その名は
「サングリーズ砦跡?」
「ああ。そこが俺たちの拠点だ」
ウェア達に連れられてきた二人は、俺達の前で素直に自らの持つ情報を語り始めた。
なお、アイシャ達は本社からの連絡もあり、一旦引き上げていった。ここから先はさすがに役に立てない、代わりにやれることをやる、だそうだ。
「どういう場所なんすか、そこ?」
「かつて国境付近に建設された砦だ。現在は完全な廃墟になっているが、頑丈な造りのおかげで原型をほぼそのままに留めている」
「サングリーズ地方は、人が住むのに適した地域ではありません。ですから、あの辺りは今では人がほぼ通らず、廃村の跡が存在している程度です」
「なるほど。隠れ家にするには向いてそうだね」
「俺たちは、2ヶ月程前から、旅行者を装って入国した。そして例の砦で合流してから、あの石を売りさばき始めたんだ」
「転移装置で直接来たわけではないんだな」
「……その存在も知っているんだな。まだ多人数の長距離転移を行う装置は安定しないんだ。元々PSを持たないUDBならば問題ないようなのだが、人をむやみに転移させると、PSの上書きにより精神障害が出る可能性がある。個人用ならば安定するようだが、量産されておらず指揮官用だ」
セイン・ロウ、と名乗った男は、俺の問いにそう答える。精神障害……つまり、俺のようになる可能性か。だが、いずれそれも解決し、真の転移装置が完成するのだろう。
それに、現状であっても、UDBならば何の問題もなく転移可能らしい。それを考えると、やはり恐ろしい。
「俺たちの最大の目的は、あの石〈アポストル〉の実験だ。あれが実用に耐えうるものか、そのデータを集めろとの指示でな。そのために国中に石をばら蒔き、指揮官の入国と共に動き始めたんだ」
「使徒、ねえ。随分と皮肉な名前を付けてくれるじゃねえか?」
「……あれが完成すれば、今とは比較にならないほど強く、人の心を制御可能と言われている。操られた者は、まさしく使用者が神であるかのように振る舞うようになる……とな」
海翔が舌打ちする。人の心を操るなど、絶対に許してはいけない。やはり、あのようなものは存在してはいけないな。
「第一目的はアポストルの実験、並びにこの国の無力化。そして、第二の目的は、俺たち傭兵部隊がどこまで作戦に組み込めるかのテストだった。指揮官のうち二人も、俺と同じ傭兵だ」
「名前は?」
「クリード・リスティヒと、ジョシュア・ゴランドだ……そう言えば、あんたは元傭兵だったな」
傭兵、オウルの挙げた名前に、その方面の情報に詳しいであろうシューラが小さく唸った。
「よりによって、大蛇のクリードか」
「有名な人なんですか、叔父さん?」
「フリーで依頼を受ける個人活動の傭兵だ。俺より10近く年下ではあるが、若手の頃から名の売れていた男でな。一度だけ共に依頼を受けた事があったが……今でも記憶に残っている。恐ろしく冴えた剣技の使い手だった」
「お前が認めるほどの実力者か。面倒だな」
空の言う通り、シューラはその性格上、生半可な相手の実力を称賛はしないだろう。ならば、その男の能力も推し測れる。
「最後に見てから数年経つから、あの時より更に腕を上げていると考えてもいいだろう。だが……奴の厄介さは、戦闘能力だけではないのだ」
「どういう事だい?」
「己のリスクを減らす事を最優先し、いかなる手段も用いる狡猾さ。状況を冷静に分析して、何が最善かを見極める判断力。そして、必要だと判断すれば、昨日までのクライアントであろうと容赦なく斬ると言われている冷酷さだ」
シューラの並べていく人物像に、彼の言わんとする厄介さが理解できた。確かに……敵に回したくないタイプだな。
「ある意味では、傭兵と言う職種を体言している男、と言えるかもしれん。金で命を売り買いし、各地を転々として、昨日の友が敵になる……その世界に適合し、生き延びてきたからこその在り方だろう」
「改めて聞いても、お前には似合わん世界だな」
「……自覚はあるが、あまり言わんでくれ、義兄貴。とにかく……静かに身を潜め、的確に獲物の喉に喰らい付く。それが、奴の大蛇と言う通り名の由来だ。種族であるハイエナを揶揄して死肉漁りなどと呼ぶ者もいるが……獲物を死肉に変えるハンターは、他ならぬ奴自身だ」
職業柄、誰といつ敵対するか分からない。そんな時に情があれば、引き金を引くのに躊躇いが生じる。ならば、生き残る為には情を捨てればいい。
文字通りに非情な話かもしれないが、それが彼らの世界であると理解はできる。きっと過去の俺も、そういう理論と無関係ではなかった。それに……シグ達と刃を交わす可能性は、嫌でも考えなければならないだろう。
俺には、できるだろうか。かつての友に、情を捨てて剣を振るう事が。それが出来なければ……俺だけではなく、他の仲間が殺されてしまうとすれば。俺は、どちらかを選べるのだろうか。
「だが、指揮官が奴だと考えれば、色々と納得がいく。同士討ちをさせれば、確かに自分たちは安全に漁夫の利を狙えるのだからな。いかにも奴の好みそうな策だ。くそ、忌々しい」
「ギルドの助けがなければ、僕たちは石に気付けませんでしたからね。策士であると言えるでしょう」
ひとまず思考を振り払い、目の前の話に意識を戻す。ともかく、そのクリードは油断ならない相手だな。
「もう一人のジョシュアと言う男は?」
「会った事はある。少々プライドが高すぎる、と言う印象だったが、戦闘の技術はかなりのものだったな。並の傭兵ではまともな戦いにならん実力があった」
「強敵なのは間違いない、って事ですね……」
「指揮官は傭兵だけだったの?」
「いや。我らの側からも、監査役として将校が一名訪れている。もっとも、このような作戦には乗り気で無かったようだがな」
地下で何を話したかは知らないが、その口振りから、この男も作戦に良い感情を持っていなかった事が伺える。だからこそ、こうして素直に話しているのだろう。
「乗り気じゃねえなら、どうして止めなかったんだ?」
「傭兵たちの作戦は、倫理はともかく目的を果たすには利に叶っていた。それを個人の感情で制止するわけにはいかないだろう」
「……ややこしいもんだな、組織の幹部ってのも」
アトラがそのような感想を漏らす。指揮官が下手な行動をして、それが反抗と受け取られでもすれば、配下なども巻き込むことになるだろうからな。
……かつての俺は、それを踏まえて裏切ったのだろうか。シグから逃げていた時、俺は確かに『何かを』覚悟していた。だが、『何を』覚悟していたのかが分からない。
くそ。中途半端に記憶が戻っているせいで、所々の繋がりがおかしくなっている。何とか無理矢理に辿ろうとすれば、激しい頭痛が返ってくるだけであった。
「……ねえ。それなら、ここに来ている将校の……名前は、何なの?」
ふと気が付くと、美久が男にそう尋ねていた。そのどこか物憂げな表情に、先ほど海翔が言っていた事を思い出す。
問われたセインは少しだけ躊躇う素振りを見せながらも、すぐに思い直したようで、ゆっくりと口を開いた。
「クライヴ・アルガード。それが、俺たちの将の名前だ」
「……何だと!」
珍しく、驚愕したような声を誠司が上げる。彼だけではなく、ウェアと空、ジン、そして質問をした美久も、明らかにその名前に反応を示していた。
「間違いはないのか? 本当に、彼がこの作戦を?」
「間違えようなどない。俺は、将軍の直属の配下だからな」
「可能性は考えていたが、まさか、ここまで早く……」
「え……マスター達、その相手をご存知なんですか?」
イリアが尋ねると、誠司とウェアは苦々しい表情を浮かべた。ウェアはちらりと美久の方を伺っていたが、彼女は先よりもさらに深刻そうな顔で、小さく俯いたままだった。
「クライヴは……俺たちの、戦友だ」
「! それって、まさか……英雄、なんですか?」
戦友と言う言葉に誰もが考えた事を、蓮が真っ先に尋ねると、誠司は首を横に振った。
「厳密には違う。そもそも、英雄とは激戦区の一つで戦っていた者の一部に与えられた呼び名にすぎない。オレ達が情報を消して去ってしまった事で、世間では余計に祭り上げられてしまってはいるがな」
「ですけど、実際に闇の門を止めるっていう偉業を成し遂げているんですよね? 父から聞いた話では、本当に悲惨な戦いだったそうですし……」
「俺たちだけで止めたわけじゃないぞ、コニィ。世界中で多くの者が戦い、力を合わせたからこそ、あの悪夢を乗り越えられた。俺たちはただ、最後まで生き延びたうちの一人に過ぎないんだよ」
「人々を鼓舞するために英雄の名を引き受けはしたが……本来は戦った誰もが英雄と呼ばれていいはずだ。だからオレは、数名の英雄があの戦いを終わらせた、などと語られることは好かんのだがな」
誠司の言葉に、シューラが小さく唸った。彼は英雄を神格化していた面があるようだからな……。
「話を戻そう。空もそうだが、俺たちと同等の戦果を上げた者は、実際には世界中に数多くいる。クライヴも、その一人だ」
「彼は……とある国の軍人だ。その国も激戦区の一つで、若くして将を任された彼は、それに応えるかのように果敢に戦い、民を守り抜いた」
……先ほどから、いくつかの言葉が俺の中で引っ掛かる。恐らくは俺だけではないが。
「あるとき共同作戦で知り合ってな。高潔で、民を第一に考え、騎士道精神に溢れる……そういう男だった。戦後にも交流を持っていた程度には、友情を築けてもいた」
「そんな人が、今みたいな酷い作戦を……?」
「正直、オレも信じたくはない。いかに立場があろうと、彼がこのような事を黙って見過ごすなどと。だが、そいつが嘘をついている様子も無さそうだからな」
誠司が溜め息をつく。どうやら、本当に信頼がおける人物であったようだ。
「つまりその人は、先生たちと同じぐらい強いんですか……?」
「当時は互角だった。だが、軍務を続けていた彼が、当時からどれだけ強くなっているか……」
「……ちょっと待って下さい、先生」
我慢が出来なくなったように、海翔が口を挟んだ。
「その人は、国家に仕えてる軍人だったんですよね? さっき、そのセインって奴も将校って言ってたし、多分今でもそうなんだと思います」
彼が口にしているのは、俺と同じ疑問。いや、ほとんど確信に近いものだ。
「そんな人が、どうしてこんな作戦に参加しているんですか? もしかして……俺たちの敵はその人が元々いた組織なんですか?」
「!? おい、カイ、それって……!」
「ずっと、考えてはいたんです。あれだけの技術を持ち、一つの国を狙うほどの戦力を持つ敵ってのは、どんな奴らかってのを。有名な傭兵をスカウトしたことも含めて……単なる犯罪組織にやれる事じゃないでしょう?」
マリクやアインが常軌を逸した存在であり、生半可な相手で無いのは間違いない。……ならば、具体的に奴らは何者なのか。俺の中で生まれていた一つの仮定が、今の話で確かなものに変わりつつあった。
「マスターはさっき、可能性は考えていたって言いましたよね。それはつまり、クライヴって人がそこにいるのを予測していたって事だ。そこまで分かれば、後は考えるまでもないです」
「…………」
「俺たちの敵は……どこかの国家、なんですね?」
「……ああ。その通りだ」
海翔の推論に対して、ウェアは静かに頷いた。
「先日も言ったが、俺も確信があった訳じゃなかった。今回、彼らの話を聞いて、ようやく完全な黒になった、と言うところだな」
「ならば、話してもらえるのか? 俺たちの敵、その正体を」
「約束だからな。それに、ここから先は知らずに動く事も出来んだろうよ。敵の名は……リグバルド、だ」
『…………!』
その名前に、辺りが一層ざわついた。さすがに、知らない者もいないようだ。
リグバルド。バストールのあるグレーデン大陸から見て北東の、ファレス大陸の中心に位置する国家。国土の広さはそこまでではないが、大規模な国軍を所持しており、その兵力は世界に知れ渡っている。
元々は諸外国とも多くの交流を持つ国であったが、近年は外交面で消極的となり、国際的にその動向には疑問を持たれている……世間に知られる情報としては、この辺りだ。