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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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イレギュラー

(この様子なら、必要以上に手を貸す必要はないかな)


 徐々に鎮圧されていく、怒りに呑まれた集団。その風景を、傍らから眺めていたのは、犬人の少年。

 

 決起したとは言え、彼らは一般市民だ。単純な戦闘力はもちろん、PSの練度も、鍛えられたギルドや軍人とは比べるまでもない。

 無力化と言う意味では、特にギルドの手際は見事なものであった。特筆すべきは、やはりウェアルドと誠司、空である。誠司は突風を巧みに操り広範囲の動きを封じつつ、チャクラムで相手の武装を正確に狙うという神業を平然と行っている。ウェアルドは、PSを用いてすらいないが、一人ずつ確実に無力化しながら石を砕いている。空は、その眼で状況を的確に判断、針の穴を通すような精密射撃で周りを援護する。

 それ以外にも、ジンとフィーネによる拘束、浩輝と蓮による遠距離攻撃の妨害など、持てる力を活用して、相手の戦う力だけを奪い取っている。三柱の部隊も決して悪くなく、ギルドを含めても連繋が上手くとれていた。


 危惧される要素は、乱戦であるという事だった。だが、先の説得で多くの者が離脱していたのと、怒りをぶつける格好の対象である柱たちが狙いを引き付けたのもあり、何とか対処が間に合っている。

 相手の士気が下がっていたのも大きい。石の支配について少年は詳細を知っているが、完全に浸食されきっていない者もいる。最悪の暴走を促す最終命令が阻止された今、残った中にも怒りと迷いの狭間にいる様子の者が多く見受けられた。


(犠牲なしは難しいかと思ったけど……奇跡的、と言うよりは積み重ね、かな)


 少年が見ると、ガルフレアが獣人の主導者を打ち倒していた。後は時間の問題であろう。


 眺めて、と言っても、ただ傍観していた訳ではない。この瞬間も、重力のPSが、暴徒の動きを大きく鈍らせていた。だが、間もなく集団は完全に無力化されるだろう。これ以上の助力は必要ないと判断し、彼は異能を停止する。

 恐らく、ギルドのうち何名かは、不自然さに気付いただろう。だが、リスクを犯してでも、彼らに協力するべきだと少年は判断した。


(でも、こういう展開になって助かったかな。さすがに、この広範囲全てを封じるのは僕でも無理だし。……本当に、難儀なものだよ。思想の違う集団と同盟なんて、さ)


 もっとも、それは向こうも同様なのだろう。協力者が妨害をしていたのだから、これほどやりにくい事もないはずだ。

 少年は騒動から少しずつ離れていき、途中で人目を避けるように路地裏に入った。今は周囲の注目は完全に騒動に向いているが、万が一にでも知った顔に見付からないため。そして、もう一つ。


「そう。僕たちの関係は、同盟と言う名の足の引きずり合い……それを理解しながら、あなたは何故、僕たちの協力を求めたんですか?」


 その問い掛けに、後ろから小さな笑い声が聞こえた。先ほどから感じ取っていた気配、その正体は予想通り、仮面の道化だった。


「さすがは金剛殿ですね。一応、隠れていたつもりですが」


「本気で隠れられたら、僕は恐らく気付けない。微妙な加減でいちいち試すのは止めてくださいよ、マリク。わざとらしくそちらの名で呼ぶのもね」


 少年、ルッカは溜め息をついた。その声の中には、敵意とまで言わずとも警戒の色が表れていた。彼がこの仮面の道化に気を許すことは、一瞬たりとも無い。


「銀星殿はどちらに?」


「別地点に待機していますよ。……どうせ把握していたのでしょう? 質問で誤魔化していないで、答えてほしいものですね。何故、確実に僕たちが妨害するであろう作戦で協力を求めたのか。そして、策が失敗しかけているこの状況で、自ら手を下さないのか」


「くく。前者については、声をかけていなくても、あなたは我々を監視していたではないですか? ならば、直接コンタクトを取った方が、そちらは動きづらくなるでしょう?」


「……随分とはっきり答えましたね」


「はぐらかすだけが駆け引きではありませんので」


 自分たちはそちらの動きに気付いていた。そのアピールは、確かに効果を持つ。情報で上回られてしまう厄介さは、誰でも理解できるであろう。


「もっとも、ギルドが介入を始めたことで、少し状況が変わりましたので。結局は、あなた達にも自由に動いてもらうことにしました」


「僕たちが自由に動けば、妨害を行うと理解した上で、ですか?」


「ええ。言うなれば、予防線ですね。あなた達がサポートに動けば、ギルドが上手く動いてくれるかもしれないと思いまして。事実、情報を的確に流したようですね?」


 ルッカは顔をしかめた。こちらの動向が思った以上に掴まれていることへの懸念と、その上でなお阻止しなかったこの道化への疑念で。


「さて、後者についてですが。私が、策の失敗を望んでいる……と言ったら、あなたはどうしますか?」


「……その理由次第ですね。どうやら嘘でもないようですが」


「くく。実のところは半々ですよ。成功の方が結果は望ましいのでしょう。しかし、失敗もまた、面白いものを導いてくれそうだと、そう思ったのです」


「ガルフレアさん達の存在によるイレギュラーの発生……ですか。あなたは、随分とあの人に興味を持っているようですね」


「一応言っておくと、興味はあなたを含めた他の六牙にも持っていますよ、ルッカ。ですが、そうですね。彼は、少し別格です。その実に特異な立場、経歴……何とも面白い要素の塊ではないですか、彼は? それに、彼の仲間も。かつての英雄に、その子供たち。それ以外にも……」


「…………」


「ああ、あなたにとっては友人でもありましたね、失礼。しかし……彼らが次第に大きな存在となっていることは、あなた達も考えておくべきですよ?」


 ルッカの視線が一瞬だけ鋭くなったのに気付いたマリクは、形だけの謝罪を口にした後、まるで忠告のように語り始める。


「盤面に現れた、第三の軍。まだ他の足元にも及ばない勢力ですが、その駒ひとつひとつの力は決して侮れない……くく。もしかすると、実に面白い番狂わせを見せてくれるかもしれませんよ?」


「……危険を理解していながら、それでもイレギュラーを望むのは、研究者としての性ですか?」


「そうですね。もっとも、我が主はそうではありません。あのお方は、目障りなものは徹底的に潰す人ですから。あなた達との盟約も、必要ならば一寸の躊躇いもなく破るでしょう」


 マリクの言葉は、今回ばかりは正しいとルッカも理解している。そして、もしもそうなれば、この男もまたそれを忠実に実行するであろう。


「しかし、今の我らが協力関係であることは間違いないでしょう。さて、ルッカ。この舞台、あなたはそのクライマックスで、どのような役を演じますか?」


「………………」


「工作員は捕らえられました。彼らは情報を得て、サングリーズに辿り着くでしょう。その時、あなたはどうするのでしょうね。……私にあなたへの命令権などありませんので、今まで通りに好きにやっていただいて構いませんよ」


 ルッカはやはり、この道化は苦手だ、とはっきり思った。彼の立場として、ここで取れる行動など限られているからだ。無関係の国民を守る理屈が通った今までとは、話が違ってくる。

 その上で、はっきりとは言わずに、あくまでもルッカの判断に委ねる。まるで試されているようで、不快で仕方なかった。いっそここでそれとは真逆に動いてやりたい衝動にもかられたが――ふと、気付いた。


「僕がイレギュラーな答えをしたとしても、それはそれであなたの望み、ですか」


「……クク」


 何周か回って、思わず苦笑が漏れた。結局はどう答えても、この道化の鼻を明かす事にはならない。仮にここでマリクを殺したとしても、彼はそれすら喜ぶのかもしれない。


(……こういう展開になるのが嫌だったんだけど、そうも言っていられないよね。――僕は〈金剛〉。全ては、我らの理想のために)


 心の中で、自分たちの理念を復唱しながら、ルッカは溜め息をついた。その視線の先にいるであろう獅子の少年が、それに気付くこなかった。


















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