牙の進撃
「――では、改めて作戦を伝える。俺たち〈赤牙〉、並びに空は、敵の本拠地であるサングリーズ砦跡へ、軍の精鋭と共に乗り込み、敵部隊を鎮圧……可能であれば、指揮官を拿捕する。イリア、お前もこちらに参加してもらうぞ」
「了解!」
「その間、俺を除いた〈大鷲〉は、相手の奇襲に備えて引き続き三柱の護衛と国の警護を行う。がら空きのところを狙われてはかなわんからな」
敵の動きが分からない以上、スムーズな連携の為にも、一部がこちらに残るのは妥当か。リン達ならば、余程のことがなければ遅れは取らないだろう。
「あんたら、他の作戦とか知らねえのか? 実はもう一ヶ所本命がある、とかよ」
「知る限りでは、俺たちの任された一件のみだ。囮にされた可能性もあるがな。そろそろ失敗にも気付いている筈だから、新たな仕掛けを計画するか、あるいは撤退の準備を始めているかもしれない」
「そうか、逃げられるって事も考えられるんだな。それはそれで一段落ではあるが……出来れば引っ捕らえちまわねえと、次が面倒だな。俺様としちゃ、フェリオの事も聞いときてえし」
「なら、とっとと乗り込もうぜ。作戦が失敗したって分かりゃ、どんな動きをしてくるか分からねえからな」
「だけど、街の守りはそれだけで大丈夫なのか? いくらリンさん達でも、国全部を見るのは無理だろうし……今は軍隊も混乱してるだろ?」
「ふん。そんな事を気にするな、小僧」
話し合いの中で出てきた蓮の懸念に答えたのは、実に好戦的な笑みを浮かべたシューラだ。
「貴様たちがいなかろうと、自らの街はこの俺の手で守ってみせよう。もうこれ以上の遅れは取らぬ! 何者が来ようと、血の海に沈めてくれるわ!」
「ち、血の海って、叔父さん……」
「全く。発言が過激すぎますよ、シューラさん。それに、僕たちが前に出れば……などと言う言葉を聞く方ではありませんでしたね、あなたは」
「当然だ。部下を前に出し、自分だけが弾の届かぬところでのうのうとしているなどと、俺の性に合わん。俺は背負っているのだからな、この国を!」
「そうですか。ならば、共に背負う僕が、背中で見守っているわけにもいきませんね」
溜め息をつきながらも、どこか楽しそうな表情を浮かべて、レイルがそう言った。
「まさか、レイルさんも?」
「フフ、僕はこんな熱血理論で動くタイプでは無いのですが……たまには悪くないでしょう? ああ、心配はいりませんよ。これでもシューラさんと試合をして五分、程度には戦い慣れていますので」
「元傭兵のシューラさんと試合して、五分? いや、それって、かなり強いんじゃ……」
「……それ以前に、代表同士が試合って、何やってんだ」
「最初の頃は本当に険悪でしたので、どうにか近付けないかと僕が提案したんですよ。いやあ、あの時に言ってみて良かった。武術は少しかじった程度でしたが、おかげで少しは認めていただけたようですから」
「……ふん。あれでかじった程度だと? どこでかじればあのような技術が身に付くのか、是非とも教えてもらいたいものだ」
「フフ、それはノーコメントといつも言っていますが?」
「貴様は、全く……確かに、あれがきっかけでただの優男で無い事は分かったのだがな。だが、勘違いするな。気に食わんのは今でも変わっていないのだぞ!」
大柄な狐人はそっぽを向いたが、明らかにただの照れ隠しだ。リンが少しだけ呆れたように苦笑した。
「では、お二人はそれぞれの首都の守りを固めて下さい。この街は、私が守ってみせましょう。時には私も、無茶の一つぐらいは見せてみようではないですか」
「え……いや、まさかダリスさんも?」
「くく。元ギルドマスターの血が騒ぐか、爺さん?」
「マス……え? ええっ!?」
空が明かした衝撃の事実に、俺たちは思わず一斉にダリスの方を見た。
「10年ほど前の話ですがね。この道を志す前は、およそ20年ギルドに所属していました。そのうち後半の5年間は、未熟ながらマスターを務めさせていただいたのです」
「そ、そうだったんですか……で、でも、大丈夫なんですか?」
「昔とった杵柄、さすがに当時ほどの無茶は出来ませんが。それでも、立ち上がるべき時に立ち上がらないほどには、老いてもいないつもりです」
彼がギルドに対して友好的であったのは、その経験もあったからなのだろう。しかし……こうして事実を知ってから改めて考えてみると、柱たちも随分と濃い経歴だな。俺たちが言えた義理でもないが。
「そして、砦を攻める面子だが、側近に指揮を任せた小隊をいくつか回す。相手を考えれば、数よりも少数精鋭でいくべきだろう」
「側近ってことは……」
「ああ、ザック達だ。……思うところはあるかもしれんが、俺の配下では紛れもなく適任だ。奴らに、汚名返上のチャンスを与えてやってくれ」
「……はい。心配しなくても、オレ達はあの人達を恨んだりはしてないっす。一緒に頑張らせてもらいます」
「そうか……」
そう言われて、シューラは少し安堵した様子だった。浩輝の言うとおり、彼らを恨むのは筋違いだ。後は、本人たちの気の持ちようだ。
「さて、これ以上は時間も惜しい。では、先ほどの指示の通りに動くぞ。赤牙の面子は俺と空に……」
「あ、あの!」
「……? どうした、飛鳥」
「……わたしも、砦へ行かせてください!」
少しだけ躊躇う様子を見せ……だが、思いきって発せられたその言葉に、一同が注目する。これにはウェアばかりでなく、さすがの空も面食らったようだった。
「本気か?」
「街を守る方も大事だと言うのは、分かっています。だけど……わたし、力になりたいんです。わたしに頑張る勇気をくれた友達の力に……!」
「……砦攻めは、確実に戦闘になる。それは理解しているんだな?」
「はい。だけど、わたしだってきっと……いや、必ずやってみせます。わたしは、神藤 空と神藤 リンの血を……本当に偉大な二人の血を引いているんですから!」
彼女と出逢ってから、ここまではっきりとした、強い意思を持った声を聞いたのは始めてであった。
ウェアは、空とリンさんの様子を伺う。空はシガレットを口の中に放り込んで噛み砕くと、飛鳥の目をじっと見つめ……彼女が視線を逸らさないのを確認してから、口元を小さく上げた。
「ギルドでは始めてだな。お前がそうして、自分の意思をはっきりと言うのは」
「お父さん……」
「何が起こったとしても、自己責任だ。それはギルドに入る時に言ったな? 覚悟は、できているんだな?」
「うん。わたしは、何があっても立ち向かってみせる」
「……くく。リン」
「分かってるよ」
嬉しさと、少しだけ寂しさも混ざった笑い声を漏らし、空はリンさんと視線を交わしてから、言った。
「ウェア、こいつも連れていくぞ。足手まといにならんのは保証出来る」
「…………!」
「義兄貴、姉貴、良いのか!?」
「娘の成長ってのは嬉しいもんだよ、シューラ。躊躇が無いとは言わないけど……あたしと空は、ずっと決めてたんだ。この子が自分で選んだ行動は、何があっても応援するってね」
「……ありがとう、お父さん、お母さん!」
深々と一礼する飛鳥。その姿と、空とリンの表情……そんな様子に俺は、瑠奈がついて来ると言い出したあの時のやり取りを思い出していた。
「安心してくださいっす、空さんにリンさん。飛鳥は絶対に、オレが守ってみせますから!」
「くく。精々、逆に守られて男の面目を潰さんように気を付けておけよ? そいつの戦闘技術は俺とリン仕込みだからな」
意気込んでみたはいいものの、空の返事に浩輝は小さく呻いた。自分の方が弱かった時を想像したようだ。
あまり余計な事に気を取られない方が良いのだろうが、過度に緊張するよりは、余程いい。
「では、改めて……これが、今回の依頼の締めとなるだろう。お前達……好き勝手してくれた奴らに、思い通りにならないと言う事を教えてやるぞ!」
『了解!』
いつも一方的に攻めてくるばかりであった、あの連中……いや、リグバルドの尖兵達。これが、俺達にとって初の反撃であり、恐らくは戦いの始まりでもある。
だが、今は先の事よりも現状だけに集中しよう。ギルドの一員として、奴らにこれ以上この国を侵させはしない。絶対にだ。