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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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ギルドの正義

「そろそろ敵の妨害も考えられます。皆様、備えのほどを」


「ああ、了解だ」


 監視塔区画へ向かう車内。

 運転をしているのは、レイルの片腕であるネロと呼ばれる男だった。瑠奈以外は免許を持ってはいるが、道案内も兼ねて彼がこの車を預かることになった。


「……人と戦う可能性も、高いんだよね」


「そうだな。……怖いか?」


「怖いかどうかって聞かれたら、もちろん怖いよ。戦う時はいつもね。死ぬかもしれないし……殺しちゃうかも、しれないんだから」


 瑠奈が息を吐く。さすがに、それに気が回らないほど彼女は馬鹿ではない。


「そうだね……戦う以上、その瞬間は必ず来ると思うよ。武器を持っている以上、あたし達にはそれが出来てしまう力があるんだからね」


「ギルドは荒事が基本です。民の平和を守るためと言えば聞こえは良いですが、理想ほど物事は上手く進みませんからね」


 その口振りから、彼らもそれは通ってきた道なのだろう。恐らくはアトラや美久も。飛鳥やコニィは経験の長さから言えば微妙なところではあるが、可能性は十分にある。


 ……特に凶悪な犯罪者などを相手取る場合には、ギルドには()()()()が発生する。『対象の捕縛が困難である場合、住民の安全を考慮した上で、対象の排除をやむ無しとする場合がある』……このケースでなくとも、相手が武器を持って抵抗してきた場合には、大抵は正当防衛として処理される。

 ギルドは正義の味方にはなれない。ウェアがよく口にしている言葉だ。悪を裁く権利が与えられた組織と言う意味では()()かもしれない。だが、正義であるからこそ、物語のような()()()()()には、どうあがいてもなれないのだ、とな。


「私も、UDBを殺した事は、何回かある。だけど、やっぱり……人が相手だと、確実に違うとも思う。その覚悟も、できてるって言い切れない」


 フィオやノックスのこともあるから、UDBなら殺しても良い、と思っているわけでもないのだろう。だが、自分と同じ存在の……人の命を奪う感覚は、やはり別のものだ。


「それでも、やるよ。……殺しても仕方ない、なんて言いたくないし、多分、出来るだけ生かしてって思っちゃうだろうけど。みんなにだけ、辛い部分を任せたくはないから」


「……そうか」


 彼女は、戦ってきた。その中で、彼女なりにその瞬間の可能性は考えていただろうし、割り切ろうとしてきている。躊躇わず殺せ、と言うのは、酷な話だ。


 ……彼女に最後の矢は、出来るならば放たせたくない。もしも、止めを刺す必要があるのならば……俺がその役目を負うつもりだ。どうせ汚れるのならば、すでに汚れた者がやればそれでいい。


 そんな会話の中、あと砦まで10分弱だとネロが言った。敵が備えているならば、どこから何が襲い掛かってきても不思議ではない。それはネロも承知しているだろうが。


「ところで……皆様。到着までの間、少しだけ話に付き合って頂いても構いませんか?」


「話、ですか?」


「ええ。我が主についての話です。無理にとは言いませんが」


「ヴァレン西柱の? ……分かりました、聞かせてください」


 突然の提案に少し意外だと思いながらも、俺たちはそれを承諾した。彼については、気になっている部分もあるからな。


「皆様は……何故、レイル様が一人で策を押し進めたか、お聞きになりましたか?」


「そこは本人が語っていたな。他者を心から信頼しては、どのように出し抜かれるか分からないから、と」


「ええ、その通りです。ですが、それだけではありません」


「?」


「私は、例の策について知っていました。本当に、あのお方がそれだけを理由に全てを黙っていたのならば……何故、私には策を知らせたと思いますか?」


 ネロの問いかけに、俺は首を傾げる。確かに、レイルも彼には策を伝えたと言っていたし、その時は特に疑問を持たなかったが。


「あなたが側近で、最も近しい人物だったからではないのか?」


「いえ。確かに私はあの方の側に常に仕えていますが、あくまでも配下の域を出ない。本当ならば、ダリス様やシューラ様の方が、あの方に近い場所にいるはずなのです」


「ふむ。ならば、何が原因だと?」


「逆に尋ねましょう。ダリス様とシューラ様には、共通して私と違う点があります。何であるか分かりますか?」


 その問いに、俺たちは少しだけ思考を巡らせる。彼とあの二人の違い……同時に、二人の共通点。考えてみたところで、俺はレイルの情報と合わせて、一つの答えを思い浮かべた。


「あのお二方は、獣人。そして、私は人間です」


「………………」


「レイル様は、獣人嫌いだと言われており、本人もそう仰っている。それは皆様もご存知だと思います」


「ああ。もっとも、彼がその嫌悪感を表面に出したのは見たことがないが」


 最初は、さぞ冷徹な態度を取られるのだろうと考えていた。だが、実際にはそんな事はなく、逆に拍子抜けしたほどだ。

 無論、内心ではどうだか分かりはしないが、少なくとも表面には全く表れていなかった。……彼が公言していなければ、獣人嫌いなど悟られなかっただろうと思える程に。


 だからこそ、疑問の一つではあった。なぜ、彼は……自らにとって確実にマイナスとなるその噂を流したのか。


「嫌悪感、とは少し違うのかもしれません。レイル様は……獣人を、信じる事ができないだけですから」


「……どういうことですか?」


「詳しい内容までは話せませんが、あのお方もまた、複雑な事情を抱えているのです。仕えるにあたって必要な情報でしたので、私はそれを知る事になりましたが」


 レイルの事情、か。彼が獣人を嫌いに……ネロの言葉を借りれば、信頼できなくなってしまった事情。


「聡いお方ですので、獣人も一人ひとり違うと言うのを理解されてはいます。ですが、理解する事と感情の整理は、必ずしも一致しません」


「……それは、何となく分かります」


「獣人嫌いの噂が流れるようにしたのは、可能な限り獣人を遠ざけるためなのです。そんな噂があれば、獣人も自分を信頼しない。信頼されなければ……信頼する必要も生まれませんから」


 嫌われてしまえば、勝手に遠ざかってくれる。乱暴ではあるが、それは確かだろう。しかし、それは。


「それって、何だか……自分で無理に、獣人を信頼しないようにしてるみたい、じゃないですか?」


「綾瀬様の仰る通りです。ですが、レイル様が心の整理をつけるためには、そうしなければいけなかった。それだけ、大きな変革なのです。獣人を信じる事は、あのお方にとって」


 今まで出来なかった事をやろうとするのは、確かに変革と呼べるのだろう。そして、どれだけ周りから下らなく見えたとしても、本人にとっては非常に大きいこともある。


「だからあのお方は、西柱に任命された後、ダリス様やシューラ様と一定の距離を保とうとした。柱の役割に不都合が出ない程度には近く、信頼関係にあるとまでは呼べない程度に遠い距離を」


「……でも。人の心の距離が、計算した通りに上手く行くとは、あたしには思えません」


「その通りなのでしょうね。ですが、距離を保っていると、自分で思い込む事ならばできるのです」


「…………」


「ダリス様とシューラ様が、信頼に値する方々であるとは、レイル様も昔から分かっていたはずです。しかし……最後の一線を越える事は、今までできなかった」


「心からの信頼をせず、距離を置いていた、と?」


「はい。そうでなければ、作戦を伝える唯一の存在に私が選ばれはしない。いえ、お二方のどちらかから協力が得られれば、より良い策だってあったはずでしょう」


 信頼できない相手に策を漏らさない。逆に言えば……策を話していない相手は信頼していない事になる、とも言える。


「……レイル様が柱となってから、始めてなのです。あのお方が本当の意味で、シューラ様たちに全てを語ったのは」


「この一件で、彼も変わったと?」


「そこまで急な変化はできないでしょう。ですが、違う視点で考えてみる事は、できるようになるかもしれません」


「そうか……」


 この騒動が起こって良かった、などとは言えない。しかし、それがもたらす変化は、必ずしも悪いものだけでは無いのかもしれないな。


「どうして、それを私たちに教えてくれたんですか?」


 瑠奈がそう尋ねると、ネロは……今まで保っていた無表情を初めて崩し、少しだけ口元を上げた。


「あの演説を、聞かせていただきました」


「え……」


「綾瀬様。……正直な感想を言えば、あなたの語った話は、若いと思えるものでした。ですが……だからこそ、真っ直ぐであると、そう感じました」


 そうだ。そして、真っ直ぐであるからこそ、多くの者に届いたはずだと、俺は思う。


「あのような事を語れるあなた達にならば……話してもレイル様は咎めないであろうと、私は思います。それに、レイル様の言葉で、あなたを悩ませてしまったようですからね。そのお詫びと考えて頂いても結構です」


「……ネロさん」


「少々、語り過ぎましたか。間もなく現地に辿り着きます。警戒を強めてください」



 その後、それほどの時間を置かず、俺たちは目的地に到達した。砦の西区画の最端に位置する、監視塔区画。

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