前日2 ~少年達の集い・前編~
朝の道場で、武器と武器がぶつかり合っていた。おれと相手の槍が重なるたびに、鋭い音が道場に響く。
互いの動きはほぼ同じ。二人とも同じ型を繰り返しているから当然なんだけど。
だけど、延々と続く打ち合いの中、少しずつおれの動きが鈍り始める。まずいと思っても、焦りは余計に状況を悪くしていった。
そして、一際高い音が響いた。
「っ……!」
おれの槍が宙を舞い、遥か後ろに落ちる。その一瞬で、相手の槍が、おれの喉元に突きつけられていた。
「決まりだな?」
にやりと笑って言い放つ相手に、言い訳も出てこない。おれはだいぶ息が荒くなっているけど、相手はまだまだ余裕がありそうだ。
「……ふう。やっぱ兄貴には勝てないか。完敗だよ」
「そうでもねえさ。腕上げたな、蓮」
笑いながら槍を下ろすのは、おれの兄貴、時村 修。ちなみにおれとは4歳差、大学生だ。色合いも同じだから見た目は似ているって言われるけど、性格は真逆ってのも同じくらい言われる、そんな兄貴だ。
「これなら明日の大会もバッチリだろ。瑠奈ちゃんに、いい所しっかり見せてこいよ」
「あ、兄貴!? べ、別におれはそんな……」
「考えてなかったのか?」
「……ぐう」
兄弟だからか、おれの考えは兄貴には筒抜けだ。……いや、別にそれだけで大会を志願したわけじゃなくて、それもちょっとは考えたってだけだ。
「第一、ルナとは戦うかもしれないんだ。そんなこと考えてて負けたら、かっこつかないだろ?」
「バーカ。そこで勝って、告白するんだよ。完璧だろ?」
「そう簡単に勝てる相手じゃないからな、あいつは……」
そもそも、その単純恋愛方程式に対する自信が、彼女いない歴イコール年齢の兄貴のどこから出てくるかが疑問だ。
「ま、いいや。戻ろうぜ? 朝飯も出来てんだろ」
「そうだな。付き合ってくれてありがとう、兄貴」
「別にいいって。お前は瑠奈ちゃんと付き合う方法でも考えてな」
「……兄貴も彼女を見つけないとな」
ささやかな復讐は、頭を小突かれて終わった。
飯を食べ終わってから、おれは自室で本を読んで過ごしていた。と言うのも、当日に疲れを残してしまえば本末転倒だと、親父に朝以外の道場使用を止められたからだけど。
確かに、言われてなかったらおれはそうしてた気がする。だけど、気持ちは何となく落ち着かないし、いっそ外にでも行こうかな。
そんな時、おれの携帯が鳴り始めた。
余談として、道場があるだけで堅苦しいイメージがあるらしいけど、うちは至って普通の家庭だと思う。おれだって漫画も読むしゲームもする、アニメも見る。けど、「そういうイメージが全く無かった」っていつも言われてしまうのは不本意だったりする。
初めてみんなが家に来た時、親父が俺と一緒にゲームをしていたのを見た奴らが、オーバーに驚いたのをよく覚えている。
それはともかく、電話の相手はカイだった。
『よっ、レン。今は大丈夫だったか?』
「ああ。どうした?」
『いや、今日コウの家に行くことになったんだけどさ、お前も来ねえかって思ってさ』
「お、そうか? ちょうど暇だったんだ」
予定がないおれにとって、すごくタイミングの良い誘いだ。もちろん、断る理由もないのですぐにオーケーする。
「時間は? 今からでいいのか?」
『おう。あ、ゲームとか、適当に持ってきてくれってさ』
「分かった。じゃあ、また後でな」
電話を切ると、おれはすぐに支度を済ませて家を出た。何だかんだで、あいつらといるのが一番楽しいんだよな、おれにとって。
「ふあ~あ……」
俺は部屋で寝転がって大あくびをしていた。明日が大会、と言うことで、先生が今日は部活を休みにしてくれたんだ。
……が。
「いざ時間があると、やる事も特にねーなあ……」
いつもは時間が欲しい、とかぼやいているが、実際は時間があってもただボーっとするぐらいしかない。まあ、それはそれで幸せなんだろうけど。
父さん達はいないし、瑠奈とガルも出かけている。そのため、ぶっちゃけて言えば、すごく暇だった。
「新しい本も最近買ってねえし、ゲームも全部クリアしてっからな……」
人は暇になると独り言が増えるって話を聞いたけど、どうやらそれは正しいみたいだ。別に俺だって、本も好きだしロープレとかもやるし、ひとりで過ごせる趣味がないわけじゃない……んだけど、大会が近付いてからはその辺しばらくご無沙汰だった。終わってからまとめて買おうかな、なんて思ってたし。
「んー、出かけるにしても金もねえしな。みんなは部活らしいし」
明日のために体力温存、と言っても、このままじゃ暇すぎて死にそうだ。と言っても身体を動かしてたら意味ないしな……と、思っていた時。適当に眺めていた携帯に着信が入った。
液晶に表示された名前は、海翔のものだった。向こうもヒマしてるのかな、などと考えながら電話を受ける。
「もしもーし。どーした?」
『よう、暁斗。……ヒマでヒマで死にそうって感じだな』
「あー。まあな」
『そんだけヒマなら、今から遊ばねえか?』
「……お?」
それは俺からすれば、まさに天の助けだった。
『いや、慧の野郎が会いたがっててよ。お前も今日は部活休みって聞いて、ついでに誘ってくれって頼まれたんだよ』
「慧か……確かにしばらく会ってねえな」
慧は浩輝の兄貴で、俺と同い年だ。高校が違うのと、お互いに部活だ委員会だで、しばらく会ってないけど良い友達だ。
「そういうことなら、もちろん喜んで行くぜ。あいつの家でいいんだよな?」
『おう。そんじゃ……何だよ親父! 人が話してる時に割り込んでくんな……年上への言葉使いとかあんたにだけは言われたくねえ!』
……電話の向こうでは愉快なことになっているようだ。相変わらず仲良いな、この親子も。当人たちは断固否定するんだろうけど。
『ったく。あ、時間はいつでもいいってよ』
「んじゃ、今から行くわ。何か持っていくもんはあるか?」
『適当でいいぜ。レンにも頼んでっからな』
「分かった。じゃあな!」
電話の間、俺の尻尾が揺れていたのは内緒だ。部活は楽しいけど、こうやって遊びに誘われる機会もだいぶ減ったからな。たまには俺も、思いっきりあいつらと騒ぐとするか!
「~~♪」
みんなを待っている間、オレは菓子やら何やらを準備していた。ルナが来れないってのは残念だけど、たまには男だけってのもいいよな。
「親父~、ジュースか何かねえか?」
親父も今日は珍しく休みだ。最近は人手が多く、少しのんびり出来るらしい。
「んん? 冷蔵庫の下のほうに入れてなかったか?」
「あ……悪い、コウ。俺が友達と全部飲んだんだ……」
「ええ? 何やってんだよ、兄貴」
申し訳なさそうに頭をかいているのはオレの兄貴、橘 慧。毛の色は母さんの遺伝らしくて、オーソドックスな虎の色。髪は俺と同じで茶色だ。
「みんなが来る前に買ってこねえとな。慧兄?」
「分かってるよ、俺が行ってくる」
しぶしぶ、といった感じで金を取りに部屋に戻る慧兄。悪いな兄貴、使えるもんは兄貴でもパシれってルナが言ってたんだ。
「今日は誰が来るんだ?」
「カイとレンと、それから暁兄だな」
「暁斗君が来るのは久しぶりだな。瑠奈さんは?」
「ガルと出かける予定だとよ。最近仲良いんだよな、あの二人」
「ほう? デートってことだな。残念だ、俺としては、瑠奈さんには将来はお前とくっついてもらいたかったんだが」
「……さらりととんでもねえ事言うんじゃねえっつーの」
「はは、冗談だ。お前をもらってくれるのは瑠奈さんぐらいしかいない、と思っているのは本当だがな」
「大きなお世話だっての!?」
ルナはオレの親友だ。お互いのことは、誰よりも知ってる自信がある。けど、今んとこお互いにそういう感情には発展していないし、する気配もない。それはカイも同じらしくて、どっちかと言うと妹って感じだ。本人に言ったらオレが弟にされるだろうけど。
ま、仮にオレが惚れたとしても、向こうは気づかないんだろう。……レンを見てるとよく分かる。
「それにしても、お前の話だと、ガルもうまくやってるみたいだな」
「だな。意外とまともに先生なんだよ、人気もあるしな」
教え方も上手いし、ルックスもあれだ。男のオレから見てもほれぼれするほどの美形だからな。変な意味じゃねえぞ、断じて。
「それは何よりだ。慎吾の見込みが正しかったって事だな」
「見込んだっていっても楽しそうって意味じゃ……あー、そうか、親父は最初からああするって知ってたんだよな」
「はは、まあな。そして、俺もちゃんと納得してああさせた。なに、あいつもそこまでトチ狂っちゃいないさ。あれでもあいつなりにしっかりと考えて出した結論だ……多分」
「自信無えんじゃねえか!」
この人は昔から、白衣を脱ぐと性格がテキトーになる、てかこっちが素だ。仕事と普段で自分を使い分ける、ってのは当たり前なんだろうけど……仕事中が生真面目だけに、オレでも未だに調子が狂うっての。
と、そんなアホらしいやりとりをしていると、呼び鈴が鳴った。
「ん、来たかな?」
オレは早足に玄関へと向かった。ドアの向こうからは騒がしいほどの声が聞こえる。みんなの声だ。
「入っていいぜ~」
オレがそう言うと、ドアが開き、みんながまとめて入ってくる。
「おう! 邪魔すんぜ」
「久しぶりだな、ここに来んのも」
「お邪魔します」
「へへ、いらっしゃいってな。みんな一緒だったんだな」
カイにレンに暁兄。三人ともセットで入ってきた。
「上から見たら二人がいたんでな」
カイは眼鏡をかけ直している。飛ぶ時は固定するようになってるらしいけど、それでも多少はズレるそうだ。
ちなみに、カイは別に視力がそこまで悪いわけじゃない。あくまでもあれは、空を飛ぶ時の補強用らしい。
「じゃ、上がれよ。オレは菓子持ってくるから、部屋で待っててくれ」
みんなが二階に上がるのを見届けて、オレはリビングの菓子を取りにいった。さあて、今日はしっかりガス抜きさせてもらおうかな。
「よっしゃ!」
「うわ……お前強すぎだろ」
まずはレンが持ってきた格闘ゲームをやることにした。オレはアクション系は大得意なので、只今3連勝中。
「うーん、俺はやっぱりこう言うの苦手なんだよな。いや、面白いんだけど、よくそんな上手くガードとかできるよな」
「コツを掴めば簡単だぜ、暁兄」
「てか、お前ならPSを使えば全部見えるんじゃねえか?」
「見えるけど、それで勝っても虚しいだけだろ……」
苦笑いする暁兄は、勝負は正々堂々やってこそ楽しいって持論の持ち主だ。
「そういや、ガルはゲームとかしねえの?」
「するように見えるか、あいつが? 勧めてもねえよ」
「いやでも、やらせてみたら意外に上手そうな気も……」
「いーや、俺はコントローラー粉砕事件を予言しとくぜ!」
動体視力とか反射神経もやばいし、こういうの得意そうだなって思ったけど、暁兄の言い分も何となく分かっちまう。あいつ、どっか世捨て人っぽい印象があるってか、何となく機械とかに弱く見えるんだよな。
まあ、そんなこんなで盛り上がり始めた頃、思い出したようにレンが言う。
「そう言えば、ルナは誘ってないのか?」
「いや? あいつとルッカも誘ったぜ」
あ、レンには教えてねえんだっけ。ルナが来てない理由……。
「ルッカの野郎は大事な客が来るとか言ってた。あいつ、一人暮らしなんだろ? すげえよな」
「ああ。あいつはそういう部分は昔からしっかりしてるからな。近所ではあるけど、親父も一人暮らしに反対しなかったよ」
「ふーん。で、ルナは出かけたらしいぜ」
「一人で、か?」
カイはさらっと流そうとしたようだが、見事に失敗した。仕方なく素直に答えるカイ。
「いや、ガルと一緒だ」
「ガルと……」
本人が気付いてるかは分からないけど、レンの眉が若干つり上がる……ああ、やっぱり気にするか。だからこいつには言わなかったのに。
オレ達としてはこの話は避けたかったんだけど、レンは何をトチ狂ったか、自分から地雷に突っ込んできた。
「最近……仲良いよな、あの二人」
「ん。まあ、そうだよな」
暁兄はレンに気を使っているためか、たどたどしく答える。てか、止めとけよレン、それ以上は……なんていうオレの心は通じず、獅子の自爆は止まらない。
「お前らは、どう思う?」
「どう、って?」
「あの二人の関係って……」
「…………!」
ストップ! 頼むレン、その先は言うな! いや、オレには答えらんねえからな! よし、任せたぜカイ……おい、目を逸らすんじゃねえ!
――と、オレ達が逃げ出したい気分になってきた時、部屋のドアが開いた。
「悪い、遅くなった。ほら、買ってきたぞ」
入ってきたのは、ジュースのペットボトルを抱えた虎人。慧兄、ナイスタイミング!
「へへっ、サンキュ! いろんな意味で!」
「よっ、慧。お前ってやっぱり良い奴だよな!」
「久しぶりだな、会いたかったぜ。お前、本当に最高!」
「ん? 何でこんなに歓迎されてんだ。ま、良いか。暁斗もちゃんと来てるな」
そういや、暁兄を誘ってくれって言ったの、慧兄だったな。
「それじゃ、浩輝。ちょっと暁斗と海翔を借りるぞ」
「おう……へ?」
「いや、二人に見せたいものがあんだよ。蓮と待っててくれ」
……ちょい待て。あの会話の途中でレンと二人!?
「二人はいいよな?」
『もちろん!!』
……こんの薄情者共がああああぁ!!
「じゃあ、すぐに戻ってくるからな!」
「ま、待っ……! おおぉい!!」
こうしてオレは、エスケープ不可能な空間に取り残された。