈なのに。ちょっと手を伸ばせば届くような、そんな位置にいる筈なのに。


 どこかで思っていた。直接話せば、何とかなると。だけど、現実はどうだ?

 違うって言った。だけど、本当に違ったのか? こいつを連れ戻して、その後にどうなるのか、おれは――真剣に、考えていたか?


「では、僕は行きます。出来れば、君たちを良い友達として、思い出の中で大事にさせてくれる事を願っていますよ」


 そう言いながら、最後の溜め息を漏らしたルッカは、どうやら空間転移を起動したようで、空間ごとその姿がぶれていく。……駄目だ。このまま行かせたら、おれは。


「待って、くれ! 待っ……」


「あの時の繰り返しですが。サヨナラです、蓮」


 そして――ルッカの姿は、一瞬のうちに、呆気なく、完全に消え去った。


「あ……」


 そのまま、よろよろと数歩、前に進む。だけど、そこにもうあいつはいなくて。手を伸ばしたって、何もなくて。

 静か、だった。行ってしまった。あいつはもう、行ってしまったんだ。


「っ……ちく、しょう……」


「レン……」


 目の前が滲んできた。悔しい。全く届かなかった事が、届けられなかった事が。

 足りなかった。何もかもが。近付くどころか、突き放されてしまった。親父たちの思いも背負っていたのに、おれは。


「畜生おおぉ……っ!!」


 何でだ。どうして、こうなってしまったんだ。おれ達は、いつまでも続く筈だった当たり前は、どこで壊れたんだ。何のせいで、誰のせいで――



 おれには、何も止められなかった。おれに力があれば。おれが上手くやれていれば。何かが変わったかもしれないのに。


 おれは……何も分かっていなかった。あいつの言う通りだ。何もかも中途半端で、未熟で――さっき、どうして目の前のあいつに、必要なのはお前だと言えなかったんだ。おれがあいつに感じていた信頼は、その程度だったのか。おれは、何がしたくて、ここまで……。

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