離法千里
UDBは、下にいた鉄獅子と、蜥蜴の二種類。俺達を取り囲むように20体ほどが出現しているが、これで打ち止めではないだろう。
俺達も、戦法は前もって決めてある。みんながUDBを片付ける間に、最も一騎討ちに向いた能力の俺が、クリードの相手を引き受ける。
俺は月の守護者により得られた瞬発力で、一気にクリードとの距離を詰めるべく駆ける。だが、それを無償で許してもらえる相手でもなかった。
「まずは、小手調べといくぜ?」
クリードは、まだ10メートル近い距離がある中で、静かに長刀を構え、そのまま振り抜いた。俺の脳裏に浮かんだのは、塔の上から降り下ろされた遠距離攻撃。
俺は、剣の軌道の直線上から逃れるように左に跳ぶ。……一瞬の後、僅かに視認出来るほどの白い線が空中に走った。それが僅かに掠めた俺の頬に、鋭い痛みが走った。
「ち……!」
見切りが甘かったか。少量の血が舞ったが、気にするほどの傷ではない。これでは避けきれないと分かったのと引き換えならば軽いものだ。
クリードは手を休めず、立て続けに刀を振るう。俺も、今の一撃を元に避けられる範囲を見極めて、続けて走る白い線から逃れていく。
「並のやつならこれで落ちるが、やっぱそうもいかねえか。ま、そんな拍子抜けな展開はこっちも御免だけどよ」
「ならば……その余裕をへし折り、こちらが決めてやろう!」
「おっと、そいつも却下だぜ!」
負けじと俺も波動を刀に込め、振り抜く。こちらも牽制の意味合いが強いが、クリードは軽やかな身のこなしで、二発飛ばしたそれをいなす。
こちらも手を休めずに攻めてしまいたいところだが、俺の相手はクリードだけではない。右側から喰らいついてきた鉄獅子の一撃を跳躍して避け、背中を蹴り飛ばす。さすがに、一対一で集中できる状態ではないか。
一方のクリードは、空中の俺に向かって斬撃を飛ばしてくる。俺は翼を羽ばたかせる事で何とか体勢を変え、すんでのところでそれを逸らした。狙いは実に正確だ。
(――俺も、全てを把握してはいない。あの男のことだ、欠点があっても見せはせんだろうし、隠し玉も十分に考えられる。ただひとつ、確実に言えるのは……奴の前に、距離は無意味だ)
出発前に聞かされたシューラの言葉は、大袈裟ではなさそうだ。実際に対峙してみると、その厄介さが身に染みる。
「〈離法千里〉……その能力名は、伊達ではないか……!」
「ま、実際は千里までは無理だがな。目に映る範囲なら、全部俺の距離ってところだ!」
奴の力は、遠距離に斬撃を行う力……遠く離れた場所を、刀の動きに連動して切り裂く力、だ。
俺も月の守護者により似た事は可能だが、直線上に波動の刃を射出する俺とは違い、彼の能力は、対象地点をそのまま斬り裂く。故に、このような混戦であっても、味方を巻き込まず俺だけを狙う事が可能だ。
シューラから与えられた情報は他に、距離に応じて僅かなタイムラグが発生する事と、斬られる前兆としてうっすらと白い光の線が発生する事。もっとも、線が見えた次の瞬間には斬られていると言ってもいいようだ。反応速度が上がる俺の能力ですら、回避は極めて困難だ。
特徴が分かっているだけでも有り難いが、後は実戦の中で見極めていくしかない。ひとまず、確かめておかねばならないことは……。
「どうした、逃げ回ってても敵は倒せねえぜ?」
「安い挑発だな。それに乗るとでも?」
「へっ、けど実際のとこ、時間をかけたくねえんじゃねえか、そっちは?」
「それはそちらも同じことだろう。余計な援軍が来る前に決着をつけたいはずだ。いずれにせよ、そう簡単に行くと思うな!」
俺は、PSによる斬撃の位置を予測して……そこに向かい、刀を振るった。瞬間、俺の手に伝わってくる、確かに剣を受け止めた感触。
クリード本人は、完全に刀を振り抜いており、俺の行動に面白そうな表情をしていた。だが……これで、いくつかの事が分かった。
あの力により飛ばされた斬撃は、確かにクリードの剣と連動している。しかし、蓮のように、本当にそこをクリードの刀が斬っている訳ではない。恐らくは、『もしもそこを本当に刀が斬っていたら』という事象だけを発生させているのだ。俺のように、超常的なエネルギーによる刃を生み出しているわけでもないだろう。
そして、その『仮定によって生まれた斬撃』は……確かな物理現象であり、受け止められる。もしもそこで斬っていたら、なのだから、ある意味で当然か。無論、PSに物理法則などまともに当てはまりはしないのだが。
もう1つ。受け止めたところで、クリード本人にはフィードバックは発生しない。体勢を崩したいならば、こちらは本体を狙うしかないと言うことだ。
「随分と適応が早いことで」
「生憎、俺もそうでなければ生き残れない環境にいたようでな」
「ははっ! いい傭兵になれるぜ、お前さん」
「お前ほどの傭兵から評価されるのならば……光栄だな!」
一気に踏み込むと、袈裟斬りを繰り出す。クリードは特に慌てる様子もなく、短刀を用いてそれを受け流しつつ、後ろに下がった。そして、俺が再び踏み込むより先に、俺の左胸目掛けて刺突による一撃を返してきた。
回避にとられた一瞬の隙に、2体の鉄獅子が横槍を入れてくる。俺は舌打ちしつつ、一度下がらざるを得なくなった。
やはり、距離を詰めただけで取り巻きがいるうちはかなり厳しいか。本来ならば周りから仕留めたいところであるが、さすがに奴から意識を逸らすのは危険だ。
「なかなか粘ってくれるな……じゃあ、こいつはどうかね!」
続けて、クリードは十分な距離を取ると、再び刀を振るった。しかし俺も、軌道を見切るのにはかなり慣れてきた。やられてばかりは性に合わない、避けながら次こそは俺のレンジを保つ。
だが、踏み込もうとしたところで、俺の思考が警鐘を鳴らす。……いま、振るった回数に対して、線がひとつ少なかった。狙いが逸れたのか? いや、こいつがそんなミスをするとも思えない。
考えろ。奴の能力で、可能そうな事を。先ほどの一撃……それが、外したのでないとすれば――
「――――!!」
導かれた可能性に、半ば反射的に足を止めたところで……目の前に線が走る。腹部に、痛みが走った。
「うぐ……!!」
かろうじて、薄く斬れた程度に留まった。しかし……間一髪だ。あと一歩でも踏み込んでいれば、致命傷になっていただろう。
……種にはすぐに予想がついた。時間差による起動だ。
これは、恐ろしく厄介だな……奴が何回剣を振るい、何発起動したのかを把握しなければならない。いや、恐らくその気になれば、密かに攻撃を仕込むこともやってのけるだろう。
「ははっ、こいつを見切れる奴ってのはそうそういねえんだがな! 兄ちゃん、やっぱり楽しませてくれるじゃねえか!」
「……合理主義で、戦いを楽しむタイプには見えなかったが、な!」
「ジョシュア程ではねえさ。我が身が第一だしな。けど、ま、生憎と嫌いでもねえよ。相手を徹底的に屈服させんのはな!」
波動の刃を飛ばしつつ、駆ける。遠距離攻撃は、どうしてもあちらに歩がある。再び至近距離に持ち込みたいところだが、下手に突っ込めば自分から敵の攻撃を浴びかねない。
この状況で耐え続けるのはかなり厳しそうだ。何とか隙を見付け、勝負を決めなければ。
「ガル……!」
「集中しなさい、瑠奈! イリア、次は前から3体、足を止めますよ!」
「了解! 目標を鎮圧します!」
俺にもあまり余裕はないが、何とかみんなの様子も伺う。出来るだけ引き付けてくれてはいるようだが、相手の数が数だ。少しずつ倒してはいるものの、倒した端から補充もされている。そう簡単に打ち止めになりそうもない。
ジンは多数との戦いを得意とする。彼を中心に動けば、UDBのみを相手にしている限りは大丈夫だろうが……いつクリードが向こうを狙うか分からない。俺があいつを止めなければならないが、現時点でも際どさがある。
流れはどうにも向こうに傾いているようだ。何とか、一度体勢を立て直さなければ……少しでもこちらが流れを掴む何かがあれば……!
――戦場に銃声が響いた。