鎮圧の後に
「……まずは、改めてお礼を言わせてください」
暴動の鎮圧を終え、ブラントゥールの部屋に戻ってきた直後、ダリスは俺たちに向かって頭を下げた。
「皆さんの力がなければ、少なからぬ犠牲が出ていた事でしょう。本当に、ありがとうございました」
「いえ、礼には及びません。この国を元に戻す事は、オレ達の望みでもあったのですから」
今はマスター達が席を外しているので、誠司が代表として返答をする。
なお、他にもジンと美久とリン、東西の柱も今はここにいない。彼らは今、別の仕事をしている。
結論から言えば、鎮圧は無事に成功した。
元々、彼らはあくまで一般市民にすぎない。それに、洗脳の効果があったとは言え、士気もかなり下がっていた。負傷者無しとはいかなかったが、やれる中で最善の勝利を掴んだ、と言えるだろう。
石も砕け、多くの者が正気に戻った。残念ながら、石も関係なく参加していた者もいたようだがな……ひとまず、あの場の参加者は軍がしばらく身柄を預かることになった。洗脳されていた者たちは、事態が解決すれば解放されていくだろう。
……それから、戦いの中で、不自然に鈍い動きの者がいたのも気になるが……今は置いておこう。
「だけど、あくまでひとつの暴動を抑えただけ。この国中から石が消えたわけでもなければ、次が起こらないとも限らない」
「現状、他に大きな暴動は起こっていないようです。ですが、あれが囮である可能性も否定はできないでしょう」
「だったら、次が起こる前に大元を止めるしかねえな。そこら辺は、マスター達が上手くやってくれりゃいいんだけど」
命令を出す者がいなければ、ザック達ほどの暴走にはならない様子だった。ならば、敵さえ止めてしまえば、これ以上が起きる可能性は遥かに下がる。
「しかしまあ、ひとまず上手く行ってホントに良かったぜ。縁起の悪い話だが、ひとりでも死んじまってたら、解決を祝う気分にゃならなかったからよ」
「たくさんの人が、自分から武器を捨ててくれたからな。あれが無かったら、どうなっていたか……」
「うんうん、やっぱり飛鳥ちゃん達のおかげよね」
「え? わ、わたしは何も……それより、浩輝くんや瑠奈ちゃんが……」
「なーに言ってんだって。あれは間違いなく、飛鳥が頑張ったおかげだぜ。飛鳥が、みんなを守ったんだぜ? もっと、胸張れよな」
「……わたしが……」
浩輝が笑顔で肩を叩くと、飛鳥は小さく呟いた。彼の言う通り、あれは彼女の力だ。後は、彼女自身がそれを自分の成果として評価しなければな。
……ただ、厳しいことを言えば、褒めるだけでは終われないがな。どうやら、俺が口を開く必要はなさそうだが。
「とは言え……あのような策を立てたなら、前もって全体に伝えて、是非を確認しておくべきだったがな。上手くいったから良かったが」
「……う。そ、それはすんません。また突っ走っちまって……」
「全くだ。橘、お前は少し勢いで動きすぎだ。今回に関してはお前だけではないがな」
「……ごめんなさい。私も、とにかくやらなきゃって事しか頭になくて……」
「えっと……私も年長者としては、そこら辺しっかりしてなきゃいけなかったかもね。いつも好きにやってるから、あまり考えてなかったけど」
誠司の言葉に、参加した三人や、アイシャとコリンズが肩をすくめる。いくら成果を上げたとは言え、その説教は当然だ。
「勢いに任せた行動が、良い結果を招くことはある。だが、当然ながら、逆もあることを忘れるなよ」
「……はい」
軽く項垂れる浩輝。その姿に、誠司はふう、と息を吐いた。
「まあ、無鉄砲なのは若さだな。恐ろしくもあるが……同時に、羨ましくもあるよ」
「え?」
「大人になると、失敗した時を考えすぎて動けなくなる。確かにそれで失敗は減るが、変化も……成功も減るんだ。どちらが本当に良いのかは、きっと答えの出ない話だろうがな」
急に声音の柔らかくなった誠司に、俯き気味だった三人は頭を上げる。特に浩輝は、ありありと目を見開いていた。
「何もそこまで驚かんでいいだろう。……無鉄砲は反省しろ。だが、成し遂げたことはちゃんと誇っておけ、と言っているんだ」
「先生……」
「笛を奏でて一つになる。もしかしたら、本当はそのぐらい単純に考えるべきなのかもしれないな。今回は、そう学ばせてもらったよ。……よくやったな、お前たち」
「……はい!」
今度の返事は力強かった。きっと、誠司は彼らの成長を心から喜んでいるのだろうな。俺もそうだ。
みんなは確かに若い。誠司の言葉通りに無鉄砲でもある。だが、それが彼らの強みでもあると思う。
「あ、そうだ、コリンズ君。その話のついでだけど、しっかり録画できた?」
「ええ、大丈夫だと思いますよ。はっきり写っているはずです」
「……え、録画って、何をですか?」
「それはもう、みんなの演説する姿に決まってるじゃない! 明日の記事は面白くなるわよ!」
「………………え? ……ふえぇ!?」
それがどういう意味かを理解した浩輝は、すっとんきょうな声を上げた。瑠奈と飛鳥も目を見開いている……なるほど、コリンズが演説の場にいなかったのは、そのせいか。鎮圧は協力してくれたが。
「あら、何で飛び上がってるの? 私たち、一緒に動いてたじゃない。指示も聞いてたわよね?」
「だ、だってアイシャさん、『コリンズ君は下をお願い。しっかり戦ってきて!』って言ってたじゃ……」
「ふふん。そりゃ、新聞記者の戦いは真実を記録することだもの!」
「はは……まあ、先輩と長く付き合ってるから、その辺の意志疎通は慣れましたよ」
口をあんぐりと開ける浩輝に、コリンズは苦笑している。何だかんだで信頼関係は厚い、と言うことだな。……そのせいで瑠奈達は、目に見えておろおろとしているが。
「ど、どうしよう、コウ? 私、自分が何を言ったか、あまり覚えてないんだけど……」
「お、オレだって勢いで喋っちまったっつーの!」
「あ、あの、アイシャさん……? その、わたし達の事は、カットするって言うのは……」
「大丈夫大丈夫! 私が最高に面白い記事にしてあげるから!」
「不安しかねえぞ!?」
「別に良いじゃねえか。これで一躍有名人なんて羨ましいぐらいだぜ。な、レン?」
「はは……そうだな。おれも聞いてたけど、恥ずかしがる事じゃなかったと思うぞ?」
「お、お前ら、他人事だと思いやがってなあ……!」
三人の中でも、特に浩輝は本気で慌てているようだ。いや、飛鳥も否定が言葉になってないだけか。……あの楽しげなアイシャを見る限り、泣いて土下座しながら懇願しても、止めてくれなさそうな気がするが。
「それはともかく。僕たちがこれからどう動くかは、確保したっていう二人の証言によるわけだけど……素直に話してくれるかな?」
「あの鬼畜メガネなら、拷問でも何でもしていくらでも喋らせんじゃねえか?」
「……その絵が簡単に想像できるのが怖いですね」
「いかに相手が犯罪者であろうが、拷問はさすがにギルドの権限を越えるし、何より国際法に引っ掛かるがな。その辺りで柱に迷惑をかけるわけにもいくまい」
状況を考えると、強攻手段もやむを得ないのかもしれないが……ウェアはそういった手を嫌うだろうな。行ったとしても、本当の最終手段になるはずだ。
「そう言えば、他の面子はともかく、美久もついて行ってるんだよな」
「うん。あたしには、ちょっと気になる事があるって言ってたけど」
「気になる事?」
「そういやあいつ、最近マスターとちょくちょく真剣な顔で話してたんだよな。さっきも、何か思い詰めたみたいな感じだったし」
思い詰めた雰囲気、か。それも少し気になるが……今はとにかく、ウェア達を信じて待つとしよう。