かつての戦友
如月や時村たちにその場を任せて奥へと進んだオレは……分かってはいたが、それでも会いたくなかった男と対面する。
「クライヴ……!」
「誠司さん、ですか。久しぶりですね……」
手入れの行き届いた白い毛並みに、少しの乱れも見せずに着こなされた軍服。表情に疲れを見せながらも、どこか紳士然とした佇まいは、当時から変わっていないようだ。
「お前とは……こんな場所ではなく、ゆっくりと酒でも飲みながら語り合える場で再会したかったよ」
「同感です。ですが、あなたならば分かるでしょう? 最早それは叶わないと」
彼の言う通りだ。オレ達は、敵として出会ってしまった。だが……何もせずに諦めることもオレにはできない。
「クライヴ。本当にお前が……あのように多くの民を巻き込む作戦を、指揮したのか?」
「……ええ、その通りですよ。傭兵と共に、僕の指揮下であの石を広めました」
クライヴは事もなげにそう語る。セインの話からしても、オレの知る彼の性格からしても、彼はこの作戦に乗り気ではなかった筈なのだ。だが、敵対したオレには、その部分を見せないつもりか。
「お前は、本当にこれでいいのか。無関係な民を巻き込む事に、お前の正義はあるのか。お前は本当に、こんなことを望んでいるのか?」
「望まない工程であったとしても……それが望みを叶えるために必要なこともあるんです」
「違うな。望まない工程を経た望みなど、真に望んだものとは成り得ない」
「綺麗事です。物事を成し得るには、手を汚す覚悟が必要だ。汚れる覚悟すら出来ないのであれば、その者の望みなどその程度だという事ですよ」
「……お前の口から、そんな言葉を聞きたくなかったな。その綺麗事を貫くお前だから、オレはお前を信じていたんだ」
「変わったのは、あなただって同じでしょう? あれだけ血の気が多かったあなたが、随分と落ち着いたようだ。……僕もあなたも、形は違えど歳をとった。ただ、それだけのことですよ」
それだけと、そう切り捨てていいようなものではない筈のものを、クライヴは捨てた。……良くも悪くも、ヒトとは変わっていくもの。それは当然だ。だが。
「変わらないものは、ひとつだけです。『我が剣は、我が主と民のために』。それが、僕がここにいる理由ですよ」
「……知っているさ。お前が、一度そうだと決めてしまえば、質の悪いほどに頑固になることはな。だが、お前の守る民の範囲は、随分と狭くなってしまったようだな」
かつて、彼は言った。「国家の垣根無く、全ての民を、この災厄から守るのが僕の使命だ」と。そう語った時の力強さは、今でも忘れていない。対して、今のこいつはどうだ? 垣間見えるのは、どこか諦観に似た……それでいて頑なな、危うい決意。
「もうひとつ聞こう。ならば果たして、お前の仕える主は、あの時と変わっていないのか?」
「…………!」
初めて、クライヴが明確な揺らぎを見せた。
「お前の忠誠を知って、敢えて言うぞ。……オレはな、彼を尊敬できる名君だと思っていたよ。だが、過去形だ。今のあいつは、世界に混乱しか招きはしない」
「……誠司さん。いくらあなたでも、陛下への侮辱を聞き逃すわけにはいきませんよ。それに、それは誤解です。あのお方が何を目指して戦っているのか……知っているでしょう」
「目を背けるんじゃない! オレ達が変わったのが当然だと言うならば、あの男が変わってしまったことをなぜ認めない! 過去の幻にしがみついて、正しい道など見えるものか!」
どこまでも都合の良い解釈に、オレは声を荒くした。――違う。クライヴの忠誠は確かに厚かったが、こんな歪んだものじゃなかった。彼は、間違いは相手が主君であっても諌める事が出来る、そんな忠臣だった。
何があったのか分からない。だが、覚えがある。一見すると筋道を立てながらも、明らかに何かから目を背けている。何かから、逃避しようとしている。友の贔屓目かもしれないが、オレには、そう思い込もうと必死になっているように見えた。
「仮に、あのお方が変化したと認めても……その先に見据えるものは変わってはいませんよ。ならば、僕の忠誠が変わる事も有り得ません」
「……本気でそう思っているのか。このような手段を取る男が今もなお、望みを変質させていないと信じているのか?」
「ええ、信じていますよ。……あのお方が世界を統べれば、真に平和が訪れると!」
何よりも、自分に言い聞かせるかのようにそう言い放つと――クライヴは、明確な戦闘体勢へと移った。
「僕が望むのは、真の世界平和……ならばこそ! それが叶うのであれば、僕は、その過程の罪はいくらでも引き受けてみせよう! 幾多の恨みを買おうが、後世に悪鬼と蔑まれようが……僕はもう、躊躇わないと決めたんですよ!」
「馬鹿野郎! それは覚悟ではない……諦めだろうが! 数え切れない人々の血を流して得られた平和が、真に続くと思っているのか!?」
「問答は十分でしょう、誠司さん! あなたも退けない、僕も退けない……ならば、答えはひとつだ!」
クライヴがサーベルを抜くのを見て、オレは反射的に後ろに跳ぶ。……彼の剣技は瞬速だ。一瞬の踏み込みで繰り出される一撃は、普通の者には目で捉える事すら叶わず、また、一気に踏み込むが故にそのレンジも広い。何も知らぬ者は、自分がこの男の射程に入ったと気付く前に、その命を散らすだろう。
「お互い、手の内は知り尽くしている。当時の実力は互角だった。ならば、あれから歩んできた道が明暗を分けますよ! 平和の中にいたあなたが、今の僕を討ち取れますか!」
「……良いだろう。だが、そちらこそ油断はしないことだ。オレも、ただ徒に時間を浪費していた訳ではない!」
言葉で止められないならば、力をもって真っ向からこいつの意志を折るしかない。装着してあるクローを展開し、チャクラムもありったけを構える。
「あなたであっても加減はしません。覚悟してください、誠司さん!」
「オレが勝ったら聞かせてもらうぞ……お前の本心を!」
開幕は、ほぼ同時に駆け出した。
オレのクローとクライヴのサーベルが激しく衝突し、火花を散らす。細身の剣でありながら、非常に重い一撃は、あの時よりさらに鋭さを増していた。
そのまま数発、切り結ぶ。だが、先ほど言われた通りに、お互いの手の内は分かっている。出し惜しみをする必要はない。オレの周囲に、風が巻き起こる。