覚悟の雷鳴
わたしの攻撃が、UDBを捉える。だけど、頑丈な鱗に覆われた相手には効果が殆どなく、僅かに甲殻を傷付けるだけだった。
わたしは、力にはそこまで自信が無い。この薙刀〈雷桜〉も、わたしに合わせて扱いやすさを重視し、軽量化されている。だから、一撃の重さで相手の防御を上回るのは難しい。
「女子供にしては、やるようだな! だが、その非力では、決定打など受けはせぬぞ!」
相手の言う通りだ。このままだと、ダメージなんて与えられそうにない。可能性があるとしたら腹部……だけど、仮にそこが弱点だとすれば、そうそう狙わせてくれる筈はない。
……相手はわたしの攻撃を分析して、避けるより受ける方が確実だと判断したみたいだった。思った通り、冷静に敵を見極めるだけの知能を持った、凄く厄介な相手だ。
でも……同時に、わたしも相手の動きは見極めた。
そして、相手が回避より防御を優先すること。それが、わたしの狙いだった。
「仲間共々、逃げるのならば見逃してやるぞ? 戦いは、子供が半端な覚悟でするものではない!」
「……逃げたりなんかしない。わたしだって、覚悟は出来ているよ。女でも、子供でも、戦いの場に立てば一緒だって事ぐらい、最初から分かっているから」
「……む……」
はっきりとした口調で返答すると、相手は小さく唸った。そのまま、こちらの攻撃をヒレで受け流し、一旦互いに距離を空ける。
「どうやら、今の言葉は非礼であったようだな。詫びさせてもらおう。しかし、覚悟だけで勝てるほどに甘いものでもないぞ!」
「それだって知っているよ……! だから、わたしは……」
本当は、戦いたくなんてない。戦えば、必ず誰かが傷付く。自分や仲間が怪我をするかもしれないし、死ぬ事だってある。相手を傷付け、殺してしまう時だってあるだろう。そういうのは、嫌だ。
戦えば、ただ、何かが壊れていくだけだ。もっと、みんなが仲良くできれば、戦いなんて必要なくなれば。そう思わずにはいられない。
それでも……戦わなければいけない時だってある。
わたしがギルド入りを決意した時、お父さんが言っていた。自分が戦って来た中で、避けられたものもあったのかもしれないって。そもそも、必要な戦いなんてものが存在するのかも分からないって。だけど……それで護れたものだって、確かに存在したって。
自分が傷付けたものと、守ったもの。それは等価値ではない。お父さんは、そう断言した。その上で、わたしにこう言ったんだ。
『守る為に何かを奪う。矛盾しているようだが、戦って護るってのはそういうもんだ。それを知った上でギルドに入るのならば、今から言う事は守ると誓え。――何かを守ると決めたのならば、力を振るうことを躊躇うな。自分が奪ったもの、傷付けたものから、決して目を背けるな。守るための戦い、それが決して綺麗なもんじゃない事を受け入れ、自らの行為がもたらした結果から逃げるな。全てを踏まえ……後悔が無いように、全力を尽くせ』
わたしは、守りたい。お母さんや叔父さんが生まれ育って、わたし自身も数年を過ごしてきたこの国を。その国に生きる人たちを、みんなの平穏を。……わたしに勇気をくれた、いま一緒に戦っている、大事な友達を。
わたしは、逃げない。逃げたらいけない。戦って守る道を選んだのは、私自身だから。
目を逸らさない。傷付くことからも……誰かを、傷付けることからも。だから、わたしは……!
「誰かを傷付けるための力でも……わたしは、使うことを躊躇わない!!」
PSを、完全に発動させる。意識を集中させると同時に……わたしの薙刀に、眩いまでの電流が走った。
「……ッ!?」
相手も異変に気付いたみたいだけど、今さら回避は間に合わない。降り下ろされた薙刀、刃は同じく弾かれる……けど、その代わりに、刃が纏った電気が、相手の身体へと一気に流れ込んだ。
「ガアアアアァ……!!」
悲鳴が上がる。初めて、確かな痛手を与えた事がはっきりと分かる。
わたしのPSの名前は〈雷華繚乱〉。電流を制御する能力。
操る電流はわたしの身体や武器に纏わせる事が出来て、わたし自身はそれにより傷を負う事はない。
そして副産物として、神経伝達の活性化が引き起こされる。人の身体は、電気信号によって情報を送っているけど、その信号を受理する神経細胞が活性化する事で、結果としてわたしの五感は鋭くなる。だから、UDB相手の近接戦でも引けを取ったりはしない。
「き、貴様っ……」
「やあぁっ!」
立て直す暇は与えない。電流を纏った薙刀を、動きの鈍った相手に連続で叩き付ける。
「ガッ……う、ウォッ……うぐああぁ!!」
どれだけ強靭な鱗を持っていても、電撃を防げはしない。体表から伝った電流に焼かれる苦しみに、UDBは苦悶の咆哮を上げた。
だけど、そう簡単に倒れてはくれない。堪えるように脚に力を込めると、その場で回転して尻尾による薙ぎ払いを返してきた。半ば破れかぶれの攻撃ではあったけど、当たったら致命的なのは変わらない。わたしはそれをバックステップで避け、そのまま後ろに下がる。
「カハッ、グ……! してやられた、か……」
荒い息を吐きつつ、悔しげに言葉を漏らすUDB。当たりさえすれば高い攻撃力を発揮する力だけど、逆に当たらなければ意味がない。だから、相手の素早さを見極めながら、『当たっても大した事はない』と相手に植え付ける事が狙いだったんだ。
「慢心の……報い、だな……最初から、本気でかからねば、ならない……相手だった、ようだ……」
「……もう退いて、と言うのは、きっとそっちも聞いてくれないんだよね?」
「当然、だ……! まだ、俺は動ける……勝負は決まってはいないぞ……!」
相手はまだ冷静さは無くしていないみたいだけど、動きは明らかに鈍くなっている。
UDBは、わたしの動きを注視しつつ、次に行動を起こしてくるのを待っている様子だ。多分、接近したところでのカウンターを狙っているんだろう。ダメージで遅くなった動きで取れる中では、最善だと思う。
だけど……悪いけど、わたしには近付く気が無かった。代わりに、上着の内側に手を入れて、そこに仕込んでいたものを取り出す。
「……!?」
相手の表情が、完全に焦りで染まった。わたしが手にしたものを……白銀の銃を目にした瞬間に。
薙刀を使った武術は、お母さんから。そして、お父さんからはこの〈鳴花〉と一緒に、射撃を。
わたしの技は、両親から受け継いだもの。最高峰の技術を学ばせてくれた二人に恥じないためにも……わたしは、負けられない。
「これで、決まりだよ」
PSを、銃に注ぎ込む。これは、そうしても壊れたりしないように造られている。わたしは高めたPSが武器に宿るのをイメージしつつ、トリガーを引いた。銃口から放たれた弾丸は、目に見える程の電流を纏っていた。
「――――ッ! ……!!」
数発は必死になった相手に回避されたけど、鈍った身体では限界はあった。そして、ついにその身体を銃弾が捉えた瞬間、大きく痙攣して動きを止めた。
だけど、一発で仕留めたとは思えない。確実に倒せたという確証が無い限り、引き金を弾く事をためらったらいけない……その教えに忠実に、わたしは遠慮なく連射した。
弾切れまで撃ち続けてから、ひとまず指の動きを止める。銃口は向けたままにリロードをしつつ、相手の様子を伺うと、UDBは数回にわたって大きく痙攣してから、その身体から力が抜け、がくりとその場に倒れた。
遠目にも、相手が目を閉じてぐったりとしているのが分かる……仕留めた。相手に動きが無いのを見てからそう確信して、わたしは銃口を下ろす。
――それが間違いだった。相手への警戒が緩んだ瞬間、UDBはかっと目を開いたかと思うと、その肩の辺りから、何枚もの鋭い鱗を射出してきたんだ。
「あ……!?」
思わぬ攻撃に、反応が遅れる。いけない……いつものUDBと同じ感覚で判断してしまった。知恵のある相手なら、倒れた振りぐらいいくらでも出来るのに。
駄目、完全な回避は間に合わない。何とか、急所だけ逸らして……。
「させるかよおおぉっ!」
何発かは当たる覚悟をして、致命傷だけは避けるように動こうとした、その時に聞こえてきた声。それを頭で理解するよりも先に、鱗が、空中で制止した。
「…………!」
「……間一髪、だぜ。っと、それよりトドメを!」
ふう、と息を吐く浩輝くん。その言葉に頷いて、わたしは銃を握り直す。
自分の攻撃が止められ混乱する相手に、今度こそ止めになるであろう一撃を放つ。着弾と同時に一度だけ大きく痙攣すると、相手はついに体力が尽きたらしく、そのまま崩れ落ちた。
「大丈夫だったか、飛鳥?」
「……う、うん。ありがとう、浩輝くん」
「言っただろ? オレが、飛鳥を絶対に守るってな」
「……あ」
そう言ってから、浩輝くんは笑って……少し置いて、急に目を逸らした。小声で「何言ってんだっつーのオレ……」なんて呟いている辺り、どうやら、自分で言った事が恥ずかしくなってきたみたいだ。
……だけど、それを言われたわたしとしては。
状況もあって、本当にかっこよく見えたんだけどな……。
と言うのは、何となく本人に言わない方が良い気がした。余計に恥ずかしくなりそうだし……。
「っと。そ、そんな事より……」
言いながら、周りを見渡す浩輝くん。
倒れたUDBは、白目を剥いて今度こそ完全に力尽きている。だけど、どうやら息はあるみたいだ。それに少しほっとしているわたしは、やっぱり甘いのかも……どこかで覚悟が足りないのかもしれない。
そして、わたし達以外もちょうど片付いたようだ。フィオくんが、リーダーと思われる相手にトドメの一撃を振り下ろしているのが見えた。
アトラさん達は一足先に片をつけたらしく、ザックさん達の支援をしていた。向こうも見事な連携で、犠牲者を出すことなく終わらせたみたいだ。
「片付いた、か。ホント、みんなすげえな」
「うん。でも、わたし達も何とかやれた、よね?」
「へへ、そうだな。っと……」
戦闘がひとまず終わった事に安堵するわたし達。と、浩輝くんが突然走り出した。その行く先にいたのは……浩輝くんが倒した、瀕死のUDB。
何をするのか、と思ったら、浩輝くんの腕が青白く光り始めた。そのまま、UDBのお腹の辺りに手を当てている。あれは……もしかして、治しているの?
「……何の、真似、だ」
「止血ぐらいはしてやるよ。そうすりゃ、お前らなら死にはしねえだろうし」
やっぱり、予想通りだったらしい。UDBは、苦痛に顔を歪めながらも、蔑むように言葉を絞り出した。
「甘い……な。ゴフっ……敵を助けようと、すれば、貴様も、仲間も、リスクを……背負う。殺す、覚悟を、持たなければ……貴様は、長生き出来ないぞ……?」
「うるせえ、そんぐらい分かってるよ。けどな……殺す覚悟はしてたって、できるだけ死なせずに済ませてえ、ぐらいは思ったっていいじゃねえか」
「…………!」
「……それを、甘いと、言うのだ……。それは、所詮……敵の、命まで、思いやる自分に……酔っているだけ……自己、満足に、過ぎないぞ……?」
「別にそれでいいよ。自己満足するんなら、自分がやりたいってことだろ。……殺さなきゃ誰か死ぬってんなら、割り切るぐらいはできるつもりだ。けど、そうじゃないなら、殺したくもないのに殺すつもりはねえ」
そこで一旦言葉を切ってから、浩輝くんは苦笑を浮かべた。
「何かが目の前で死にかけてたら嫌ってのは、人として当然だ。自分で殺すなんてもっと嫌だ。どれだけ割り切ったとしたって、そう思うのは仕方ねえだろ? 偽善者と言われようが、オレはそこは捨てねえ。そしたらオレは、人じゃなくなるだろうからな」
「……ふん。子供、が、詭弁、を……だが、それ、も……信念、で、ある、のかも……な……」
そこまで言って、UDBは目を閉じた。どうやら、出血のせいで気を失ったらしい。でも、新しい出血はもうほとんど無い。浩輝くんの言う通り、死ぬことはないだろう。
自己満足でもいい。そうはっきりと言い切れる浩輝くんは、やっぱりとても優しくて……強い人だと思う。
少しだけ、自分の気も楽になった気がする。死を嫌うのは、人として当然だって言葉に……UDBの生存に安心したことを、もっと簡単に受け入れていいんだって思えたから。
「……つっ。そういや斬れてたな、ちくしょう」
そう愚痴を漏らした浩輝くんは、よく見ると腕を怪我していた。すぐに自分で治療を始めたけど、自分の怪我より、敵の傷の方を気にしていたってことだよね……。
とにかく、全て片付いたところで、ギルドの皆さんが集まってきた。ザックさん達は、部隊の負傷状況などを確認しているみたいだ。
「お手柄だね、二人とも」
「へへ、ありがとよ。そっちこそ、さすがの余裕じゃねえか」
「この程度の相手に遅れは取らねえよ。……けど、妙だったよな、こいつら」
「妙?」
「私たちのデータを受け取ったと取れる発言をしていたのに、私たちの戦法やPSについては何も知らなかった。少なくとも私とアトラは、アインに全て知られている以上、それは不自然」
「…………あ」
浩輝くんが、少し気の抜けたような声を出した。……みんなの視線が彼に集まる。
「……お前、もしかしてそのへん考えナシだった?」
「い、いや、そそそんな……」
「考えていなかったのならはっきり言うべき。今後、どのタイミングでアドバイスを行うのかが変わってくる」
「ぐっ。……わ、わりい。全然考えてなかった。じゃ、さっきはもしかしたらヤバかったのかもしれねえのか……」
オレって締まらねえ。そう呟くと、浩輝くんはがっくりと肩を落とした。尻尾が分かりやすいぐらいに項垂れている。
「飛鳥やイリアはともかく、僕たちの情報は、最初から全て割れていると考えていた方がいいよ。敵の隙をつけること前提で動けば、逆に足元をすくわれかねないからね」
「……ごめん。あいつらの怖さは、よく知ってたはずなのによ」
「責めているわけじゃないよ。でも、慎重になった方がいいのも確かだ。……さて、のんびりしてる場合じゃないね」
「だな。急がねえと、前みたいにおかわりされかねねえぞ」
そうだ、まだわたし達は、中に入れすらしていない。早く進まないと……そう考えた瞬間。また、耳鳴りが始まった。
「おいおい。マジで狙ったようなタイミングだなちくしょう!」
「アトラが余計なことを言ったせい」
「俺様のせいかよ!? んな事より、どうする? これじゃキリがねえぜ!」
「それに、さっきより数が……!」
増えている。今のは序の口だったと言わんばかりに。違うのは、今度は包囲網ではない。後方……つまり退路を完全に塞ぐ形で歪んでいた。入れ替わりに、倒していたUDB達がどこかへと消えていく。
「強行突破しちまうか!?」
「退路を捨てる事になるのも、挟み撃ちにされる危険があるのも、望ましくない」
「けど、片付けたとしてもまた出てきたりすりゃ……!」
「行って下さい!」
割り込むように聞こえてきたのは、ザックさんの声。さすがに二度目となると動きは素早く、軍の部隊が展開していた。
「ここはオレ達が引き受けます! 皆さんは、砦の中に!」
「ザックさん……!」
「片付け次第に追いかけるっす。早く!」
だけど、さっき以上の数だ。それに、さらに増援が来る可能性だって……そう言いたかったけど、それが最善だって事は、わたしでも理解してしまった。最初に動き始めたのは、フィオくんだった。
「行くよ、みんな。ザック達! ここは任せたよ!」
「了解! 皆さんの退路は……オレ達が死守します!」
「しっかり親玉捕まえてくるから、楽しみに待っとけ!」
わたし達は、フィオくんに続いて走った。そうだ。心配なんてしている場合じゃない。ザックさん達のためにも。わたし達に出来るのは……この奥にいる相手を、止めることだ。
「何て数だよ、ったく」
次々と現れていくUDBは、転移途中も含めて、先よりさらに10体近く多くなりそうだった。ギルドの助けがあってなお苦戦した相手だ。無事に済むとは限らない。
(それでも、やらなくちゃいけない。これは、オレが招いた事態でもあるんだ……)
ザックはそう胸の中で呟き、皆より一歩前に出る。恐怖は、戦い慣れた彼であっても感じる。だが、その目にある決意に揺らぎはない。むしろ、強固すぎる程であったが。
「オレにチャンスをくれた皆さんに報いる為にも……オレが、こいつらを止めてみせる!」
「オレが、ではないだろう。オレ達がが、だ」
独り言をこぼしつつも駆け出そうとしたザックは、しかし背中からの声に思わず足を止めた。
「気負うな、ザック。お前一人で戦うわけではない」
「そうだ。俺たちは、昔から一緒だっただろう? これからも一緒だ。一緒にシューラさんを助けていくんだ」
「エリック、ウォルト……」
そう言って微かに微笑んだのは、傭兵時代から付き合いのある、鳥人と猫人。シューラがこの道を志した当初から、三人で彼に従えてきた仲間。
「ザックさん、俺たちもですよ!」
「ヴァレン西柱達に武器を向けてしまったのは、俺たちも一緒だ。それを一人で全部持っていこうとしないでくれ!」
「へっ、だからそれは誰も気にしちゃいねえんだよ! 下らねえこと考えてる暇があったら、しっかり戦いな!」
「そうそう。真面目すぎると禿げるわよ? 気楽にいきましょ、気楽にね!」
「みんな……」
ザックに向かい、口々に言葉を投げ掛ける仲間たち。からかうように、いつもと同じように。
「皆で生きて帰るぞ、ザック。シューラさんの教えだ……どのような苦境にあっても、仲間全員が生き残る事を諦めるな。そうすれば道は拓ける、とな」
「…………!」
エリックの言葉に、ザックは頭を殴られたような気分になった。生死のやり取りが常である傭兵としては、あまりにも理想論的なシューラのそんな言葉は、ザックもしっかりと胸に刻んでいるつもりだった。そのような性格だからこそ、理想に燃えて今の道を目指したのであろう。
それよりも、ザックは気付いた。自分が、「いざという時はオレを犠牲にして」と考えていた事に。最悪の場合はと前提があったにしても、主の最も嫌いな自己犠牲をやろうとしていた事に。
つい先ほど、言われたばかりの話だった。責任を言い訳に自暴自棄になるのは本末転倒だと。そんなつもりは無かった。だが、その思考はまさに、自暴自棄になっていたからこそ導かれたものだ。
ひとりだけであれば、そんな過ちにすら気付かなかったかもしれない。だが、そんなザックの肩を掴み、目を覚まさせてくれる者がいた。
(オレは、あれだけの事をしでかしたのに。こいつらは、それでも)
ザックは内心で、自分は皆の信頼を失ったのだろうと、どこかで諦めていた。どれだけ償っても今まで通りには戻れないと、そう考えていた。
それでも。彼らは自分を、まだ仲間だと言った。
(……ああ。やっぱり、馬鹿だなオレは)
そう、内心で自嘲する。自分に仲間はもういないのだと、信頼を失ってしまったのだと決め付けていた自分を恥じた。彼らとの間にあった縁を軽んじていた己を、心から殴り飛ばしたいと思った。
(何を一人でウジウジと考えていたんだ。オレは……こんなにも恵まれているのに。オレには、こんなにも多くの仲間がいるのにな!)
トカゲ達の転移が、全て完了したようだ。最終的な数は、30近かった。それに、これで打ち止めとも限らない。
これから始まるのは、怪物たちとの死闘だ。それでも、ザックは不敵に笑った。笑わずにはいられなかった。
「行くぜ、みんな! オレ達の国を、いつも通りの毎日ってやつを、取り戻すんだ!」
『おうッ!!』
自分の周りにあった絆。それが、自らが思っていた以上に強く太い線であった事に気付いた犬人の中に、もう不安や恐れはなかった。
「……ふむ」
再び交戦を始めた、UDBとザック達。その様子を高みから見下ろす者の影があった。漆黒の竜人と、黒衣の道化。
「どうでしょう、アイン。あなたの意見を聞かせて貰えますか?」
「基礎性能は上々と言えるでしょう。群れでの運用が基本となる事を考えれば、当初の想定通り、Cランクでも上位に食い込む能力はあるかと」
淡々と、脳内で計算したデータに基づく事実だけを述べていくアイン。そしてそれは、マリクの考えと全く変わらなかった。それを分かっていて、敢えて尋ねているのだが。
「そして、この種に与えた『戦闘中に敵の動きを記憶して、即座に対応が可能な適応力』ですが、こちらも成果は出たと言って問題はないと思われます。ただし、柔軟性が無い。見たものにそのまま対応はできても、そこからの応用にまで反応はできていない。例として……」
アインの感情のこもらない視線が、先ほどの戦闘で生じた血の痕を見据える。
「橘 浩輝と戦闘した個体は、跳び上がった自分に対し直接の銃撃、或いは銃弾の設置を想定していた様子です。恐らくは、尾を用いて地面を叩き、軌道を強引に修正する事で受け流そうとしたと考えられる。ですが、想定外の動きをされた事で対応できず、そのまま敗北しました」
「ふむ……」
「神藤 飛鳥と戦闘した個体は、接近してきたところに鱗を射出するつもりであったのかと。遠距離攻撃が可能であるとは、微塵も想像していなかったようです。……見たものを、見たままにしか対処できない。それは下手をすれば欠点にもなりかねません」
「そうですね、私もおおよそ同意見です。性格のモデルにした相手と同じ欠点ではありますがね」
彼らは、あくまでも実験素体。だからこそ、彼らはUDBに「これが敵だ」と教えておきながら、「敵はどのように戦う」という情報は一切与えなかった。与えた能力が効果を発揮するのか、それを見るために。そして、戦わされた彼らも、それは理解した上で戦闘に挑んだ。
自分たちは実験用の捨て駒なのだと。死んだとしても問題のない消耗品であると。そう教え込まれ、その上で、愚直なまでに創造者に忠誠を誓っていた。
それだけが彼らに与えられた存在理由。少なくとも彼らは、それを当然のように刷り込まれていたのだから。
「アンセルの場合は、プライドの高さと自信が足を引っ張っていました。最近は改善されつつある様子ですが」
「くく、彼の向上心には目を見張るものがありますよ。しかし、あの少女もなかなかの逸材のようだ。神藤 空と神藤 リンの娘ですか……なるほど、両親の技を十二分に受け継いでいるようですね」
まるで面白い玩具を見つけたかのように楽しそうな声で、マリクは笑った。
「とにかく、高い防御力と俊敏性を兼ね備え、敵の攻撃を受け流しつつ、その動きを記憶、即座に対応させる。今回の様子を見る限り、完成形は期待出来そうですね」
「相手によっては、かなりの効果を発揮すると思われます。見てから防ぐ事や回避する事が叶わない攻撃を行う相手には弱いと考えられますが」
「そうですね。視界に映らぬ攻撃。装甲を無視出来る、例えば冷気や重力などの操作。こちらの素早さを上回る高速、或いは広範囲の攻撃。そういったPSの持ち主には脆いでしょう」
マリクの並べたPSが具体例を想定しているのは明らかだ。それでも、今回の種は十分な成功作であると考えられた。
「ひとまずは、今回の結果を元に改善策を考えねばなりませんね。自動帰還させた彼らの治療が済み次第、再調整を行うとしましょうか。あなたも案を整理しておいてもらえると助かります」
「承知しました。……この身は、当初の予定通りに、このままデータの収集を続けます。マリク様はいかがされますか?」
「私は彼に会う準備を始めておきます。そろそろ待機しておかねば、彼ら二人が相手では、そう長くは保たないでしょうからね。ですので、そちらはお任せしておきますよ」
「御意」
短くそう残してから、アインの姿は文字通りに消えた。劣化した装置のものとは違う、自由自在な空間転移。どれだけ改良を重ねても、本物に届く事は決して無いであろう。
「くく。さて、最強の戦士との対面だ。久しぶりに……本当に、心が踊りますよ」
珍しく本物の感情が表に出た笑い声を一つだけ残し、マリクもまた、その場から姿を消した。