暁の銃声
『…………!?』
イリアのアサルトライフルとは明らかに違う、拳銃の音。それが、立て続けに2発。狙われたのはUDBのようで、ターゲットになった蜥蜴は、苦痛にうめいている。
「これは……」
「来てくれたんだね……!」
「――――!!」
状況判断に思考を回転させている様子のジン。事情をすぐに察した様子のイリア。そして――言葉を失う、俺と瑠奈。
銃声のした方向に立っていたのは、ではなく、一人の青年だった。それが、得物である二丁拳銃の弾丸を、UDBに向けて放ったのだ。
状況の変化に、戦場は少しだけ停止した。クリードは大して動じてはいない様子だが、UDBはその乱入者に完全に気をとられているようだ。もっとも、今回ばかりは……俺も、同じだった。さすがに、クリードの動きには警戒を払ってはいるが、冷静である自信は無い。
「何だ、お前さんは?」
「あんたらの敵だよ。少なくとも、な」
確かな聞き覚えのあるその声。冷静に聞こえて、どこか激情を秘めたようにも感じるのは……俺が、平時の彼を知っているからだ。
「なるほど、隠し玉ってか? どこの誰だか知らねえが、旦那のデータにも無かったぜ」
「マリクは俺のことも知ってるだろうけど、色々と事情があるんだよ。まあ、それはともかくだ。あんたらは、許されねえ事をしやがった」
「へえ?」
青年は、頭の上にかけてあるゴーグルのずれを少し正しながら――あれは、感情が昂っている時の彼の癖だが――はっきりとした敵意をクリードに向けている。少なくとも、この国に起こっている事を、彼が知っているのは確からしい。
「何の関係もない、普通の人を巻き込んだのが許せねえ。俺の世話になった、この国をめちゃくちゃにしたのも許せねえ。性懲りもなく、俺たちの時みたいな事を繰り返してるってのが許せねえ。そして……もうひとつ」
瑠奈が、目を見開いた状態で、その人物を見ている。半ば放心状態になっているようだ。
そんな瑠奈の姿に、少しだけ微笑みを返すと……青年は、その両手にあった、先端にブレードの取り付けられた特異な形状の銃を構えながら、高らかに宣言した。
「お前らが、俺の大切な友達と、兄貴分と――妹に手を出すのは、100年早いんだよ!!」
青年の――黒い狼人の怒りに満ちた咆哮は、戦いのために生み出されたUDB達すら、僅かに怯ませた。そして……ようやく、瑠奈が放心状態から回復すると、その名前を、叫んだ。
「あ……あき、と……? 暁斗っ!?」
「……瑠奈、ガル。久しぶり、だな」
青年は――暁斗は、どこか苦いものが混じったような笑みを、再び浮かべた。……間違いない。暁斗だ。暁斗が、ここにいるんだ。
「暁斗? では、彼が……」
「別口で動いてるって聞いてたけど、間に合ったんだね……!」
「空さんからすぐに連絡が回ってきて、後続で送ってもらったんだ。下は大丈夫みたいだったから、飛ばしてきた」
やはり、イリアは暁斗と面識があり、何故ここにいるのかを把握しているのだろう。暁斗の口振りから、空の指示で動いていた? どういう事だ、どうして彼が。
「暁斗、何故イリアと……いや。お前、どうしてここに?」
「悪いけど、細かい説明は後だ。今は、味方だってこと以上を気にしないでくれ」
「気にしないでって……お兄ちゃん!」
そんなもので納得できるはずが無い。そう言いたげな表情の瑠奈に向かって、彼は静かに言った。
「……大丈夫だ。逃げたりは、しないから」
「あ……」
少なくとも、その『逃げない』という言葉に、偽りは感じない。そして、彼の声音は、当たり前かもしれないが、以前の暁斗と何も変わらなかった。妹に対して優しく語りかける、頼れる兄の声そのものだ。
変わっていない。それに気付いた途端、俺の中に少なからずあった混乱は鎮まった。瑠奈も、どう思ったのかは分からないが、暁斗の言葉に何かを感じたようだ。
「俺も、落ち着いて、ゆっくり話したいんだ。だから……まずは終わらせるぜ、瑠奈、ガル!」
「……ああ! 瑠奈、やれるな!?」
「う、うん!」
今は思考を切り替える。そうだ、暁斗はここにいる。ならば、焦る必要などどこにある。敵を討ち取った後、時間は存分にあるじゃないか。今、最も優先すべきは、そのために全てを解決することだ。
「ちょいとめんどくせえ事になりやがったな。お前ら、あいつも潰してやりな!」
『リ、了解シタ!』
硬直していた戦場が再び動き始め、俺はクリードと斬り結ぶ。クリードはともかくUDBの動きには多少の乱れが見えたが、指揮官の指示に、新たに現れた敵へと一気に群がる。
「やってみろよ。……俺を捉えられるならな!」
しかし――そもそも、彼らでは暁斗を標的にするのは叶わなかったようだ。
『ナ……!?』
「速……がっ!?」
暁斗は一瞬でUDBの群れに切り込むと、彼に襲い掛かろうとしていた相手の出鼻を見事にくじき、逆に先制攻撃を加えてしまった。
相手も、すぐさま反撃に転じようとする。しかし、彼らが標的を定めるよりもさらに早く、暁斗は縦横無尽に駆け巡り、次々とUDB達の短い悲鳴が上がっていく。
敵は二種類とも高い防御力を持っているが、彼はその素早さを生かし、装甲の薄い場所を的確に狙っている。至近距離の銃撃、そしてブレードによる斬撃が、確実にUDBの群れにダメージを与えていった。
そして、自分を狙った相手にひとしきり傷を負わせてから、暁斗はちょうど瑠奈たちの目前で動きを止め、素早くリロードを行う。かなりの速度で飛ばしたにも関わらず、彼の表情にはまだ余裕があった。
「この……!?」
「悪いけど、あまり時間はかけられねえんでな。フルスロットルで行かせてもらうぜ!」
……エルリアにいたとは比較にならない。最高速度も上がっているようだが……それ以上に、身のこなしが、だ。
彼と学校で試合をしていた時は、彼には荒さがあった。高いポテンシャルを秘めてはいるが、まだ発展途上の面が多かった。それは瑠奈たちも同様だが、俺は授業の中で、そういう面を少しでも向上させるように指導したつもりだ。
瑠奈たちは、実戦経験を積む中で大きく成長した。本物の戦いに身を置くことで、彼らの動きは洗練されてきている
そして、暁斗も。そんな環境にいた瑠奈達に劣らない程の……いや、それ以上に腕を上げている。
一番分かりやすい成長は、あれだけ駆け回った後にも関わらず、まだ余裕があることだ。
そもそも、幻影神速の消耗の激しさは、彼が細かいコントロールを苦手としていたせいでもあった。出力を上げたら動きを止めるまで上げたまま……その無駄遣いが、暁斗の体力を無駄に奪っていたのだ。
しかし、今の様子を見るに、その欠点は克服したらしい。要所で瞬間的に速度を上げる事で、消耗をかなり抑えているようだ。
どこであそこまでの経験を? いや、それを気にするのは後だ。
「俺が切り込む。瑠奈、イリア、それからそっちの人も、即席だが合わせてくれ!」
後の変化は、あの武器か。刃のついた二丁拳銃……双銃剣とでも呼ぶべきか。それは、銃を使いながらもクロスレンジを得意とする彼の戦闘スタイルに、完全に適合していた。
「やれやれ。こちらも負けてはいられませんね」
「足を止めたところを、一気に仕留めます! 瑠奈ちゃん、やれるよね?」
「大丈夫! ……暁斗の癖は、よく知ってるから!」
向こうの戦況は、確実にこちら側に傾いた。ならば。
「俺は、俺の戦いに専念しよう!」
再び、俺はクリードと切り結ぶ。あいつも、さすがに少し面倒そうに舌打ちをした。
「ったく、厄介なもん隠してやがったな」
「言ったはずだぞ。余裕を見せたことを、後悔させてやるとな!」
「敵に隙を見せるのは俺の主義じゃねえんだが、そういう指示だから仕方ねえだろ。とは言え、さすがにそろそろ、我が身を優先させてもらうとするかね……!」
いくらこの男でも、UDBが全滅し、こちらに援護が入るのは避けたいだろう。恐らく、そうなった場合には、撤退の用意はしてあるはずだ。だが、それを易々と見逃しは――
「――残念ながら、そこまでですよ」
だが、俺が畳み掛けようとしたところで……突然、俺の周囲が歪んだ。
「…………!?」
その奇妙な感覚に、俺は思わず足を止める。今の声は?
反射的に振り返る。いつの間にか、俺の後ろには……銀色の体毛を持った、熊人の青年が佇んでいた。
「お前は……何だ、これは!?」
「………………」
男は、俺の問いには答えない。俺は、どこか目眩にも似た感覚を堪えつつ、思考を回す。この歪みは、まさか。
「あ、あれは!?」
「向こうも新手、という事ですか……!」
「くっ!?」
「クリード。この男の相手は、俺に任せてもらうぞ」
「助かるぜ、銀星の兄ちゃん。なるほど、そいつがお前さんの因縁の相手とやらか?」
「……そうだと思ってもらえればいい」
銀星、だと? その呼び名……いや、それどころではない。このままでは。
「邪魔を入れたくはない。少々、付き合ってもらいますよ」
「待て! く……みんな!」
「ガル!」
最後に、瑠奈の呼び声が聞こえてくる中――俺の視界は、暗転した。