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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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狩人の眼

「さて、では大団円となったところで、これからについて話すとしましょうか?」


 仰々しく手を叩き、注目を集めてみせてから、ジンがそう切り出した。彼の言う通り、襲撃を防いだ事で終わりではない。反撃は、ここからだ。


「連中が、始めて見せた本格的な動きだが……お前たちはどう思った?」


 ウェアがそう投げかけたところで、まずは俺が率直な意見を告げる。


「俺の感覚で言えば、妙に甘い。催眠にかけただけの数名による暗殺など、俺たちが防がずとも確実性に欠けるものだろう」


「失敗しても良かった、ってとこじゃねえか? 失敗しても、お互いの護衛が相手に襲い掛かったって事実は出来上がるだろ?」


「操った人が捕まったところで、自分たちは痛くも痒くもないからな……」


「だけど、私たちは気付いた。襲撃者がみんな、操られていることに」


 フィーネの言う通り、俺たちはこのカラクリに気付くことができた。もしもこれが、相手にとって想定外だったとすれば……初めて、敵を出し抜くチャンスを得たことになる。


「いずれにしても、今回も本気で国を落とすのが目的じゃなくて、石の実験が主題ってところかな? 本気で落とすならダリスさん含めて狙ってただろうからね」


「何だそれは? この国は実験の為に荒らされ、俺たちは実験のついでに命を狙われたと言うのか!? そんなふざけた話があってたまるか!!」


「フィオに怒鳴ってどうする、阿呆が。……つまり、相手はこの国そのものにはさほど執着していない、と?」


「あの人たちはそういう相手なんです。エルリアの時もそうだったし……」


「俺様たちの時もそうだったな。結果じゃなくて、そこに行くまでの手段を試してるって感じだったぜ」


 つまりは、より大きな目的を目指し実験していると考えられるが……それは置いておこう。


「おれ達を知っているはずのマリクってやつが邪魔をしてこないのは、ノックスみたいに、おれ達を相手にテストでもしてるつもりなのかな」


「ムカつくけどそんな感じだろうな。挑発とか罠かもしれねえが、それ言ってたら何もできねえ。俺たちは眼中にない……ってのは無いだろうしな」


「ああ。工場の時にも俺たちを標的に仕込んだぐらいだ。少なくとも、英雄……ウェアと誠司に無関心はないだろう」


「……なに? 待て、英雄だと?」


「ん、聞いてないのかい? ふたりは闇の門での英雄だって」


「!!」


「む。馬鹿……リン」


 シューラはあからさまな程に目を剥いた。……ん? 柱には教えたものだと思っていたが……彼は知らなかったのか?

 空は顔をしかめ、そんな彼の反応に事情を察したらしいリンも「あちゃ」という顔をした。


「英雄……あ、あなた達が……あの……?」


「一応、そう呼ばれたこともありますが……その、ピステ―ル東柱?」


「ハハ。シューラさんは、英雄の大ファンなんですよ」


「え?」


 レイルがからかうようにそう口にする。シューラはと言うと、それには全く反応せずにウェアと誠司を交互に見つめている……その目がキラキラと輝いて見えるのは気のせいだろうか。


「こ、こんな所で英雄とお逢い出来るなんて! そ、その、光栄の極みです! あ、えっと、今までそうとは知らず、傲慢な態度を取ってしまい、申し訳ありません! 俺は、その、あの……!」


「シューラ殿……? あの、少々落ち着いて下さい……」


「だからこいつには伏せておいたんだ、全く。まあ最悪の場合に言うことを聞かせる切り札にしていたのもあったが」


「……そういうことは事前に説明しておけ!」


「叔父さん、闇の門の時に、英雄のおかげで助かったらしくて……それ以来、まるで神様みたいに思ってるみたいなの」


「へえ。シューラさんって、ホントに良くも悪くも真っ直ぐな人って感じだよね」


「だな。案外、じっくり話してみたらコウと気が合うんじゃねえか?」


「そうか? ……ん? 何か、微妙に馬鹿にされてる気がするんだけど」


「単純って意味じゃねえか?」


「なるほど! ……って、誰が単純バカだっつーのこのエロ豹!」


「バカまでは言ってねえ、ってか誰がエロ豹だクソガキ!」


 横でそんな失礼な会話がされているのに気付いているのかどうか分からないが、シューラは英雄二人に子供のような目のまま色々と訊ねている。

 二人は助けを求めるような視線を周りに送っているが、ジンとレイルは明らかにそれを眺めて楽しんでおり、空は面倒なのか完全にスルー。幸いと言うべきか、シューラを止めるのには最適な二人がこの場にいるが。


「はあ。シューラ、いい加減にしな。あんたがそれじゃ、話が進まないだろうが」


「シューラ君。気持ちは分かりますが、お二人が困っていますよ? まず私たちは、国のためにすべきことを決めねばなりません」


「……う」


 リンさんとダリスさんから、連続での苦言。さすがにこの二人からの説教は効いたようで、シューラは尻尾を丸めて、いかにも名残惜しそうな顔をしながらも、すごすごと二人から離れた。


「えっと、話を戻すと。敵も、僕たちの邪魔にはすぐ気付くだろうね」


「だとすれば……暗殺の事実を利用して、さらなる揺さぶりをかけてくる可能性があるわね」


「でしょうね。今のこの国で暗殺の噂なんて流れたら、真偽なんて関係無しに十分な火種になるわ。事実だから余計にタチが悪いんだけどね」


 アイシャが難しい顔で俺の言葉を肯定する。


「けど、それはオレ達が隠せば何とかなるんじゃないっすか? 騒ぎを聞き付けた人たちにも、広めないように言ってるし……」


「無理ね。秘密ってのは、二人以上が知った段階で秘密じゃなくなるの。今回みたいに不特定多数に知られた場合なんて、論外よ」


 そうはっきりと断言したのは、彼女が情報を取り扱うプロだからだろう。このブラントゥールの中にも、残念ながら他種族に敵意を持った存在はいるはずだ。


「じゃあ、私たちの方から先に、全部言っちゃうってのはどうかしら?」


「手としては有りだがな。石のことに気付いたと知られれば、敵が手段を選ばなくなる恐れもある」


 最終手段で、全ての人々をザック達のように暴走させれば、言葉でどうにもならなくなるか。

 幸い、今晩の事件を止めただけならば、ただ単に護衛が間に合ったとも取れるはずだ。監視でもされていたら手遅れだが、悪い方にばかり考えていても判断は鈍る。


「あたし達が石に気付いたこと、可能な限りは表に出さない方がいいということですね」


「そもそも、石を売ってる相手をひっ捕まえりゃいいんじゃねえか? 国中にいるんだろ?」


「それが、あたしが調べてたときに小耳に挟んだんだけど、ここ数日はめっきり姿を見せなくなったそうなの。その時は、危なくなってきたから休業したのかな、ぐらいにしか思わなかったけど……」


「一部の店は彼らから仕入れたものをまだ売っているらしいですが、直接の繋がりは無いでしょう。仮に捕まえて外れならば、ただ相手を警戒させるだけになります」


「そうなると、動かせて捕まえるほうが確実。直接仕掛けるには、少し足りない」


「……結局、後手に回ることになるか」


 だが、前もって敵の手段が分かっていれば、対策を立てられる。どれだけの規模で動くかは気がかりだが、柱の協力が確かになった今ならば、打てる手はあるはずだ。


「いずれにせよ、敵もこれ以上動くのは明日だろう。油断は禁物だがな……元々三柱の護衛でなかった奴らは、そろそろ戻って眠っておけ」


 みんなには、連日の疲労が残っている。マスター達の言う通り、本格的にぶつかる前に消耗していては意味が無いか。

 マスター二人にジンに誠司にリン、さらに三本柱が揃っている以上、作戦に口出しする必要もないだろうからな。


「分かった。みんな、俺達は戻ろう」


「そうだね。マスター、何かあったらすぐ起こしてよ?」


「ああ、その時は頼む。……みんな、恐らくは明日が一番の勝負になるだろう。お前たちの力、存分に貸してもらうぞ」


「了解! あたし達の国を、今度こそ元に戻してみせます……!」


 後は、敵の動き方次第だ。この失敗に慎重になるか、あるいは勝負に出てくるか……そして、彼らはどう動くか。いずれにせよ、これ以上の犠牲を出してたまるか。絶対に……守ってみせる。









「――両方とも失敗したらしい、ねえ」


 とある建物の一室。部下からの通信を受けた男は、意外そうな声でそう言いつつ腕を組んだ。

 男は灰色の毛並みを持つハイエナの獣人だった。180センチ程度の長身に、少し天然気味の無造作に伸びた黒髪。眼光は鋭く、声も低い。年の頃は三十代半ば程度であろう。


「不意をつきゃどっちかはやれると思ってたが、ここはギルドを讃えとくべきか?」


「別に、支障は無いだろう? 柱が死のうが死ぬまいが、暗殺事件という材料は手に入った。後は、それを料理してやるだけだ」


「まあな。旦那のオーダーに応える以上、次の手は変わらねえ。強火で派手に行くとするかね」


「………………」


 その場には、他にも二人の男がいた。先ほど、ハイエナに返答をしたのは亀人の男。外皮・頭髪共に藍色で、身長はハイエナより少し低い。亀人という種族自体の特徴であるが、かつての甲羅の名残りである頑強な骨格により、服を着た状態では少しだけ丸く見える。

 もう一人、険しい表情で黙したままなのは白猫の男。体格は他の二人よりも小柄であるが、いかにも紳士といった立ち振舞いからは幼さは感じず、むしろ二人よりも歳上であることが伺える。


「鉄は熱いうちに打て、だ。明日にでも、扇動をしてやるとしよう。一度大規模な衝突を起こせば、後は勝手に広がるだろうよ」


「だな。……そう不機嫌な顔すんなや、クライヴの旦那。任務はそこそこ上手く行ってるんだぜ?」


「……無関係な民を巻き込むような作戦が、ですか。それを喜ぶことなど、僕には到底できません」


 クライヴと呼ばれた猫人の男性は、ハイエナの言葉に険しい口調で返答する。ハイエナはその様子に、軽く目を細めた。


「じゃ、その民の代わりに、直接ぶつかり合わせて俺たちの手下に血を流せってか? あいつらが怪我するのは別に気にしないってのかよ、旦那は」


「そうは言っていません。ですが、戦いを生業とする者がその中で傷付くのと、戦う力が無い者が巻き添えになって傷付くのは、話が違います……!」


「おいおい、忘れないでくれよ? そんな作戦を出したのは、俺たちじゃねえ。俺たちの雇い主、つまりはあんたの主人の側近だぜ?」


 その指摘に、クライヴは言葉に詰まってしまう。そう言えば彼が反論できないと、ハイエナは理解していた。


「ま、この気味悪い石の実験でもある以上、キレイな手段は取れやしねえよ。それに、どうせいずれは攻め落とす国なんだろ? 無理に気遣ってやる義理はねえな」


「く……」


「ふん。味方ならばわきまえてもらいたいな、アルガード将軍。仮にも俺たちの監査役ならば、率先して策を実行でもしてみたらどうなんだ?」


「そう言うんじゃねえよ、ジョシュア。旦那には旦那のやり方、美学ってやつがあるだろうさ。ただ……」


 クライヴの意思を尊重するような素振りを見せつつも、ハイエナは口元を上げた。


「今回は、俺たちが主導だからな。引き続き、俺たちの流儀でやらせてもらうぜ、旦那?」


「……クリード、あなたは……」


「心配すんな。俺も別に、無駄な血を流させる趣味があるわけじゃねえ。いかにリスクを減らし、損失を少なくして、その中で戦果をどれだけ上げられるか……それしか考えてねえよ」


 喉の奥で笑い声を漏らすハイエナ、クリード・リスティヒ。言葉通りに彼は、無駄な労力と犠牲を好みはしない。それが自分の利点になると判断しない限りは。


「ジョシュア、お前さんもあんま勝手な行動は取るんじゃねえぞ」


「分かっているさ、これも仕事だ。もっとも……逆らう者は、どう扱おうと文句は言わせんぞ?」


「ったく、血気盛んな奴だねえ。せいぜい足元すくわれねえように、気を付けろよ」


 明らかに自分の楽しみを期待している様子のジョシュアに軽い忠告をしつつ、クリードは明日の指示をするべくその場を離れていく。その背を見送るクライヴは、自らの不甲斐なさに歯噛みするしかできなかった。







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