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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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交錯する者たち

 思わず足を止めたオレ達。次いで、真紅の何かが、炎を纏いながらクライヴへと突撃した。

 いくら弱っていても、その直線的な攻撃が見切れないクライヴではなく、大きく後ろに跳んで逃れる。だが、突撃した赤い竜人……如月も、それは予測済みだったようで、クライヴが回避に移ったのに合わせてブレーキをかけ、さほど離れていない位置で止まった。


 如月は、クライヴを深追いするでもなく、オレの前で猫人に立ちはだかる。部屋の入り口を見やると、さらに二人……時村とコニィも駆けてくる。


「追い付いて、きましたか……」


「先生、遅くなってすみません!」


 恐らく、本当にギリギリでたどり着いたのだろう。如月がわざわざ声を上げたのは、単に不意打ちしようとすれば間に合わなかったからだと思う。その回転の早さは、教え子ながら素晴らしいものだな。


「……ぐ、う」


 ……いかん。そろそろ、限界だ。早く、止血ぐらいはしなければ……思考も、上手く回らん。こいつらが来てくれて、少し気が抜けたのもあるが。一番近くにいた時村が、ふらつくオレを支えてくれる。


「先生、大丈夫ですか……?」


「待ってください、すぐ治癒を始めます!」


「済まん……助かったぞ」


 コニィはポーチから薬を取り出しつつ、PSを起動した。手早く傷薬を塗り付け、止血しながら、片手でその力をオレに流し込む。温かい何かに包まれる感覚に、思わず息を吐く。

 とは言え、十分な回復には時間が必要だ。失血のせいで少し意識が飛びそうだが、今は気を失う訳にはいかない。


「少々、時間をかけすぎましたか。ですが、人数が増えたところで、そう簡単に遅れを取るつもりは――」


 そこまで言いかけたかと思うと……クライヴは振り返った。彼の背後に回り込もうとしていた猫人の少女に気付いたからだ。

 だが、どうしたことか、その瞬間にクライヴは、不自然に動きを止めた。


「ようやく……見付けたわよ」


「……な……」


 短剣を片手に、美久はそう言った。……見付けた? それに、このクライヴの狼狽はどうしたことだ。


「そん、な、まさか……」


 分身がまとめて消失していく。……維持する体力が尽きたわけではなさそうだ。ならば、精神的に不安定になったからか?

 彼の視線は、完全に美久に釘付けになっていた。そして、震える声で、それは絞り出された。


「どうして、ここにいるんだ……ミルフィ……!」


「それは、こっちの台詞よ……パパ!!」


「――!!」


 ミルフィ? それに……パパ、だと。まさか……彼女が? 何かあるとは分かっていたが、いったい。


「何故……お前が、ギルドに……?」


「そんなに意外? 私をマスターに預けたのは、パパじゃない。私がこういう選択をすること、予想できなかった?」


「…………!」


 クライヴが、ウェアに美久を預けた? 確かに、彼女の両親については、何も知らなかったが……。


「如月、お前達は聞かされていたのか?」


「……先生を追いかける途中で、大雑把にですけどね」


 如月と時村は、オレを庇うような位置で、いつでも動き出せるように構えている。……今さらだが、随分と成長したものだな。オレも守られる立場に甘んじるつもりはないが……この話の間に、動けるまでには回復せねば。


「マスターにも最初は反対だってされたわ。だけど、私はパパの娘だもの。パパを放っておくなんて、嫌だったもの。だから、マスターに鍛えてもらった。パパの技を知っているマスターにね」


「ミルフィ、お前は……」


「ねえ、聞かせて。ここに立っているのは、本当にパパの意思なの? それとも、命令されたから?」


 その質問は、クライヴにとってどれだけ痛いものだっただろうか。苦虫を噛み潰したような表情で、クライヴはぽつりぽつりと返答を始める。


「……命を受け、かつ、自分の意思だ。あのお方の意思に従うことこそ、僕に課せられた使命であり、僕の願いなんだ。そのためなら何でもすると……僕は、覚悟したんだ」


「覚悟()()? ……()()()()()んじゃないって、胸を張って言えるの?」


「……やめろ、ミルフィ」


「それしか選べなかったのなら、自分の選択なんかじゃないのよ。あの時……カールさんの時みたいな――」


「――それを、言うんじゃない!!」


 何かが、クライヴの避けていたものに触れたらしい。痛みに声を詰まらせながらも、その叫びは悲痛なものを含んでいた。そして、美久にはそれで伝わったらしい。


「そう……分かったわ。やっぱり、あいつは……また、あの時と同じことを……!」


「余計なことを、考えなくていい……! ミルフィ、退きなさい! 僕は、お前とは、戦いたくない……!」


「……どうしてよ。本当に覚悟しているなら、私も斬ってよ。心から、自分の意思で戦ってるのなら! 本当に、あいつの目指してるものを信じてるなら! どんな事でもやるんでしょう? 敵を斬るぐらい……出来るでしょう!?」


「う……ぐっ……!」


 クライヴが、揺らいでいる。娘との予想外の再会は、彼が目を背けていたものを見せつけようとしている。今ならば。


「クライヴ……話してもらうぞ、事情を。いくらお前でも、弱った状態でここの全員を相手できると思うなよ。お前の娘は……強くなっているぞ」


「ぼ、僕は……くっ!」


 クライヴは、懐に手を伸ばす。そこから取り出したのは、何らかの端末のようであった。

 あれが、恐らく転移装置……退くつもりか。だが、ここで逃がせば、次に会うときにはもっと追い詰められているに違いない。連れ戻すならば、急がねばならんのだ。

 幸い、PSを発動させられる程度には回復していた。傷を負わせてでも、あの装置を弾き飛ばして止めなければ。



 だが、オレが風にチャクラムを乗せる直前――身体を、凄まじい重圧が襲った。


「っ!?」


「うぁ……!?」


 いきなり何かにのしかかられたかのような、強烈な重力。まともに立っている事が出来ず、たまらずに膝をついた。オレ以外のみんなも、クライヴを除いて次々に倒れていく。


 重力操作、だと……まさか。


「邪魔をしてすみません、皆さん。でも、さすがに、これ以上を見過ごす訳にはいきませんね」


 ……彼らの介入を予測はしていたが、ついに現れたか。よりにもよって、こいつが。

 いつから忍んでいたのか、柱の影から、一人の少年が姿を見せた。その姿に、時村が倒れたまま声を張り上げる。


「る……ルッカ!?」


「ファルクラム……!」


「先生、如月君……蓮。どうも、お久しぶりですね。他の方には、はじめましてと言うべきでしょうか。挨拶には向かない状況ですが、許してください」


 小さく頭を下げながらも、オレ達にかけている重力は解除しようとしない。あのタイミング、気配を絶って様子を伺っていたのか……いくら弱っていても、不意を突かれるとは、不覚にも程がある。


「な、何なのよ……これ……!」


「身体が……動かない……!」


「ちくしょう……久しぶりに、会ったと、思ったら……何しに来た、ってのは……聞くまでもねえか……!」


「ええ。予想通りかと」


 事もなげにそう答えると、ルッカはクライヴの方に視線を移した。


「クライヴさん、この場は僕が引き受けましょう。退いてください」


「しかし……」


「ご心配なく。娘さんの事はこちらにも予想外でしたが、悪いようにはしません」


「…………。分かり、ました」


 クライヴは、動きを封じられたオレ達を一瞥すると、今度こそ懐から取り出した端末を操作する、かと思うと、彼の周囲の空間が歪み始めた。


「パパ……!!」


「済まない、ミルフィ。だけど、僕は……。……誠司さん。適切な言葉が思い付きませんが……娘のことは、しばらく任せましたよ」


「待て、クライヴ……うぐっ……!」


「すみません、先生。さすがに、いくら弱っていても、あなたがいては雲行きが怪しくなりますので……手荒にいきますが、恨まないでください」


 クライヴの姿が次第に薄れる中、オレにかかる重力が、さらに強まっていく。どうやら、オレを集中的に無力化するつもりのようだ。


「ぐ、ううううぅ……!!」


 全身が、悲鳴を上げる。身体が、動かん……まずい、傷口が……開い、て……。


「や、止めろ……! お前、先生を……殺す、つもりか……!?」


「さすがにそこまでは。()()()()、ね。動けなくはなってもらいますが」


 重圧に、回復した分を上回るほどのダメージが襲い掛かり……意識が、急速に朦朧としていく。駄目だ……こんな時に、気を、失っては……。

 くそ……クライヴも、完全に、消えてしまった。何と言う、不甲斐なさだ……。


「さて……クライヴさんを逃がせた以上、別に長居をする必要はそこまでないのですが。せっかくの機会です――少しだけ、相手をしてあげましょうか」


「…………!?」


 その言葉に合わせて、身体にかかる重力が、正常に戻る。だが……情けない事に、オレには起き上がる体力すら、まともに残されてはいなかった。


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