その男、取扱注意につき?
「ったく、次から次にご苦労なこった!」
東区画、砦の内部へと突入した俺たちは、熱烈な歓迎を受けていた。
辺りを取り囲む、獅子と蜥蜴の混成部隊。倒しても倒しても、例によってどんどん後続が現れて、なかなか先に進めない状況だ。軍のみんなとも手分けして別行動になっちまってる。
「本当、ライオンとトカゲばっかで嫌になるわ。 次は虎でも準備してきたら……完璧よね!」
「…………って、一応言っとくが俺は蜥蜴じゃなくて竜だ!」
「似たようなもんでしょ! ほら、海翔も蓮も、そっちにお仲間が行ったわよ!」
「似てねえし仲間じゃねえ! ちっ、後でゆっくり話が必要だよな、レン!」
「全くだな。コウも呼んで一緒に文句をつけるとしようか!」
軽口叩きながらも、俺たちは何とか敵とやりあえていた。その理由としては、やっぱりあの人の存在が大きい。
「如月、合わせろ!」
「はい!」
どうやって、とは聞かない。何故ならあの人は、俺が動きやすいようにやってくれるからだ。次の瞬間には、突如として沸き上がった気流が蜥蜴を呑み込み、その重量級の身体を持ち上げていた。
「うおぉっ……!?」
俺の目の前にあるのは、がら空きになった蜥蜴のボディ。その絶好の的に思わず笑みが浮かぶのを感じながら、俺は渾身のアッパーを叩き込んだ。炎を纏いながらめり込む俺の拳。
「ぐふぁッ!? が、げぇ、ごはっ……!!」
内臓を抉る衝撃にくぐもった声をもらし、蜥蜴は盛大にゲロを吐いた。だめ押しとばかりに、先生の放った烈風がそいつを一気に吹き飛ばす。そのまま壁に背中から叩き付けられたUDBの腹を、チャクラムが幾重にも斬りつけた。
視線を移すと、蓮と戦っていたライオンの方は、先生自らクローで貫いていた。あれをやりながらあそこまで正確に援護してくるんだからな、この人は……。
襲ってくるUDBの半分以上を仕留めているのは先生だ。残りの半分も、先生の援護があってこそ仕留められたやつが多い。
マスターが言っていた。集団戦については、マスターより先生の方が数枚上手だと。俺だって、先生が強い事はよく知っていたつもりだったけど……こうして実戦で味方として戦うと、それも甘かったのがよく分かる。
この人はすげえ。凄すぎる。本当に届くのか、自信がなくなっちまうぐらいに。俺達の先生である事が、心から誇らしくなるぐらいに。そして……命懸けで戦う恐怖なんか、ぶっ飛ばしちまうぐらいに!
「如月、次に備えろよ!」
「っと、分かってます!」
「みんな、怪我はないわね? 何かあれば治すわ!」
「今は……何とか大丈夫だ!」
コニィの振るった棒が、ライオンの顎を打ち据える。よろめいたそいつに、レンが見事な槍さばきで追撃を加えた。
コニィはPSを使った治療だけじゃなくて、棒術の腕前も本物。優しく穏やかな性格と違って、並の男じゃ太刀打ち出来ないぐらいの実力の持ち主だ。
本人曰く「護身の為に昔から習っていた」らしいけど、センスがあってこそだろう。悔しいけど、たぶん俺らより強いと思う。
「にしても、埒があかないわね。なかなか奥に進めやしないわ」
「だな。こうなりゃ、最善の策は……」
倒したそばから沸き上がる新しい歪みに、美久が辟易した様子で愚痴る。このまま消耗していくのも、相手に時間を与えすぎるのもまずい。それなら。
俺が先生以外の三人にアイコンタクトを送ると、みんなは意図をすぐ察してくれたのか、頷いた。このチームが決まった時に、こっそり四人で話し合っておいた事だ。
「先生。ここは俺たちに任せて、先に行って下さい」
「! ……だが」
「どうせ俺たちじゃ、敵の幹部クラスの奴らに敵わないと思います。でも、先生なら戦えるでしょう? だったら、ここで先生を送り出した方が役に立てるってやつです」
先生がいるから安心、と考えた矢先だけどよ。だけど、甘えてばかりもいられねえ。そんなんじゃ、俺はいつまでも追い付けない。先生が強く制止してこないのは、この人もそれがベターだと分かっているからなんだろう。
「俺なら平気です。なあに、獅子と蜥蜴の丸焼きをいっぱい作ってから追いかければいいんでしょう?」
「なら、おれはそいつらを串刺しに束ねておくとするかな……!」
「なら、私は刺身でも作るとするわ。さあ、三枚に下ろされたいのはどこのどいつかしら?」
「随分と前衛的な料理ね……胃薬の準備はしておくけれど、自己責任よ?」
馬鹿みたいな事を言い合いながら……不安を誤魔化して余裕があるように振る舞いながら、俺たちは先生の背中を守るようなシフトを組む。先生は少しだけ躊躇う様子を見せたけど、すぐに思い直したように前を向いた。
「お前たち……任せたぞ!」
「ええ、任されました!」
一言残して、先生は奥へと駆け出した。任せてくれるぐらいには信頼されてるんだって思えば、嬉しいもんだ。
その姿を確認してから、向き直る。もう次の転移はほとんど終わっているようだった。なら、先に確認しとくか。
「ところで美久、お前は本当に良いのかよ。何か事情があるんだろ? 先に進みたいんじゃねえのか」
あの捕虜の尋問にこいつが同席したのも含め、それに気付かないほど馬鹿じゃない。それに、こいつなら先生の足手まといにはならないはずだ。けど、四人で話し合った時と同じように、こいつは首を横に振った。
「それはそうよ。だけど、あんた達だけを残しておくつもりはないわ。あんたたちを守ってあげるのも先輩の役目でしょ?」
「お、ちょっとは俺の事が気になり始めたか?」
「……もう。あんただけじゃないでしょうが、馬鹿。軽口叩いてる暇があったら構えなさい、色ボケ!」
「本当にな。色ボケにつける薬とか無いのか? コニィ」
「残念だけど、それはさすがに開発されていないかしら……強いて言えば、対象からの手痛い拒絶が一番効くでしょうね」
「ちょ、余計な事言うなそれはちょっとヘコむ自信がある! ……にしても、こいつらどうしたんだ?」
馬鹿話は適当なとこで切り上げ、みんなに投げかける。こいつら、とは、転移してきたUDB達のことだ。
今までの連中は、転移が完了したらすぐに襲い掛かってきていた。だから、俺たちも話はしながらもすぐに迎撃に移れるように構えたままだった。それなのに、今回の奴等は、何故か待機姿勢のままで動かない。
数としては蜥蜴3、獅子が3の計6体。心なしか数も少ないみたいだけど……打ち止めか? まさか先生がいなくなったから手を抜いてる訳じゃねえだろうし。数が減ってきたから慎重になっているんだろうか……。
「イイイィーーヤッハアアアアァァーー!!」
そんな奇声が、俺の思考を吹っ飛ばした。
それが聞こえてきたのは、頭上から。そのあまりにも悪目立ちする、テンションの高くて妙に楽しそうな声に、俺たちは思わず一斉に見上げた。
……そして、見てしまった。
牙を見せた満面の笑みと、両腕を広げた変なポーズと、たなびくオレンジのマフラーと共に……空から降ってくる、犬人の男を。
「……は、あ?」
気の抜けた声を出しちまったが、今回ばかりは俺を責められる奴はいないと思う。と言うか、とりあえず隣に立ってるレンもポカンとしてるし、ちらりと振り返ると残りの二人もそうだった。
そんな俺たちの心境を知ってか知らずか、そいつはついに地面に降り立った。両足でキレイに着地したそれは、どこに向かってやっているのか分からない、親指を立てた決め顔をしてみせやがった。
「決まった……お茶の間の誰もが待ってた、俺の華々しいリグバルド編デビュー戦! やっぱり上空からの登場は華麗にして至高、転移座標を弄った甲斐があったな! ちょっと脚が痺れてるのはご愛敬だ!」
「…………」
実に満足そうにそんな事を口走る、サモエド系と思われる犬人の男。毛並みは全体的に白、髪は黒。背が高く、体格はガルと同じぐらいだろう。毛並みとか顔立ちはキレイな印象……なんだけど、何と言うか……雰囲気が全て台無しにしていると言うか……。
そいつは、たっぷり自己陶酔にひたった後、ようやく俺たちの方を見た。品定めするように眺めてから、口を開く。
「なるほど、お前らがギルドの面子か。話には聞いてたが、確かに若人ばっかだな。うんうん、少年少女の冒険活劇。青春の輝きに満ち溢れているな!」
「………………」
「だが、残念ながら戦場は大人の社交場! 酒も飲めないボーイ達は、門前払いのお門違いってやつなのさ!そう、それが世界の無情……ああ、『良い子は9時までに寝なさい』と母に言われた、あの日の理不尽を思い出す……」
「……………………」
誰も何も言わない。と言うか、言えない。さっきまで緊張感溢れる戦闘をしていたはずで、軽口叩いてたのは怖さとかそういうのを誤魔化すためだったわけで、その……まあ、何だ。急激な落差に、さすがの俺も頭がついていかない。
「な、何なんだ? こいつ……」
「おやおや、こいつとは随分な言いようだな、少年。初対面の人、特に年上には礼儀正しくしなさいと、パパから教わんなかったのか?」
「…………………………」
「しかしまあ、アレだな。年上である事が絶対のアドバンテージだと吹き込まれた少年時代。大人になれば偉くなれると信じて、早く大人になりたいと願っていたもんだ。そう考えると現実の非情さときたらたまらないな。どこまで行っても逃れられない年功序列、上司に媚を売る毎日……翼をください、高く買います」
……何だろうか。とりあえず、一言で言ってしまえば、ウザい。もう少し言えば果てしなくウザい。ウザさが服を着て歩いているんじゃないだろうか。今すぐこの場から消えてもらいたいレベルで鬱陶しい。
後ろではUDB達すら「……大丈夫なのか、アレが指揮官で」「仕方ナイダロウ、主ノ命令ダ……」などとぼやいている。……なるほど、待機してたのはこいつが出てくるのを待ってたのか。うん、ちょっと同情する。
「まあいいだろう、名乗ってやろうじゃないか。この俺こそが! 激動の傭兵業界に颯爽と現れた期待の星! 殺伐とした戦場に舞い降りたみんなのヒーロー!」
「長えよ! 名前だけ言えよ!」
「こら、口上に割り込むな馬鹿者! 業界のマナーだろうが!」
「何業界だよ!? 特撮じゃねえんだぞ!」
「全く……では、気を取り直して! この俺こそが、世界に轟く予定の『千手の闘士』の二つ名を持つ……いや、『無限の護手』だっけ?」
「覚えてねえのかよ! てか、予定って何だ! それ自称だろ!?」
「カイ、落ち着け……呑まれてるぞ」
我慢できずに思わずツッコミを繰り返す俺を、レンが諌めてくる。……こいつはとっくにコミュニケーションを諦めている様子だった。
「コホン。この俺が、本名不詳の謎のニューヒーロー、人呼んでハヴェスト・ヴァッサーだ! よろしく頼むぜ、少年達よ!」
ようやく発覚した名前と共に、キラッという効果音でもつきそうな笑顔を見せる男、ハヴェスト。……とりあえず、よろしくは丁重にお断りしたい。
「本名じゃねえのかよ……てか、偽名なら速攻でバラしたら意味ねえだろ……」
「分かってないな少年。本名不詳、それだけで十分なのさ! 男はミステリアスな方が渋みが増すんだぜ!」
「お前の言動の全てがミステリーすぎて、渋みの欠片もねえんだよ!!」
「か、海翔、真面目に受け答え出来る相手じゃないと思うわよ……」
「おっと酷いな、ピンクのお嬢ちゃん。猫のお嬢ちゃんはどうだ? イケてると思うだろ?」
「……とりあえず、まあ……一言で言えば、絶対に無理。論外。と言うか、あんたという選択肢はこの世界に存在しちゃいけないと思うわ」
「存在否定!?」
さすがにショックを受けたのか、そいつはがっくりと膝をついて項垂れた。いや意外とメンタル弱えな!
暗い画面にスポットライトって構図が似合いそうなレベルのへこみ方で、ほっといたらキノコでも生えてくるんじゃないだろうか……って、いけねえ。レンの言う通り、完全に呑まれてた。
「て言うか、マジでおふざけに構ってる場合じゃねえんだよ。邪魔すんなら……」
「いいさいいさ、子供に渋い大人の魅力は分からないさ……それに」
地面に『のの字』を書きながらいじけていたそいつの動きが、いきなりぴたりと止まった。と、へこんでいた体勢から何とも軽やかな動きで跳躍すると、一度宙返りしてみせてから最初と同様キレイに着地して、言い放つ。
「俺のお仕事は、少年たちにお仕置きすることなんでな!」
「…………!」
ふざけた空気はそのままだったが、そいつが見せたのは、はっきりとした敵意だ。律儀に控えていたUDB達も、同様の戦闘態勢に入っていく。
「最後通告だぜ、ボーイ達。大人しく親御さんのとこに帰るんなら、おにーさんは見逃してやらなくもないぞ?」
「……へっ。オッサンこそ、殴られたくねえならとっとと引っ込めよ」
「おっ……お・に・い・さ・ん・だっ! まだ三十路の壁は越えてねえ!」
「俺から見たら十分オッサンだし」
「……んな事言ってたら、20越えた後の時の流れは残酷だぞ?『いつまでも あると思うな 若い俺』。気付いたら君もオッサンの仲間入りだ、おめでとう」
「いや、今の俺には負け惜しみにしか聞こえないから割とどうでもいいし。……それに、帰るとか有り得ねえよ。俺たちは覚悟してここに来てんだし。今この瞬間も、仲間が戦ってんだ」
「そうだ。お前みたいなふざけた奴に脅されて帰る道理はない」
「て言うか、邪魔なのよあんた。私たちは、早くこの先に行かなきゃいけないの」
「あなたが敵の一員であると言うのならば、遠慮はしません。どいてもらいます」
「……ふうん?」
ハヴェストは一瞬だけ面白がるような表情を見せたかと思うと、両腕を組んだ状態で笑い始めた。