仲間、友達
「イリアさん……」
「飛鳥は、何か知ってるのか?」
「うん……だから、ちょっと心配で」
それ以上は聞かねえことにする。本人以外から聞き出すのもヘンだしな。
「心配ならなおさら、全部解決してやろうぜ。もちろん、オレも頑張るからよ」
「……ありがとう」
「礼言うことじゃねえって。オレだってこの国がめちゃくちゃにされるのは許せねえしな」
みんなだって、オレと同じ気持ちだと思う。訳の分からない連中が、自分たちの国をめちゃくちゃにするなんて……あんな思い、しねえ方がいい。
「ねえ、浩輝くん」
「ん?」
「ひとつ、聞いていいかな。浩輝くんは、どうしてギルドに入ったの?」
「オレか? オレはまあ、成り行きってのが正直なとこだけど。ガルの事情とか、それについて行くルナとかさ。二人の力になりてえって、そんだけだったよ」
ま、ルナ含めてみんな無鉄砲だよな。あれから何ヵ月か経ったけど……辛い時はあっても、後悔はしてねえ。
だけど……どうして飛鳥は、そんなこと聞いてきたんだろう。そう思って、オレは思わずこう聞いていた。
「なあ、飛鳥。何か、悩んでねえか?」
「え……」
「いや……勘違いなら別に良いんだけどよ。何となく、そんな気がしたから。もし何かあるんなら……お節介かもしれねえけど、話ぐらい聞くぜ?」
飛鳥は俺の答えを聞いて、ちょっとだけ視線を落とした。何か、考え込んでるように見えたんだ。
少しの間、返事はなかった。ホントは、こんな風に聞かれるのは嫌かもしれない。けど、何もないならすぐ返事してたはずだ。この子は多分、何も聞かなきゃ溜め込むタイプだしな。
「……怖い、の」
「え?」
ぽつり、と彼女が漏らした言葉。その表情には、さっきまでは隠そうとしていた気持ちが、はっきり見えてた。
「……私がギルドに入ったのは、お父さんやお母さんの手伝いがしてみたい、って思ったのがきっかけだった。こんなわたしでも、誰かの役に立ってみたいって」
「始めて会った時、美久に言ってたっけ……」
「でも、二人は本当に凄くて……わたしは、圧倒されてばかりだった。手伝い始めてから一年近く経つけど、二人や他のみんなみたいに、上手くやれない」
ゆっくりと、飛鳥は言葉を続ける。抱え込んでいたもんを、整理しながら吐き出しているみたいだ。
「お父さん達が凄いことは、もちろん知ってたよ。……わたしは多分、二人に少しでも近付きたかったんだと思う。そう思って入ったギルドで、何だか余計に二人が遠く見えた気がして……」
「…………」
「分かってはいるの。焦っても、どうしようもないんだって。でも……どうしても、比べちゃうの」
親がすげえと、子供はそれと比べられやすいもんだ。飛鳥も、そういう体験をしたことがあるのかもしれない。そしてそれは、すごくプレッシャーになってきたんじゃないだろうか。
「わたしは、本当に誰かの力になれているのか。わたしには、この仕事は無謀なんじゃないか。自信が持てないまま、今まで何とかやってきた。だけど今回は、怖くて仕方ないの」
「……飛鳥」
「もちろん、わたしだってこの国を元に戻したい。みんなを巻き込んだ相手も許せない。でも……わたしの失敗で、取り返しがつかなくなるんじゃないか。そんな事を考えると、どうしても……」
声が小さくなっていき、最後の方はほとんど聞こえないぐらいの大きさだった。そこまで話し終わると、飛鳥は黙って俯いてしまう。
……彼女の気持ちは、オレにもよく分かる。国がどうこうなるなんて、重荷に決まってる。もし、オレのせいで対立が止められなかったら? 考えるだけで逃げ出したくなっちまう。
それでも、オレが頑張ろうって思えるのは……。
「出来ないなら出来ないで、いいんじゃねえか?」
「え?」
「だってさ。オレ達、一人じゃねえんだぜ? もしオレが駄目でも、駄目だった分をどうにかしてくれる、そんな仲間がいるじゃねえか」
飛鳥が、目を見開いた。多分、彼女は責任感が強いから、そんな考え方はしたことも無かったんだろう。
「オレ、バカだからさ。上手くやれる自信なんて、オレにもねえ。でも、バカなオレを助けてくれる友達が、オレにはいっぱいいる」
「………………」
「任せっぱなしってことじゃねえぜ? 逆に、オレが助けてやれる事だって、きっとあるしな。一人でやれなくても、力を合わせれば立ち向かえる。マスターだって、そう言ってたろ?」
オレ一人でやれる事なんか、たかが知れてる。だけど、みんながいてくれるから頑張れる。
そりゃ、一人でどうにかしなきゃいけない事だってあるだろうけどさ。そういう時だって、友達が心の支えになったりするんだ。
「空さん達、確かにすげえよな。目標にしても、背中も見えねえぐらいにさ。でも、考えてみろよ。空さん達だって、一人じゃねえ。みんなで助け合ってるじゃねえか」
「…………!」
「あんまり、自分がやらなきゃって考えてるとよくねえぜ。自分が駄目でもみんながいる、って考えるのは、無責任ってわけじゃねえと思うんだ。……えっと、だからさ、その……」
いけねえ、また話がまとまんなくなってきた。オレ、こういう話はあんま得意じゃねえってのにな。それでも、オレなりに言ってやりたかった。
「飛鳥にだって、仲間がいるだろ? 空さんやリンさん、イリアさん、大鷲のみんな。それに、オレだって仲間だぜ?」
「……浩輝くん」
「って、逢ってからひと月も経ってねえのに、勝手に仲間扱いすんなって話だな。んっと、それじゃ……今さら改めて言うのも何か変だけど……オレと、友達になろうぜ」
「友、達……」
「そう。助け合える仲間、友達。オレは、飛鳥と友達になりたいからさ。飛鳥は、嫌かな?」
本当はいちいち確認するもんじゃないのかもしれねえけどな。それに、オレとしては友達よりももっと……って、んなこと今は考えてる場合じゃねえっつーの。
飛鳥は、ゆっくりと首を横に振った。そして、口元に小さく笑顔を作る。
「みんなで助け合えるような、友達に……君たちの友達に、わたしも、なれるのかな?」
「当たり前だろ? オレはとっくにそのつもりだったけど。飛鳥となら一緒にいたいって、オレはそう思うぜ」
「……ふふ」
飛鳥は、口元に手を当てて笑う。そういや、声出して笑ってるのを見たのは初めてかもしれない。
「ありがとう。……そうだね、変に抱えて落ち込んでる場合じゃないよね。浩輝くんの元気、見習わないと」
「はは、オレは単純だからさ。深く考えて動けなくなるより、こっちのがいいだろ?」
オレにだって単純になれねえ事もあるけど、今は別だ。ただ、この国を守りてえ。考えなきゃいけないのは、それだけだ。
「みんなで一緒に、だ。頑張ろうぜ、飛鳥」
「……うん!」
彼女にしては力強い声と笑顔で、飛鳥は頷いた。……ああ、やっぱり可愛いな、この笑顔。
「さて、ちょっと話し込んじまったな。時間もアレだし、そろそろ行こうぜ」
「そうだね。……あ、ちょっと待って」
「ん?」
「最後に、お願いがあるの。……月の雫、吹いてくれないかな?」
「オレが?」
「うん。浩輝くんの演奏、もう一度聴きたいの。力強くて……あの時も頑張ろうって気持ちになれたから、さ」
言いつつ、飛鳥はコルカートをオレに手渡してきた。……オレも、そう言われるとめちゃくちゃ嬉しい。
時間を確認する。まだ大丈夫そうだ。カイ達はどうせ先に行ってるし……下心を言えば、もう少し彼女と二人っきりでもいたいし。
「……よし。じゃあ、僭越ながら、ってな――」