歪んだ探究心
中央区画。
元々、サングリーズ砦はこの区画だけしか存在していない、砦としては平均的な規模のものであったらしい。
それが、当時の隣国との小競り合いから、改修に改修を重ね、増築を繰り返し――最終的には要塞と呼んで差し支えない規模にまでなりながらも、初期の名残から最後まで砦と呼ばれていたようだ。
「全く、数だけは多いな。面倒な事だ」
「だが、この先に行くにはそうも言ってられんだろうよ。気は抜くんじゃないぞ?」
「誰に向かって言っている。お前こそ、歳を言い訳にせんでもいいように頑張るんだな」
「歳はお互い様だろうが……」
中央塔を駆け登るのは、俺と空の二人だ。
彼が赤牙にいた時は、ペアを組んだ事も数えきれない。しばらくのブランクはあったが、互いに相手の癖は忘れていなかった。彼との付き合いは、誠司たちよりもさらに長いからな。空の得物は昔と異なるが、何度も手合わせだってしてきた。
立ち塞がる敵を空が撃ち抜き、接近する者を俺が斬り伏せる。示し合わせる必要もなく、ごく自然に連携できた。
『コ、コイツラ……!』
「くっ、何と言う力だ……信じられん!」
「怪我をしたくないならば道を空けろ! 力の差が分からない程に愚かではないだろう!」
「そうはいかん……! 命に代えても、貴様たちを止めるのが我らに下された命令だ!」
……命に代えてもか。こいつらは、本当にその命令を疑問に思っていないようだ。造られたUDB、そう刷り込まれた存在、か。もっとも、今はまだ余裕があるので、致命傷を避けて叩き伏せるのは容易だが。仕事柄、敵の無力化には俺も空も慣れている。
「敵が配置されている以上、この奥に何かあるのは間違いなさそうだな」
「ああ。例の三人のうち誰かか、それとも、さらに上の存在か。相手によっては、俺たちでも気は抜けないな」
「誰が相手であろうと遅れを取るつもりはなければ、他の奴らが負けるとも思わんがな。くく、俺が離れて少し心配していたが、本当に良いメンバーが揃ったものだ、赤牙は」
「そうだな。若い連中に戦わせるのは、やはり忍びないが」
「だからこそ、俺たちがあいつらの力になるんだろう? 俺も、娘がこの道を選んだことに不安はあるが……自分がそうだったから、止められんのも分かっている」
そう、恐らく彼らは止められない。元からいたメンバーはもちろんだが、ガルは自分の記憶を追う事を止めないだろうし、瑠奈達はそんな彼を放ってはおかないだろう。
ならば、最初から目の届く範囲で守った方が良い。慎吾達が俺にみんなを預けたのは、彼らの意志を尊重しつつも、しっかりと庇護下に置くためでもある。
「心配するな。他の連中もそう簡単に遅れは取らんことは、俺よりお前の方が知っているだろう?」
「そうだな……俺たちは、自らのやるべき事を終わらせるだけだ!」
群がってくるUDB達を一蹴しつつ、俺たちはある一点を目指していた。事前に、砦の構造は確認してある。この中央区画で、敵がいるとしたら……砦において最も重要な場所だろう。
「見えたぞ、あれが総指令室だ」
「当てが外れていなければ良いがな……!」
「その時はその時だ。最初からしらみ潰しよりは余程ましだろう?」
破棄された軍事拠点を、連中が元の役割通りに使っている保証はない。だが、構造として適しているからこそ、元の役割があるのだ。
司令部などの中枢は、攻める側として最も攻めづらい場所なのが常だ。奴らが俺たちの到着を見越しているならば、防衛機能を活かそうとする可能性は高いと踏んだ。
しかし……総指令室へ至るまでの道中で、俺の中にはもう一つの考えも生まれていた。
「どう思う、空?」
「聞くまでもないだろう? 露骨に誘い込まれているな」
敵は確かに、司令室までの道中に大量に待ち構えていた。しかし……その配置が、不自然なのだ。明らかに、司令室までのルートが最も突破しやすい形で、防衛線が組まれている。
「誘い込んでいる事を隠そうともしていないか。よほど余裕を持っているようだ」
「随分と馬鹿にしてくれる奴らだ。ならば、この国を踏みにじったことも加えて、ツケを取り立てに行くとするか?」
「ああ。歓迎の礼は、相応にさせてもらうとしよう」
どんな罠が仕掛けられているか分からない。俺たちは、手早く部屋の周囲にいるUDB達を戦闘不能に追い込むと、最大限の警戒をしつつ、部屋の中へと飛び込んだ。
――途端に、背後にいたUDB達が急に歪み始めた。
「なに……?」
程なく、その姿が消えていく。まるで最初からそこには何もいなかったの如く……これは、再転移したとでも言うのか?
「戻したのか? 背後に兵を残しておけば取り囲めると言うのに……何故だ?」
「分からん。その理由は、直接尋ねた方が早そうだな」
「あくまで彼らは前座ですから。ここから先の舞台には、少々不釣り合いでしょう?」
司令室は、俺が考えていたものよりも、少しだけ広さがあるようだ。最上階の1フロア全体が使用された一室……今は機材の関連は全て取り払われており、広々とした空間となっている。
そして、不気味な笑い声の主は、静かに部屋の中央に佇んでいた。黒衣に身を包んだ、仮面の人物。間違いなく、ガルから聞いていた存在の特徴と一致していた。
「退屈な序幕にお付き合わせして申し訳ありません。一応、これもテストの一環なのでね。さすがに役者不足なのは想定通りですが」
「その出で立ち……お前が、マリクだな?」
「ええ。お会いできて光栄、と言うべきでしょうか? 神藤 空。それに、ウェアルド・アクティアスよ」
芝居がかった、不快感を煽るような合成音声。俺たちの素性が知られているのは、今さら驚くべき話でもない。
「まるで、俺たちを待っていたかのような口振りだな?」
「クク、実際に待っていたのですよ。特にあなたをね、ウェアルド」
「ほう、俺は二の次だと? 舐められたものだな」
「おや、失敬。誤解を招いたようですが、あなたも実に興味深いと思っております、空。ただ単に、その方が格別というだけです。私がここを訪れた理由が、その方にあると言えるほどにね」
マリクは少しだけこちらに歩み寄ると、姿と同じく芝居がかった様子で喋り始めた。
「英雄たちは、皆が優れた力を持っていた。天性の才能、たゆまぬ努力、生き延びる強運、そして強靭な意志。全てが重なった、人としては紛れもなく最高クラスの戦士達。そして……」
表情は読めない。だが、何となく……俺は奴が仮面の下で笑っているのを理解できた。
「そのリーダーたるあなたは、まさに最強の戦士と呼ぶに相応しい存在だ。私にとっては、この世界で特に興味深い存在の一人なのですよ」
「買い被ってもらうのは結構だが、俺はリーダーになったつもりはない。俺たちの立場は平等で、誰が上と言う事は無かったからな」
「くく、そうおっしゃるとは思いましたがね。ですが、あなたが英雄の芯であったのは確かだ。その能力も、立場もね」
……立場。その言葉が出てくるか。
「比類なき、類い稀なる戦闘力。他者を惹き付ける、天性のカリスマ。そして……いかなる時にも折れない、気高き精神。あなたがいたからこそ、英雄はあったのですよ」
「随分と誉めちぎってくれる。お前も実は英雄のファンだ、とでも言う気か?」
「くく、ある意味ではそれでも間違っていません。繰り返しですが……あなた達は、私にとって特に興味深い存在ですから」
そこまで言ってから――マリクは、堪えきらなくなったかのように、声を上げて笑い始めた。ガルから聞いていた人物像からしても、少し予想外な反応だ。
「クク、ハハハ……ああ、いつ以来でしょうか? ここまで、気分が高揚するのは! あなたは、あなたならば、実に面白いデータを私にもたらしてくれそうだ!」
「データ、か。バストールの時と同じく、戦ってデータを集めると? だとすれば、そのような余裕を与えるつもりはない」
直接対峙した今、話で聞く以上にはっきりと分かる。こいつの存在は、危険すぎる。これ以上、自由にさせてたまるものか。
「ウェアルドに同感だな。貴様ならば、ためらいなく撃つことが出来そうだ」
「加減はしない。ここで、その歪んだ探究心を終わらせてやろう!」
「……クク。早とちりしてもらっては困りますよ」
「……何だと?」
武器を構えた俺達に対し、マリクはそう言い放つと……天井に向かって、手を伸ばした。
「あなた達と戦うのは、私ではなく……彼です。さあ、来なさい!〈メルヴィディウス〉!!」
――次の瞬間。
天井が崩れ――途方もなく巨大な何かが、俺たちの前に降りてきた。