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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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相容れない

「…………」


 ジョシュア・ゴランドは、来訪者への備えとして、装備のチェックを行っていた。

 整備は手慣れたものであり、乱れはない。だが、それは身体に染み付いているからであり、心はまるで集中できていなかった。



(もうちょい色々なもんを見極められるようにならねえと……お前、早死にするぜ?)


(次は止めません。覚えておいてください)



 クリードから投げ掛けられた言葉が、先ほどから何度も頭の中で反響している。それを振り払おうとすると、今度はクライヴの冷たい声が頭に浮かんで、無意識に身震いする。


「……くそ」


 彼とて、戦場に生きてきた傭兵だ。短気でこそあれ、事実を冷静に受け止められる一面は備えていた。

 理解はしている。自分の能力は、クリードには及ばない。特に足りないのは、とっさの分析力。彼の言う通り、上手い見極めが出来なければ、自分は長生きなど出来ないであろうと。


(クリードは、恐らくクライヴの実力も読めていたんだろう。……あの男は、確実に俺より強い。本気のクリードであれば太刀打ち出来るだろうが、俺であれば?)


 あの一太刀で理解した。どのように戦おうと、勝利のビジョンが見えない。今の自分に、クライヴと戦える実力は無い。

 能力の相性は、恐らく良い。しかし、それでもなお、彼ならばそれを覆してくることが、否が応にも理解できた。


 逆に言えば、一太刀浴びるまで理解できなかった。相手を甘く見積もっていた。もしもそれが、戦場で対峙した敵に対する分析であったならば――考えるまでもない。


 だが、それと同時に沸き上がるのは、怒り。プライドの人一倍高い彼にとって、実力が劣っていると認める事など、耐え難いものであった。それを認めざるを得ないからこそ、認めてしまう自分自身すら、腹立たしくて仕方がなかった。


(どいつもこいつも、人を馬鹿にしてくれる。……良いだろう。今は戦ってやろうじゃないか。戦って、生き延びて、技を磨いて……いずれ、奴らの鼻をあかしてやる。あのマリクと言う男は、俺を利用するだけ利用するつもりだろうが、そうはいかない。他者に利用されるなどまっぴらだ!)


 傭兵としては危険な気性の荒さを持った彼を生かしてきたのもまた、その攻撃性だった。自らのプライドを保つ為であれば、彼は向上心を持つことが出来たからだ。

 だからこそ、その戦闘能力自体は、クリードが認めるほどの高水準である。そして彼は、他者を分かりやすい形で屈服させられる、戦闘行為そのものを好んでいた。


「気に食わんが、暴れられる環境を与えてきた事にだけは感謝せんといかんな。おかげで、鬱憤を晴らせそうだ」


 彼にとって、今回の任務は退屈極まりなかった。何せ、こちらに合流してからひと月近い間、自身は指揮を軽くするだけで、直接動く機会はほぼ無かったのである。

 気まぐれにクリードと手合わせしたり、偵察と称して街に出てみたりはしたものの、実戦のような高揚感は得られはせず、とても満足はできていなかった。

 それでも金が入るならばと我慢はしてみせたが、内心では、直接動くような事態をどこかで期待していた。戦闘の理由には納得いかないものの、それ自体は望むところであったのだ。


 普段の部分に未熟さはあれど、戦場に立ってしまえば彼もプロだ。油断も慢心も無い。ひたすらに、全力をもって相手を蹂躙する━━それが彼にとって、最高に満たされる時間なのだから。



 武器の最終メンテナンスは終わった。そして、自身の視界に映った影に、彼は思わずゆっくりと口角を上げていた。














「何か、外に出ちまったぜ?」


 砦の奥、UDBを退けながら道なりに進んできたオレ達は、その奥の方から、まるで中庭のようなスペースに辿り着いた。

 広さはかなりある。学校のグラウンド程度だろうか。荒れ果ててはいるものの、基本的には障害物も何もなく、ただ平らな石造りの地面が続いているだけだ。


「練武場……訓練に使われていた区画のようですね」


「ま、スペースが広い方が暴れやすいから有り難いけどよ。ここならフィオも全力でやれるだろうしな」


「そうだね。ただ……向こうがここを選んだ以上、あちらにも有利な環境だと考えた方がいいだろうね」


 オレ達の目には、もう敵の姿が見えている。藍色の、大柄な亀人。両腕には、随分とでけえガントレットのようなものを装備してやがる。防具にしては無駄がありすぎるんで、ナックルの一種なのかもしれない。

 そして、そいつの後ろには、10体程度のUDBが控えている。増える可能性もあるだろうし、心なしか外の奴らよりひとまわり大きい。特に強いやつを集めたってとこか?


 罠には十分に警戒しつつ、ある程度まで距離を詰めたところで、いったん足を止める。こうしてお互いに見えちまってる以上、不意打ちも無理だしな。


「ようやく来たか。外の奴らを突破する程度の能力はあったようだな」


 その偉そうな喋り方はどこかシューラを思い出すけど、オレ達を見下しているのがはっきりと分かる。ま、敵なのがはっきりしてりゃ、友好的な方がおかしいけどよ。


「与えられた情報の人相と一致している。傭兵の部隊長の一人、ジョシュア・ゴランドと推定」


「その通りだ。お初にお目にかかる、とでも言っておこうか?」


「今さら挨拶する関係でもねえがな。ま、一応聞いとくぜ。やる気かよ?」


「ふん。貴様らが投降でもせん限りはな」


「なるほど。有り得ない、って事だね」


 一触即発。どっちかがあと一歩でも踏み込めば、それが開始の合図になるんだろう。だけど、逆に言えば踏み越えない限りは膠着状態だ。


「あなた達が……あの石を。この国を荒らして、叔父さんを殺そうとしたんですね」


「ん? ……ああ、そうか。シューラの姪がいる、と情報があったな。ふん、確かに少々あの男の面影がある。あいつも生き残ったようだがな。全く、しぶとい奴だ」


「あんたは、シューラさんと会ったこともあるんだろ。それなのに、よくも簡単に殺そうと出来たもんだな?」


「敵として戦いを繰り広げた相手と、数日後には味方として行動することもある。それが俺たちの日常で、逆も然りだ。そこはあの男とて理解していると思うがな」


 亀人は大した話ではないと言わんばかりにそう返答すると、さらに言葉を続けた。


「依頼を受けるかの判断基準は、報酬とリスク、それだけだ。今回の依頼主こそ気に食わんが、報酬は破格でな。断る理由などどこにもあるまい?」


「……それだけなのかよ。関係ない人だって巻き込んでんだぞ? 罪悪感とか、ちょっとでもねえのかよ!」


「罪悪感? ふん。それが金になるか? 善意や情けで糧が得られるか? そんなものを後生大事にするような甘ったれた奴らは、早死にするだけなんだよ」


「甘ったれだって……!」


「止めとけ、浩輝。それが、俺様たちとそいつの違いだ。否定もできねえし、認める事もできねえ。相容れない、ってやつだな」


 アトラの制止に、オレは言葉を呑み込む。

 ……その通り、なんだろう。こいつとオレじゃ、生きてきた場所が、歩いてきた道が全く違う。多分アトラは、昔の辛かったこと考えりゃ、あいつの言い分もある程度分かってるんだろうけど。

 こいつの周りだとそれが当然で、そう生きなければいけなかったってのは、オレに否定なんか出来ねえ。だけど、こいつのやろうとしたことは、オレ達の立場から許せるものでもねえ。だから、戦うんだ。


「納得がいかんならば、力で俺をねじ伏せるといい。出来るものならな」


「……上等だよ!」


「ははっ、威勢の良いガキは嫌いではない! だが、生憎、俺は手加減が苦手でな……せっかくの獲物だ。あまり早く壊れてくれるなよ!」


 本当に楽しそうに口元を歪めるジョシュア━━そのガントレットが、言葉に合わせるようなタイミングで変形した。ちょうど拳の上辺りに、銃口らしきものが見える。……なるほど、そういう仕込み武器かよ!

 そして、示し合わせた訳でもなく、辺りの空気が動いた。構えをとったジョシュアに合わせて、UDB達が一斉に散開する。蜥蜴とライオン、正確にはどっちも6体ずつだ。


「数はこちらが不利。指揮官の存在を考えると苦戦は免れないと分析」


「だったら、こっちもそれなりの戦い方をするだけだよ!」


 もちろん、オレ達だって大人しく包囲されてやるつもりはない。フィオが翼を広げ、それで自分を覆い隠すようにしたかと思うと、その全身が発光を始め、一気に膨張していく。始めて見るわけでもないので、オレ達は慌てずに彼から十分な距離をとった。


 ━━そして、数秒とかからない程度の時間で、フィオの姿は『本来のもの』に切り替わっていた。力強く四肢をついたフィオは、ゆっくりと翼を羽ばたかせ始める。


「UDBは出来るだけ僕が引き付ける。みんなはあの男を!」


「おう! 浩輝、フィーネ、飛鳥ちゃん、踏ん張りどこだぜ!」


「分かりました……これで、終わりにしましょう!」


「ふん。貴様達の命ごとな!」


 お互いに準備は整った。そして、ジョシュアがオレに向かって発砲した音が、この戦場のゴングになった。

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