朝日の中の音色
「……んあ……」
次の日の朝。目覚ましの音で、オレは目を開く。
夜中に色々とバタバタしたせいで、正直まだめっちゃ眠い。最近の疲れもあって、瞼が重い。
こうなるとタチが悪いのが、このベッドのフカフカさだ。全力でオレを引き留めにかかってくる。ホントにヤバい。もう一種の魔法だ、コレは。
もし一人だったら間違いなく二度寝してたけど、レンとルナは朝に強い。
「コウ、カイ。時間だぞ」
「うーん……大丈夫だ、起きれる……」
「ほら、カイ。今日が踏ん張りどころなんだから、気合い入れないと」
「う、うう……分かってる、よ……」
気だるい身体に無理矢理力を入れて、上半身を起こす。さっそく大あくびをしてしまった。
目を擦り、辺りを見渡す。レンとルナはもう支度も終わってるみてえだ。カイはルナに布団を引き剥がされて、強引に覚醒させられてる。
と言っても、さすがに二人もちょっと眠そうだ。
「ふぁ……きつ……」
「気持ちは分かるけど、頑張らないとな。全部終わらせてから、ゆっくりしよう」
「そーだな……ふう……夜中に起こされなかったって事は、まだ何も起こってねえよな」
「みたいだね。……もう。カイ、ちゃんと自分で立ってよ。重いんだから!」
「そ、そんな事……言ったって、よ……むにゃ……」
「……プールにでも落としちゃおうか?」
「んあ!? わ、分かった、分かったって……」
ルナに強引に立たされながら、カイはようやくちゃんと目を開いた。オレはそれを見ながら、大きく背伸びをした。……ん、頭も回ってきた。早く準備しないとな。
「ふう。とりあえず、便所行くついでに顔でも洗ってくるかな」
「カイ、お前も一緒に行っておけ」
「あー、分かった……」
レンの勧めに、カイもオレに付いてくる。……さっきから分かったしか言ってねえぞ、こいつ。ホントに大丈夫だろうか。
そのまま部屋を出て便所に向かったけど、カイの足元はどうにもおぼつかない。相変わらず、目覚め悪すぎんだろって。
「ったく、それで本当に仕事できんのか? 今日は大変なんだぜ?」
「……大丈夫、だ。俺だって、この国を何とかしてえからな」
「なら、とっとと目を覚ませよ? 眠くて失敗しましたはさすがに……ん?」
カイの速度に合わせて歩いてたけど、オレはふと足を止める。何かが、聴こえたからだ。
「どうした、コウ?」
「…………」
耳を澄ましてみると、その音が何であるかはすぐに分かった。カイは眠いせいか、全く気付いてないみたいだけど。
「わりい、カイ。先に行っててくれねえか?」
「あ?」
「ちょっと用事を思い出したんだよ。すぐ戻るからさ」
「……ん……分かった。時間かかったら、先にマスターんとこに行ってるぞ」
カイはちょっとだけヘンな顔したけど、まだ頭があまり回ってないからか、一人で戻っていった。
まあ、別に隠す必要ねえんだけど……あんまり大勢で押し掛けたら悪いからな。
「……多分、テラスのほうだな」
オレはそのまま、音の聴こえる方へと歩いていった。
「………………」
心に響くような、綺麗な音色。
テラスには、やっぱり思った通りの人がいた。一人じゃなかったけど。まずはもう一人の方がオレに気付いた。
「あれ、浩輝君?」
「え?」
「おはよさん。イリアさんに、飛鳥」
イリアさんの声で飛鳥も気付いて、コルカートの演奏を止め、オレの方を見る。……飛鳥の金色の毛並み、朝日の中できらきらしてて凄くキレイだな……って、さすがにそろそろ慣れろって、オレ。
「笛が聴こえたからさ。思わず、覗きに来ちまった」
「ご、ごめんね。うるさかった、かな?」
「いや、そんな事はないぜ? オレこそ邪魔しちまったみたいで、ごめんな」
まあ、何日か一緒にいたおかげで、喋るだけであがるって事は少なくなってきたけどな。やっぱ多少は緊張するん。
「……色々と考えてたら、落ち着かなくて。昔から、そういう時には笛を吹いてみるの。自然と、気持ちが鎮まってくるから……」
「へえ。イリアさんは?」
「あたしも、ちょっと頭の中が整理出来なくてさ。せっかくだから、横で聴かせてもらってたんだ」
確かに、飛鳥の笛ってこう、聴いてると落ち着くような優しい音だしな。この二人は特に、この事件に色々と考えることあるだろうし。
「二人とも、やっぱり腹立ってるよな。自分たちの国が実験台にされるなんてよ」
「そうだね。アガルトの人達にはずっとお世話になってきたし、それをめちゃめちゃにした相手はもちろん許せない。……けど、少し弱音を言えば、不安なのもあるかな、と思う。国の今後に関わるって、大きすぎるからね」
「わたしも……やっぱり、もし失敗しちゃったらって思うと」
「そう構えすぎんなって。ウェアさんはオレが知ってる誰よりも強いし……オレ達も力を貸すんだから。怖いものなんてねえぜ」
もちろん、本音はオレだって不安だ。大会の時とかを思い出すと、身震いしそうになる。だけど、言葉ぐらいは強気でいかねえとな。あの時、カイがオレを勇気づけてくれたように。
「浩輝くんは……優しいね。あなたを見てると、わたしも頑張らないとって思えるよ」
「そ……そうかな?」
「そうだね。浩輝君も、他のみんなも、初めて来たこの国のために、本当に頑張ってくれているから。あたし達も、すごく元気付けられているよ」
二人はそう言ってくれたけど、オレなんかはがむしゃらにやってただけだからな。感謝されると、ちょっとこそばゆいと言うか。
「本当はね、ちょっと挫けそうにもなってたんだ。獣人と人間の対立なんて見ているとさ」
「そうなのか? イリアさんは、とにかく一生懸命やってるイメージしか無かったけど」
「あはは。そうしないと、不安で仕方なかったから、だけどね。あちこちで事態は悪化するばかりで、どれだけ頑張っても先が見えなくて……それでも、何とかしたいって思いだけはあったからさ」
そういや、イリアさんとはあまりゆっくり話せてなかった。初めて会ってからずっと忙しかったからな。飛鳥と違って、西と東で分かれる事も多かったし。
「何とかなるさ、絶対に。みんな、種族が違っても、仲良くできるってのを忘れてるだけなんだからさ。オレ達が、それを思い出させてやりゃいいんだ」
「……うん、そうだね」
オレの言葉に、イリアさんは笑顔を浮かべる。だけど……ちょっと思い詰めてるように見えたのは、オレの気のせいだろうか。
「多くの種族がいても、あたし達は一緒に生きられるはず……いや、絶対に共存できる。そんな当たり前の姿に、この国を戻したい。……そうじゃないと、あたしは……」
「え?」
「……ありがとうね、飛鳥ちゃん。それに浩輝君も。おかげで、少しは落ち着けたよ。それじゃ、あたしは先に戻ってるよ」
ちょっとだけ暗い顔が見えたのも一瞬の事で、イリアさんは快活な笑顔でそう言うと、オレと飛鳥に向かって軽く手を振る。そのまま中へ戻っていくかと思ったら、途中でオレの耳元にそっと囁く。
「二人きりで、少し話してみるといいよ」
「……あう」
やっぱり、みんなに知れわたっちまってるっぽい。オレ、そんなに表面に出てんのかなあ……当の本人には、できれば伝わってないと思いたい。