サングリーズ砦攻略作戦
サングリーズ砦には、オレらも柱が用意した車で送ってもらうことになった。
「っと。けっこう揺れるね」
「すみません。でも、このルートが一番早いんっす」
「山道だから仕方ねえだろうがよ。喋ってると舌噛みそうだぜ」
「喋ってばかりでうるさいアトラには、それぐらいが丁度いい」
「……どんどん俺様の扱い酷くなってませんかフィーネさん」
「自業自得だっつーの」
「んだとぉ!?」
「け、ケンカは駄目ですよ……?」
装甲車でも動かしたいところだが、ってシューラはぼやいてたけど、首都から砦への最短ルートはとても入りくんだ山道で、通れる車には限界があった。
そこで、特殊作戦用の車を動かしてもらった。見た目はただの乗用車なんだけど、装甲とかが特殊で、そこらの車より遥かに頑丈らしい。レイルが言うには、並の爆薬ぐらいなら耐えられるそうだけど……身をもって体験にはなってほしくねえな。大丈夫だとしても怖い。
(――サングリーズ砦は、大きく分けて四つの区画に分かれている。そこで今回は、四つの班に分かれて各ルートから突入、担当区域を制圧する。戦力を分けるリスクはあるが、今回はスピードが勝負だ)
(あの二人によれば、リグバルドの本隊、傭兵部隊共に十数名の人員で構成されているらしい。だが、向こうには転移装置があり、思わぬ戦力が補充される可能性も忘れるな)
そんなマスター達の指示で、オレ達は四班に分かれてる。ギルドのメンバーで言えば、グループはこんな感じだ。
西区画の担当は、オレ、アトラ、フィオ、飛鳥、フィーネ。
東区画は、カイ、レン、美久、コニィ、それから先生。
少し外れにある監視塔区画は、ガル、瑠奈、イリア、ジンさん。
そして、司令部の存在する中央区画には、マスターと空さんだ。
中央は二人だけ、っつってもマスター達と先生はやっぱり別格だからな。下手に誰かがついて行けば足手まといになるだけだろう。ちょっと悔しいけど、オレ達はまだまだ横には並べねえ。
後は、それぞれのグループにベテランが一人はいる。東は先生、こっちはフィオ。人数の少ない監視塔はジンさんとガルだ。
フィオは見た目こそオレらより年下でも、実際は最年長だ。Sランクは伊達じゃねえってか、あっちの姿にならなくても、ガルと同じくらいには強いだろう。
砦の近くまでは他のグループの車もいたけど、ついさっきの分かれ道でバラバラになった。生い茂ってる木のせいでまだ見えてねえけど、かなり大きな砦ってのは聞いた通りだ。
で、今もまだ後ろについて来てるのは、主にシューラの配下で構成された軍の部隊。そんで、この車を運転してるのは、道を知ってるザックさんだった。
「あと数分とかからずに着きます。すぐに動けるよう、準備しといて下さい」
「おう。あんたにも期待してるぜ。けっこうな使い手だったってジンも言ってたしよ」
「はは……ジンさんには、完敗だったんすけどね。いくら怒りに我を忘れてたとは言え……」
ザックさんのどこか辛そうな声に、それを言ったアトラがしまった、という顔をする。ジンさんと戦ってた時のこの人は、操られてた時だからな……それに触れるのはマズかったようだ。
「……ジンさんには、いや、皆さんには、どれだけ侘びても許されない事をしました。本当に、申し訳ありません」
「い、いや……別に謝る事じゃねえだろ? あんただって被害者なんだからよ」
「そんな事はないっす。オレの油断があったから、操られたりした。オレの意志が弱かったから、それに抵抗できなかった。そこに責任がないはずは、ないんです」
そこは頑なに断言するザックさん。シューラさんもだいぶ庇ってたけど、それだけで本人は割り切れてねえらしい。
「オレは、あと一歩で、この国を滅茶苦茶にする引き金を引いてしまうところだった。いや、止められはしたけど、引いてしまった」
「ザックさん……」
「オレは、裏切ったんです。シューラさんの信頼を。シューラさんが許してくれたとしても……オレは、最低の行為をしたんです。オレ自身が、そう簡単に許せない」
初めて会ったあの日は、気さくな印象が強かったザックさん。だけど、考えてみたら、シューラのために傭兵稼業を辞めてきたんだよな。きっと、すごく大きな忠誠があったんだろう。
「……いいや。犯した罪は、どれだけ償っても消えるもんじゃない。オレは、一生を懸けてこの国に償い続けるつもりっす。それ以外に、何も思い付けないですから」
犯した罪は、償っても消えはしない……か。そりゃそうだ。償いってのは、言っちまえば代わりだ。例えば、人を殺したやつが後悔して償ったとしても、相手が生き返るわけじゃねえ。当たり前の話だ。
それでもオレは、償いが無駄ってわけじゃないと思う。やり直すことはできなくても……後悔すら許されねえってのは、きっと冷たい話だからな。つっても、オレらの中に、ザックさんが罪を犯したなんて考えてるやつはいねえだろうけど。
「あんたがそれを背負うってんなら、部外者の俺様たちにはあまり偉そうな事は言えねえけどよ。ただ……責任を取るのと無駄に気負って自暴自棄になるのは違う、ってのは忘れんなよ。……悩んだ時はな、周りに相談すりゃ、あっさり答えが出たりするもんだぜ?」
「……アトラさん」
「ふふ。少し前の君に聞かせたい言葉だね?」
「うるせーな。だからこそ、だっての!」
バツが悪そうに明後日の方向を向いたアトラに、少しだけザックさんの表情が緩んだ。
「……ありがとうございます。その言葉、しっかりと覚えておくっす。とにかく今は、やるべきことに集中しようと思います。何しろ、相手はあのクリードですから」
「ザックさんも、そいつに会った事が?」
「あの時は味方でしたけどね。あいつは若手の頃からすぐに有名になって、オレは同年代だったから、直接会うまでは対抗心燃やしたりもしたけど……実際に見たら、はっきりと悟りましたよ。こいつには、間違いなく勝てないと」
「……そこまでかよ」
「悔しくても、そこを冷静に判断できなければ、傭兵なんてやっていけませんでしたから。……今のオレなら、当時の彼に食い下がる程度はできるかもしれないですが、奴だってあれから腕を上げたはずだ。脅すようで申し訳ないですが……あいつは間違いなく、世界でも指折りの傭兵です」
シューラから聞いてた話でも、只者じゃねえのは分かってたけどよ。やっぱ、かなり辛い戦いになりそうか。オレにどこまでやれるかは分からねえけど……できるだけ、やるしかねえ。
「そういや、ちょっと前のアトラと言えば……お前、PSの制御は安定したのかよ?」
ふと思い出したので、尋ねてみる。あまり聞かれたくねえかもしれねえが、今から戦闘するんだし大事な話だ。
「正直言っちまえば、完全ではねえな。マスターと訓練はしてるけど、まだ、ちょっと気を抜くと呑まれそうになる」
「……大丈夫なの?」
「心配はいらねえよ。お前らのおかげで、俺様は嫌ってたあの力をちょっとは受け入れられた。そのお前らと一緒に戦ってるって考えたら、呑まれたりはしねえさ。一度成功させたもんをミスるなんて、ダサくて俺様らしくねえしな」
「違う。アトラはいつもダサい。一日に二度も言わせないでほしい」
「……フィーネさん? 今の、割と普通にカッコいい台詞だったはずなんですよ? と言うか、オトコゴコロって繊細なんですよ? そろそろ真剣に泣きそうですよ?」
「……ふふっ。あははは! 本当に、相変わらず締まらないね、アトラも!」
「相変わらずとか言うんじゃねえ!!」
ホントに目を潤ませて項垂れるアトラだが、それを心配してるのは飛鳥ぐらいで、オレとフィオは遠慮なく笑い、ザックさんは苦笑してる。戦いの前だけど……緊張するよりゃいいはずよな。
……嫌ってた力を、ちょっとは受け入れられた、か。その言葉が、羨ましい。本当は、人のことを聞ける立場じゃねえんだけどな、オレも。
オレのPS、時の歯車……その真価をぜんぜん引き出せてないのぐらい、分かってる。その理由も……オレが、力を拒絶してるからだってのも。だけど、頭で分かってても、オレはまだ……割り切れそうにない。
「……浩輝くん、大丈夫? 何だか、少し具合が悪そうだよ?」
「ん……ああ、わりぃ。ちょっと考えごとをな」
「何だ、もしかしてびびってんのか?」
「何でそうなるんだっつーの……怖くないっつったら嘘になるけどよ。やるって決めた以上は、ちゃんとやってやるよ」
「へっ、ならいいさ。てめえは無鉄砲なんだから、ちょっとびびってるぐらいのが丁度いいだろ」
……そうだ。今は、とにかくやれるだけやるしかねえ。みんなのためにも、余計なこと考えねえで……今のオレにできる全力で、戦うだけだ。
それからすぐに、車は開けた場所に出た。視界がはっきりしたので、さっきは見えなかった砦の外観が、オレ達の目に飛び込んできた。
古びた石造りの建築物。高さは地上5階まであり、横の長さは数キロもあるそうだ。見てるだけで圧倒されるみてえな、鉄壁の要塞。これが……サングリーズ砦。
「地雷とかはなかったみたいだけど……入り口に仕掛けられたりしてねえよな?」
「最新式の探知機はかけてますので、大丈夫なはずです。油断は出来ないっすけど」
「間近で見ると、また一層と大きな建物ですね。わたしも、存在ぐらいは知っていましたけど、来るのは初めてです」
「この西区画だけでも、かなりの広さがあるっす。速やかに突入を開始しましょう」
「うん。みんな、用意は良いね?」
「問題ない。いつでも作戦を開始できる」
後ろの20人ぐらいも、シューラの用意した精鋭部隊だ。他の側近や、ザックさんと一緒に操られていた二人なんかもいる。……ちゃんと仲間と連携してるみてえだ。わだかまりが残ってねえか心配してたけど、大丈夫そうだな。
――だけど、そんなことに気を遣えたのも少しだけだった。一斉に、あのイヤな耳鳴りが襲い掛かってきたからだ。
「……さっそくのお出迎えかっつーの?」
「みてえだな。出てくる前に突撃……は無理か。もう姿が見え始めてやがる」
大会の時より早くなってる……バストールでも実験してたみたいだし、さらに改良してるってのかよ。とにかく、戦闘は避けられそうにねえな。
10秒かそこらで、奴らはその全身を現した。
それは、一言で現せば巨大なトカゲだ。
身体の大きさは全長3メートル程で、がっしりとした体躯に、鎧みてえな青い鱗。頭とか肩とか、ところどころに剣みたいな突起があって、前脚には大きなヒレみてえなのがついてる。
なんか、小さいころに読んだ図鑑の恐竜みてえだ。それか、カイを四足歩行にしたらこんな感じだろうか……なんて感想、本人に知られたらぶん殴られそうだな。とにかく、小型の竜って表現がしっくり来るかもしれない。
「こいつらは……!」
「僕も見たことがない。また、改造されたUDBみたいだね」
フィオが牙を噛み締める。改造UDB……ノックスと同じ、戦うために産み出された生き物か。
ちなみに、ノックスの種族は〈鉄獅子〉という名を付けられ、世間に公表された。ランクはCになっている。さすがに、改造で生まれたとかは伏せられたままだけど。とにかく、こいつらもそうだとすれば……。
「……こいつらが、マリク様の仰っていた敵か」
「そのようだな。与えられたデータにあった顔が、いくつかある」
「し、喋った……?」
「ノックスの野郎より流暢な発音だな……」
改造UDBの事を知らない飛鳥やザックさん達は、目の前のトカゲが喋った事に多少面食らっている。やっぱ、高い知能を持たされてるみてえだな。
「前に6体、後ろに13体……進路も退路も断たれています」
「転移の位置からして、待ち伏せされていたと考えるのが妥当」
「へっ、今さらその程度でビビりゃしねえがな……!」
口は動かしながらも、集中を目の前の相手から逸らしはしない。トカゲ達もまた、じりじりとオレ達との距離を詰めてくる。飛びかかるタイミングを伺ってるようだ。
「ザック。君たちシューラの部隊は、後ろの相手を頼むよ。前は僕たちが引き受ける」
「ですが、それでは皆さんの方が……!」
「僕たちは少数でUDBを相手取るのに慣れてる。それに、君も仲間との方が連携しやすいでしょ? 心配なら、そちらを早く片付けてから援護を頼むよ」
「……分かったっす。ご無事で!」
少し渋ったものの、すぐにフィオの言葉が正しいと判断したようで、ザックさんは素早く後ろの部隊に合流すべく駆け出す。そして……トカゲのうち2匹が、走り出したザックさん目掛けて突進してきた。
「させっかよ!」
それぞれの近くにいたオレとアトラが、1体ずつを受け止める。まともに受けたらこっちが押し負けるので、受け流すように銃剣を振り回して勢いを削ぐ。
それが、ゴングになった。他の奴らも後ろから一気に距離を詰めてきた。