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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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鉄の獅子と守護の乙女

「当然なんだろうけど……高いね」


「山岳地帯の向こうまで見渡す必要があるからね。本当は東側にもあったらしいけど、戦いの中で壊れて……結局、修理する前に戦いも終わって、そのまま破棄されたらしいよ」


 この監視塔の規模は、地上15階建て、50平方メートル程であるそうだ。複雑な構造をしているわけでもなく、他の区画と比べれば探索に手間はかからないだろう。

 だからと言って気は抜けない。この先に、敵の指揮官の誰かがいる可能性は十分にある。


 ネロはアガルト軍の指揮に回っている。改めて、彼らの協力は有り難いな。ギルドだけでは、どうしても人手が足りない。


「さて、急ぎますよ。時間をかければそれだけ不利になりますからね」


「ああ。だが、相手が相手だ、十分に警戒しつつ進むぞ。素直に通してくれればいいが……っ!」


 俺たちを、いつもの不快な感覚が襲ったのは、丁度そのタイミングだった。やはり、そう簡単にはいかないようだ。辺り一面に広がるのは、歪んだ空間。


「耳鳴りに歪み……まさか、これが!」


「ああ。空間転移の、前兆だ!」


 今回は全員に伝えてある。アガルト軍も展開は素早く、ネロの的確な指揮により、即座に戦闘態勢に入っている。


 そして、数秒の間を置いて、歪みから多数のUDBが出現した。転移にかかる時間が短くなっているのは、恐らく気のせいではないのだろう。

 現れたのは、大柄な体格の、黒い獅子型の獣。六体ずつの纏まりが三つで、俺たちはそのうち一つの真正面だ。残る二つのグループは、アガルト軍を挟撃する形となっている。


「このUDBは、バストールの……!」


「鉄獅子だ。体格はローヴァル山に出てきた個体と近いな。だが……」


 雰囲気が違う。山で遭遇した彼らには知性が感じられなかったが、この佇まいは、どちらかと言えばノックス達のものに近い。ならば。


『……フム。データ通リデハアルガ、子供モ混ジッテイルカ』


『油断ヲスルナ。我ラノ試作型ガコイツラニ敗レタノハ、相手ヲ甘ク見タカラダト教ワッタハズダゾ』


 やはり、知性があるようだな。それに、工場の奴らよりも落ち着いているように見える。俺たちとのデータを用いて、さらに改造を加えたのか。

 いずれにせよ、今回は俺たちとて不意を突かれたわけではない。素早く陣形を組み上げる。


「そこまで数は多くない。作戦通りに行きますよ」


「ああ。イリア、瑠奈、サポートを頼むぞ」


「了解!」


 イリアは、背負っていたアサルトライフルを構える。俺とジンが前衛に出て、イリアと瑠奈が後方支援に徹する陣形だ。

 相手も、前に出た俺とジンに狙いを絞った様子だ。そして……中心にいた個体が、咆哮するように声を張り上げた。


『散開! 的ヲ絞ラセルナ!』


 リーダーとおぼしき個体の号令により、統率の取れた動きで残りの五体が広がる。三体ずつが俺とジン、それぞれを狙って動き始める。リーダーは俺を狙ってきた。


「一度戦った相手ではありますが、気は抜けそうにありませんね」


『フン。俺達ヲプロトタイプト同ジダト考エレバ……痛イ目ヲ見ルゾ!』


 そして……三体が、素早いステップで俺を取り囲むように展開したかと思うと、息の合った動きで、一斉に飛び掛かってきた。


「む……!」


 そのスピードは、ローヴァル山で戦った個体よりもさらに上がっているようだ。俺は月の守護者を発動させると、その場で回転するように薙ぎ払う。

 だが、相手も冷静に俺の刀を受け流すと、そのまま連撃を加えてきた。


「……流石に、速いな!」


 三体は俺の周囲を回るようにして、様々な角度から攻撃を加えてくる。刀でそれを受け流していくが、素早いコンビネーションは厄介だ。

 背中からの首を狙った噛み付きを、姿勢を低くして避ける。前方からは足を狙った突撃が襲い掛かってきたが、サイドステップで受け流す。さらに斜め上方から爪で斬りかかってきたが、それは刀でしっかりと受け止めた。

 息をもつかせぬ連続攻撃に、さすがに俺も反撃のタイミングがなかなか掴めない。


『貼リ付ケ! ソウスレバ後衛ノ銃器ハ扱イ辛イ! ダガ、アノ小娘ノ矢ニハ注意シロ!』


 的確だ。下手に撃てば俺達に当たってしまうので、こう密着されると瑠奈たちも援護が難しくなるだろう。

 瑠奈が『追尾』を宿したと思われる矢を放つ。しかし、リーダーの指示で警戒を怠っていなかった標的は、器用にも尻尾でそれを叩き落としてしまった。


「力が知られているのも……厄介だな!」


 リーダーの指揮の元、獣の身体能力を発揮する……これが、鉄獅子の真価か。

 まずは一体を仕留めて、このコンビネーションを崩さなければならない。とは言え、下手に攻めに回ろうとすれば、残りの二体がそれを妨害してくる。特にリーダーの個体は、他と比べて反応が早く、俺の攻撃を許そうとしない。


 だが、攻めあぐねているのは相手も同じのようだ。俺もそう簡単に相手の攻撃を通すつもりはない。瑠奈たちの援護も、完全に無視できるものではないから鬱陶しいだろう。

 ……そろそろ動きも掴めてきた。後は、敵がどう動くかだ。このまま攻め続けて来るならば、タイミングを見て仕留める。もしもそうでなければ……。


『チッ、ヤハリ強イナ。ナラバ!』


 苛立ったようなリーダーの声。そして、次に出された号令は……。


『突撃! 先ニ後方ヲ崩セ!』


 その指示が轟いた瞬間、俺とジンが戦っていた全ての個体が、統率の取れた動きで俺たちから離れ、一斉に瑠奈たちへと突進を始めた。


「……!」


 だが……それはある意味で計算通りであった。若干の不安は残るが、動じないジンの様子を見て、それを振り払う。彼女を信じ、自分に望まれるであろう行動を導き出す。



 知られていないのは、彼女の力だけ。頼むぞ、イリア……!








(……来た!)


 あたしは、前衛の二人をやり過ごし、こちらへと襲い掛かってくるUDB達に、愛用のアサルトライフル〈AC-09 グレイファルコン改〉を掃射する。

 あたしに合わせて改造しているのもあるけど、取り回しやすく扱いやすいこの銃は、広範囲に弾丸をばら蒔くのに適している。直接仕留められればそれが一番だけど、とにかく大事なのは、足止めだ。


『グヌっ……!』


『怯ムナ、一気ニ仕留メルゾ!』


 ダメージは通っている様子だけど、堅い外皮に阻まれて、そこまでの深手にはならないみたいだ。数の多さから、的を絞って仕留めきるのも難しい。

 瑠奈ちゃんの矢は、そのPSもあって警戒されているらしく、全て叩き落とされている。どんどん詰められていく、あたし達とUDBの距離。



 だけど、あたしに焦りはない。まず後衛を狙おうとするぐらい、想定の範囲内だ。そして……あたしには、それを止めるための力がある。



(戦闘になって、もしもあたしや近くにいる人が狙われた場合ですけど……無理に止めようとしなくても問題ありません。むしろ、そのまま通した方が隙をつける可能性もあります)


(近接戦闘も出来るんすか?)


(さすがに、攻撃に関しては皆さんに劣るでしょう。ですが、守りに関しては、それなりに自負しているつもりです)


(それは、君の能力によるものか?)


(はい。あたしのPSは――)




 この国に赤牙のみんながやって来た日の夜に、初対面のメンバーとした会話だ。

 そして、逃げるんじゃなくて足を止めて矢を射ている瑠奈ちゃんと、直接の追撃じゃなくて空に飛び上がったガルフレアさんも、どうやらあたしを信じてくれたようだ。だったら、あたしはそれに応えるだけだ。


 あたしがこの国に来てから一年。空さんたちギルドのメンバーはもちろん、多くの人があたしに良くしてくれた。

 あたしはこの国が好きだ。この国に生きる人たちが好きだ。だから、頑張ることができた。マスターやみんなの元を離れて、寂しいとは感じても辛いとは思わずにやってこれた。


 そんなアガルトを、実験のためだなんて下らない理由で脅かす相手が許せない。みんなの毎日をおかしくしたリグバルドが許せない。……種族の差を利用して対立を煽ったことも、許せない。


 ……あの時、瑠奈ちゃん達の言葉は、あたしにはとても大きなものだった。

 種族の差を否定するんじゃなくて、違いがあっても当然で、その上でお互いを分かり合えるんだって……それは、瑠奈ちゃんと同じく、レイルさんの言葉に悩んでいたあたしの中から、雲を晴らしてくれるようだった。


 ……そう。種族が違っても分かり合える。

 だからあたしはここにいるんだって、思い出せたから。



 あたしは、守る。

 あたしの大好きなこの国を。あたしに大切な事を気付かせてくれたみんなを。

 もうこれ以上、絶対に壊させない。誰が侵略してこようと、絶対に。それが、あたしに出来るみんなへの恩返し……。


『取ッタ!』


 瑠奈ちゃんに喰らいつこうとしたUDBとの間に立ちはだかり、あたしは精神を集中させる。


 そして、勝利を確信したかのような表情を浮かべていたUDBの巨体が――何かに衝突したかのように、弾かれた。


『ヌア!?』


『……!?』


 一体目が弾かれたのを見ても、勢いのついた彼らは止まれない。後続の獅子も、次々とそれにぶつかっていく。

 頑丈な相手にとって、衝突のダメージは大きくないようだけど、突撃を見事に阻止された相手は、あからさまに面食らっている。


「残念だったね。でも、ここは通さないよ!」


 弾かれたUDBが面食らっている間に、展開していた障壁を解除し、間髪入れずにアサルトライフルを乱射する。相手は慌てて離脱しようとしたけど、少しだけこちらが速かった。至近距離で浴びた弾丸は装甲を貫通して、確かな手傷を負わせる。


 これがあたしのPS〈神託の城壁ディバインフォートレス〉。指定した範囲に、衝撃を防ぎ内部を護る防御フィールドを生み出す力。

 有効範囲はあたしを中心として半径約5メートル以内で、絞る分には自由だ。フィールドの形状はある程度の融通が利く。

 このフィールドは、物理的衝撃はもちろん、熱や冷気、電流など、ありとあらゆるものを遮断する。無敵という訳じゃないけど、並大抵の攻撃で破られるものでもない。それこそ、中型のUDBの突撃ぐらいで、破られるつもりはなかった。


「ありがとう、イリアさん!」


「どういたしまして。さあ、やろう、瑠奈ちゃん!」


 顔を見合わせて笑うと、至近距離の相手に向かい、遠慮なく矢と弾丸を降らせていく。相手側からは短い悲鳴がいくつも上がった。


「こいつも受けろ!」


『グアァ!?』


 上空から聞こえてきた声は、飛び上がったガルフレアさんのもの。彼が振り下ろした刀から放たれた波動の刃は、一体に直撃して背中を大きく切り裂いた。倒れはしなかったけど、大きなダメージだろう。


『グッ! 一度下ガ……ッ!?』


 リーダーが指示を飛ばそうとする。だけど、それはもう遅かった。何故なら、今の応酬で生じた一瞬の隙に、ジンさんがリーダーの全身に鎖を巻き付けたからだ。


『ナ……!』


「先に言っておきますが。遠慮は、しませんよ?」


 相手が状況を理解した時には、拘束は完了していた。そして、いつも通りの微笑みでそう宣言すると――ジンさんは、巻き付けた鎖を引き絞った。みしり、と音を立てて、鎖が獣の脚や胴体、首を強烈に締め上げ始める。


『グゲェッ……!!』


 首が思いきり絞まったせいで酸素の供給が断たれたUDBは、声にならない苦鳴を漏らした。暴れようにも全身が縛られているので、脚先で地面を必死に掻くしかできない。


『キ、貴様、離セ!』


 リーダーを助けようと、残る五体がジンさんの元へ一斉に向かう。だけど、それは今までのような統率の取れた動きじゃなかった。何体かは鎖を直接断ち切ろうと攻撃を加えているけど、あれはそう簡単に壊れるような素材じゃなく、UDBに食らい付かれてもヒビ一つ入らない。

 残る個体はジンさんを直接狙ったけど、分離した鎖が彼らを寄せ付けない。そして、意識を完全にジンさんにだけ向けていたUDBの間を、銀色の影が瞬時に駆け抜けていった。刀の閃きが二回、鮮やかな軌跡で走る。


『ギャウッ……!』


「……隙だらけだ」


 血飛沫が上がり、相手は二体とも、どさりとその場に倒れてしまった。一瞬のうちに、まとめて二体を切り伏せてしまうなんて……鎮圧の時にも思っていたけど、ガルフレアさんは本当に強い。あたしと歳は変わらないのに、場数が違うんだろうって思い知らされる。

 だけど、あたし達も負けてはいられない。混乱の最中にある残された三体に向かい、全弾撃ち尽くす勢いで弾丸を浴びせていく。瑠奈ちゃんも、次々と矢を放ち、敵の動きを封じていく。


『グァ!』


『コ、コノッ……』


 だけど、相手はまともに動けなかった。指揮系統を崩された彼らは、目に見えて動きを鈍らせていた。それに、どこに逃げても、逃げ場はもうない。

 それでも、動かなければやられる一方なのは分かっているのだろう。半ば苦し紛れに、三体は散開してそれぞれが別の相手を標的にしてきた。あたしと瑠奈ちゃんの元にも、一体が駆けてくる。


 だけど、群れとしてのコンビネーションを失った相手に、もう勝ち目は無かった。向かってくる相手に、あたしと瑠奈ちゃんの攻撃が集中して降り注ぐ。

 いくら素早い動きでも全部は避けられず、まともに攻撃を浴びていった相手は、PSで防ぐまでもなく、あたし達の元に辿り着く前に力尽きて、地面を転がった。

 視線を移すと、ガルフレアさんとジンさんも、一体ずつを危なげなく撃破していた。


『……!! ……ッ……!』


 その頃にはリーダーも、窒息の苦しみにこの上ない程の苦悶の表情を浮かべ、泡を吹き始めていた……何かがへし折れるような音も聞こえた気がする。と言うよりも、四肢のうち何本かは有り得ない方向に曲がっていた。暴れて鎖が揺れるのも、次第に弱々しくなっていく。

 それから数秒程で、獅子の目がぐるりと回転した。完全に落ちたのを確認すると、ジンさんは鎖を外し、UDBを解放する。


「本当に、容赦ないですね……」


「おやおや。首を折らなかっただけ優しいと思いますがね?」


 確かに、殺さずに済ませるのは優しいのかもしれないけど、あの苦しみ方を見るとそれに素直に頷くのもどうかな、と言うのが正直な感想だ。

 ざっと見渡してみる。他の個体は……みんな生きてはいるみたいだ。いつもの事だけど、UDBの生命力には感心したくなる。その分、こちらも全力でやれる面はあるんだけど。

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