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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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奇襲、再会、対峙

「く……はあ、はあ……!」


「どうして……パパ……!」


 重力攻撃の奇襲を受け、一気に体勢を崩されてしまったおれ達。

 クライヴって人の姿は既に消えてる。もう追いかけるのは無理なんだろう。重力から解放されたおれ達は、何とか起き上がった。だけど、先生は動けないみたいで、コニィが急いでそちらに駆け寄っていく。


「せ……誠司さん、しっかりしてください!」


「早めに治療をすれば、命に別状は出ないでしょう。それを止める気はありませんから、ご自由に」


「ルッカ!」


「改めて、久しぶりですね、蓮。出来れば、再会はしたくなかったのですが」


 おれのよく知る、あいつの声。それなのに、まるで別人のように聞こえたのは、何故だろうか。重圧のダメージで乱れていた息を、何とか整える。


「どうして、お前がここにいる!」


「どうして? 君は知っているはずですよ、蓮。僕たちが、リグバルドと同盟関係にあることはね」


「…………!」


 言われてみれば、間抜けな質問だった。……もしかしたら、おれはその可能性を考えたくなかっただけなのかもしれない。あんな非道な作戦に、こいつが少しでも関わっていたなんて。


「ああ、勘違いはしないでください。今回の作戦そのものには、僕は加担していません。むしろ、あなた達に協力したぐらいなんですよ?」


「何だって? どういう事だ!?」


「詳細は想像に任せます。後でガルフレアさんにでも聞けば、多少は感付いていると思いますよ」


 淡々と、そんなことを言ってから、ルッカは溜め息をついた。疲れてるようにも、呆れてるようにも見える。両方かもしれないが。


「とは言え、限度はありますからね。クライヴさんを助けなかったとなれば、問題になる。ここから先は、六牙の一人として振る舞う必要があります」


「六牙……何なんだ! お前はいつから、そんな得体の知れないものの一員になっていたんだ!?」


 六牙。ガルの考察によると、あいつの元いた組織の幹部級。なら、昔から一緒に過ごしていた筈のこいつが、いつ。


 そんなおれの心情を知ってか知らずか、ルッカは可笑しそうに小さく笑った。


「最初から、ですよ。君と出逢った時には、僕は今の組織にいました」


「あんな子供の時から、か……!?」


「さすがに幼すぎましたから、六牙という立場に収まったのは、しばらく経った後の話ですが……戦闘力は元より評価されていましたし、それなりの()()も挙げていきましたからね」


 成果、という言葉に、自分の鼓動が早くなるのを感じた。

 こいつはエルリアにいる間、ずっと一緒に学校に通っていたし、帰ってからは家で過ごしていた。さすがに四六時中いっしょだった訳じゃないし、たまに目を盗んで仲間と会っていたり、何かしらの作戦をやっていたって可能性はあるかもしれない。けど、そんな大掛かりな事を、しょっちゅうやれていたとは思えない。

 でも、そんな時間的なハンデを背負って、幹部まで登り詰めたのか? そうじゃないとしたら、他に考えられるのは。


「……知りたそうな顔をしていますね? 僕の主な任務が、何だったのかを」


 ルッカは、相変わらず笑っていた。まるで、おれの反応を楽しんでいるかのように。


「僕の任は、簡単に言えば、エルリアにおける内部調査及び、あの国における最重要ファクター達の監視」


「……止めろ」


「最初からその目的のために、僕はあの立場を受け入れたんですよ。君だって、全てを知った後なら、その程度は気付けたでしょう? どうして、そんな声を出すんですか」


「止せ……!」


「特殊工作員として訓練を受けていた頃に、まさかあんな機会が巡ってくるとは、僕はおろか主にも予想外の事態ではありました。ですがそれは、こちらにとってまたとないチャンスでした。だからこそ、幼い僕は大任を受け……そして、成果を上げました」


「黙れ……黙れよ!」


 そんな事。そんな目的なんか、知りたくない。

 確かに、こいつの言う通りにその可能性は考えた。でも、考えたくなかったから。おれは、そんなはずないって思うことにした。

 それなのに、こいつが、こいつ自身が。それを、おれに突き付けるのか。


「では、はっきりと言いましょうか。僕は、英雄の監視と情報操作のために、時村家に潜り込んで内から工作を――」


「言うなあああああぁッ!!」


 耐えられなかった。こいつの口から、そんな事を聞かされる事が。おれは。だって、おれは、こいつと。


「ふざけるな……ふざけるな! お前にとって、あの時間は……おれ達と過ごしたのは、任務の為だったって!? そんな簡単な言葉で、全部片付けるって言うのかよ!!」


「……蓮」


 ルッカは、おれの言葉に動じる様子すら微塵も見せず、しばらくおれの目をじっと見てきたかと思うと――再び、溜め息をついた。


「そうですね、こういうシーンでは……『本当は、共に暮らしているうちに、任務よりも大事なものをあなた達の中に見付けていた』。とでも、言えばいいのでしょうか」


「……ッ!!」


「君は僕に、何を求めているんですか? 生憎、そのようなドラマチックな返答をするつもりはありません。……甘いんですよ」


 いつもと変わらない声音で、だけど背筋が凍るような冷たさを持って、ルッカはそう言い放った。


「僕はね、蓮。全てを、自らの組織に伝えてきましたよ。慎吾先生の事も、上村先生の事も、おじさん達の事も、父さんの事も、逐一ね」


「ルッカ、てめえ、レンの気持ちを……!」


「気持ち? 何を勘違いしてるか知りませんが、今の僕は君たちの敵……まあ、まだ直接の敵対ではないですが、仲間でない事に変わりはない。何故、そんな相手の気持ちなど察しなければいけないんです?」


 割り込んできたカイに対する返答も、本当にそっけなく、冷たかった。我慢できなくなったように一歩踏み出したのは、美久だ。


「あんた……あんた、何なのよ! よく分かんないけど、あんた、蓮たちの知り合いなんでしょう!? どうして、そんな言い方が出来るのよ! あんたのせいで、パパも!」


「友達でしたよ。でも、それが今、何の関係があるんです? 友達でも、肉親でも、敵は敵です」


「あんたはぁっ!!」


「待ってくれ、美久!!」


 短剣に手を伸ばした美久を、おれは必死に止めた。まだだ、まだちゃんと話せていない。


「続けますか。僕は英雄の動向を主に伝えつつ、エルリアで他の集団が不審な行動を取らないように監視してきた。たまに、シグルドさんに会いに行くていで合流し、戦闘への参加もしていましたがね」


「……戦闘、って。いくらお前でも、あんな子供の時から実戦を……?」


「だからこそ、エルリアにいた時も、僕は自分の腕を磨いてきた。あなた達の見ていないところではもちろんですが、父さんにもよく師事してもらっていたのを覚えていますか?」


「確かに、お前はよく、遅くまで練習していたけど……」


「ええ。さすがは英雄ですよね、父さんは。槍術だけではなく、僕の格闘術に合わせた訓練もしてくれて。おかげで、僕の戦闘技術は格段に進歩しました。どんな戦場でも生き残れるほどにね」


 さらりと、戦場という言葉を口にする。何気なく日常を送っているように見せかけながら、こいつは……そんなことを。


「父さんも、あなたと同じです。甘すぎたんですよ。僕が『たまにシグルドさん達に会いたい』と言った事に疑問も持たず、定期的に帰国を許してくれました。慎吾先生すら、どうやら気付いていなかった様子です。……ああ。本当に、幼さと信頼とは、便利な道具ですよね?」


「……便利、な、道具?」


 頭の中が、真っ白になった。


 おれのこの感情も……こいつの事を家族だと思ってたおれも、兄貴も、親父も、母さんも。

 ルナも、カイも、コウも、暁斗も。クラスのみんな、今まで関わってきた友達も。

 先生たちも、おじさん達も。こいつと過ごしてきた、支えてきた、全ての人を。


 その、何もかもを。こいつは、道具だって、言ったのか?


「これが、本当の僕ですよ、蓮」


 ただ、静かに、彼はそう言った。やっぱり、以前のこいつと言葉遣いは同じなのに、感じる印象がまるで違う。


「君たちに見せていた僕は、偽物です。汚れ仕事だって、いくつもこなしてきた。自分で言うのも何ですが、純粋無垢を演じるのも悪くはありませんでしたがね」


「……全部が全部、演じてきたって、そう言うのか……!」


 もう、限界だ。そんなこと。おれは……!


「認めない……おれは認めないぞ、ルッカ! 任務だったなんて、演技だったなんて! そんな言葉だけで、おれ達の繋がりを否定されてたまるか!!」


「………………」


「約束したんだ、父さんとも、母さんとも、兄貴とも! お前の事を、おれが何とかするって! サヨナラなんて、認めないって!」


 ルッカは、おれの目をじっと見返してきていた。そして、少しだけ間を置いて、何度目かになる溜め息を吐いた。


「君は、本当に優しいですね、蓮。あんな別れをした上、こうして切り捨てようとしている僕を、まだそちらに戻そうとしているんですからね」


「え……?」


「僕はね、蓮。君のそういうところが、好きでした。友達としては、家族としては、本当に好ましく思っていたんです。それは嘘偽りない、僕の本心ですよ? ……だけどね。その一方で」


 一旦言葉を切り、ルッカは目を閉じた。少しだけ顔を伏せたかと思うと、すぐにそれを上げる。そして――




「反吐が出るぐらいに、疎ましくもあったんですよ」




 ――引きちぎったような顔で、ルッカは笑っていた。


「君が? 僕の事を何とかする? 何様のつもりなんですか、君は。僕の保護者にでもなったつもりですか」


「な……ち、違う! おれは!」


「分かっていますよ、君には一切の悪意は無いんでしょう。だからこそ、腹が立つんですよ。本当に……『何も知らねえ甘ったれが、大層な御託を並べてんじゃねえぞ?』」


 一瞬だけ、本気で怒った時の口調――と言っても、今回は意識して言ったみたいだけど――になるルッカ。いつもの仕草なのにどこか狂暴さを感じる、今まで見たことのない顔だった。


「……君は、僕の過去に踏み込んできませんでしたよね。気を遣ってくれた事には、感謝もしています。もっとも、その結果として、君は僕について何も知らないはずですよ? そんな君が、僕の、何を、何とかするんですか?」


「くっ……何も知らなくても、お前がそんな事をしているのは、間違っているのは分かる! だから、連れ戻すって言ってるんだ!」


「ふふ。……やっぱり、君は何も分かっていないですね」


「何を!?」


 それには答えずに、ルッカは少しだけ距離を離してきた。身に付けていたナックルを、しっかりとはめ直している。それが意味する事は、おれにも何となく伝わった。


「まあ、いいでしょう。チャンスはあげますよ。もしも君が、僕を打ち負かしたのであれば、君の言う事を何でも聞いてあげます。何なら、家にだって帰ってあげますよ?」


「……本当、だな?」


「嘘は言いませんよ。ただし、一騎討ちです。他の方の手出しは、控えてもらいますよ?」


「……分かった」


 おれはもう一歩だけ前に出る。今まで顛末を見守ってくれていたみんなも、さすがに動き出そうとしたが、おれがそれを制する。

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