傭兵達と道化
サングリーズ砦跡の一角にある詰所。
クリード・リスティヒは、渋い表情で目の前の人物と向かい合っていた。
この中には、現在彼を含めて四人の人物がいる。明らかに不機嫌な様子の亀人、同業者のジョシュア・ゴランド。部下が捕まった報告のためか同様に険しい表情の猫人、クライヴ・アルガード。
そして、クリードと向かい合う、仮面の道化。漆黒の衣装に身を包んだ怪人物、マリク。
「つまり、だ……マリクの旦那。あんたは、敵についての情報を持っていて、かつ、石についてバレる可能性を知りながら、俺たちにそれを伝えなかったって事か?」
「ええ。申し訳ありません、やはりお怒りでしょうね」
「いや、怒ってるとかじゃねえよ。ただ、理由は説明してもらうぜ? 不利益が出るのは、あんたらの側じゃねえか。それを放っておくのは、さすがに気味が悪いんでな」
クライアントとの齟齬は、彼らにとっては命取りだ。傭兵を単なる手駒としか考えていない者は、時に不当な要求を突き付けてきたり、騙して死地に放り出そうとしたりする。
クリードはそのように悪質な依頼者を見分ける嗅覚に優れ、自分を利用しようとした者には、等しくそれに見合った制裁を加えてきた。だが、このマリクと言う人物は、今までのクライアントとは格別であると肌で感じている。
「単純な話ですよ。今回の作戦の目的の一つは、傭兵部隊のテスト……敵の情報を必要以上に与えては、その意味が薄くなるでしょう?」
「つまり、俺たちが相手を知らない状態でどこまで対応できるか、抜き打ちでテストしてたってことかよ?」
「ええ。端的に言えばそうなりますね」
「何だそれは! 貴様は、我らを何だと……!」
「止めろ、ジョシュア。クライヴの旦那は、この事を知っていたのか?」
「知っていたはずが無いでしょう。そうであれば、誰がわざわざ配下を危険な目に遭わせますか……!」
クライヴは、憤りを必死に抑え込んでいるようだ。彼も軍人である以上は、戦場で部下を失う覚悟はしている。だが、このような形でいらぬ犠牲が出るのは、看過できないのだろう。
「心配せずとも大丈夫ですよ、将軍。捕まった二人は、どうやら司法取引により、比較的軽い刑で済むようですからね」
「……本当ですか? どこからその情報を……」
「彼らの諜報員が、連絡を回してくれましてね。どうやらあなたの部下は、最初から乗り気では無かった様子で、説得に応じて情報を話したらしいですよ」
「…………」
「とは言え、大した痛手にはなりません。そして、あなたも良く知るように、ウェアルド・アクティアスは馬鹿らしい程に甘い男です。協力をした彼らは、決して悪いようにはされないでしょう」
マリクの言う通り、クライヴも、ウェアルドの性格はよく知っている。ならば、それが真実である可能性は高いだろう、と彼も考えた。少しだけ落ち着いたクライヴだが、ふと何かに思い当たったように問いかけた。
「マリク。あなたは、彼らをどうするつもりですか……?」
「クク。別に、裏切り者に制裁、などは考えていませんのでご心配なく。むしろ私は、その二人に感謝しているのですよ。これで、ギルドをここに誘い込むお膳立てが出来たのですから」
「まるで、望んでいた展開であるように言うのですね。あなたは一体、何を企んでいるのですか?」
「おや。そんなに私が信用できませんか?」
「……いえ、そのようなつもりでは……」
「取り繕わなくても構いませんよ。古参の将から疑念を抱かれ、疎まれていることは自覚していますからね。敢えてそうなるように振る舞っている部分もあるのですが」
はっきりと言われて、さすがのクライヴも少しばかり狼狽える。その様子に小さく笑うと、マリクは言葉を続けた。
「ただ、これだけははっきりと言っておきますよ。私の目的は一つだけ……主の望みを叶える事だけです。息を吐くように嘘をつく人種だと自負してはいますが、そこにだけは嘘偽りはありません」
「へえ。あんたの言葉を総括すれば、それが嘘である可能性も十分だな」
「おや、これは手厳しい。もっとも、信じてもらう必要はあまり感じていませんが。とにかく、暗部である私の行動や指示には、あなたには許しがたいものも含まれているでしょう。ですが、主に尽くすと言う一点だけは、私もあなたと同じであると思いますよ」
「……ええ、分かっています」
事実、マリクの存在は、彼らに大きな力を与え、主のために多大な功績を残している。そしてマリクは今、他の誰よりも主から信頼されているであろう。だからこそ、クライヴは己の感情を押し殺して、彼に従っているのだ。
「で、どうなんだ? 作戦を失敗させちまった俺たちは、あんたらのお眼鏡に叶わないって事になるのかよ?」
「そこまで意地の悪い事は言いませんよ。アポストルの実験データも良いものが集まりましたし、現時点での評価は想定よりも上と言えるでしょう」
「ふん、どこまでも上から目線な……」
「申し訳ありません、これが性分ですので。さて……現時点、と言いましたが、あなた達には、最後にもう一つだけ仕事があります」
「何だと?」
「今からここを訪れるであろうギルドの方々。彼らと、戦っていただきたい」
マリクの言葉に、クリードは目を細めた。
「邪魔をしてくれた連中を消せ、って事か?」
「いえ、そこまでは求めません。ただ……主は、彼らに興味を示している。彼らがあのお方の理想の障害になるか否か、見極めたいと申しております。そのために、今一度彼らの戦闘データを集めておきたいのです」
「……なるほどねえ。ついでに、俺たちが本当に使えるかどうかの最終テスト、ってとこか?」
「くく、あなたは理解が早くて助かります。あなた達の武勇……知らぬわけではありませんが、敵もまた強大です。ギルドと対等に戦えるならば、来るべき時にも十分でしょうからね」
隠す気も無い様子で、クリードの言葉を肯定するマリク。彼は懐から小さな端末装置を二つ取り出すと、クリードとジョシュアにそれぞれ手渡した。
「無論、死ぬまで戦えなどと言う気はありません。危険だと判断したら、すぐに退いて下さい。お二人にはその〈テレポーター〉を渡しておきます」
「こいつは、個人用の転移装置ってやつだったか?」
「はい。まだ改良の余地はありますが、転移そのものは安定して行えます。それと同時に、新しい兵を連れてきています。彼らの試験も行いたいのですよ」
「もしや、新たな人造UDBを?」
「はい。試作型ですが、知能は人と同等の扱い易いタイプです」
「ちっ……やはり気に食わんな。試されたり、そのために無駄な戦闘をされられたり、馬鹿にしているようにしか思えんぞ」
「無茶を要求しているのは自覚しています。結果はどうあれ、今回の報酬は上乗せしますよ」
悪びれもせずそう言ってのけたマリクに、ジョシュアはもう一度舌打ちした。
「将軍、あなたにも、二人の補佐をお願いします。何しろ相手が相手なのでね。配下は先に帰還させても構いませんよ。アインに送り届けさせますので」
「ええ、了解しました。部下についても、そのようにお願いします。あなたはどうするのですか?」
「私も残りますよ。少々、敵方のギルドに話をしたい男がいますので、その者を引き受けさせていただきます」
「俺とジョシュア以外の傭兵部隊はどうすりゃいいんだ?」
「UDBは相当数を投入しますので、将軍の配下と共に帰還させても問題ありません。希望者がいれば残っていただいても構いませんが」
「分かった。リスクもあるし、あまり残りたがる奴はいねえだろうがな。……いや、ちょっと変わった野郎もいるから、断言はできねえが」
「くく。ハヴェストの事ですか?」
「……旦那があいつの名前を覚えてるとはな」
「彼は印象に残りましたので。あれはなかなかに興味深い逸材だと思いますよ?」
「ま、ある意味では確かに興味深い野郎ではあるけどよ……」
マリクから出された名前に、少し顔をしかめるクリード。嫌ってはいないが、彼にとってその男は、少々扱い辛い部類らしい。
「まあいい。なら、とっとと準備を始めねえと、敵が来ちまうな」
「お願いします。私の方も仕込みをしておきましょう。では、各自の健闘を期待していますよ」
そう言うが早いか、マリクの姿はその場から文字通りに消えた。後に残された三人は、少しの間だけ沈黙する。
「本当にとんでもねえ御仁だな、ありゃ」
「ええ……数年を共に仕えてきましたが、今でもまだ、彼の底はまるで見えません。ですが、彼の存在は、僕たちに必要な力です」
「今回みたいに、望まない作戦を命令されても、か?」
少し意地悪な言葉を投げ掛けてみると、案の定クライヴは渋い顔をした。だが、すでにその葛藤は通ってきた道のようで、思ったよりもすぐに返答は返ってくる。
「僕だって、将としての務めは理解しています。己の感情を優先していては、主の望みはいつまでも叶わない。作戦に納得できない時も、それを拒否などはしません。成功しても、素直に喜ぶ気になれないだけですよ」
「そういや、今回も止めはしなかったか。わりいな、嫌らしい事を聞いて」
「いえ、自らが雇われる国の将に対して、懸念はもっともでしょう。……彼本人が言った通り、僕は彼の行動全てを受け入れる事はきっとできない。それでも、どのような理想でも汚れ役は必要なのだと、理解はしていますから」
「ま、今は間違いなく味方だしな。敵に回しちゃいけねえ人種ってのが世の中にはいるが、あれはその筆頭だと思うぜ」
「……ふん。だが、味方だとしてもあの傲慢さは受け入れ難い。関わりたくない人種、が正しいだろう」
ジョシュアは先ほどから不満顔を浮かべたままだ。傲慢ってお前が言うかよ、とクリードは内心で呆れるが、面倒なので口には出さない。
「第一、何なのだあの態度は。俺たちは確かに雇われの身だが、奴の下僕になった覚えは無いぞ。人を利用しようとしているのが透けて見える……くそ!」
「おいおい、あんま滅多な事を口走るなよ。あの旦那のことだ、どこで聞いてるか分からねえぞ」
「聞こえるなら聞こえてしまえばいいのだ! 全く……大それた野望を抱く主が主なら、それに仕える者も傲慢になるのだな」
その言葉に、さすがにクリードは顔をしかめた。マリクに聞かれる事を危惧してではない。それ以前の問題だったが、感情の昂ったジョシュアはそれに気付かない。
「本気で世界を自分の物とでも考えているのだろうがな。ふん、まるで子供ではないか? 理想と現実の区別がつかない、ただの愚か者だ、俺に言わせればな」
「おい、そろそろ……」
「ジョシュア・ゴランド」
クリードが制止する前に、ジョシュアの言葉に割り込んだのは、クライヴだった。亀人は、怪訝な表情でそちらを向く。クリードは静かに天を仰いだ。
「僕には、傭兵であるあなたに忠誠を求める気はありません。あなたがマリクの仕打ちに不満を抱くのも、当然のことでしょう。それについては、僕からもお詫びします」
「貴様の詫びなど求めていない。仕方ないと思うのならば、一々口を挟むな。大した役にも立たなかった監査役ごときが――」
ジョシュアは、最後まで自分の言葉を続けられなかった。
彼の首筋に――クライヴの白刃が、一瞬のうちに突き付けられていたのだから。
「ですが……主を侮辱する事は、許さない」
「……ッ!!」
「次は止めません。覚えておいて下さい」
クライヴは静かに、しかし確かな威圧の込められた声でそう言うと、ゆっくりと自らの得物をしまい、そのまま詰所の外へと歩いていった。
彼が去った後も、ジョシュアはしばらくの間、身動きを取れずにいた。先の一撃には、全く反応できなかった。もしも彼が本気であれば確実に死んでいたと言う事実に、嫌な汗が流れていく。
「ったく、だからお前は馬鹿なんだよ。自分の感情を捨ててまで仕えてる相手だぜ? その悪態を旦那の前でつきゃ、こうなるに決まってんだろ。それとも、旦那の実力も見誤ってたか?」
「……くう……」
「元気があるのは結構だがな。もうちょい色々なもんを見極められるようにならねえと……お前、早死にするぜ?」
そんな苦言に反論する気力も殺がれてしまったのか、ジョシュアも軽くおぼつかない足取りでその場を離れる。クリードは、そんな彼の背中を見送ってから、小さく溜め息をついた。
「筋は良いんだがねえ……あの無鉄砲さが、命取りにならなきゃいいんだがよ」
同僚であり、後輩でもある男へのそんな感想を漏らしてから、クリードも来訪者を迎え撃つ仕込みをすべく、詰所を後にした。