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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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解放の戦い

「くそっ……ガキの話に、何を惑わされてるんだ! 忘れたのか!? 俺たちが人間にされてきた仕打ちを……」


「……彼らは確かに若い。だが、だからこそ、時に大人よりも本質を見据えることだってある」


 周りを焚き付けようとするリーダーの言葉に、俺が割り込む。身に付けた青い石は確認したが、それは知ったことではない。


「お前は、彼らの話を聞いて、何も感じなかったのか? 子供たちにあそこまで言わせて、なお過ちに少しも気付けないとすれば……ガキは、どちらだ」


「何だ、てめえは……過ちだと!? ふざけんなよ! 俺たちは人間に誇りを踏みにじられてきた! これは誇りを取り戻すための戦いだ! それを……」


「――誇りなどという言葉を、軽々しく口にするな!!」


 こいつも、操られているだけなのかもしれない。それでも、その言葉を許すことは出来なかった。


「お前たちはただ、怒りに任せて武器を取っただけだろうが! 感情に振り回されて取り戻せるようなものは、誇りでも何でもない! 自分の激情を、大層な言葉で覆い隠せると思うなよ!」


「な……そんな理屈を捏ねて、人間の勝手を許せと言うのか!? やらなきゃ一方的にやられるだけだろうが!」


「まだ分からないのか! そうして話も聞かずに争い続ければ、何も残りはしない! 理解しようとせずに相手を排除しても……最後には、全てが敵になるだけだ!」


 気が付くと、イリアも人間のリーダー、ダグラスの後ろに立っていた。俺の言葉を引き継ぐように、彼女も言う。


「あなた達も、同じです。あの子たちが言ったでしょう? 人間と獣人は、確かに違う生き物かもしれない。けど、共存はできる! あなた達だって、少し前はそうだったでしょう!」


「我らは真理に気付いたのだ! 獣人のような穢れた生き物と共に暮らせば、人間も畜生に成り果ててしまう! このような存在は排除されるべき、それが神の教えなんだ!」


「そうやって、宗教に染まった振りをして! 神だとか何だとか、そんな理屈に逃げ込んじゃ駄目なんです! 言いたいことは、自分の言葉で伝えてください!」


「教義を否定するのか! お前は、自らその獣と同等の存在になると、人間を捨てると言うのか!」


「……種族の繋がりを否定するだけで人間じゃなくなるのなら、あたしは人間じゃなくてもいい!!」


 ダグラスが語る言葉の全てを否定するように、イリアは叫ぶ。……俺は、彼女と共に行動するにあたって、成り行きではあったが()()を聞いた。だから、その言葉に込められた気持ちが、痛いほど伝わってくる。


「獣人も、人間も関係ない! もう一度聞く……お前たちは、あの言葉を聞いてなお、武器で相手を打ちのめすしか考えられないのか!?」


「さっきから外野がゴチャゴチャと! 邪魔するなら、てめえにも容赦しねえ……人間の味方は、全員敵だ!」


「ならば貴様は、俺も敵と言うつもりか?」


 割り込んできた声――それに、さすがの男も動きを止めた。

 思わぬ存在に、それに気付いた人々が道を空ける。それを通ってこちらに歩いてくるのは……大柄な狐人。どうやら、時間は稼げたようだ。


「あんた……ピステール東柱!?」


「この場にいる、全ての獣人に告げる! 三本柱が一人、シューラ・ピステールの名に置いて、人間への武力行動の一切を禁じる! 刃向かうならば覚悟するのだな!」


「な……!?」


 シューラは、心から清々しいと言った顔で、そう宣言した。まさか自分たちの考えがトップに否定されるとは思っていなかったようで、連中は明らかに狼狽えている。

 そんな彼の後ろに、今度は呆れたような笑顔の人間が姿を見せる。


「やれやれ。本当に、シューラさんは血気盛んですねえ。とても戦いを止める言葉には聞こえませんよ?」


「やかましい。貴様もとっとと自分の役割を果たせ!」


「フフ、焦らなくとも大丈夫ですよ。三本柱レイル・ヴァレンの名に置いて、僕も宣言します。人間も、獣人に武器を向ける行為の全てを国家への反逆と見なします!」


「……そんな!?」


 レイルの宣言も、高らかに響き渡った。皆、彼が真創教を信じていると思い込んでいたようで、それに対する動揺は獣人側よりも大きい。


「おや、まさか国家のトップが暴力行為を認めるとでも? 実におめでたい方々だ」


「な、何故ですか! あなたは、真創教を支援してくれていたのでは……」


「生憎、あのような()()()()()()を支援する程、僕は暇じゃありませんよ?」


 皮肉を込めた爽やかな笑みで、レイルはばっさりと切り捨てた。男の顔色は、見る間に真っ青になっていく。


 ……そして、最後の一人が、少しだけ遅れてやって来る。その側にはウェアも控えていた。


「この国に生きる皆さん。私たちの力不足により、今回のような事態を招いてしまった事を、まずは詫びさせていただきます。……申し訳ありません」


 鹿人は、まずそうして深々と頭を下げた。レイルもそれに合わせ、シューラも若干ぎこちない動作で二人に倣った。

 三柱がこの場に揃うという異例の事態に、さすがに暴動どころではなくなってしまっている。しかし、問題は……。


『一同、聞こえるか?』


「!」


 そのタイミングで割り込んできたのは……空の声。彼の姿は見当たらないが、アイシャが自分の携帯を前に突き出すような形で持っていた。


『たった今、()()()()。もう、余計な心配は不要だ』


 その言葉の意味を察するのに、時間はかからなかった。絶妙なタイミングだな。これで、かなりやりやすくなった。


「最初に、軽く状況を説明する必要があるだろう。どうやら、俺たちの元に暗殺者が入ったという話が広まっているようだな。それは事実だが、貴様たちが考えているようなものではない」


「僕を襲った者、シューラさんを襲った者……それは、どちらも同じ者に操られた方々、ということが分かりました」


 辺りが再びざわつく。操られた、という言葉に対する疑問も飛び交っている。


「つまり、何者かが意図的に対立を煽ろうとしていたのだ。俺たちは……いや、この国は、まんまとそれに嵌められていた」


「な、何だと……?」


「いきなり信じろと言われても、難しい話だとは思います。それに、僕のせいで傷付いた者がいるのは事実です。その責任は、全てが片付いたら取るつもりです」


「様々な助力により、俺たちは陰謀に気付いた。一時は俺も西を攻める宣言までしたが……それは完全に撤回だ。憎むべきは、西でも東でもない!」


 シューラとレイルが共に並び立つ姿……それはきっと、この場では大きな意味を持つ。


「皆さんの心の中には、様々なものが渦巻いているでしょう。ですが今、身勝手ながら、私から皆さんにお願いをさせていただきます」


 そして、柱の中心と言えるダリスの声には、穏やかさの中に確かな重みがあった。


「この国は今、危機に見舞われています。狂言に振り回され、自ら分裂して、互いを討ち滅ぼそうとしています」


 本来ならば共にあったはずの、同じ国の民で争う。そんな事は、本当はあってはならない。


「この危機に立ち向かうには、私たち全員が力を合わせなければなりません。誰かの思惑に踊らされるままに、悲劇を招いてはいけません」


 本格的な内乱になれば、国家は完全に崩れる。多くの死者が出る。もう二度と……元には戻れなくなる。


「どうか皆さん、相手の言葉に耳を傾けてください。そして、武器を持つ前に、言葉で伝えてください。不満でも、怒りでもいい。それを力に代える前に……私たちにはまだ、話し合うことができるはずでしょう?」


 最初から憎しみを持っていた訳ではない。誤解、すれ違い……それらが積み重なっただけだ。まだ、やり直せる。奴らの思い通りになど、なってはいけない。



 ダリスの言葉が終わり、再びの静寂。伝えるべきことを伝えた今、民自身が、目先の怒りに惑わされず、本当の敵を見据えなければならない。だが……どうやら、それは簡単にできることでもないようだ。


「……ふざけんなよ。何を今更、揃いも揃ってそんな綺麗事を!」


 静寂を破ったのは、怒りに満ちたエドガーの声。ダグラスも、先程のレイルの宣言からは立ち直り、明らかな憤りを露にしている。


「どんな理由があったって、今、人間のせいで病院で寝てる奴が何人もいるって事実は変わらねえんだ! それを許してたまるものかよ!」


「それはこちらの台詞だ……! 狂言の話が事実だとして、それを止められなかった柱たちの言葉など聞く意味もない!」


「貴様たち……!」


 怒りが先立ってしまっている。青い石の作用も含め、今更後には退けない、と言うのもあるだろうが。


「お前ら、柱だろうと構う必要はねえ! もう変な理屈はウンザリだ……俺たちの受けてきた屈辱を、俺たちの敵に教えてやれ!」


「……敵って、何なんだ?」


「……何だと?」


 その言葉を発したのは、一人の獣人だった。彼は、自分が携えていた武器を外し、地面に投げ捨てた。


「やっぱり、駄目だ。おかしかったんだよ、こんなの!」


「な、何を言ってる!?」


「……そうだ。ちょっと前までは、こんな事なかったじゃねえか」


「私にだって、獣人の友達がいたのに……」


 一人が行動を起こすと、それは連鎖を始めた。獣人だけではなく、人間にも。


「何をしている! 事態の解決もできない柱と、あのような子供の言葉に惑わされるのか!」


「違う……子供にあんな事を言わせる方がおかしいんだ!」


「暴行事件とか、腹は立ったけど……それでも、こっちだってやり返してるんだ。争う以外の形で解決するなら……」


「そうだ。そっちのが良いに決まっている……!」


 獣人も、人間も、多くの者が武器を捨て始める。ざっと見た限りでも半数以上の者が、戦意を失っているようだった。

 だが、同時にそうではない者も、まだ決して少なくはなかった。


「どいつもこいつも日和やがって……!」


「違うな、気付いたのだ。正しく怒るなら、矛先を間違えてはいかんとな!」


 シューラはにやりと笑うと……背負っていた大型ライフルを手にした。


「武器を捨てた者は、この場を離れろ! まだ分からぬ馬鹿は……来い。その怒り、この俺が受け止めてやろう!」


「全く、あなたが挑発してどうするんです? 昔の武器まで持ち出して」


「心配いらん、鎮圧用の特殊弾だ! 打ち所が悪くても死にはしない!」


 まだ武器を捨てていないものは、かなりの割合が青い石を身に付けている。ならば、それを砕けば……

 周りを見る。人が減った事で気付いたが、赤牙のメンバーは全員が揃っていた。浩輝たちも降りてきている。数が数だが、力を合わせれば犠牲を出さずに済むかもしれない。いや、違う。出してなるものか。


「力に訴えるのは不本意だが、やるしかないか……お前たち! やるべき事は分かっているな?」


「ああ!」


 ギルドとして、救うために戦う。この国を奴らの魔手から解き放つためにも……あの石は、全て砕いてみせる!







 時間は、少し遡る。


「ちっ、何なんだ、あいつらは。放っておいても戦いになりそうだったところを」


「…………」


 時計塔の上で演説が始まったころ。少し離れた位置で、それを見守る者がいた。皆が騒動に気を取られ、彼らの会話に気付く者はいない。


「まあ、どんな邪魔が入ろうと関係無いがな。予定と少し流れは違うが、そろそろ命令を強めるぞ」


「……本当に、それでいいのか。これは、人々を虐殺するのと変わらないんだぞ?」


「何を言っている。確かに今度は死者も出るだろうが、それが俺たちの任務だ。今さら、怖じ気ついたのか?」


「……任務。そんな言葉に逃げて、このような非道をせねばいけないのか……!」


「ここまで来ておいて、何を! 確かに非道かもしれないが、これはお前たちの主のためだろうが。私情を挟んで務まるものかよ!」


 言い争う様子からして、片方は自らの行いに納得できていないようだ。もう一人の口ぶりから、元々は違う立場であるのも分かる。


「いずれにせよ、後には退けないんだ。お前ができないなら、俺がやるぞ」


「…………」


 迷いを見せている人間は、その問い掛けに返答できない。もう一方、山羊の獣人は目を細めながらも、責め立てることはせずに自身の荷物から何かを取り出そうとした。


「悪いけど、そういう訳にはいかねえな」


「!?」


 突如として聞こえた声に、二人はほぼ同時に声のした方を振り返った。そこには誰もいない。しかし、それが幻聴でないのは、相方の反応からも明らかだ。

 ならば、声の主はどこに消えたのか――それを理解する前に、山羊人の背中に強烈な衝撃が走った。


「ぐおっ!?」


 何が起こったのか判断もつかないまま、吹き飛ばされる男。休む間も無く、今度はその顎が力一杯に突き上げられた。これには堪らず、山羊人は脱力し、膝をついてしまう。

 まともに起き上がれない様子の山羊人を、乱入者は素早く拘束した。


 そこに来て、人間は初めて乱入者の顔を見た。仮にもプロである相方をあっという間に無力化したのは、まだ年若い青年であった。人間は、反射的にその青年と距離を空けつつ、銃を抜く。


「何者だ、お前は!?」


「俺か? 見ての通り、あんた達の敵さ」


「く……ふざけるな!」


「俺からしたら、ふざけてるのはあんた達だがな。まあいいか……抵抗するのかよ? あんただって、自分のやろうとしていた事、おかしいと思っていたんじゃねえのか?」


「だ……黙れ!!」


 迷いを指摘された事に激昂したのか、男は相手に発砲した。だが、青年もそれは予想の上であり、素早く右に跳んでそれを避ける。


「っと! さすがに、腕はいいな」


「子供が、舐めるなぁっ!」


「生憎。子供でも、遊びじゃないんでな!」


 人間は、自身のPS、感覚強化を発動させていた。五感の全てが向上するこの能力を使えば、大抵の相手はすぐに捉えられる。

 だが、この相手はそうはいかなかった。その理由は単純で、男の反応よりもさらに速い、ただその一点だけだった。



 そして――青年は、さらに加速した。


「!!」


 しまった、と男が思った時にはもう遅く、自分のこめかみに冷たい物が当たる。それが何かはすぐに理解できて、さすがに背筋が凍り付いた。


「あんたも、命令が疑問だったんだろ? だったら、大人しくしてくれよ」


「……っ」


 抵抗が無意味と悟った人間は、武器を捨てて項垂れる。そして、そんな彼らの後ろに、さらに二人組が近付いてきた。携帯を片手にした兎人の男性と、それに付き従う狐人の女性。空とリンだ。


「見事な手際だったな」


「本当にね。あたし達の出る幕が無くなっちゃったよ」


「そう言わないで下さいよ。それより、早くみんなに伝えておかないと」


 冗談なのは青年にも分かっているので、とりあえず苦笑を返しておく。アイシャに電話をかけた空は、簡潔に今の状況を伝えると、少し間を置いて同じ内容を繰り返す。今度は目の前の空の声と、時計塔から聞こえる声が重なった。


「俺はこのまま、こちらの鎮圧に参加する。説得だけでは終わらんだろうからな。お前たちは、この連中をブラントゥールまで連行してくれるか?」


「ええ。しっかり頼むよ、空。あの子があそこまで頑張ったんだ、ヘマするわけにはいかないよ」


「俺はそれが終わったら、もう少し別口で動いてみます。情報が入ったら、連絡をください」


「分かった。……少し、焦っているように見えるぞ。長居したら鉢合わせてしまうかもしれないからか?」


「…………」


 空の指摘は図星でもあったのだろう。青年の表情に、少しだけ苦いものが混ざる。


「そろそろ、腹を括る時じゃないか? この期に及んで、逃げ出そうなど考えていないよな?」


「……約束は、守りますよ。俺が言っても、説得力は無いかもしれないですけどね」


 だけど、と青年は続ける。


「俺にだって、護りたいものはあります。もうこれ以上、それを放っておくわけにはいかないですからね」


「そうか。くく……それにしても、なかなか良い演説だったと思わないか。さぞかし心に響いただろう?」


「……はは。響きすぎて、痛いぐらいでしたよ」


 青年は、少し自嘲気味に笑うと、倒れた方の男を引き起こしにかかった。空とリンも、それ以上は何も言おうとしない。彼の言葉に嘘は無いのは感じたからだ。


「種族なんか関係無い、か……」


 最後にそう呟いた青年の胸中にあったものは何なのか。空はそれを考えつつも、次の瞬間には思考を切り替え、今から始まるであろう争いの鎮圧に向けて、愛銃を懐から取り出していた。









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